「これから論文を書く若者のために」
出版後の進行状況

若手研究者のお経
進行状況ホーム


12/31(水)の進歩 帰省取り止め 今朝から横浜の 実家に帰省する予定であった。しかし私は、大掃除以来ずっと風邪気味である(スキーには行ける程度の「気味」)。そして実家の母は、質の悪い肺炎を患って いる。暁子は、「お義母さんに風邪を移しては大変」と言う。そうか。でも母も、我が子と正月を過ごしたいであろう。取りあえず電話してみることにしよう。 そして私が、「風邪引いているけど大丈夫?」と聞いたら、「家に入るな」と の返答であった。というわけで暁子だけ帰省し、私はじゅりと一緒に仙台に残ることになった。
 仙台に来て随分立つけれど、正月を仙台で過ごすのは初めてである。さらには、正月を一人で過ごすのも生まれて初めてだ。帰省するつもりだったので、年越 しの用意は何もしていない。暁子を仙台駅に送った後、朝市に行っていろいろ買い込んだ。まずは年越しそばと餅を買い、次に刺身を物色した。ブリが好きなの で探したけれど、どの店にも無い。ようやく見つけたのが一本そのままの丸モノで、しかも鹿児島から来たものだった。こんなに食べきれないし、鮮度もどうか なあ(遠く鹿児島から運ばれてきたのだし)と思い、ブリはやめた。そのかわり奮発して本マグロの大トロを買った。次に三越の地下に行って、おせち料理を買 おうと思った。しかし高い。こんなちっちゃなお重で四千円かいと思い、購入を断念した。帰りにスーパーに寄って、それらしい品を買うか。やっぱおせちが無 いと気分が出ないしねえ。
 それでは皆様、良いお年をお迎え下さい。修論生へ。何か相談事があったら自宅に連絡するように。酔っていて役に立たないと思うけど。
12/30(火)の進歩 暁子、別人となる 昨日で今年 の更新は終わりのつもりがまたも更新だ。今日は、暁子と一緒に山形蔵王にスキーに行った。暁子は、去年、生まれて初めてスキーをした。そして今年は今日が 初めてだ。どうなることかと思ったら、なんと、スキーも履けなくなってしまっていた。靴を金具にはめ込もうとしてもうまくいかない。十分くらいうだうだし ているので、私が、足を押したり肩を押したりしてどうにかはめ込んだ。滑ってみると、昨シーズンの二日目くらいの状態に戻っていて、時速数キロというボー ゲンでじわーじわーっと進むのであった。また一からやり直しか? しかしこれでは永遠に同じことを繰り返すのではあるまいか? ところが、時間が経つと共にだんだん感覚を取り戻してきたようだ。そして午後には、ボーゲンながらも時々足を揃えたまま曲がるようにさえなっていた。「朝にはスキーを履けなかった女とは思えない」(本人談)である。午後三時半頃 に帰宅。帰省するので疲れを残さないようにと早めに切り上げた。風呂に入ってビールを飲み、二人一緒の初滑りを祝った。
12/29(月)の進歩 新生仙台記念日 またしても一 年が終わってしまう。あまりの早さにげんなりするばかりだ。今年は、ベガルタ仙台が J2 に降格するという衝撃の年であった。しかし私たちは必ず復活する。一年で J1 に戻り、以降は、J1 の強豪クラブへと発展して行くのだ。降格が決まった 11 月 29 日を、仙台の新生記念日としよう。この日を、憲法記念日・サラダ記念日と並ぶ日本三大記念日とするのだ!
 ここへ来て、市原から大柴(山梨県出身)、帝京高校から関口(東京都出身)という二人の加入が決まった。ともに東北とは無関係で、私の心配(12/24 の進歩参照)は杞憂に終わりそう。良かった。大柴はベルデニック監督の教え子だし、関口は U18 代表候補だ。期待しているよ。
 卒業生のキムタカが私の留守中に訪問してくれたらしい。私はその頃自宅で、ジャッキー・チェンの映画を見ていた。ちなみに、暁子が彼の大ファンで、何か というと彼のビデオを借りたがる。私は、ビデオ屋に行っても借りたいものを決められないタチなので、結局暁子の借りたいものを見ることになるのだ。それは ともかく、キムタカに会いたかった。彼女と一緒だったと聞くと、後悔のてんこ盛りである。また遊びに来ておくれ。一人でじゃ駄目よ。
 くにっちの修論の結果の章にコメント。休みの間に他の部分も書いておくように。
 日記更新はしばらくお休みです。明日も仙台にいるけれど、修論生をほってスキーに行くつもりなので、大学には来ません(きっぱり)。皆様、良いお年をお 迎え下さい。そして来年もよろしくお願い申し上げます。
12/28(日)の進歩 指輪買った 暁子が仙台に戻っ て来た。今月 25 日が暁子の誕生日だったので、たまにはプレゼントでも買おうということになった(何年ぶりかなー)。で、大人っぽく指輪だ。モールに行って、貴金属店を見 て回った。私の目にはどの店も同じに見えるのに、「この店はおばさん臭い」とか言っている。生意気言うようになったねえ。そしてどうも、どの店も今一つみ たい。ところが、ある店で店員に話しかけられると状況は急変した。20 分ほどいろいろ見せてもらい、気に入ったものを見つけた。そして堂々と購入した。それにしても、指輪とは奇麗なものだと思った。
