酢がき



私の妻は新婚当初、奇想天外な料理で私を驚かせてくれた。ある日、妻の母方の実家から生の牡蠣(カキ)が送られてきた。私は、牡蠣が好きなのだが、残念ながら牡蠣を受け付けない妻は、「これって、どうやって食べるの?」という有様だ。「そりゃあ、酢ガキで食べるのが一番さ。」「ふ~ん」

そして、次の日。会社から帰ってくると、食卓の上にボールがあり、その中に何やらうじゃうじゃ浮かんでいる。よく見ると、昨日送られてきた牡蠣だ。『なんだ、水で洗ってるのか?』と思い、さらに近づいてみると、なんか酸っぱいぞ。「おい、お前。これ...」「え?お酢よ。」「お前、お酢って、酢にカキ浸けてどうすんだよってってって、まさか、お前...」「え?だって酢ガキにするとおいしいんでしょ?」

「他におかずはないのか?」「だって、これだけごちそうがあればお腹いっぱいになるかと思って...」確かに、数はたくさんあった。だが、腹一杯になるどころか、臭いだけでむせかえって、腹に行く前に、鼻の穴が酢の臭いでいっぱいだ。酢に半日も浸けられた牡蠣たちは皆、見るも無惨に縮こまっている。

しょうがなく、水で丹念にすべての牡蠣を洗ってみたものの、当たり前だが酢の味しかしない。半日も、浸けられていたのである。「そうだ、鍋にすれば、何とかなるかもしれないぞ。」つくづく、新婚時代というのは、我慢強かったと思う。当たり前だが、鍋にしてみたものの、酢の味しかしない。しかし、よく考えてみると、何もあれだけあった牡蠣を、一気に、すべて、袋ごと、まるまま、酢に浸けなくてもいいじゃないか!

ずたずたにされた牡蠣の集団を眺めながら、静まりかえった食卓に響いた「磯じまん」を開ける蓋(ふた)の音。

あれ以来、食卓に牡蠣が出たことはない。私の大好物のなまこに至っては、彼がスタイリッシュにならない限り、一生食卓に上ることはないであろう。女は、見た目をかなり重視する生き物だ。