What we do not know yet;
まだ何がわかっていないのか

1)相互作用エネルギー
 相互作用エネルギーさへきちんと見積もることができれば,フェイズ・ダイアグラム(溶解度曲線)を計算だけで見積もることができます.つまり,どのような条件(温度,pH,塩析剤の種類と濃度など)で結晶化を行えば適切な結晶が晶出するかを予測することができます.実際に,金属(合金)結晶などの場合には,相互作用エネルギーを数パーセントの誤差で見積もることができるため,フェイズ・ダイアグラム(相図)を計算だけで完全に予測できます.しかしながら,タンパク質の場合には下記のようにまだはなはだ不十分な状況です.

●相互作用エンタルピー:タンパク質分子間(結晶中,水溶液中ともに)や水分子-タンパク質分子間(水和)の結合エネルギーは,まだまだ50%くらいの誤差でしか見積もることができません.クーロン力,水素結合,ファンデアワールス力などが主な相互作用ですが,タンパク質分子直近の局所的な部位に働く力を見積もるには,溶媒の水分子を含めた環境がもはや連続体と見なせないために「誘電率」がわからないことが主な原因です.近年,よりラフな解析方法として,阪大蛋白研の松浦先生らが中心になって,結晶中の分子間接触部位(「マクロボンド」と呼ばれる)についてのエンタルピー解析が精力的に行われており,タンパク質結晶の平衡形などが予測できるようにようやくなってきました*.
* H. Oki, et al., Acta Cryst. D55 (1999) 114; H. Hondoh, et al., Cryst. Growth Design 1 (2001) 327.

●相互作用エントロピー:水のエントロピーなどを含めると,ほとんど手が着けられない状況です.ですので,タンパク質分子の自由エネルギーの計算は,まだまだできる状況にありません.しかし,いくつか有用な知見をもたらしてくれると考えられる研究手段はあります.
水和・脱水和の際の水の体積変化:タンパク質結晶の溶解度は圧力をかけると変化します*.その際の溶解度の圧力依存性より,タンパク質の特定の分子表面が水和・脱水和される際の「水の体積変化」を求めることができます.この体積変化を分子動力学等の計算科学の結果とつきあわせることにより,近い将来,水和・脱水和の際の水のエントロピー変化にアプローチすることができるようになるかもしれません.
* G. Sazaki, et al., J. Crystal Growth, 196, 204-209 (1999): Y. Suzuki, et al., Biochim. Biophys. Acta -Protein Structure and Molecular Enzymology, 1595,345-356 (2002): Y. Suzuki, et al., Crystal Growth and Design, 2,321-324 (2002).
中性子構造解析による水和水の構造決定:中性子線回折法により,タンパク質分子表面に水和している水分子の構造を決定することができます.種々のタンパク質分子表面での水和構造が明らかになれば,大きなインパクトを持ちます.この分野の発展を願っています.

2)核形成やクラスタリングなど結晶化の初期過程
 タンパク質は,その大きさが数nm〜数十nmと極めて巨大な分子です.そのため,これまで直接観察が不可能と思われていた「核形成」や「クラスタリング」などの現象について,タンパク質分子をモデル物質とすることによって直接観察が可能になると考えられます.実際に,タンパク質分子の結晶表面上での2次元核形成などはAFMを用いて盛んに観察されるようになってきました.タンパク質分子は,結晶成長の基礎的な素過程を実験的に明らかにするための絶好のモデル物質と言えます.現在,AFMのみならず,動的・静的光散乱法による観察や,X線や中性子線を用いた小角散乱実験などが精力的に行われています.

3)タンパク質分子が結晶表面に取り込まれる際のカイネティクス
 タンパク質分子の周囲には多くの水が硬く吸着されています.これらの水は,タンパク質分子の分子構造を保持するためにも必須であり,これらの水を含めて一つのタンパク質分子と考えるべき状態にあります.

リゾチーム分子(灰:炭素,赤:酸素,
青:窒素,黄色:硫黄)

リゾチーム分子(青:リゾチーム,赤:リゾチームに吸着して特定の構造を持つ水の酸素,これ以外にも構造を持たない多くの水が吸着している)

そのため,タンパク質分子が結晶相に取り込まれる際には,分子表面の特定の部位の水がはずれて(「脱水和」),タンパク質分子同士が結合しあう必要があります(1〜2分子層の水を介したタンパク質分子間の結合も存在します).この「脱水和」過程が,結晶表面でのタンパク質分子の取り込みを律速していると現在考えられています.しかしながら,この脱水和過程を直接研究している例はほとんどないのが現状です(不勉強なせいもありますが,私は例を知りません).この過程を明らかにするための新しい方法論が待たれます.

 また,タンパク質分子は完全に異方的な姿形をしています.そのため,タンパク質分子が結晶相に取り込まれる際には,分子が正しい方向から正しい向きを向いて所定のサイトに接近してくる必要があります.この様な分子の異方性を取り入れた結晶成長モデルが必要です.


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