ルート・フリット



ルート・フリット。もう最高である。褐色の豹(ひょう)のような突破力と瞬発力。フィールド全体を統括する判断力とキャプテンシーは、王者ライオンのよう。本当にカリスマ性のあるフットボーラーだった。

1989年、社会人になる直前に欧州を旅行した際、ミラノの安ホテルで知り合った日本人から、「ミラノに来たんなら、サッカー見た方がいいよ。」と薦められた。そんな彼がイチオシだった男が、当時バロンドールを手に燦然と輝いていたフリットだった。運良く、その週末、サン・シーロのゲームは、ACミランがホームだった。対戦相手はユベントス。今振り返ると最高のマッチメイクである。

なんとか自由席の券を手に入れ、スタジアムに入ったものの、すでに満席。しかも、運悪くと言うべきか良くと言うべきか、入ったエリアはまさにウルトラスの聖域。なんとかぶら下がれる手すりを見つけ、半身の格好で90分間を過ごした。しかし、そこで見た光景は、日本で見ていたサッカー(しかも当時は日本リーグ時代)とは全く別のスポーツであった。試合開始前から延々と歌で選手を鼓舞し続けるウルトラス。アナウンスとともにしゃれた通路から出てくる選手達。優雅にさえ見える。遙か彼方からやってくる地鳴りを伴ったウェイヴ。

試合も見事だった。驚くほど正確なロングパス。ほとんどタッチを割ることなくパス交換されていくテンポ。チーム全体が刻む緩急のリズム。そんな中、ひときわ輝いていた男。それがルート・フリットであった。抜群の瞬発力で相手を置き去りにし、ラストパスの瞬間、絶妙のフェイントをはさんで相手を崩す。ゴール前でボールを受けたら最後、卓越した肉体で相手をはねとばし、しなやかに伸びた足首で突き刺す弾道の低いシュート。そんな詳細な部分まで、2階席からわかるわけもないが、そう言う風に感じたのだからしょうがない。試合は、フリットやファン・バステンの活躍で4対0(4対1だったかな?)で、ACミラン圧勝。

私は、すっかりフリットの虜になった。テレビでは決して伝わることのないであろうオーラとファンタジー、奇跡のハッピネスがスタジアムには存在した。だからフットボールはやめられない。