恋歌



作家ご本人にとっては、ありがた迷惑な評価かもしれないが、朝井まかては「外さない作家」である。「まかてにまかせて!」というキャッチコピーを、ご本人に献上したいくらいであるが、間違いなく突き返されるであろう。

さて、私が最初に手にしたまかて作品は、直木賞を受賞した表題作「恋歌」だった。主人公は、樋口一葉に和歌を教えたことで知られる中島歌子。和歌の世界と歌子の人生に深く関わることになる水戸藩を巡るお家騒動が、見事な構成と文章で綴られている。その後読んだ「すかたん」が、また面白く、すっかりまかてファンになってしまった。さらに、「福袋」、「先生のお庭番」、「阿蘭陀西鶴」と手にした作品は、いずれも素敵な物語ばかりで、江戸時代の日本人の心模様と機微が、丁寧な文章で描かれていた。

一方、明治以降を題材にした作品も素晴らしく、明治天皇崩御後の政財界の要人、学者、ジャーナリストの葛藤を描いた「落陽」はとても面白かった。この作品で、樹木医という職業を初めて知ったのだが、山や森は生きているんだと痛感させられた。フォークソングはどうもねぇ〜と思っていた学生時代に「落陽」を聴いて、かっこよさにジャンルなんて関係ねえなと痛感させられたことを思い出した。ちと、こじつけ過ぎか。

話を戻して、「外さない」作家。これは、果たして褒め言葉なのだろうか?作家もミュージシャンも映画監督も、新たなチャレンジを続けていくと、あれれ?と受け取られる作品を世に出してしまうこともあると思う。ただ、チャレンジをしない人の作品は、私にとってはつまらない。では、朝井まかてはチャレンジをしていないのかというと、そうではないと感じる。とは言っても、すべての作品を読んだわけではないので、もしかすると、あれ?といったまかて作品もあるのだろうか?それはそれで興味深いけれど。

音楽に視点を移すと、大好きなストーンズも、キンクスも、ジャムも、ドアーズも、そしてルースターズも、いや〜これは外しとるな〜という作品が必ず存在する。では、音楽界の朝井まかて、すなわちチャレンジしても外さないミュージシャンは誰だろう?と悩み初めてみると、存外すぐに思いついた。ライ・クーダーとストーン・ローゼズだ。ただ、ライは19枚のスタジオアルバムを出しているのに対し、ローゼズは実質2枚なので、まあ外す確率も少ないのだけれど(笑)。しかし、こうしてみると、ライとまかて。外さない理由は、音楽と文学といったその道(世界)に造詣が深く、それら知識を昇華して独創力に変える能力に長けているといったあたりが、共通点だろうか。ブルースとカントリーを根っこに置きつつ、世界を旅するライ。江戸文化と明治文化に根っこを置きつつ、まかてはどんな旅を続けていくのだろう。