ケープタウンのサギ軍団



いくつかの油断があった。その1:これまで何度か一人で海外に行ったが、小倉より危ないと感じた体験がなかったこと。その2:日中かつ巻き込まれた場所がメイン通り近くで安心していたこと。その3:英語圏だったため会話をしてしまったこと。主にこの3要素が仇となり、危うくクレジットカードを奪われるところだった。

日本を発って約30時間、飛行機を乗り継ぎケープタウンに着いたのは、朝の9時前。天気も良く、初めてのアフリカ大陸ということで気分も高揚していたため、タクシーは使わず、路線バスでホテルまで行くことにした。貴重品類は小さめのナップザックに入れ、同じく小さめのスーツケースが一つ。予定通り、ダウンタウンのバスターミナルには45分ほどで着いた。

予め地図で調べていたので、ホテルまで歩いて10分くらいということはわかっていたが、念のためバスの運転手にホテル名を告げ、歩いて何分くらいかを尋ねる。「そこに行くなら、ここで路線バスに乗り換えて、ひと駅目で降りればいいよ」と言われ、それだとかえって混乱するなあと思ったため、ターミナルの事務員に同じ質問をすると、「この辺は危ないのでバスに乗った方がいい」と同じような回答。ここは、忠告に従うべきか、と路線バスに乗ったのが、間違いの始まりだった。

言われたとおり、ひと駅目で降りると、一気に現在地がわからなくなった。一応バスに乗ってから、進んだ方角を把握はしていたが、バスターミナルを出た方角が曖昧だったため、すぐには把握できない。海外では携帯を持ち歩かないため、ぐーぐるまっぷも使えない。ということで、目の前のホテルのドアマンに尋ねることにした。すると、「そんなホテルはわからん」との返事。いや、そんなはずはないんだけどなあ。と、地球の歩き方をナップザックから取り出したところで、声をかけられた。顔を上げると、ガードマン風の格好をした男がいて、「ツーリスト証を発券すれば、俺がホテルまで案内してやるよ。」というようなことを言っている。しかし、事前に読んだ地球の歩き方には、そんなものが必要などとは書かれていない。よって、無視して歩き始めたのだが、しつこく付いてくる。

そうこうしているうちに、すぐに大きな交差点に出たのだが、そこで突如不穏な雰囲気を感じた。反対側の交差点の一角にやばそうな連中がわんさかいて、こちらを見ている。「本当にホテルまで案内してくれるのか?」この問いが2つ目のミスだった。「すぐそこに銀行のATMがあるから、そこで発券できる。」そんなわけ、ねーだろー!がはははは、と日本なら笑い飛ばしていたのだが、危険な複数のまなざしを一手に受ける状況下だったので、とりあえずATMまで行ってみることにした。

するとATMが2台あり、40〜50代の黒人カップルが不自然な感じで立っている。ガードマン風の男が、「ここにクレジットカードを入れれば、発券できる。」と言う。この時点でも、そりゃあインチキだな、と思っていたのだが、先のカップルが、「私たちも発券したのよ。」的なことを言っている。私の持っているカードは、海外では現金を下ろせないタイプなので、とりあえず問題はないだろうとカードを出して入れてみた。ここが、3つ目にして最大のミス。

案の定、うんともすんとも言わないので、素早くキャンセルボタンを押したのだが、カードが戻ってこない。すると「ピンコードを押さないと駄目だ。」とガードマン風と先のカップルが口を揃える。このあまりにも不自然な彼らの言動に、ああーやっぱりはめられたか!と確信したが、お金を取られる心配は皆無なので、まだ余裕があった。ところが、ふと後ろを振り返ると、交差点にたむろしていた連中が私を取り囲んでいる。数にして15名ほどだろうか。ここで初めて身の危険を感じたが、幸い大通りに面していたので、スーツケースを引きずり、空いた方の手を大きく振りながら、できる限りの大声で叫んだ。「HELP ME〜〜〜!」

しかし、どの車も通行人も、ちらっとこちらを見るだけで、相手にしてくれない。あらら、と思っていたところに、2階がオープンになっているツーリスト用のデッキバスが通りがかったので、再度渾身の力でのどち〇こを振るわせて叫んだ。「HELP ME〜〜〜!」しかし、運転手やツーリストは、何か映画の撮影とでも思ったのか、ニコニコしながら、中には手を振りながらこちらを見やって、そのまま通り過ぎて行った。みんな、冷てーなー。それにしても、大通りにしては人通りも少ないなーと思い、ようやく『げ、今日は日曜だった!』と気づく。この呑気さが4つ目のミス。

しかし、実は、事態は少し好転していた。私を取り囲んでいた連中が、慌てだしたのだ。特に、ガードマン風の男は、明らかに狼狽しており、「いや、ピンコードを押しさえすれば大丈夫だから。」と連呼している。どうやら、たった一人なのに、ここまで大騒ぎをするとは思っていなかったらしい。私はここぞとばかりに、連呼した。「HELP ME PLEASE〜〜〜!」そこで、ひとりの男が大声で何かを叫んだ。すると、一同の輪がさっと広がり一気に静まり返った。そして、その男が「静かに。落ち着くんだ。」といったジェスチャーを交えながら私に歩み寄ってきた。「俺は、このあたりのリーダーだ。もう安心していい。俺を信じろ。」「いや、絶対信じない。」「いや、大丈夫だ。とにかく俺の言うとおりにすればいい。」「何をしろと言うんだ?」「ピンコードを押せ。」うひゃひゃひゃひゃ〜と心で笑うも、実際は余裕が無いため「やはり、お前のことも信じられない。」と応える。そうこうしていると、また一人の男がATMにやってきた。ダウンタウンで初めて会う白人だ。

彼は実際にお金を下ろしに来たらしく、私のカードが入ったままの機械の前に立った。セカンドチャンス!とばかりに、その白人に向かって事情を説明した。うまく伝わったか怪しいが、彼が機械を操作すると、ななななんと、カードが出てきた!その瞬間、2〜3の手が伸びてきたが、私は負けていなかった。いち早くカードを掴むと、「サンキュー!」の一言を残し、スーツケースを引きずって一目散に走り出した。

ピンチの後に、必ずチャンスは来るものなのだ。なんと!走り出したタイミングとほぼ同時に、パトカーのサイレンが近づいてきた。誰かが通報してくれたのか?それともただの偶然なのか?そんなことはどうでもよかった。私は大通りを渡って元の交差点の方に走っていたのだが、通りの反対側に目をやると、私を取り囲んでいた連中も一目散に逃げている。その中に、ガードマン風の男とカップルがいたのは言うまでもない。

結局、私のホテルは、最初にドアマンに尋ねたホテルのすぐ近くにあった。無事チェックインを済ませ、部屋のベッドに横になった途端、ほぼ同時に安堵感と恐怖心が涌いてきた。悪知恵のはたらく連中だったら、私のスーツケースを奪っていただろう。そうすれば、私もあれほど大胆な行動は取れなかったに違いない。しかし、リーダの男は諭すように私に語り続けたのだ、「安心して、ピンコードを押せ。」と。誰が押すか、ボケ!