3年A組の保護者の皆さんへ 11
昨日は、マラソン大会と合唱コンクールの中間発表、その間に突然の離任式。そんな1日でした。放課後は、明友祭の準備で大忙し。ソーラン節や劇、壁新聞つくり…。ある目標に向かって、一生懸命になればなるほど、こころとこころがぶつかり合います。ぶつかったこころは、互いに傷つけ合い宙をさまよいます。放課後の教室は、そんなこころがいっぱいです。
歌の温度
合唱練習に行くと、教室から、男子と女子の言い争いの声が絶え間なく聞こえる日がありました。
合唱練習に行くと、2人の生徒が泣いていた日がありました。
練習に行くと、「やってらんねー」と言って、終了後さっさと教室を後にする生徒がいた日もありました。
何のための合唱なのか?と思い続けてきました。とんがった心は、教室のあちらこちらで、ぶつかり合います。やる気のある人のヒステリックな声と、やる気の出ない人のニヒルな嘲り。その合唱は、どんなハーモニーを生むというのでしょう。
そのたびに、無意味という言葉が、頭の奥にこだまするのです。
それなのに、壁に書いている、合唱コンクールへの意気込みは、ほとんどの人が「クリスタル賞をとる」という文字が並んでいるのです。
なぜ、クリスタル賞なのでしょうか?
月曜日。2時間目は道徳の時間でした。
「先生!合唱練習しないのですか?」と女子生徒。
「合唱練習はしない。しても無意味だ。」とわたし。
席をコの字にして、話し合いをしました。
「このままの合唱では、意味がないと思う。なんのために合唱コンクールをするのですか。ひとつになるって、どういうことなのですか?」
コの字になって、何か楽しいことが始まるのかと期待していた生徒諸君。わたしの、リアルな問いに、しばし沈黙するのです。
重々しい空気の中で、
ぽつりぽつりと、勇気を出して答える生徒がいました。
「やる気がある人と、やる気がない人がはっきりわかれるからです。」と答えた人。
「目標がはっきりしていないからだ。」と、男子生徒。
「漠然としてるんじゃなくて、はっきりした目標をつくるのがいい。」と、また別の生徒。
「みんな、歌う意味がわからないんだ。」と、別の生徒。
歌う意味って何だろう。
「クリスタル賞は、目標じゃないんだ。」と、ある生徒。
クリスタル賞を獲ることは、決して最終目標じゃないんだと考えました。それじゃあ、歌う意味って他に何があるのだろう?
昨日は、突然の離任式でした。
事務補助の阿部さんとのお別れの式です。
阿部さんは、今のこの仕事が大好きでした。でも、家庭の都合で、別の仕事に移る事に決心したのです。いろいろな思いや勇気が必要だったことでしょう。あのね、場合によっては、好きな仕事に生きることができないことだってあるのです。人間は、いろんな事情の中、複雑な状況の中で、常に選択を余儀なくされて生きて行く動物なのです。好きなことばかり、自分のことばかりを追い求めている、みなさんの時代は、まだまだ未成熟な時代なのです。
全校生徒に別れの挨拶をする阿部さんは、もう胸がいっぱいのようでした。
生徒会から、感謝の言葉と花束贈呈の後、全校生徒から歌のプレゼントを贈ります。
S君が、丁寧に阿部さんに一礼をした後、合唱が始まりました。
なんてあったかな合唱でしょう。わたしの抱いた実感が“あったかさ”でした。
この合唱は、本当に“あったかい”、今までに聞いたことの無いような“あったかい歌”でした。競い合いとは無縁な、ただひとえに去り行く人への感謝を伝えようとする、まっすぐな歌だったのです。聞いている人全員が、胸を熱くする歌声なのです。もちろん、歌のプレゼントをもらった阿部さんの気持ちは、聞くまでもありません。
素晴らしい合唱の後、阿部さんが目頭を押さえながら、退場します。
歌う意味って、何だろう?
歌には、温度があると思いました。このあったかな歌は、どうして生まれたのでしょう。
道徳の時間の後、放課後、もう一度、合唱練習がありました。
『大地讃頌』原爆の後の焼け野原から、もう一度母なる大地を慈しむ歌です。一人一人が歌詞の意味を理解して歌いだしたハーモニーは、これまでとは全然違う合唱でした。
歌い終わった瞬間。思わずみんなで拍手をしましたね。
本当にあったかい歌声でした。歌には、やっぱり温度があるんです。温度は人のこころ。あったかなこころで歌えば、あったかな歌。冷たいこころで歌えば、聴く人のこころが凍りつくような、冷たい歌。
阿部さんに贈ったときの歌声。みんなで話し合った後の、放課後歌った歌声。そして、みんなの拍手。
なんとなく、クリスタル賞よりもっと先にある、何かに、全員の手が届いたような瞬間でした。
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