 実を言うと、11 月 26 日はじゅりの誕生日だったのだけれど、こちらは何もせずほったらかしていた。せっかくだからじゅりにも何かあげよう。やっぱ食べ物だろうな。というわけ で、一缶 98 円のペディグリーチャムを買ってあげた。じゅりは大 喜び。お皿に盛った時から目の色が違っていた。すぐに「よしっ」と言って食べさせようかと思ったが、「ハッピーバースデー」を歌うべしと暁子が意見した。 「待て」と言って斉唱を始めた。しかし御馳走を目の前に待つのは無理らしく、ぺろぺろ舐め始めた。その度にじゅりを制止して歌い直しとなり、三度ほど歌っ てようやく御馳走をいただいたのであった。
12/27(土)の進歩 選手層を厚くしないと 仙台の 最重要課題は選手層を厚くすることである。今シーズン怪我で泣いたのも選手層の薄さゆえ、すなわち、主力が使えないときに出てくる選手の力が劣っていたた めだ。今シーズン限りで、岩本・森保・小村・山下・ファビアーノといった主力が去った。なのに、新しく主力となる選手の補強はまだまだという感じである。 このまま主力を補強せず、(シルビーニョ・佐藤らを除くと)似たり寄ったりの選手ばかりで闘う気か? 誰が出場しても大して変わらないという意味で層が厚いと言えなくもないが。でも それではビリになっちゃうかもしれない。新フロント陣、頑張って主力を補強しておくれ。
 しいちゃんの修論にコメント。ここまで来て何だけれど、こういう解析を加えてみたらと助言した。で、再解析してみたら、話がびっくりするほどすっきりし た。しいちゃんも嬉しそうに輝いて見えた。気がかりに目をつぶることなくやってみることは大切だねえ。モリナガも、私が仮 OK を出した修論に満足せず、もっと練り直したいと言ってきた。私 が信用出来ないっつーのか。その向上心が大切だ。
 私もそろそろ年末年始の休暇に入る。研究室に出てくるのは 29 日か 30 日のどちらかだけの予定。新年は 5 日に出て来るつもり。4 日に出て来てもいいのだけれど、多分、修論生をほっておいてスキーに行ってしまうであろう。しいちゃん・くにっち・ひさし・モリナガ、頑張っておくれ。
12/26(金)の進歩 テル移籍 ベガルタ仙台 MF 岩本 輝雄の名古屋への移籍が決まった。2001 年に移籍して来て仙台を J1 に昇格させ、今年元通りにして去って行く(J2 降格)という後を濁さない仕事ぶりであった。ベルデニック監督が、攻撃に関しては人をうならせるものの、守備に関しては無責任な彼を信用するはずもない。 監督が替わった時点で移籍は決まったようなものであった。彼を自由にさせ攻撃面での長所を引き出した清水前監督は偉かったということか。それにしても、岩 本の Hrios といい、清水前監督のフットボールデザインといい、ベガルタ仙台の 選手・監督をずーーっとやっていることを前提としたみたいな商売、大丈夫なのかなあ?
 モリナガの修論にコメント。取りあえずは OK を出した。お疲れさま。その後、しいちゃんが改訂稿を持ってきた。明日までに読もう。
 某所まで時間を無駄にしに行った(望んで行ったわけではない)。疲れた。大将があんなんじゃ、先が思いやられるな。で、車で行ったので、カーナビの道案 内機能をさっそく楽しんだ。とは言っても、私にとっては通い慣れた道だ。カーナビの案内に、「こんな道行かせるのか。素人よの」と思いながら運転した。 「右です」という指示に、左に曲がってみせるという挑発(だって、左折する方が早いんだもん)も通じなかった。「右です」の指示を忘れたかのように、「目 的地付近です」と臆面もなく話していた。
12/25(木)の進歩 カーナビ装着 カーナビを着け てしまった。色々な車屋を見たらかなり高いので諦めていたら、インターネットの通販だと随分安く買えることに気づいた。さらに気づくと注文していた。そし て今日の午前にトヨタネッツに持ち込んで装着してもらった。さても楽しみなおもちゃが来た。
 カーナビの装着を待つ間、自宅に戻って室内の大掃除をした。まずは、塵落としで部屋中の埃を払った。室内がもあもあとした所で、今度は掃除機がけだ。と ころが、掃除機のスイッチを入れてもうんともすんとも言わない。どうも壊れてしまったようだ。人がせっかくやる気を出しているのに盛り下げる気か。しかし これではしょうがないので、電激倉庫までひとっ走りして新しい掃除機を買った。新しい掃除機は、軽くて吸引力が凄かった。前の掃除機(7 - 8 年前のもの)とはずいぶん違い、「文明の進歩だな」と感心した。この進歩感がたまらなくて、私は、新しい製品が欲しくなってしまうのだ。
 2005 年のシーズンから J1 は 18 チームになるそうだ。これは良い知らせじゃ。来年四位以内に入れば J1 参入の可能性が開けるのだから。私の予想では、J2 の 1, 2 位が無条件で昇格し、3, 4 位が、J1 の 15, 16 位と入れ替え戦をすることになると思う。となるとやはり 2 位以内に入っておきたい。J1 の 15, 16 位に金のあるクラブが来たら、入れ替え戦に勝つための補強をしてくるかもしれないから。で、仙台の新 社長が就任。有言実行でお願いします。
 くにっちとデータについての最終議論。これで本当に方向も固まった。その後、モリナガの修論の考察にコメント。あと一息だ。修論生の分際で(これは厳しいか)くせして(これも冷たいか)だっ つーのに(ここらで妥協しておこ)帰省するらしいから、帰省前に終わらせようね。
12/24(水)の進歩 嫌な予感  ベガルタ仙台もよう やく、来期に向けて新戦力を取り出している。しかし、それを見るとどうも嫌なことを思い出してしまう。

