ウェンダースからの贈り物



2023年の暮れ、ヴィム・ヴェンダース監督の最新作「Perfect Days」が公開された。本当に素晴らしい映画で、個人的に人生3本の指に入るであろう作品であった。脚本、映像、主役の役所広司の演技と、どれをとっても素晴らしいのだが、1960年代〜70年代の音楽が効果的に使われており、シンプルなストーリーに彩りを与えていた。ヴェンダース監督と言えば、名作「Paris, Texas」のライ・クーダーの素晴らしい音楽が思い出される。本作でも、アニマルズ、ヴァン・モリソン、ルー・リード、金延幸子などの楽曲が、美しい映像と主人公の心情によくマッチしており、印象的なシーンが創出されていた。中でも、パティ・スミスの「Redondo Beach」が流れるシーンが好きだ。

役所広司演じる主人公の平山は、日々の生活を慎ましやかに生きる公衆トイレの清掃員だが、ある日同僚の松尾、松尾が躍起となっている女の子アヤと3人で、自身の軽自動車でドライブする羽目になる。平山は、毎日車で仕事に出る際、車内に置いた数本のカセットテープから1本を選び出し、カーステレオで聞きながら出勤することを日課としているのだが、アヤがその中の1本を手に取り、「これ、聴いていい?」と手にしたのが、パティ・スミスの「Horses」だった。

「Horses」は、ヴェルベット・アンダーグラウンドのベーシストであったジョン・ケイルのプロデュースによるパティのデビューアルバムである。どうでも良いが、私が最も好きなレコードジャケットはこの「Horses」である。ピストルズ、クラッシュ、ダムド、ラモーンズなど初期のパンクグループのアルバムジャケットが、いかにもパンキッシュなデザインであった中、恋人であったロバート・メイプルソープ撮影による「Horses」のモノクロジャケットは凜々しく、孤高の美しさを放っていた。アルバム中の楽曲も素晴らしく、「In Excelsis Deo」から「Gloria」へと繋がる1曲目から、彼女のハスキーな歌声とバンドが織りなすグルーヴに圧倒される。映画「Perfect Days」では、平山とは世代も大きく違い、パンクなど全く知らないであろうアヤが、「Redondo Beach」を聴いて「これ、好きかも」とつぶやくのだが、それを聞いて平山が少し戸惑いながらほくそ笑むシーンが好きだ。「Redondo Beach」は、曲調は明るいレゲエだが、歌詞は悲しい内容である。この曲調と詞の違和感というか多面性のようなものが、喪失感を抱えつつも日々の生活を逞しく生きる平山によくマッチしていたと思う。

ヴェンダース監督の小津安二郎監督へのオマージュはよく知られているが、「Perfect Days」の主人公平山が、小津監督の名作「東京物語」の笠智衆演じる平山と同じという点も微笑ましい。ただし、このネーミングは、共同脚本家の高崎卓馬さんのアイデアだったと、ヴェンダース監督がインタビューの中で明かしている。また、突如平山のもとを訪れて、平山の人生が豊かであることに気づく重要な役を演じる姪っ子の名前がニコというのも、タイトル同様ヴェンダース監督のウェルベッツへの思い入れが感じられて、ウェンダース・ファンとしては非常に嬉しい。

最後に、「Perfect Days」では、唯一日本の曲である金延幸子の「青い魚」が使われていた。ちょうどこの映画を観る前、たまたま京都のライブハウス拾得の告知を通じて金延さんのことを知り、ネットのライブ映像で感激して「Folk In The Road」を買って聴いていたので、その偶然性にびっくりした。「青い魚」は、1972年に発表されたデビューアルバム「み空」に収録された曲だが、Neil Youngやはっぴぃえんどを彷彿させるサウンドに加え、歌詞も素晴らしく、瑞々しい映画シーンによくはまっていた。金延さんの存在を含め、ウェンダース監督からの贈り物を通じて、改めて人生の深みを知った。