1.二重星のひずみ
今日こそは一緒になるかな。
騒がしくなる周囲をきょろきょろと伺いながらティーダは考える。
目の前に浮かぶのは、ほのかに光る二つの大きな紋章。ひずみ、と呼ばれる場所だ。ティーダたちコスモスの仲間と敵とモーグリしかいない世界で、敵――カオスの連中が作り出す障害物。聖域への帰還を妨げるものもあれば、なんであんなところに? と思うような場所(たとえば、泳がなければたどり着けない離島の端とか)にもある。帰還の邪魔になるもの以外は放置してもいいんじゃないかとティーダは思うのだが、戦闘経験を重ねるためとか、後々何かあった時のために早くからその内情を知っておくことは有効だとか、そう言った理由から、発見されたひずみは出来る限り中がどうなっているかを確認し、記録を取ることになっていた。
そこで、今回見つかったひずみに話は戻る。目の前にあるので行けない場所にあるわけではない。とすれば必然的に中に入ると言う方針になるわけだが、今回は二つが近距離に並んでいるので、一つずつではなく十人いる仲間を半々に分けて調査をしよう、という話になっている。その組み分けをどうするかで、仲間たちは色々と話し合っている最中だ。
今日こそは一緒になるかな。
別にティーダ自身がどうしても一緒になりたい誰かがいる、というわけではない。全員を見回しているようでその実ティーダの目が追っているのは二人しかいない。
クラウドとバッツ。恋人同士であるはずの二人。
……なのだが、周囲に関係を隠しているせいで普段の二人はろくに接点がない。とある出来事がきっかけでティーダはこの事実を知った(そしてこのときの印象が強すぎて二人の関係に疑問が湧かなかった)のだが、言われなければ全く分からないほど、彼らはばらばらに行動をしている。
今も、年長者ゆえに仲間をまとめることも多いクラウドは光の戦士とセシルと仲間をどう分けるかで悩んでいるし、バッツはバッツでこの世界に来てからよく行動を共にしているスコールとジタンを相手取ってなにやら話している。二人は目線すら合わない。
それをじれったく思っても二人を一緒にしたい理由を話せないから、ティーダにできることはない。
今回もばらばらになるのかな、と少しがっかりしながら準備体操を始めようとしたその時、少し風向きが変わった。
「わるい、頼みがあるんだが、いいか?」
「フリオ? どうしたんスか?」
固まりかけていた空気を動かしたのは、ティーダが長くこの旅路を共にした青年だった。フリオニールは手を挙げて周囲の目線を集めると、その体を困った表情で顔を見合わせていたオニオンとティナへ向ける。
「問題がなければ、俺、オニオンたちと組んでみたいんだが」
「僕ら?」
「ああ。魔法の特訓がしたいんだ」
突然の指名に目を瞬かせた少年に、フリオニールが頷く。話を聞くところによれば、彼は数々の武器を扱うのに長けてはいるが、空中ではその実力を十全に発揮できないという。そのため空中では魔法が中心となるが、魔法を行使するのは武器程にうまくはないから、これを機に訓練したいとのことだった。確かにこの世界に現れる断片は足場があまりない場所も多い。なにかあった時に不得手だったからというのは言い訳にならない。
「わかった。では、フリオニールはオニオンたちと組んでもらおう」
「よろしくね、フリオニール」
「僕の指導は厳しいから、覚悟してよね」
「頼りにしてるさ」
「じゃあ、おれ達は別行動がいいよな。一緒になると人数がかたよるから」
そう話しながら、バッツが皆で固まっていた位置からスコールとジタンの手を取り少し距離を取った。組分けをわかりやすくしようとしたのだろう。オニオンが気付いて、ティナとフリオニールに声をかけて、塊からバッツと反対の位置へと移動していく。どことなしかほっとした表情を浮かべていたように見えた。もしかしたら、普段からティナへのアプローチが絶えないジタンと離れることになったことに安心しているのかもしれない。
「あれ? そういえばスコールは魔法使えなかったっけ?」
「……あれは魔法じゃない」
「え? 魔法じゃない?」
スコールの小さな返答に、バッツとジタンが食いつき再び話し始める。
そんな三人を横目で見つつ、ティーダはクラウドに声をかけた。
「クラウドはどうするッスか?」
「――俺は剣の方が性に合う」
少し空いた間を、ティーダは勝手に解釈した。なるほど。
「そっスか。オレも魔法は使えないから、オレとクラウドがバッツたちと、セシルはオニオンたちと行くってことでいいんじゃないッスか?」
「そうだね。ウォーリアも僕たちのほうでいいかな? そうすれば、ちょうど半々に別れるから」