手倉森コーチ(大分より移籍):青森県出身
原崎選手(大宮より移籍):青森県出身
中田選手(新加入):岩手県出身
大河内選手(新加入):青森山田高校。出身は愛知県
萬代選手(新加入):宮城県出身

ご覧のように全員が東北がらみなのだ。私が連想するのは、仙台の暗黒時代 --- 壱岐総監督・鈴木監督の時代 --- である。この無能コンビは、こともあろうにプロチームの選手を、実力ではなく出身地 で選んだ。そして、「地元の選手を揃えた」と自慢していた。結果がいかに悲惨であったかは説明には及ばないであろう。たしかに、「地元出身 の選手を見たい」と思う方がいることは私も理解している。しかしその方たちも、「チームの実力を犠牲にしてでも地元選手」とは思わないはずだ。監督・コー チ・選手は、その実力のみで評価して欲しい(こう書くと、すごく当たり前な気がするのだが)。もっとも、金も無し、練習・医療環境も不十分、フロントにビ ジョン無し、社長は役所仕事と掛け持ち、おまけに J2 に落ちちゃったでは、仙台に来ようという気が起こらないか。出身地東北のクラブを盛り立てようと熱く語ることが唯一の勧誘手段で、そのため 東北出身者しか集まらないのかも?それはともかくも、上記新戦力が、出身地ではなくその実力で選ばれたのだと信じたい。
 昨日に引き続き、しいちゃんの修論にコメント中。英語が上手い。ほとんど手を入れる必要がない。低密度区と高密度区での違いにももう少し注目してはどう かと助言した。その後、ひさしとアイコンタクトした。「今週中に修論構想を」「わかってます」という感じだ。
 今日は 12 月 24 日。研究室は閑散としている。そんな中、ヒラガもいないので「おおっ」と思った。ファッ ションにも目覚めたらしいし、ついにやったか!。が、石巻に釣りに行ったそ うである。今日の日の意味を理解する日は遠いのか。
12/23(火)の進歩 大掃除 午前中、しいちゃんの 修論のイントロとマテメソへのコメントを完成させた。それをしいちゃんの机の上に置いて帰宅。大掃除(窓ふき)をした。昨夜、一階の窓の内側とサッシを掃 除しておいたのだけれど、明るい所で見ると結構汚れが残っている。「やり直しだよ」と憤然としながら、全ての窓・サッシを綺麗にしていった。私はどうも物 事に力を込めてしまうたちなので、休もうともせず全力でぐいぐい擦った。おかげで指はぶつけるし、筋肉は痛くなるしで、夕方に終了したときはへとへとに なってしまった。風呂に入って ビールを飲んだけれど、疲れ果てて身体の具合も悪くなっちゃった感じで、九時半には寝てしまった。付記:天皇杯セレッソ大阪対ヴィッセル神戸の録画中継を 後半 30 分くらいまで見て寝てしまったのだけれど、0-2 から大阪が逆転したんだって。すごい。頑張って見ればよかった。前の試合に続き連続二得点のバロン、確か戦力外通告のはず。仙台で取らないかな。
 ベガルタ仙台の斎藤広報担当っていったい何なんだ。呆れた(前からだけど)。12/22 の練習日記で、「報道関係者からの一方的な広報バッシ ング記事 に対して、気にするなと言う励ましのメールでした。とっても嬉しかったです」だと。「一方的」ってあなた、自分が悪いという発想はないの? 言っておくけど、多分みんな、あなたの敵だからね(味方は、そのメールをくれた人くらいでしょ)。それに、あなたの日記じゃあるまいし、練習日記に何でそ んな個人的なこと書くわけ? 仙台のフロント改革の第二歩(第一歩は京極辞任)は、斎藤広報をクビにすることだな。
12/22(月)の進歩 修論読みまくり 研究室に来た ら、くにっちとモリナガの修論が机の上に置いてあった。同時に二つあるとき、ぢちらに先に目を通すのかは微妙である。後回しにされた方がいじけるやもしれ ないのだ。で、今日は、くにっちのを先に読んだ。なぜならば、くにっちの修論が左側に置いてあったからだ。左団扇という言葉を思いだし、若干の好感を抱い たのだ。その後、しいちゃんも修論を持ってきた。さらには、くにっちとデータ解析方法について議論した。統計は難しいわ。
 ヒラガより若者の私(12/20 の進歩参照)は、先日 Loft に買い物に行った。買ったのがフライパンというは、今一つ若者らしさに欠けたか。
12/21(日)の進歩 初滑り 一人で、山形蔵王へス キーに行った。週末の大雪で雪は充分、さらさらの雪と樹氷が綺麗だった。一人ということもあって、リフトに乗っては滑りリフトに乗っては滑りを、休むこと なく延々と繰り返した。せっかく来たのだからと思うと、見境が無くなるんだよね。御飯がたくさんあると、いつまでも食べ続ける犬みたいなもんだ。午後三時 くらいになると、腿が重く痛くなり、身体中に疲れが蓄積している感じだった。表情はきっとやつれ果てていたと思う。さすがにちょっと休んで玉コン二串食べた。休息後もう 一度滑ろうとしたら、膝が痛くて曲がらなくなってしまった。さすがにこれはまずい。その昔に膝を痛めたとき、一ヶ月くらい階段の上り下りが出来なくなった ことを思い出した。シーズンが始まったばかりというのにそうなっちゃ意味無いよと、犬よりは分別があるところを示し、帰宅した。
12/20(土)の進歩 よそ様は  ベガルタ仙台 DF 根本も仙台を去りそうな雰囲気らしい。もっとも彼に関しては、鹿島復帰が決定という報道が全国的にはなされていて、宮城県内でだけ、仙台残留も含め去就は未定という扱いだったけれど。一方、一緒 に J2 落ちした京都は、市原から崔龍洙 を獲得だって。羨ましい。お金あるねえ。結局、大きなスポンサーが付いているかどうかで決まってしまうのか?
 昨日の忘年会での会話。

私「ヒラガ、Loft に 行った?」
ヒラガ「Loft って …………? 屋根裏についているやつですか? 兄の家にあったんで行きましたよ。」

ヒラガ(M1)と私、どっちが若者っぽいかな。ちなみにヒラガは、服を買うとき、一番安い品の中から気に入ったものを買うそうだ。そのためか、超お洒落と は言えない。今度彩子が、ファッションセン ターしまむらにヒラガを連れて行き、上から下まで完璧な安さでコーディネー トするそうである。
 イ・タポン隊長を頭に、研究で花粉の数を数える学生たちが、コールターカウンターというハイテク機器の導入を検討していた。これは、血球の数などを数え る医療用のもので、北大で花粉数えに使っているのをみて感動したらしい。しかし検討の結果、すげーー高い割には問題が多い(そもそも医療用、花粉数え用に は設計されていない)ということになり、取りあえずは購入を断念、もう少し検討を続けるとのこと。どこかの会社が、花粉数え専用の機器を開発してくれれば いいのだけれど。しかし、日本で花粉を数えている人は全部で十人かそこら、その半分 が内の研究室では採算が取れないのだろうなあ。
12/19(金)の進歩 山下退団 FW 山下が仙台を去るらしい。残念。「仙台の J1 復帰のために闘う」という愛を期待していたのだけれど。本所属の福岡が J2 に落ちたときは移籍しておいて、レンタル先の仙台が落ちたときには残るのでは、「裏 切らな者」という誹りを福岡サポから受けちゃうのかねえ。そう言えば、天皇杯の新潟戦が終わった後、新潟のベンチに一人だけ挨拶に行ってい たけれど、あれは何だったんだ? 新潟移籍? もしそうなら、新潟サポの皆様、山下をよろしくお願いします。でも、ほんとに欲しいのですか? 彼を、私たちが望んで移籍させるのではないことをよーーくご理解下さい。「降格請負人」とか言われてますけど。<-- 新潟には、J1 にずっといて欲しいと思っている。
 くにっちの修論の Materials and Methods にコメント。自分の執筆速度が速いのか遅いのか気にするくにっち。それよりも、提出に間に合うのか間に合わないのかを気にした方がいいぞ。
 生物学科三年生向けの研究室紹介をした。人は多かったけど、発生学研究室の紹介と午後の講義の狭間という時間帯にやったので、ただその場に居た人も多い ことだろう。発生研の紹介が終わった後、私は気を遣って、「ちょっと時間をおくので、興味ない人は出て行っていいですよ」と言った。そういう時は出て行か ないものだぞ、○藤 ーー!
 午後は研究室の大掃除。そして夜は忘年会。今年ももう終わりか。
12/18(木)の進歩 異端児 ベガルタ仙台の元 MF 山田隆裕が仙台での三年間を綴った本「異端児」が出版された。即購入して即読んでしまった。選手の視点ならではの記述に、「なるほど」とか「そうだったん だ」と感心することしきりで、仙台サポ必読の書と思う。所々、ウケてしまう描写もあった。たとえば、J1 昇格を決めた京都戦、終了間際に仙台が得たコーナーキック。確かに仙台は点が欲しかったけれど、失点しては話しにならない。そして、まだ後半 42 分。(以下、適宜抜粋して短くまとめている)。

