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福岡 野口整体

「食べる」とは何か?


食べるという事は人間にとって非常に重要で古今東西さまざまな食養生が説かれています。

TVや雑誌でもこれを食べると良い・こういうのはいけない・長寿の人はこういうモノを食べているなどをよく取り上げて特集しています。

でもまず「食べる」という事の根本的な話をすると、人間は食べるから生きているのではなく生きているから食べるのです。

生きようとする力があるからムシャムシャモグモグと色んなモノを食べる力があるのです。

そして生きる力が無くなれば食べる力も無くなるのです。

死にかけている人に食物を与えて食べさせれば再び元気になって生きるかというと、そうではありません。食べ物が人間を生かしているのであれば、ガス欠した車にガソリンを入れると再び走り出すようにその人は再び元気ハツラツになるはずです。でもそうではない。という事はつまり食べ物が人間を生かしているのではないという事です。

生きる力がある人は食べ、そうではない人はもう食べない。そういうふうに人間は出来ている。

又、人間は体に必要なモノは取り入れ不必要なモノは吸収せずに捨てます。生きる力が「それ」を必要とするから「それ」を消化吸収して栄養にするのです。口に入れて飲み込みさえすれば栄養になるのではありません。食べ物を体内に入れる=消化吸収されて栄養になる、ではありません。

それから、消化器(胃や腸)が丈夫でそれがよく働く人は食べ過ぎて栄養過剰になりやすい傾向にあり、又、全体的に現代人は不必要に食べ過ぎているようです。

それは何故か?

ストレスです。イライラのはけ口として食べるのです。この事はことさら声を大にして言う間でも無く、あなたも経験済みで十分ご存じでしょう。

では何故「食べる事」でストレス解消しようとするのでしょうか?

それは「食べる」という事は人間にとって最も本能的行為であり、しかも一番手っ取り早く特に労力も要せず快楽を味わいつつ身心を緩ませる事が出来るからです(飲酒も同じです)。箸か手で摘んで口の中に放り込みモグモグ噛んで飲み込む。たったこれだけで済みます。ラクチンですね。3才児でも出来る行為です。

ですが、お手軽なストレス解消法であるが故についついやってしまい、頭では判っているけどなかなか止める事が難しい。特に女性には難しい。つい食べてしまう。こうなるともう「癖」と呼ぶしかないのかもしれませんが、要するに、ストレスで食べ過ぎて慢性的な栄養過剰状態になって体を壊してしまうのです。

他に、幼少期の心理的欠乏感から食べ過ぎてしまう場合もあります。

又、律儀に1日3食きちんと毎日同じ時間に規則正しく食べる事が体に良いと思っている人がいます。しかしそれは時計の針に正確なのであって、自分の体が食物を要求する刻(とき)に正確ではありません。その日の食欲の有無・体調の良し悪し・気温・湿度・労働やスポーツによるエネルギー消耗度合の相異などによって毎日お腹が空く時間が違うはずです。それなのにお腹が空いていようがいまいが関係なく毎日同じ時間に食事をする。その時間にちょうど空腹だったら良いがそうでなければ食べ過ぎになってしまいます。

又、栄養成分などを分析した本を見てそこに載っている数字で食べ物を選んで食事する人がいます。例えばその本に載っているサラダと現実に食べるサラダは、ほとんどの場合において違うのですから本の数字通りであるはずがないのに、そうする事によって何となくある程度はキチンと摂取したという気になり自己完結して安心するのでしょう。こういうのは「頭で食べている」といいます。

本来、食べるという事はもっと本能的な事であるべきで、これが体に良いから食べるとか、何時になったから食べるとか、これこれこうだからこれを食べるとか、そういう食べ方は止めて出来るだけ「空腹になったら食べる」という事をやれば宜しい。

そして、不味いと感じるモノは食べず美味しいと感じるモノを食べれば良い。

しかし、だからといって自分の好物ばかり食べれば良いというのではありません。当然ですが「過ぎる」のは食べる事に限らず何事でも良くないのは言うまでもありません。もっとも、人間は自分の好物のみを永遠と食べ続けると嫌気がさすので絶対不可能ですが。

又、食べていて「美味しい」と感じなくなったら、そこで食べるのを止める。
それはあなたの体が「もう要りません」と言っているからです。

ですが、総じて先ず自分の体の要求を敏感に感じ取れる体にして、それからその時その時の体の声に従う事が重要かもしれません。