ほおずりトミー



本名は伏せておくが、彼の名はトモオと言った。大学の修士2回生になる前の春休み。海外一人旅から戻った彼は、声高らかに言った。「俺のこと、これからはTommyでええで。」

確かに関西は、人を笑わせようとして、笑わすことのできる素人が多い地域ではあったが、なんとももどかしくも歯がゆいほどじわじわと腹筋に来る笑いを起こせるのは、まじめな男の特権である。この日を境に、彼トモオ君は、洋風に洒落て、ではなく、公衆の面前で辱められるためだけに、皆から大きな声で「トミー」と呼ばれ始めた。残念ながら、ここはThe WhoのロックオペラTommyを知らぬ者がいないグレート・ブリテンでもなく、洋風な顔立ちとはほど遠い、どちらかと言えば南国風味なトミーは、「Tommy」と人前で呼ばれる度に赤面をくり返すことになる。

友人の中でも頭がよく、人望も唇も人一倍厚いトミーは、不毛な男ばかりの学生生活の中で、恥ずかし気もなくテニスサークルを創設し、「どんどん女子大の娘たちを誘って、学生生活をエンジョイせなあかんで!」との宣言だけでなく、実行に移す行動力も兼ね備えていた。ただし、残念ながら最後のエンジョイの部分は、当初その軟派な着想を軽蔑しながらも、いざ蓋を開けるとテニスの花園に群がって行った獣たちに、ほぼ奪い尽くされた。

そんなトミーは、男女問わず、うってつけの相談役として皆から慕われた。しかし、そのことは残念なことに、トミーが、危険な香り、甘い誘惑、安西マリアといった世界とは遠い場所に置かれていたと言うことでもある。だがしかしである。ある時、友人の彼女が、「わたし、どうしてもF君と別れたくないの。。。」「その気持ちはわかんねんけどな、でももうFは、別の子が好きになったみたいやし、Tちゃんの将来を考えると、もっと好きになれる奴も出て来るんっちゃうか?」「トモオさんって、優しいのね」「いや、そんなことはないねんで。俺だって、悪いところもぎょうさんあんねん」「じゃあ、見せて」「えっ!」と、豚豚拍子に友人の元カノと親密になっていったのだ。

それからのトミーのウキウキぶりは、ワムもうらやむほどのウェイク・ミー・アップだった。ある日のこと。「サカイ、相合い傘のさし方、知ってるけ?」「知っとるよ。相手が濡れんように、内側の手で傘を持って、寄り添うんやろ」「はっはっは!わかっとらんのぅ~ 傘は、遠い方の手で持つねん。わかるか?あえて外側の手で持ってやな、こうやって内側の手は、相手の肩を抱きかかえるようにして、寄り添うんや」「なんか、歩きにくくないか?」「アホか、歩きにくいのが、ええんやないか!自然とくんずほごれつになってしまうやろ」「そしたら、両方とも濡れるやん」「あーん?濡れるっちゅうことは、透けるっちゅうことやろが!どこまできかん坊やねん!」「しかし、雨ん中、そんなに寄り添って何が楽しいんや?」「そりゃ、サカイ、ほおずりよ」

繰り返すが、南国風味のトミーは、人望と唇だけでなく、ほっぺたも厚い。いや、暑いといった方がよいか。そんなトミーが、ほおずり?ぷっ。ぶひゃひゃひゃひゃ~~~ 隣で話を聞いていた数名も加わり、爆笑の渦。鳴戸かここはあ?自信満々、大まじめだったトミーは、「なんで笑うねん!」だって。「だって、考えてくれよぅ~ 雨ん中、そんな真顔で、寄り添われた挙げ句、そのほっぺでほおずりかよー。される娘の身にもなったらんかい!」うけけけけー

その日から、トミーの呼ばれ方は、ほおずりトミーへとグレード・アップした。トミーの恋の顛末にささやかに触れて、お別れとさせていただきたい。「もう、いまさら手遅れなんやけどな。俺別れる最後のデートの日に、Tちゃんに言われてもうてん」「言われて盲点?ためしてガッテンの裏番組か?」「ためしてガッテンは、この時点でまだ番組として始まってへんわい!勝手に、話盛るな!」「すまへん〜」「ちゃうで、とにかく言われてしもうてん」「なんて?」「『トモオ君、今度新しい彼女ができたら、もっと手をつないだり、腕を組んだりした方がええよ』って」「お、お前、肩抱いてほおずっとったんちゃうんか?!」「ちゅん」「ちゅんって、お前まさか。。さえずっとっただけなんか...」