後ろからスーッとあのカリアゲが現れた時には、一体どこのサポーターが乱入してきたんだと思いました。恐る恐る仙台ゴールを見ました。案の定誰もいませ ん。「範夫さん(注;カリアゲの人物。仙台 GK)、戻って!」。でも範夫さんはトランス状態です。「俺が決める」という気迫が満ち溢れて、顔を見ると、危ない感じすら受けました。範夫さんはマジで した。その証拠に、エリアにたどり着いた瞬間、「俺に合わせろ!」と言っていましたからね。でもCKのボールは、範夫さんとは全く別の方向に飛んでいきま した。ヘディングで競らせている時間があるのなら、わざとあさっての方向に蹴って、とっとと戻ってもらった方がいいということでしょうか。結果的に範夫さ ん、CK一本無駄にさせてます。

他の部分は、ご自身でお楽しみあれ。
 友蔵の論文セミナー。ハチが、ある同じ種類の植物種のみを訪花する性質に、ハチの記憶と学習能力がどう関与しているのかを調べた論文。すごくハイテクな 人工花を使っているので、「どこで売ってるの?」と思ってしまった。終了後、私が発作的に買ってきたケーキをみんなで食べた。例によって、じゃんけんで 勝った人から好きなケーキを選んだ(10/31 の進歩参照)。一位のモリナガは、またして も抹茶ケーキを選ぶという、一位の権利を放棄するような選択。「じじ臭いと言われたけど、僕はこれが好きなんです」と、まさにじじ臭かった。ケーキが二つ余ったので、希望者の友蔵・くにっち・モリナ ガ・ヒラガの四人でじゃんけんをした。お約束通り、友蔵とくにっちが負け。すさまじい気迫で負けた友蔵にびびったのか、モリナガとヒラガは、「みんなで分 け ましょう」とケーキを切り分けた。しかし友蔵には敗者の美学(と言うよりひがみ) がある。「食べない」と強く拒んだ。そこへ、「あー、あたしそれ食べたい」としいちゃんが参入。残りのケーキは一切れになった。「友蔵いらないの?」と聞 くと、「食べますっ」と叫んでケーキを取る友蔵であった。
 ベガルタ仙台にレンタル移籍中だった FW 金殷中が所属元の韓国大田に 戻ったらしい。来期も、貴重な外国人枠に彼を使ったらどうしようと恐れていただけにほっとした。となると、来期の外国人 FW はマルコスか新外国人か?
12/17(水)の進歩 コメント × 3 くにっちの 修論の Materials and Methods にコメントした。てるちゃんの論文へのコメントも完了し返送した。それをちょうど終えたところにモリナガが修論の改訂稿を持ってきた。要するに私を休ませ たくないわけね。
 彩子と二人、反省の日。
 昨日は、留学生向けの英語の講義が終わった(これでもうやらなくていい)開放感からたくさん書いてしまった。今日は、そんな気分になれないのでこれでお 終い。<-- 上記のようにへこんでいる。私の世代は「落ち込んでいる」と表現したが、最近は「へこんでいる」と表現するらしい。私も若者っぽく「へこんでいる」にし た。
12/16(火)の進歩 来期年間チ ケット購入 待ちに 待った、ベガルタ仙台年間チケットの継続購入案内が来た。浮き浮きと、さっそく購入手続きを済ませた。これで来期、J1 復帰を支える一員となれる。今まで年間チケットを購入していなかった方も、ぜひこの機会に新規購入しては如何。 J1 復帰となる来年と比べ今年は、新規購入の競争率も低いと思う。プレミアチケットを手に入れる絶好の機会だよ、今年は。
 ベガルタ仙台系最大の掲示板ソ シオに、清水前監督を思う書き込みがあった。

「努力すれば夢はかなうと信じて、決してあきらめない勇気を持つこと。あの京都戦以来、こんな古い陳腐な道徳の教科書に書いてあるような、ステレオタイプ のことばに、涙がこぼれるほどの息吹きを与えてくれた清水監督。人生に 指針をくれた清水監督を世界でもっとも尊敬しています。監督の写真と前進力をずっと飾ってあります。いつか仙台に戻ってくれることを願ってやみません。 」

