VfBシュトゥットガルト



ドイツ南西部に位置するバーデンヴェルテンベルク州の州都であるシュトゥットガルトは、ポルシェやメルセデス・ベンツの本社もあるドイツを代表する自動車産業都市で、ここを本拠地とするブンデスリーガの古豪チームVfBシュトゥットガルトのホームスタジアム名は、その名もずばりメルセデス=ベンツ・アレーナである。VfBシュトゥットガルトは、ここ10年で2度の2部降格を経験するなど、近年は1部残留がやっとと言ったチーム状況だが、2021-2022シーズンの最終節でも、劇的な残留劇をやってのけた。試合後、FCバイエルン・ミュンヘンのウリ・ヘーネス名誉会長が、「おめーら、単に残留できただけじゃねーか」と多分に嫉妬混じりのケチを付けたが、ブンデスリーガで10連覇という偉業を達成したバイエルンの活躍がかすむ程、話題をさらったのだ。この2021-2022シーズンのフィナーレで主役を演じたのが、日本人2選手だったというのが実に嬉しい。

日本にプロ・サッカー・リーグのJリーグが創設されたのが1993年。1999年から2部制になると、我々は優勝争いと並んで、残留争いの醍醐味を知ることになる。一方、欧州のサッカー大国ドイツでは、日本より30年早い1963年にプロ・リーグのブンデス・リーガが創設されている。2021-2022シーズン終了後の現在、Jリーグ、ブンデスリーガとも、1部から3部までの入れ替えが実施されている。近年、Jリーグにおいても、残留争いがかなり熱を帯びてきたと感じるが、歴史が長いブンデスリーガにおいて、チームおよびサポーターが残留争いに懸ける熱量は、尋常ではない。

この点について、ブンデスリーガの特徴を表す「50+1ルール」というものがある。1998年に導入されたこのルールは、ドイツ・フットボール・リーグの規約において、資金力のある企業や個人が株式の49%以上を取得した場合、ブンデスリーガに参加できないというものである。すなわち、特定の企業や個人による株式上のチーム乗っ取りを防ぐ意味合いを持つが、見方を変えると、チームの主たるオーナーは、株式面においてもサポーターであるということを明記しているのだ。これにより、チケット価格も他国のリーグに比べて安く抑えられ、スタジアム内で買うビールの値段も安く抑えられているそうだ。このように経営面でもチームを支えるのはサポーターであり、優勝はもちろん、1部残留を維持することへの熱は、市民の日々の日常生活において醸成されているのである。シーズン最終節となる2022年5月14日に開催されたVfBシュトゥットガルトと1.FCケルンの試合においても、そんなスタジアムを支配する熱気が、着火を待つ導火線と化し、クライマックスへと向かってうねりを上げていった。

そして、1-1で迎えた後半アディショナルタイムに、ついに狂気が爆発する。きっかけとなったのは、何気く見えたDF伊藤洋輝のプレー。相手GKが右サイドに蹴り込んだロングボールを、相手FWに競り勝った伊藤がヘディングで味方につなぐ。さらにテンポ良くボールがエジプト代表FWオマル・マルムシュにつながり、マルムシュは相手DFと競りながらペナルティ・エリアにドリブルを敢行してコーナーキックを奪取。そのマルムシュが蹴ったコーナー・キックを、再びニアサイドに走り込んだ伊藤がヘディングでファーサイドにすらし、軌道が変化したボールにいち早く反応したキャプテンの遠藤航が、頭でゴールネットに突き刺したのだ。ちょうどその頃、同時刻にキックオフとなった残留争いのライバルである15位のヘルタ・ベルリンは、強豪ドルトムント相手にリードした前半の1点を守り切れず、後半39分に勝ち越しを許して1-2で敗戦。ロスタイムのゴールを守り切ったVfBシュトゥットガルトが、得失点差により試合前の勝ち点差3を逆転して、見事に残留を決めたのだ。

2022-2023シーズンへ向け、なんとか首の皮一枚で1部残留を勝ち取ったVfBシュトゥットガルト。過去を遡ると、1983-1984、1991-1992、2006-2007の3シーズンでブンデスリーガを制している。日本でも有名なハンジ・ミューラー、マティアス・ザマー、ユルゲン・クリンスマン、ドゥンガ、ギド・ブッフバルト、マリオ・ゴメス、岡崎慎司、酒井高徳、浅野拓磨なども、かつてこのチームに在籍していた。実は、チームのホームであるシュトゥットガルト市に関する面白い話がある。同市の紋章となっている跳ね馬が、ポルシェのエンブレムに採用されているのだが、同じく跳ね馬で有名なイタリアのフェラーリのエンブレムも、ポリシェ同様シュトゥットガルト市の跳ね馬が起源となっているというのだ。自分には、2m近い大男であるエンツォ・フェラーリの回顧録の真意を確かめる熱意もないが、今年の跳ね馬は誰だ?とシュトゥットガルト市民に聞けば、間違いなく遠藤航と答えるであろう。試合後に家に帰った遠藤が目にした子供の落書きも、なかなか粋である。頭ではなく、足で決めていれば完璧だったんだけどなあ。