空飛ぶアイスクリン



東京から小倉まで、新幹線のぞみで4時間40分程度。ずいぶんと便利になった。サッカー・オランダ代表FWのベルカンプほどではないにしろ、できるなら飛行機には乗りたくない、羽田まで行くことと福岡や北九州の空港から小倉に戻ることを考えると時間的に大差ない、気軽に乗れる、などの理由で、帰省するときはいつも新幹線を利用している。

さて、いくら便利になったと言っても、家族3人が5時間近くを座席で費やすのはかなり退屈である。そんなこんなで、京都までは読書に耽っていた我が一家も、さすがに飽きてきた。ここまでで心ときめいたことと言えば、見事な富士山と、米原付近の一面の雪景色くらいであった。もっとも、「米原って群馬県?」と、聞いてきたかみさんの言葉の方がよっぽどときめき度が高かったが...

ということで、退屈しのぎに、怒濤のUNO大会が始まった。息子を交えて3人で10回勝負の点数を累計し、点数が少ない方が勝ちというありがちなルール。息子は当時8歳だったが、ほとんど大人と同等にできるので、こちらも真剣である。ただし、ワイルドドローフォーやスキップなど点数の大きいカードを出せないまま終わったときは、ゲームの途中で悔し涙を出すあたりは、まだまだ甘っちょろいガキんちょである。

そうこうして何番か勝負をした後、岡山あたりでアイスクリーム休憩をとることになった。その時点で、一人勝ちをしていた私が買わされる羽目になった。「190円のお釣りでございます。冷凍されてかなりかたくなっております。アイスには、お気をつけください。」冬と言うこともあって、夏ほどには売れないのであろう。確かに、蓋を取ったアイスはコチコチだった。しかし、アイスに気をつけろとは、どういう意味であろう?

そう言うわけで、アイスを陽の当たる窓際に置き、さらにUNOを続けた後、そろそろ程良い食べ頃だろうと、3人でアイスを食べ始めた。ところが、表面付近にかろうじてスプーンが刺さる程度で、アイスはまだまだかたかった。しかし、アイスを目の前に、これ以上我慢することが出来ず、一家はがむしゃらに食べ始めた。

そこで、まず粗相をしでかしたのは、窓際に座っていた息子である。スプーンを思いっきり突き刺した反動で、アイスを前方に突き飛ばしてしまった。無惨な固まりが床に落ちている。「スプーンは手前に向かってゆっくりねじりながら刺すんだ。」と諭しつつ、床に落ちたアイスを拭き取ってやった。ふっ、いかにも親っぽいぜ。

そうこうして格闘しているうちに、アイスも次第に柔らかくなり、ずいぶんと食べやすくなってきた。たいていの場合、落とし穴へは、このように油断したときに落っこちるものである。食べやすい周りから攻めていくと、最終的に中心のかたい部分が残ってしまう。通路側に座るかみさんが、先ほどから懸命にこの中心部分を食べようとしている。とっくに食べ終わった私は、「米原事件」もどこ吹く風の形相で格闘を続けるかみさんを横目で眺めていた。と、その時であった。勢い余って手前にスプーンを滑らした瞬間、「ピュッ」とアイスの破片が右斜め後方へ飛び散ったのだ。張本人は、手を滑らしたことがおかしかったらしく愉快に笑っているが、アイスが飛んでいったlことには気づいていないようである。

私は、恐る恐る通路後方をのぞき込んだ。すると、かみさんの斜め後ろの通路に、飛び散ったアイスが小さな輪を作って落ちている。あーあと思いつつ、そのまま落ちたアイスの延長線上に視線を延ばすと、ヌワンコ・カヌー!右斜め後方に座っている女性の左靴の上に、ひときわ大きなアイスの花が咲いているではないか!幸い女性は、寝ている模様。しかし、黒を基調としたスーツに黒の革靴なので、目立ってしょうがない。しかもその靴はかなり高価そうな艶を放っている。クールなファッションに、一輪のアイス。見事なまでに間抜けであった。

それとなくそぉっと視線を戻すと、ようやく起こってしまった事態を察したらしく、かみさんがこちらに目をやった。こういう場合、最もまずいのは、大きな声を出すことなのだが、得てして事態は最悪の方へと進むものである。堪えきれず、二人とも吹き出してしまった。さらに悪いことに、息子が大きな声で「どうしたの?」と聞いてくる。しかし、もうじきふるさと九州なのだ。今こそ、九州男児たるものの威厳を見せる時ではないか!鬼の形相で二人を睨みつけ、なんとか我が家は沈黙を維持した(知らぬふりをしたとも言う)。

小倉で降りるとき、一家揃って斜め前方のドアから降りたことは言うまでもない。果たして、彼女はまだ寝ていたのか?なんとなく、起きようにも起きることができなかったのかもしれない。降り際に、アイスクリームを売ってくれた女性添乗員に再び出逢って、ようやく合点した。「アイスには、お気をつけください」