私は、この、読む者を感動させずにおかない書き込みをした人を知っている。監督の写真というのが、こ んなのであることも知っている。
 昨夜は、J リーグアウォーズをテレビで見た。2003 シーズンに活躍したクラブ・選手を表彰する大祭典だ。面白く、かつ、じーんとなった。ただ一点を除いて。冒頭、各クラブの代表数人が順々に入場した。とこ ろが私は、ベガルタ仙台の選手入場を見逃してしまった。悔しい。仙台の選手が表彰台 に上がることはまず無いので、我が選手をアップで見る唯一の機会だったのに。----------- と思いきや、フェアプレー賞の個人表彰で、「ベガルタ仙台 ----- !」の声が。続いて「根本裕一選手 ------ !」。やったーと叫んで拍手してしまった。確かに根本は、DF だというのにカードを一枚も貰っていない。それが評価されての受賞と思う。ただしカードを貰わなかったの は、足を引っかける暇も無くスコーンと抜かれることが多かったからと いう気もするが。功労選手賞は、現役を引退した井原・福田・北沢の三氏に贈られた。北沢は、「この賞を恥じることなく」と力強く述べ、仙台の村上(彼の日記 --- KAZUS --- の微妙なずれぶりがたまらない)と同じ路線を進むことを明確にした。愕然としたのは、最優秀審判賞に、かの上川主審が選ばれたことである。何かの冗談かと 思った。この、大誤審を繰り返した最悪の審判が「最優秀」だなんて。その思いは会場の一般入場者も同じだったようで、「上川主審」の発表に 「えーーっ」という怒声が湧き起こっていた。そして、白々しく「感激の挨拶」をする上川主審。自分の家のテレビでなかったら、画面をぶん殴っていたと思 う。それにしても J リーグはどういうつもりなのだろう。こいつの悪代官ぶりにお墨付きを与えるなんて信じられない。それとも、副賞の海外研修というのが期間無期限で、永久に日本に帰ってくるなという意味か。それなら納得出来る。
 しいちゃんの修論にコメント中。論文の話の流れを再確認した。
 今日の一言。「修論を書くのって結構簡単ですよね」by くにっち。手始めに Materials and Methods を執筆中。そして、一行ごとに自分でリターンキーを入れてダブルス ペースにしていた。こ んなことする人間を見たのは 20 年ぶりである。でもって、「これ 論」片手に、どうやって執筆を進めるか悩んでいた。「これ論」を参考にするのは大変良い姿勢だ。でもこの本は理想論ばっかし書いてるから、適宜都合良く解釈した方がいいと思うぞ。
12/15(月)の進歩 今シーズン最 後に、仙台スタジアムをもう一度満員にし よう 仙台の今シーズンを改めて振り返ると、どうしても黙っていられないことが思い浮かぶ。幻のエース、マルコスのことだ。一週間 ほどで治る怪我のはずが、三ヶ月近くも試合を休んでしまった。その後一時復帰したものの、またすぐに怪我をして、結局、シーズン途中にブラジルに帰ってし まった。おかげで、仙台サポの間に不信感が漂った。仮病だとか、年俸を吊り上げるための作戦だとか、海外移籍するつもりなのだとか。真相は私にはわからな い。しかし、?千万円という高額年俸を貰っておきながら、今シーズンろくに働かなかったことは事実だ。マルコスがちゃんと働いていたら、降格することは絶 対に無かったと思う。だから、今シーズンの締めの一言を述べたい。マルコス謝りに来 い。ブラジルから日本に呼び戻して、仙台スタジアムで謝らせよう。謝 罪会で、仙台スタジアムを満員にするのだ。ピッチの真ん中に立ち、スタンドを埋め尽くす仙台サポと清水前監督にきちっと謝って貰いたい。
 ついにしいちゃんが、修論の初稿を持ってきた。お疲れさま。で、解析方法についてしいちゃんと議論。しんちゃんの原稿と本を持って話しながら、ふとヒラ ガの机に目がいった。と、マルセイバターサンドが置いてあるのが目に留まった。これが友蔵 を捉えて離さなかった品か。確かに食べたい。異様に食べたいと思った。そもそもこれは、「酒井聡樹様」宛に送られてきた菓子である。「ヒラガの所 有物である」と主張するかのように、机の上に置いてあること自体が理不尽ではあるまいか。決めた。明日もあのままだったら友蔵より先に食べ てやる。
 私自身の論文についてもちょい改訂をした。共同研究者の原田さんからコメントが届いたので、それに従って直したわけ。おかげて、モデルがすっきりした。
 お風呂に入れようとしたら、洗濯機と壁の隙間に入り込んで怯えるじゅり。
隠れるじゅり
12/14(日)の進歩 仙台の一年終わる 天皇杯で新 潟に敗退して仙台の一年が終わった。なかなか良い試合をしたものの、またしても終了間際の失点(よく飽きないなあ)で追いつかれ、最後は延長 V ゴール負け。結局の所、「全て悪ければ終わりも悪し」というシーズンであった。
 今日の試合で期待をしていたのが、トップ下で先発出場した西。仙台で唯一の仙台ユース出身者で、今期初めて、トップチームの試合に出場した。仙台のよう な金の無いクラブは、下部組織を充実させて自前で選手を育てることが不可欠である。ところが、鈴木武一無能男に下部組織を任せたためか、下部組織から育っ てきた選手はほとんどいない。それだけに、西が育つことはとても大切なのだ。その彼、将来性は感じさせた。キープ力はあるしセンスもありそうだ。しかし、 今日の試合に限って言えば駄目だった。気持ちで負けてビビってしまい、逃げのプレーばかりが目立った。若者らしく、失敗を恐れずに積極的に行って欲しかっ た。後半、フリーでボールを受け速攻のチャンスを掴んだのに、またしても消極プレーでチャンスを潰したところで監督も我慢の限界となったようだ。即、福田 に交替させられた。西よ、これから経験を積み自信を掴めば、きっと仙台の中心選手となる。期待しているよ。
 夜は、ボカ対 AC ミランのインターコンチネンタルカップをテレビ観戦した。何でこんな奴呼ぶんだというゲストと明石家さんまに辟易しながらも、世界最高レベルの試合を楽し んだ。
12/13(土)の進歩 年間チケット発売開始 待ちに 待った、ベガルタ仙台の来期 年間チケットが発売開始された(新規購入分。継続購入分とは別枠)。チケット購入は、私たちサポーターが資金貢献出来る貴重な機会だ。おまけに、 19 試合分の料金で、仙台のホームゲームを 22 試合も楽しめる。みんな、頑張って買おう。値段が高いの云々と文句を言っている人もいるけれど、それはお客さん気分の人の発想。サポはそのようなことは思 いもしない。それに、今の内に買っておかないと、J1 復帰したときにチケットが手に入らなくて泣くことになるぞ(前年の購入者は優先的に継続購入出来る)。
 明日は天皇杯の三回戦だ。仙台は奇しくも、J1 昇格を決めた新潟と対戦する。この試合、絶対に勝ちたい。我々には、現 J1 という意地があるのだ。それに、20 - 0 くらいで仙台が勝てば、「やっぱ入れ替え戦をやろう」と、鈴木チェアマンが方針変更するかもしれない(って、しないか)。ともかく、明日は 勝つ。
 さ、今から、ブランメル生態のフットサルに行って来る。