ティーダの意図を汲んだわけではないだろうが、セシルがそう引き継いで、確認するように光の戦士を見た。彼は誰が決めたわけでもないが、いつからかティーダたちコスモスの戦士をまとめる立場に収まっている。セシルが問うたのは、最終確認の意味もあるはずだ。問いかけをきちんと理解した光の戦士は、すでに癖になっている動きで他の仲間を見回し、そして頷いた。
「ああ。問題はない。私も魔法を学ぶいい機会だ」
「え? ウォーリアって魔法使うのか?」
「盾が武器じゃなかったんスか?」
「フリオニール、ティーダ、落ち着いて。確かにウォーリアは盾を振り回してるイメージがあるけど」
剣のことも忘れちゃだめだよ、なんて諌めているのか助長しているのかわからない言葉をセシルが続ける。
「でも、私たちが固まって、クラウドたちの誰かが怪我をしたら……」
「それはバッツがいれば平気じゃない?」
「おう、まかされた!」
言外にしっかりしてよねという雰囲気を纏わせたオニオンの声に気付いていないのか、朗らかに請け負った彼の笑顔に、誰ともなく肩の力を抜いた。かくいうティーダもその一人だ。バッツがそう言ったのならなんとかなるだろう、と思う。
特異さゆえに目立つ『ものまね』の裏に隠れてしまうが、彼の技能は多岐にわたる。白魔法は使えるし、薬の調合もお手の物だ。ティーダも何度か恩恵にあずかっている。なんでも、バッツの世界のクリスタルの力で数々のアビリティを覚えたという話だ。ただ、記憶の欠落が激しいバッツは、思い出せないアビリティも数あるらしい。楽観的すぎるでしょ、といったのは同じくクリスタルの力で数々の技を操るオニオンナイトだ。
それでなくても、旅人を自称するバッツはなんでそんな行動とったのに生きているんだ、と思うほど生存能力が高い。生命の色がほとんどないこの世界で、彼のしなやかな力強さはどこか安心感をもたらすことが多かった。
そうして後顧の憂いを解消したティーダたちは、各組ごとでの突入後や、緊急時の作戦などをいくつか確認し合った後にようやく、ひずみへの行軍を始めることとなった。
別行動となった五人がひずみの中へと消えて行ったことを確認してから、ジタンがティーダへと向き直った。
「やるなあ、ティーダ」
「なんの話ッスか?」
口ではそう言いながら、ティーダは会心の笑みを浮かべた。フリオニールとセシルの生真面目さという助力があったとはいえ、こうもうまく行くと気分がいい。普段こういった機転は働かせないのでなおのことだ。
「じゃあ、おれたちも行こうぜ」
「そうだな、お宝があるか楽しみだな!」
先陣を切ったバッツとそれに応じたジタンが、そろってひずみの中に飛び込んだ。阿吽の呼吸だった二人に対し一歩反応が遅れて、ティーダは焦る。しまった、確かバッツとジタンを放っておくとまずいんじゃなかったっけ。
あの二人は目を離すとお宝のにおいがするとか言って勝手にどこかに行ってしまう、手綱をつけたい、迷子紐でもいいと以前憔悴しきったスコールが呟いていたのをティーダが聞いたのは、たまたま作戦会議の後ろを横切ったという不可抗力だ。
ひずみの中に消えた二人を追って、次に動いたのはクラウドだった。二人が勝手にどこかに消えることを危惧したのだろう。ティーダの記憶が正しければ、クラウドもあの会議に出席していたはずだ。いや、それより、せっかくこちら側にバッツと付き合っていることを知っている面子ばかりが集まったのだから、彼と行動すればよかったのに。そういえばバッツもバッツでいつものようにジタンと先行してしまった。こういう機会くらいクラウドと一緒になればいいのに。まあ、ひずみに入ってからって考えなのかもしれないけれど。
そんなことを悶々と考えていたせいで、不意打ちの一撃を危うく聞き逃すところだった。
「ありがとう」
「えっ?」
慌てて振り向くも、声の主はすでにいない。僅かに揺らめくひずみの光があるのみだ。
「どうした?」
「いや、いま、なんかすっごい貴重な瞬間に立ち会ったっていうか、し損ねたっていうか」
殿を務める気らしい(もしかしたらバッツたちの迷惑を被りたくないだけかもしれない)スコールが残っていて、ティーダの挙動に眉をひそめていた。慌てて弁解になっていない話をまくし立てて、オレたちも急ぐッスよ、とティーダは踵を返す。
スコールはそんなティーダを、ため息一つで見逃すことにしたようだった。
「気を抜くなよ」
「わかってるって! 行くッスよー!」
ごまかせたことにばかり気を取られていたティーダは、この後大変なことになるとはまるで予想せずに、勢いよくひずみへと飛び込んだ。