劇場



今最も好きな作家の吉田修一は、見た目はさりげなくもコクとうま味が深い、上級出汁のような作家である。この場合、見た目とは小説の文章表現を指しており、コクとうま味は読み手が味わう感動を指す。基本的に地味な作風、題材なのに、映画化された作品が多いのは、凝縮された人間描写力と、ウィットに富みながらも深く心に突き刺さるセリフなどに、惹かれる人が多いからではないだろうか。

先日、録画していた「横道世之介」を一緒に観ていたかみさんは、「映画館で観ていたら寝てるかも」と正直な感想を漏らしていた。スターウォーズ好きには、退屈な題材だったのだと思うが、触れあった(出逢った)人(この場合、世之介)を通じて、周りの人たちの心を描く手法とその構成力に私は感動した。もちろん役者の演技力も秀逸で、特に世之介の死後、その母から送られてきた写真(これがまた下手くそ)を見て驚く祥子役の吉高由里子の表情と表現力には感動した。普通は泣く場面なのだろうが、ここでは泣かない。その彼女の表情こそが、世之介の存在を表していたのではないだろうか。

と、世之介と吉高由里子の素晴らしさに話が逸れたが、「パークライフ」で心を動かされ、決定的に心をつかまれた作品が「パレード」である。テーマは決して明るくない。それどころか、巻末の解説で川上弘美さんが書いているように、こわい話である。そして、何気にもの悲しくて優しい。まさに、人の世である。あっさりとした表現で描写されているが、そこに登場する人物はいずれも人間くさく、不穏で、瑞々しい若者達だ。本から、彼らの共同生活の部屋の情景が見えてくるようだ。

その後の「悪人」や「怒り」などは、さらに描く人物とテーマが絞り込まれたような作品で、いずれも人間社会(システム)と個人との埋められない部分が描かれている点に、個人的に惹かれる。「平成猿蟹合戦図」「太陽は動かない」などの躍動的な作品や、「女たちは二度遊ぶ」「初恋温泉」などの短編集も面白い。