12/12(金)の進歩 いいから突撃しなさい くにっ ちと、修論の最終方針を話し合った。私はじゅりを膝に乗せ、くにっちの説明を聞いた。じゅりの耳を持ち上げて遊んでいたら、「ネバーエンディング・ストー リーのファルコン(でっかな竜)に似ていますね」とくにっちが言った。この可愛いじゅりがあんなのに似ているだとお(怒)。「でも、こっち(じゅり)の方 が可愛いですよ」と無礼な物言いをして墓穴を掘るくにっちであった。で、投稿先をどこにするか話し合った(私は、修論としてではなく投稿論文として書くよ うに指導している)。私が Oecologia を奨めると、くにっちは自信なさそうにした。リジェクトされるにしても、その頃にはくにっちは社会人となって研究を離れているであろう。亡骸の始末はして おくので突撃せよと司令しておいた。
 ベガルタ仙台の福袋の購入申し込みをした。一万円で三万円分の中身とか。仙台の応援歌で起こされる目覚まし時計やウィンドブレーカーなど、お楽しみ満載 らしい。さらには、超大吉の福袋にはホテル宿泊券が入っていて、大吉の福袋にはレプリカユニフォームが入っているんだって。郵便局で購入申し込み出来るの で、売り切れない内にみんなで買おう。
 モリナガの修論にコメント。早くも、Results の章までは完成した。後は Discussion の章のみだ。しかし、この章が難関な予感が。てるちゃんの論文にもコメント中。
 牧と雑談。話の詳細は省略するけれど、「来年あたりどっちかが死ぬかも」と 意見を述べた。
12/11(木)の進歩 審判に不安 昨日の日韓戦、主 審の誤審で前半早々に大久保が退場となってしまった。あれは、PK かどうかは微妙だけれど、シミュレーションを取るなんて絶句するプレーである。後半の試合内容は、10 人の日本が 11 人の韓国を圧倒していただけに、この誤審がなければ日本が楽勝していたと思う。あー腹立つ。相手が韓国ということで、韓国を助ける不正判定が続出したワー ルドカップを思い出してしまった。もっとも昨日の試合に限っては、韓国が審判を買収したり脅迫したりはしなかったろうけど。なにより心配なのは、来年から 始まるワールドカップ予選である。日本を含め、アジアの審判ははっきり言ってレベルが低い。98 年フランス大会の予選の後の方の試合では、ヨーロッパ人の審判に任せるようになったほどだ。審判が試合をぶち壊さないか心配でならない。
 がんちゃんの論文改訂が終わった。お疲れさま。後は、返送してアクセプト通知を待つのみだ。友蔵も、論文改訂を終え英文校閲に出した。イギリス系の雑誌 というのは、日本人が著者というだけで英語にケチをつける気がしてしまう(僻みかもしれないけど;だって、投稿前に英文校閲に出しておいたんだよ)。なん か感じ良く無いなあ。てるちゃんの論文にもコメント中。
 宏太の論文セミナー。親植物の持つ炭素量と窒素量に依存して種子の大きさが変わることを理論的に予測した論文。着眼は良いんだけどね。引き続き、ひさし の修論構想セミナー。環境条件が年ごとに大きく変動する高山環境。そこでの植物の繁殖戦略を調べるためには、データの積み重ねが必要だ。そういう意味で も、確実に貢献している研究と思う。
 くにっち・モリナガと、データ解析について鋭意議論中だ。
12/10(水)の進歩 カーナビ このところ、カーナ ビが欲しくてうずうずしている。大分で借りたレンタカーにカーナビが付いていて、その機能にびっくりこんしてしまったのだ。「ここに行きたい」と入力した ら、道をきちっと指示してくれし、私が間違えて言われた通りにしなくても怒らない。たとえば、右に曲がるところをまっすぐ行ってしまっても、全然気にせず 平穏に新たな道を指示してくれる。この、過ちを咎めない心の広さに、 一番強く感銘を受けてしまった。でも、カーナビはかなり高い。心の広さに値段は付けられないと習った記憶があるのに、なんであんなに高い値段を付けるのだ ろう?
 Behavioral Ecology and Sociobiology に返送する友蔵の論文改訂稿と、Canadian Journal of Botany に返送するがんちゃんの論文改訂稿にコメントした。どちらも、もうほとんど OK。続いて、モリナガの修論にもコメント。てなわけで、次から次へとやって来る原稿にてきぱきとコメントした。就職したテルちゃんも論文原稿を送ってき てくれたので、これにも頑張ってコメントしないと。
12/9(火)の進歩 一つの真理に気づく  一コマ目 に、英語で留学生向けの講義をした。先週の頑張りも虚しく、脱落したのは四人中一人のみ。終了後には、"See you next week" なんて言われちゃって悲しかった。来週も来る気か。それにしても、わかって貰う気の 無い講義って何て楽なんだろう。私は、感動すら覚えている。誤解の無いように言っておくと、他の講義に対して私は、わかって貰うために全力 で取り組んでいる。しかし、この留学生向けの講義の存在意義を激しく疑っている私は、「わかんなくたっていいや」と実にのびのびしているのだ。そうする と、何でも平気になる(こんな私を担当から外してくれないかな)。
 三年生が六人、研究室の見学にやって来た。卒業研究での研究室配属のための下見だ。例年だともっと遅い時期に研究室見学に来るのだけど、今年は動き出し が早い。偉いねえ。私も、一所懸命説明した。 
 Canadian Journal of Botany に返送する、がんちゃんの改訂論文にコメント。多分大丈夫と思う。
12/8(月)の進歩 新社長決定  ベガルタ仙台の新社 長が名川とい う人に決まったそうだ。仙台市の役人で、仙台市ガス事業管理者を務めているとのこと。うーーん、役人か。この厳しい時代を切り抜くためには、民間 出身が良かった。おまけに、「ガス事業管理者と社長を兼務する見通し」だと。そんな中途半端なことで、ベガルタを再生させることが出来るのか不安だ。最悪 だった、宮城県の役人出身の元社長を思い出してしまう。ともかく、やるからには命を賭けてやってくれよ。
 ベガルタ仙台の広報担当がひんしゅくを買っているらしい。その酷さは、全国的にも評判なのだとか。さもあらん。私もこの広報担当と電話で話をしたことが あるけれど、その態度の悪さに呆れたものだ。「これ論」を出版するにあたって、表 紙(一目おわかりのように、ベガルタ仙台に話を通しておいた方がよさそうと思った)のことを話そうとした時のこと。カリカリと、こちらが悪いこと をしているみたいな対応だった。例えば、「では、決まったら連絡ください。私、酒井です」と言えば、「それ(私の名前)は何度も聞きました」とヒステリッ クに叫ぶし。広報担当といえばクラブの顔。こんなので良いのかと思った。ほんの一瞬だけど、ベガルタ仙台を応援するのを止めようかとさえ思ってしまった (<-- 私にこう思わせるなんて相当だそ)。
 留学生向けの英語の講義の準備。だんだん投げ遣りになっているのが手に取るようにわかる。生物学科向けの講義に使った PowerPoint のファイルを英語に直しているのだけれど、「日本語のままでいいか」っ て思いだして、我ながらひどいなと思った。
12/7(日)の進歩 疑惑 法事のため、小田原に日帰 りで出かけた。出かけている最中、私の頭を捉えて離さないことがあった。「じゅりに朝御飯あげたっけ?」(じゅりは、家でお留守番)。通常、御飯を上げる ときは、以下の諸過程を伴う。

