マーガリン



私の妻は新婚当初、奇想天外な料理で私を驚かせてくれた。ということは「酢がき」で書いた。しかし、それ以前にその兆候はあったのだ。

私は麻雀が好きなので、社会人になってからも、大学時代の仲間を部屋に呼んでは、ちょくちょくやっていた。結婚前に、思う存分徹マンをしておこうと思い立ち、一人先に入居していた社宅に友人を呼んで、その日もジャラった。

麻雀の結果はよく憶えていないのだが、次の日の朝の朝食のことはよく憶えている。その日は結局朝まで麻雀をやり、一人は帰ったが、私に「じじ」を教えてくれたイノウエと学生時代にネオン・ボーイズという女子大めぐりバンドを一緒にやっていたポチ夫が朝飯を食べて帰ることになった。そういうこともあるだろうと事前に連絡していたので、妻になる直前の彼女が、けなげに朝食を作りにやってきた。

二人に「出来た嫁さんやのう~」とかからかわれながらも、私自身もまんざらではなかった。そのときのメニューは、目玉焼き、トースト、コーヒーと実にオーソドックスではあったが、まだ20代だった我々には、実に新鮮で感慨深いものがあった。とりあえず、二人分が先に出てきたので、食欲旺盛なゲストに食べてもらうことにした。その間、何を聞きながら何を話したかはよく憶えていないのだが、期せずして二人が同じような顔で同じことを言ったことを憶えている。「なんか、変わった味のマーガリンやね。」

『あれ、マーガリンなんてあったっけ?』と私は心の中でまず思ったのだが、ふと『そういえば、会社に入った頃買ったなあ』ということを思い出した。2年も前のことである。引っ越しの際、とりあえず冷蔵庫に残っていた物はそのまま持ってきていたのだが、しばらく電源を抜いていたのだ。ということは...彼女は、そのしばし放置状態だったマーガリンを躊躇なくヌリたくって、私の大事な親友に食べさせたことになる。

私は、鼻ぺちゃと従姉妹にからかわれるほど昔から鼻が低いのだが、鼻は利く方であった。とりあえずは、問題のマーガリンを臭ってみた~ら~~~り~~~ん~。彼らがいくら旧知の仲だとはいえ、どう切り出して良いものか言葉を探した。次第に光を失っていく彼らの表情とは対照的に、実にすばらしい朝日が窓から降り注いできた。

あの異常な酸っぱさが拡散する新居の玄関先で、うつろな表情で帰っていく二人を見送りながら、私ははっきりと感じた。甘酸っぱい青春は終わったのだ。これからは腐敗した大人の世界へ旅立つのだ。おう・まい・すうぃーと・まーがりん!