スウィングおばあ



京都市内の主要な交通手段として、市バスがある。ただし、幹線道路や名所を循環する路線はいつも市民と観光客で満杯である。京都駅、七条通、東大路通り、北大路バスターミナルまでを行き来する206番系統も、そんな花形路線の一つである。

ある日、帰省するために京都駅へ向かおうと、206系統の路線バスに乗っていた。ほぼ満席状態の中、最も乗客の乗り入れが激しい祇園で、一人のおばあが乗ってきた。運良く最後列に座っていた私の隣席が空き、そのおばあは軽やかに腰を下ろした。物静かで古都にふさわしい上品な所作だった。

終点の京都駅に着いた。帰省時には、大きなバッグを持っているので、邪魔にならないように最後列に座っていた私は、当たり前だが一番最後に降りることになる。隣のおばあがようやく席を立ったので、私もバッグを抱えて立ち上がった。ただ、降車する客の列がなおも続いており、しばらく待たなければならなかった。と、ここで補足しておかなければならないのは、一番最後列は座席が一段高いところにあるということだ。つまり、おばあも私も席を立ってから、まずは一段ステップを降りなければならない。

そうこうするうちに、列も流れ出したのだが、なぜか前のおばあはなかなかステップを降りようとはしない。重い荷物を抱えていたこともあり、「前、進んでますよ。」と私が声をかけようとした、そのときであった。すーっと、そう、まさに、すーっと手を伸ばしたおばあは、まるで背が伸びてきた小学生が鉄棒へ掴まろうとするかのごとく。頭上の手すりとの距離感を図るような仕草をした。思わず笑いそうになった私は、重い荷物のことも忘れ、そのときはまだ、背伸びをしてから降りるんだろうな、などと呑気に構えていた。

が、次の瞬間であった。なんとそのおばあは、こともあろうに、その手すりに飛びついたのだ。もちろん、物静かで古都にふさわしい上品な所作だった。あっけにとられた最後の乗客を背にして、おばあは躊躇することなく、ぶ~らぶらぶ~らぶらと揺れだしたのである。もちろん、私は固唾を飲んだ。その間、おばあは3回、そのぶ~らぶらをやったのだ。そう、確かにおばあは3度スウィングした。

帰りの新幹線で考え抜いて気づいたのだが、あのおばあが座席に座って微笑んだのは、運良く席が空いていたという、そんなちっぽけな喜びによるものではなかったのだ。空いていた席が最後列だったことが重要なのだ。おそらく、今日は体調がよいので、3度はスウィングできるわ、うひゃひゃひゃひゃひゃ~と心で叫びながら、ほくそ笑んでいたに違いない。いや、もしかしたら、今朝飲んだ牛乳のせいでお腹ユルユルだから、3度くらいに抑えておこうかしら、歳だわ~ん、うふふのふー!という線も十分考えられる。う~ん、関西ディープ・ブルース!