13 アタック25体験記 その6 アタックチャンス後

 アタックチャンスまでは軽い休憩となる。このとき総監督であらせられる堤さんという方がパネルの取り方の相談を受け付けることになっている。が、今回はスジ者大会だから、それぞれが必死で自分の取るべきパネルを考える。

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 まず自分でとるべきパネルを考えてみる。正解したら10番を選ぶ。これば明らかだろう。こうすることで10・15・20のラインが確実となる。アタックチャンスのねらい目(しかしねらい目とはいいネーミングだと思う)としては16か22。正着としては16だろうと結論付けた。アタックチャンスで正解した後、次の問題にも確実に正解できるのであれば22でも良い。むしろ勢いのありそうな緑を止めるために敢えて22番という手もある。だが、問題のめぐりが自分にあまり合っていない状況を考えると、連続正解の可能性を考えず、自分しか入れない16番を選ぶほうが良いだろう。このときはそう結論付けた。

 このとき秋元さんにもちょっと相談したのだが、氏から出た結論のような言葉は「ま、とにかく正解して」というものだった。どれだけ取り方を必死で考えても、正解しなければ画餅に帰しまくりなのである。

 なお、他の人が何処に入るかは、比較的簡単に決まる。緑は9に入って1番を取る。白は10に入って21番。青は10に入って25か20番。どうせ21〜24は消えないから、わたしなら誰も入れない20を選ぶか。

 堤さんに相談したのは緑の佐藤さんだけのようだった。佐藤さんは正解後、まず9に入るか10に入るかを悩んでいたらしい。どうせ1番をねらい目にするなら同じなんだけど。で、これに対する堤さんの答えはこうだ。9を取れば5枚増える。10を取れば3枚増える。だから9を取るべきだ、というのである。これは児玉さんの言葉の端々からも伺えることなのだが、どうもアタックのスタッフの考え方には、まず「枚数を多くする取り方を選ぶべき」という価値観があるような気がする(角に入れるときは別として)。アタック25は単なるオセロと違って4人いるから、その後の展開の読みが異常に複雑になる。そこで「まず枚数を多く」という発想になっていくのだろう。

 このとき、佐藤さんがわたしに話し掛けてきた。何を取るか、という話題だったと思うが、基本的にわたしはクイズプレーヤー同士がクイズの最中に話したりするのが好きではない。出場者同士が和気藹々としたクイズ番組の雰囲気には、違和感しか覚えないのである。だから結構むげな受け答えをしてしまっていたかもしれない。

 そうこうしているうちに児玉さんがひとりひとりにアメを配り出した。これは結構長く続く伝統らしい。6年前に出場したときももらったし、秋元さんがやはり6年前に出場したときももらっている。秋元さんはそのアタック25体験記の中で「アメは食べるな」という強烈なアドバイスを残している。だからわたしも食べてはいない。基本的にアメが嫌いだからどっちにしても食べないんだけど。なお、アメの内訳は次の通り。

 とてもではないが、休憩中に舐めきれるものではない。しかも、児玉さんが飴をくれると、ほぼ休憩時間は終わりなのである。飴はブレザーのポケットにしまいこんだ。

 とにかくアタックチャンスはものにする!という気合だけを持って次の問題を待った。間違ってもいいから思いきり勝負すること、ここまで流れが悪かったのだからそろそろ好転すると思いこむこと、次の問題に正解しなければ勝ちは絶対にないのだと言うこと、こんなにクイズでマジになったことは初めてかもしれない。で、アタックチャンス。

 「正岡子規」と聞いた途端に俄然やる気が出た。大学3年のとき、正岡子規に関するゼミに参加していたからだ。だから、どう転んでも絶対にいち早く正解できる。「俳句革新の立場から」俳句だから「歌よみに与ふる書」ではありえない。「与謝蕪村」に転ぶこともなさそうだ。「伝統的な旧派の俳句を排撃するときに」実はこのころ、「コラム6 クイズと俳句はよく似てる」という文章が、なかなかまとまらなくて暗礁に乗り上げていた時期なのであった。その中に「月並み」について述べた部分がある。こんなところで役立つとは。かなり気合を入れて答えているのが後から見ても良く分かる。予定通り10番を取ってねらい目が16番。次の問題も、できれば正解したいなぁ。

