サロメ



大学の1回生の頃、必須科目で受けた英語の題材が「サロメ」だった。オスカー・ワイルドの戯曲かあ〜程度の興味しかなかったが、先生の授業が魅力的で結構楽しかったと記憶している。先生の名前は忘れてしまったが、小柄で華奢な紳士然とした方で、文学部では名高い教授だったのかもしれない。授業の後半は、毎回先生が名簿順に配役を決め、学生は与えられた役のセリフを戯曲形式で読み合うというものだった。私はサロメに愛され斬首されるという、なんじゃそりゃ的な役回りの予言者ヨカナーン役だった。

あれから30年以上が過ぎ、なぜかふともう一度ちゃんと読んでみたくなり、「サロメ」を読み返してみた。学生時代も、試験対策で岩波文庫の和訳版を買ったのだが、探しても見つからなかったので買い直した。改めて読んでみて、なぜこの本に惹かれたのかがはっきりとした。話の奇抜さもさることながら、怪しいオーブリー・ビアズリーの挿絵が気になってしょうがなかったのだ。

「サロメ」を再読からしばらくして、原田マハの同名の文庫本が出たので、早速読んでみた。まず読み始める前に、小説のタイトルが「サロメ」のままであることに著者の意気込みを感じ、やはりすばらしいビアズリーの表紙にしばし見入ってしまった。内容については、さすが原田マハ!と唸るすばらしいものだった。興味のある方は、是非!

さて、最後に「サロメ」に関する、とは言っても戯曲とは全く関係ない私的逸話を。大学に入った頃は1980年代前半なので、昭和後期に当たり、学生運動はすっかり下火になっていたのだが、大学の正門には多くの立て看が掲げられ、マスクにヘルメットといった学生なんだか社会人なんだかわかならい連中がまだまだうろついていた。主張の違いが何かも全く理解できなかったが、いろんな派閥や団体間で、よく抗争を起こしていた。ただ、映画「マイ・バック・ページ」で描かれている学生運動や「三島由紀夫vs東大全共闘」のような雰囲気というか、熱さや質とは、ずいぶんかけ離れていたように思う。

そんなある日、「サロメ」の授業中に、校舎の中庭のところで学生運動をやっている連中の抗争が始まった。私を含め授業を受けていた学生の大半は、またかといった感で、皆無視して授業を受けていたのだが、小柄で華奢な先生が突然中庭に面した窓際に駆け寄り、すばやく窓を開けたかと思うと、「君たち、やめんか!」と怒鳴ったのだ。ただ、小柄で華奢な紳士然たる先生なので、声が彼らまで届いたかは怪しい。我々も皆席を立ち、次々に窓を開けて中庭に目をやった。すると、一人のヘルメット姿の学生に対して、他派と思われる複数のヘルメットたちが、棍棒で殴ったり蹴ったりしている。それを一瞥した私は、また弱い者いじめかと辟易として席に戻ろうとしたのだが、なんと次の瞬間、小柄で華奢な紳士然たる先生が、窓に足をかけたかと思いきや、あっという間に中庭に飛び降りたのだ。教室は1階だったので、まあ段差はたいしたことはないねんけどぉ〜、とかいう問題ではない!

飛び降りた先生は、皆の心配通りに転けてしまったのだが、起き上がるやいなや、なんと暴力の輪に向かって走り出したのだ。その時点で、席に座りかけていた私は最もへたれな奴となったのだが、窓際で見ていた何名かの男子学生が、次々と窓から飛び降り、先生を追って駆け出したのだ。恐らくヘルメットの学生を救済しなければという想いではなく、皆先生を助けなくてはという想いだったと思う。すると、弱い者いじめをしていた連中は、事態の展開に驚き、一目散に逃げて行った。

事態収拾の後、小柄で華奢な紳士然たる先生は、窓をよじ登って教室に戻ろう、といった馬鹿なことはするわけもまた体力的にできるわけも無く、きちんと廊下から教室に戻ってきた。教室に戻った先生達をハイタッチと喝采で迎え入れるといった学園ドラマのようなことは一切起こらず、またスギちゃんのデビューもまだまだ先のことだったので、「ワイルドだろぅ~」と先生がボケることもなく、淡々と授業が再開された。戯曲「サロメ」の持つ魔力のような熱い何かに打ちのめされた午後だった。