Where are you from?



2018年の夏、北海道行きのANA便に乗り、通路側の席に座って出発前に読書をしていた私は、「すみません」と声をかけられた。ふと顔を上げると、通路にスーツケースを手にした70歳くらいのご婦人が窓側の席を指して微笑んでいたので、急いで席を立った。すると、ご婦人がスーツケースを上の棚に入れようとするので、手を貸そうとしたのだが、ご自身でひょいと持ち上げて要領良く棚に入れてしまった。

『凄いなあ』と思いながら着席して、読書を再開したのだが、なんとなく右隣から視線を感じる。それとなく顔を横に向けると、例のご婦人が、こちらをじっと見ているではないか!なんかスーツケースの中から取り出したいものでもあるのかな?などと気を回していると、にっこり微笑みつつ「Where are you from?」と声をかけられた。『えっ?』と心の中でつぶやいたが、すぐにご婦人の勘違いに気づき、気を利かせて「JAPAN!」と郷ひろみばりに応えた。

すると、ようやく自分の勘違いに気づいたのか、「ふぁー」と妙な声を出しつつ、両手で顔を覆った。おそらく赤面しつつ、どう言い訳していいのか考えているんだろうなと気を回していたのだが、よく見ると覆った手の指の隙間から、ちらちらといった感じでこちらを盗み見している。しょうがないので、「いや、よく間違えられますから」と私の方から気まずい沈黙を破ってさしあげた。

そこで、ようやく覆っていた手を下ろしてくれたのだが、なぜか解せない、といった感じでまだこちらを注視している。引き続き微妙な空気が流れる中、読書に戻ろうかと本を開くと、「マレーシアの方ではないですよね?」とまだ聞いてくる。『だから、さっきからニッポンと言っとろーが!』と心で毒づいたのだが、そこは50を超えた大人同士の会話。長谷部に倣って心を整えて、「いや、ま、九州出身なので」とフォローするような発言を返してさしあげた。すると、「ははぁーん」と納得した感じでひとり首を縦に振ったかと思うと、会話を終わらせるべくご婦人は私に言い放った。「Sorry」。