 ユネスコは予想問題通りだ。後は押して「パリ」と答えるだけだ。こういう問題のとき、問題の先を読めている人が圧倒的有利になることは間違い無い。だから皆さんも出場するときは、その日に関する出来事について、出題されそうな問題文の形をできるだけ研究されたほうが良い。全員が押しても、こういう事情だからわたしが押し勝つに決まっている。16番を見事ゲット。こうなるとこのあと全問正解できるような気がしてくるので不思議なものだ。

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  • シングル「冒険者たち」、サードアルバム「ディープフォレスト」がヒット中→赤「Do As Infinity」正解

 「シングル」と聞いた瞬間、「スガシカオ」「Do As Infinity」の2択に決めてしまった。秋元さんの予想問題が全くズバット大当たり。しかし明らかに「Do As Infinity」を知らない人の答え方をしてしまっている。実は男女の2人組だということを、12月に入って初めて知ったところだ。今だに歌は全然知らない。綺麗に3連荘。さてここで左図である。どこを取っても勝ちは決まらないから、まず9番を取っておく。こうすることで9・10・14・15・16・19・20の7枚は絶対に最後まで残るから。

 ここで、パネルを数えるわたしの姿が映ったが、このときは確実に7枚残ることを確認するために数えていたのであった。とにかく、もう1問正解して3に入ればほぼ勝ちが確定する。とはいえ、まだあまり勝ちを意識していなかった。

 実はこの問題の前だったか後だったかにプロ野球マスターズリーグに関する問題が出題された。だが、思い出せなかった。新聞で見ていたことではあったが、ちょっと先取り過ぎるかと思ってノーマークのままだった。また、省略してきたがアタックチャンス前に「三谷幸喜脚本の舞台の主演女優」→「沢口靖子」という問題が出題されたのだが、スルーとなった。三谷幸喜好きのわたしとしては(似ている、と言われたこともある)、もちろん知っていたことなのだが、精神状態がちょっと普通でなかったから思い出せなかった。というか、すぐ「オケピ」の奥菜恵が思い浮かんでしまって、沢口靖子が出てこなかったのである。しかし時事が多いのぅ、という思いが強くなった、そこに出てきたこの問題。

 ズッキーニが答えになる問題はかつて何回か見たが、何故か思い出せなかった。この辺になってくるとむしろ焦りばかりが先に立ってしまう。やはり沢口靖子が思い出せなかったことが、精神的にかなりダメージを与えているのだ。いかんいかん。緑は3番に入る。で、迎えた運命の問題。

 何かの雑誌で中村勘九郎が、歌舞伎の公演中だということでインタビューを受けている場面があった。そこではかなり変わった歌舞伎の演じ方をしている、ということを思いだし、また流れが自分に残っていることを信じて勝負をかける。「中村勘九郎!」実は正解に決まっていると思っていたから、「ブー」を児玉さんが押しに行ったときはかなり驚いた。正解は「市川団十郎丈(児玉さんは歌舞伎役者にかならず「丈」をつける)」。あーあ、せっかく勝負かけたのに。かなり悔しそうな顔をしているが、このときに思っていたのは「まだ同点決勝の芽はある」ということだった。が、基本的に他力本願は大嫌いなので、諦めていたのも事実である。負けるときは必ず自分に理由があるもんである。

 なお、勘九郎丈は歌舞伎座で、3つの歌舞伎をローテーション(1日に2つ)で演じるという荒業をやっているということは、後で調べなおして分かった。全然違うじゃん。

 ま、こういうときは緑が正解するもんだ。これで緑の勝ちが決定。7番を選んで勝ちが決定。あーあ。ま、いいか。

 結局、白と青は前半の元気は何処へ、アタックチャンス後1問も正解せず終わった。

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 最終結果は左図の通りである。結局わたしのミスが勝負を分けたかのような印象を、視聴者には与えたかもしれない。しかし、実際の敗因は

  • 音楽の問題「ブルー」を勝負に行けなかったこと。
  • 「触媒」に反応できなかったこと。
  • 時事の対策が甘かったこと(沢口靖子、市川団十郎)