1. 「じゅり、御飯っ」と呼ぶ。しかしじゅりは、私をじっと見つめるばかりで反応しない。いつまで経っても、「御飯」という言葉を学習し ないんだよ。
2. お皿に、ドックフードを盛る。
3. その、「じゃじゃじゃじゃっ」という音を聞いて、じゅりが突進してくる。
4. 「おうち」と命令すると、じゅりが自分の家(ケージ)にダッシュで駆け込む。
5. お皿を置いて、「待て」と命ずる。じゅりは、私の顔を見ながらじっと待つ。
6. 「よし」と言うと、じゅりが御飯を食べ始める。
7. 水を新しいものに替える。

上記の内、2 の過程のおぼろげな記憶があるのみで、他の過程の記憶は全くない。となると、「2 の記憶も実は夕べの御飯のことだったか?」などと思えて来る。考えは堂々巡りをするばかりだ。結局、「悩んでも仕方ない」と、忘れることにした。
 七時前に帰宅。日本代表にいらいらした。負ける気はしなかったけど、しっかり点取れよ。
12/6(土)の進歩 想像 11.29 このところ、 研究室のみんなが、ベガルタ仙台の話題に触れることを避けている気がしていた。友蔵と話して、その理由が判明した。皆は、11.29 の光景をこんな感じに想像していたのだという。

雨の大分ビックアイ。大粒の雨に打たれながら(*1)、私は必死に声援を送っていた。しかしゴールを割ることができない。ロスタイム突入、最後の奇跡を信 じて、声 援は悲壮なものとなる。そしてとうとう、岡田主審が試合終了の笛を吹いた。仙台の陥落決定 ………。ずぶ濡れのまま(*2)、呆然として微動だにしない私(*3)。全ての思考が停まり(*4)、ただただ、ピッチを見つめている。どれくらい時が過 ぎたのであろうか(*5)。視界をゆがめる涙(*6)にようやく気づき、怒ったような表情を浮かべビックアイを去る。ビックアイを出て、どこへ歩いて行っ たのかは覚えていない(*7)。大雨の中傘も差さず(*8)、見知らぬ街を(*9)ひたすら歩き続けた ………。

*1 ビックアイには開閉式の屋根があり、雨の時には完全に閉まる。だから実際には、雨に濡れることはなかった。
*2 くどいようだが、雨に濡れることはなかった。
*3 しばし呆然としたのは確か。その後私は、「よく闘った。来年頑張ろう」と選手を励ました。
*4 「降格してしまった」とちゃんと思考していた。
*5 実際には、試合終了後 10 分ほどでビックアイを出た。渋滞に巻き込まれる のが嫌だったからである。
*6 涙は出なかった。
*7 どこにも歩いて行っていない。車で別府温泉へ行った。
*8 傘を差さなかったのは、雨が上がっていたからである。
*9 道に迷ったのは事実。

