『これから論文を書く若者の
ために:究極の大改訂版』
表紙
に賭けた魂の闘い
その4
若手研究者のお
経
撮影終了後に酒井は、共立出版の Y
内と打ち合わせをした。背中からの写真を表紙にし、円陣の写真をトビラや裏表紙に使うことを第一希望に
した。東京に戻ったら、デザイナーと打ち合わせてくれるという。
2 月 2 日、Y 内からメールが届いた。ラフな表紙案が添付されていた。
作画に時間がかかるため、一種類の絵しか使えないという。つまり、表表紙・トビラ・裏表紙のすべてを通して、円陣の絵か背中の絵かのどちらかのみ
を使う。難しい状況に立たされた。実を言うと酒井は、背中からの絵に惹かれていた。しかしこれを選んでは、モデルになったのに背中しか写らなかっ
たという悲しみをもたらすであろう。いや、奥の方の学生に至っては、手しか写っていない状況に近い。酒井は、図案を印刷して学生に見せた。やは
り、円陣を良しとする声が多かった。広島の M ハシにも見て貰った。やはり円陣を良しとした。電光掲示板
の「論文」の文字が普通すぎるとも。そうか。
酒井は、意を決めて Y 内にメールを送った。円陣に決めたと伝えた。夜のバージョンだけでなく昼のバージョンも
見てみたいと書いた。誰か一人に、ベガルタ仙台のユニフォームを着せて欲しいとも書いた。仙台のサポーターとして外せなかった。そして最後に、電
光掲示板の文字を、「論文」ではなく「Major
revision」に変更して欲しいと付け加えた。この変更が後に大きな衝撃をもたらすとは、このときは思いもしなかった。
Major revision
について説明しておこう。研究者の仕事は、論文を書き上げて、それを学術雑誌に載せることである。論文がみな掲載されるわけではない。内
容に関して厳しい審査を受け、それを通り抜けた論文だけが掲載される。他は、掲載を却下されてしまうのだ。だいたい 70-80%
の論文が却下され
るという厳しい世界である。却下されなかった論文も、そのままでは掲載して貰えない。ほぼ確実に書き直しを命ぜられる。その判定の一つが
Major revision (大改訂) だ。指摘に従って、論文を大幅に書き直さないといけない。この改訂作業はとても辛く、1-2
ヶ月打ち込まないといけないことが多い。地獄である。しかし、掲載を却下されるのに比べれば天国という、文句を言い難い状況である。
酒井は、Major revision への変更をいたく気に入っていた。学生が円陣を組んでいて、その背後に、「Major
revision」という判定が映し出されている。その表紙を想像し一人ウケていた。