 に求めることができるような気がする。

 さて、勝ち負けが決まると、最後の「誰でしょう」クイズに移る。この緑の取り方だと顔がはっきり映るから、間違ったときの言い訳がしにくいなぁ、と思った。なお、この問題は、解答者のすぐ前に(つまり児玉さんが寄ってくるすぐ横に)モニターが持ちこまれ、それを見て答えることになる。スタジオの大きなパネルでは、優勝者のパネルは紫色に変わっていく。

 はじめカメの模型が映った。この一番最初の部分は趣味を表すことが多いから、あまりヒントにならない。「音楽大学卒業」。ふーん、音楽家か。と思っていたら「ぞうさん」の楽譜が映った。じゃあ作曲家じゃん。團伊玖磨か。その後「パイプのけむり」で確定。さらに顔が映る。これは間違えないだろ。「團琢磨」(血盟団事件で暗殺される。團伊玖磨の祖父)と間違える可能性はあるけど。

 というようなことを考え気を抜いていたら、佐藤さんの答えは「まどみちお」。一瞬会場は凍りついた。すぐわたしは佐藤さんのほうを向いた。すると中田先生も落合さんもこっちを見ていた。「ぞうさん」だけに反応した答えなのは間違い無かった。国語の教科書の古典的教材として「ぞうさん」という阪田寛夫の文章(『童謡でてこい』河出書房に所収)があるが、こちらは作詞者のまどみちおに焦点が当てられている。児玉さんはこういうとき、心から残念そうな声をお出しになる。残念だったという雰囲気だけの中、収録は終了した。

 収録終了後、まず解答者席前にあるネームプレートがひとりひとりに配られる。その後ほどなく児玉さんらスタッフに見送られてスタジオを後にする。このときは落合さん夫妻が児玉さんと記念撮影をしていた。わたしはその後児玉さんに「イヤー、残念だったね、でも、これでクラスの生徒からは尊敬されるでしょ」と話し掛けていただいた。わたしが予選のとき書いたアンケートを、きちんと見てくださっているのである。放送の中では話は無かったが、4人のデータをきちんと頭に入れてくださっていることが、番組に厚みを出していることは間違い無い。

 その後、まずメーク室に戻り、蒸しタオルを使ってメークを落とす。やはりメーク担当の方はおやさしい。この辺で気ィ張っていた感じがだんだん薄れ、気持ちがほっとしていくのが分かった。 

 で、担当者の方に引き連れられ、控え室に戻って、後は賞金の受け取り。わたしは7枚7万円。結構な金額である。交通費は秋田県だと飛行機往復料金として56000円。さらに出演料が5000円となっている(これは6年前も変わらない)。これらそれぞれにつき領収書を書く。そして賞品。参加賞は大き目の紙袋1つにすべて納まるものである。昔はラコステの3点セット(ベルト、財布、セカンドバッグ)と、使いでのあるものばかりだったのだが、現在は小銭入れ、札入れと、ビジネスマンではないわたしには使いにくいものばかりである。その他鍵をつけておくものもあったが、弟にあげてしまった。ベルトは父親にあげてしまった。

 優勝のほうはダイヤのブレスレットや商品券、後で自宅に届けられるものなど、高額なものばかり。優勝賞品も結構バカにできない。それらについて、賞品担当のおねえさんからそれぞれ説明を受ける。

 後は放送局に入るときにもらった入館証を受付で返却し、他の出場者の方と別れ帰ることになる。このとき、「入館証発行記録」という紙(名前が記してある)にサインをして、同時に返却することになるのだが、どういう訳かわたしは発行記録を紛失してしまった。受付の人にその旨話したら「じゃあこちらにサインを」という感じで、入館証そのものにサインをさせられた。後で家に戻ってから発行記録は見付かったのだが。

 帰りは秋元さんと福島駅まで歩いていった。そのときの話題はよく覚えていないが、アタックの内容についてだったと思う。そうこうしているうちに駅に着き、電車に乗って新大阪駅まで行く。そこで数分話をして別れ、わたしは新幹線に乗った。とんでもなく疲労していたのか、別に悔しさを思い出すことも無く、すぐ寝てしまった。

 東京からの帰りはまた深夜バスである。いつもはあまりよく眠れないバスだが、この日は眠れそうだ。

 

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