 モリナガの修論にコメントした。前の論文のときに比べ、文章が格段にうまくなっていてびっくりした。
12/5(金)の進歩 カニトップ撤退? ベガルタ仙台 を長年支えてきたカニトップが、スポンサーから撤 退する意向らしい。がーーん。ユニフォームの胸に輝く「カニトップ」の文字。時に愛され、時にいじられ、時に笑われ、時に可愛がられ、時に嫌がら れ。まー平均すると面白がられていた「カニトップ」。「蟹」というと「仙台」というくらい深く結びついてしまったのに、今更撤退なんてあんまりだ。アイドルを目指してデビューした新人をお笑い芸人にしておいて、去っていくよう なものである。
 くにっちの修論構想セミナー。実生の姉妹間競争が雌繁殖成功に与える影響を調べたものだ。30 分前までデータ解析をしているという「熱心さ」であった。データは価値あるし、話としても面白いと思う。ただ、説明の仕方がわかりにくかったので(一つ一 つが長い)、終了後詰め寄っておいた。
 モリナガの修論を一通り読んだ。全体的にはこれでいいと思う。
12/4(木)の進歩 思った通り 昨日、ベガルタ仙台 とサポーターが話し合う集会があった。思った通り、京極前社長は逃 げて出て来なかった。最高責任者として今シーズンを指揮した前社長には説明責任があるというのに(怒)。この集会から逃げるために前日に辞任表明し たということか。彼は、今夏に行われた話し合い集会も「法事があるから」と言って逃げ、ホーム最終戦でもサポーターに挨拶せず姿をくらました。こんな恥 知らずを社長に抱えていたなんて、なんか情けなくなってくる。さらには、本間専務は辞める気がないらしい。「J2 で頑張ることが責任を取る方法だ」だって。勘違いしているなあ。辞めろと言っているのは、良いフロントを作るためであって、単に責任を取らせるた めではない。京極 -- 本間体制では駄目だということがわかったので、新しいフロントにしようと言っているのだよ。
 Canadian Journal of Botany に投稿していたがんちゃんの論文が戻ってきた。判定は、要大改訂。まずは良かった。頑張れがんちゃん!友蔵の論文改訂稿にもコメントした。絶対にアクセプ トさせるぞ!
 悩み相談。将来有望な若者ほど悩みも大きい。ろくな助言が出来なくて申し訳なかった。
 くにっちとの修論構想の議論も大詰めだ。一所懸命取ったデータ --- しかも、最初はそのデータを修論の中心にしようとしていた --- を切るべきかどうか苦渋の決断を迫られている。私は、「明日の修論構想セミナーではそのデータも発表して、みんなにぼこぼこに非難されたら吹っ切れるのではないか」と助言したけど、評判が悪かっ た。
 昨日の帰り際にはひさしとも修論構想を議論した。視点を変えて、個体サイズに対する依存性を話の中心に据えようということになった。
 彩子の論文セミナー。花の匂いに関する研究を紹介してくれた。
 緊急報告。モリナガ、修論第一稿早くも提出。焦れ、世界の修論生!
12/3(水)の進歩 京極辞任 ベガルタ仙台の京極社 長が辞任した。目出度し目出度し。昨夜の七時から辞任会見をするというので、一刻も早くその様子を知りたいと思った。ひょっとして、字幕でニュース速報が 流れるかもと期待して、テレビを見ることにした。いつもなら NHK の七時のニュースを見るのだけれど、ニュースの最中に字幕のニュース速報が流れるわけないと思い、民放を見ることに し た。しかし結局速報は出ず、宮城ローカルニュースで会見の様子を見た。あきれた。監督解任は、「サッ カー界の常識からみて正しい判断だった」だとおっ(怒)。あ の時期の解任のどこが常識だって言うんだ。監督を変えなかった神戸と大分が残留し、監督を変えた仙台と京都が降格したことを重く受け止めるべき だ。さらには、「私が すべての責任をとります。他の職員に責任をとらせるつもりはありません」 と、フロントの責任問題をこれでうやむやにしようとしている。すべきことは、責任を「一身に背負い」ヒーローを気取ることでもなければ、部下を庇うことで もない。仙台の将来のためフロントを改革することだ。結局、この人物は何もわかっていなかった。まさか、退職金を貰う気じゃないだろうなあ ………。
 昨日に引き続き、学術振興会の特別研究員の面接試験を受けるモリナガのポスターにコメント。だいぶまとまってきた感じ。
 くにっちと、修論構想セミナーに向けてのデータの議論。食害の影響をどう扱うかが問題だ。
 論文のレフリーをした。イントロの書き出しが "Pollen grains, the gold dusts,"(花粉 -- 黄金の塵)で、いきなりこけた。生物学の科学論文で、"the gold dusts" なんてわざわざ言い換えるかふつう。ものすごくこける表現だよ(専門外の方には伝わりにくいかもしれないが)。で、論文の中身もめちゃくちゃ。三分でリ ジェクトした。
12/2(火)の進歩 はい、落ち込んでいます 研究室 の学生とかいろいろな人が、私が落ち込んでいないか心配してくれていたらしい。「週明け、私は大丈夫か」と囁きあっていたとか。実際、月曜日の夕刻まで私 は姿を現さなかった。何をしていたのかというと、土曜日の夜は別府温泉に泊まって、温泉と生ビールと美味しい料理。となりのテーブルの方も仙台サポだった な。日曜日は、杵築と国東半島に遊びに行って、昼は豪華な刺身盛り合わせを食べた。そして、夕方の飛行機で東京に戻った。あ、飛行機に乗る前に空港のレス トランで、大分名物鳥天をつまみに生ビールを飲んだんだった。月曜の朝はぐっすり寝ていて、仙台に帰るのが遅くなってしまったわい。このように私は、かな り落ち込んでいるのだ。壇ノ浦に身を投げることはしなかったけれど、細ーーく長ーーく落ち込みそうな気配がする。
 朝、英語で留学生向けの講義をした。PowerPoint のファイルを用意して、それを写しながら説明するつもりだったのに、ibook を液晶プロジェクタにつなげるコネクタを忘れていってしまった。かなり焦った。30 秒ほど逡巡したあと、どうにでもなれと、板書のみで講義をした。「どうにでも」なったが、「どうにか」なったかはよくわからない。
 しいちゃんと、修論の方針の最終打ち合わせをした。話の筋も使う図表も決まった。後は書くだけ。頑張ってね。
 学術振興会の特別研究員の面接試験を受けるモリナガの面接練習に付き合った。今までの研究とこれからの研究計画をポスターにまとめ四分間で説明するとい うもの。過酷な課題だ。
 先日しんすけが仙台に来たとき、熊ちゃんの実験計画について助言を貰った。それに基づきさっそく実験を再始動した。しんすけが、「自分でやりたいくら い」と言っていたほどの研究計画だから、きっと面白くなると思う。熊ちゃん、気合いで頑張っておくれ。
 牧が久しぶりに来室した。しばし談笑。牧も、私が元気かどうか様子を見に来てくれたらしい。
12/1(月)の進歩 告  謹んでお知らせ申し上げま す。ベガルタ仙台儀、かねてより降格病にて療養中の所、11 月 29 日午後 3 時 57 分、J1 より逝去いたしました。春先は元気な姿を見せていただけに、信じられない気持ちで一杯です。
 思い返しますと、春先の好調の後、相次ぐ怪我に見舞われ体調を崩してしまいました。 5 月頃には既に、降格病発病の兆しがあったように振り返ります。しかし、怪我さえ治れば直ぐに元気になると思いこんでいました。ところが、忘れもしない 7 月 27 日に、降格病を発病したとの診断を受けました。その後は、回復の兆しを見せた時期もあったものの、概ねにおいて病状は悪化の一途をたどり、とうとう病癒え ることなく最後の時を迎えました。
 悔やまれることが二つあります。
 一つ目は、抗降格剤マルコスリンを使うことが出来なかったことです。先方の故障により一週間ほど入荷が送れるという知らせが入ったのは 3 月も末のことでした。しかしその後、マルコスリンは一向に入荷せず、ようやくにしてその姿を見せたのは 7 月に入ってからでした。マルコスリンの効果は絶大で、服用すると途端に元気を回復しました。ところが、もうこれで大丈夫と思った矢先、またしても故障を起 こし、マルコスリンの入荷が途絶えてしまいました。そしてそのまま最後まで、マルコスリンを手にすることは出来ませんでした。マルコスリンがあればこのよ うな最後にはならなかったと思うだけに、残念でなりません。
 二つ目は、大叔父京極の専横です。マルコスリンの替わりにと大叔父は、金中散という薬を購入してまいりました。聞いたことの無い薬に不安を覚えました が、「世界中の薬の中から選んだ」という大叔父の言葉を呑むしかありませんでした。ところが金中散は、まったく効果のない薬でした。なぜ、もっと良い抗降 格剤を購入してくれなかったのかと、悔しさで胸が詰まります。さらに大叔父は、私ともが信頼を寄せていた清水医師を解任するという暴挙をふるいました。残 された時間も短いというのに主治医を替えるとは、しかも、信頼を寄せていた清水医師を解任するとは。大叔父は、「降格病を治すためにしたことだ」と言いま した。しかし私どもは、あまりの振る舞いに言葉を失いました。なるほど、大叔父が新しく連れてきたベルデニック医師は名医です。しかし、短い時間で何が出 来るというのでしょう。医師が替われば、患者の状態を知るための時間が必要です。ベガルタ仙台の病状は、そのような無駄な時間は許されない深刻なものだっ たのです。金中散の購入と主治医交替に財を費やしてしまったことが、治るはずだった病を治せなくしてしまったと思えて仕方ありません。大叔父が真にベガル タ仙台のことを思うのなら、自分が金中散を買ったという体面など捨て、金が無いのなら借金でもして、新しい抗降格剤を買い入れたはずです。しかし大叔父 は、私どもの前から姿を隠してしまいました。その無責任さには呆れるより他にありません。
 最後に、皆様に強く訴えたいことがございます。ベガルタ仙台は必ず戻ってまいります。新しく生まれ変わり、どんなことにも負けない真の力をつけます。そ して、もうけっして降格病に伏せることなく、元気に活躍をいたします。私どもは、11 月 29 日を、新生ベガルタ仙台の記念日とする所存です。