アナザーサカイ



2015年、初夏。仕事の関係で、スペインのビルバオに行く機会があった。ビルバオと言えば、アスレティック・ビルバオの本拠地として有名だ。リーガ・エスパニョーラの古豪チームで、バスク人のみでチーム編成をすることでも知られている。日本の城彰二や大久保嘉人が、スペインチームに在籍していた頃、スペイン代表のゲレーロというスター選手がビルバオを引っ張っていたが、レアルとバルセロナというモンスターチームの前では、歯が立たない実情は、今と変わりがなかった。

さて、今回は、大好きなフットボールの話ではなく、愉快なビルバオの人々について。まずは、ホテルのフロントでのこと。別のタクシーで先に着いていた同僚がチェックインしていたのだが、 ちょび髭のフロントマン、名前は知らないがまず間違いなくホセ・カルロスという顔をしていた、そのオヤジがなぜか私の名前を連呼している。同僚の一人が駆け寄ってきて、「サカイさん、ちょっと来てくれますか?なんか、サカイを連れてこいって言ってきかないんですよ。」と困った顔。「I'm Sakai.」「You, Sakai?」「Yes.」「O.K.」と、なぜか私のチェックインから手続きを始めた。ははぁん、なるほど。今回は、私が代表で4名分の予約を入れていたので、代表者からじゃないと駄目らしい。融通の利かないカルロスからかなり乱暴に部屋のカードキーを渡されてとりあえずチェックイン終了。すると、カルロスは言ったね。「Next, another Sakai.」おい、セニョール・カルロス。いくらスペインたって、アナザー・サカイはねぇだろ?当然同僚の3名は、互いに「アナザー・サカイって、どっちよ?」と、不安げな顔を付き合わせている。すると痺れを切らしたカルロスはさらに言ったね。「Next, another Sakai No. 2. Come on!」

とまあ、破天荒なカルロスに迎えられ、ビルバオでの日々が始まった。無事仕事を終え、明日は帰国するのみとなったビルバオ最終ナイト。まあ、当然打ち上げと相成ったわけで、前日から目をつけていたピンチョスの店へ。ピンチョスとは、小さく切ったフランスパンの上に、様々な食材を乗せたもので、これがまたよくワインに合う!仕事が終わった安堵感も手伝い、皆良い感じに酔っていく。非常に繁盛している店であったが、ここはスペイン。ラテン特有のマイペースな店員がほとんどだ。そんんな中、我々のテーブルを担当してくれた短髪のイケメンウェイター。名前は見ていないが、まず間違いなくベンジャミンという顔をしていた。そのベンジャミンだけが、非常によく働くのである。次々と注文する食材や酒を素早く持ってきてくれ、空いたグラスを手際よく下げたかと思いきや、すかさずテーブルを磨き上げていく。スペインにも働き者の若者がいるんだね。さて、そろそろ2件目に行こうということになり、チェックアウトを頼むと、さり気ない笑顔をたたえて、ベンジャミンがレシートを持ってきてくれた。会計を済ませ、店を出る間際に俺は思わず叫んだね。「あんたなら、ニッポンの寿司屋でもやっていけるよ!」日本語が通じたのかはかなり怪しいが、ベンジャミンは、はにかみながらまんざらでもないウィンクを返し、奥に戻っていった。

かなり上機嫌で2件目の店へ。しかし、どこも混んでいて、メイン通りから外れたところで、ようやくシーフードのレストランを発見。なんとなく店じまいの様相であったが、ロブスター、ロブスターと騒いでいると、かまっぽい雰囲気の、まず間違いなくマヌエルといった顔の年輩ウェイターが、店の外にテーブルを用意し始めた。結局、ロブスターは取りやめ、イカ墨や、ムール貝、フジツボなどを注文。これが、また大ヒット。ワインやビールにとてもあって美味しい。すっかり、ご機嫌東洋人ご一行と化した我々の様子を目にした通行人が、続々と店内に入って行き、店はいつの間にか大繁盛。よかったじゃないか、マヌエル。

さて、ここでの食事中に、面白い話題となった。まず後輩が、「さっき、エレベーターに乗ってたら、スペインの夫婦が、『タモリ、キテネェ?』って、言ってたんすよ。」「ははは、そう聞こえただけだろ」と返すと、「いや、ぜってぇー言ってたっす。」と引かない。試しに、通行人の会話に耳をそそり立ててみる。『ヨクアル、アノコダケ二』おおぅ、確かに日本語ぢゃないか!ただし、どの通行人も日本語をしゃべっているわけではないようだ。何組か通り過ぎた後、『オタノシミハ、アシタヨ』おおぅ、久々のヒット!もはや、釣り感覚である。タモリ、キテネ?の話を振った後輩までもが「先輩、空耳酷過ぎぢゃねっすか?」と、呆れ顔。うんにゃ、やつらは、しゃべっとるよ、確かに。『ヤサイコートー、トークカラキテルネ(野菜高騰、遠くから来てるね)』ほら。

こうして、空耳ナイトは、心地よい響きと潮の香りとともに更けていった。ところで、皆さんも牛追い祭りのことはご存知だろう。正式名は、サン・フェルミン祭と言って、バレンシアの火祭り、セビリアの春祭りと並ぶスペイン三大祭りの一つ(トマト祭りは入っとらんのやね)。実は、このビルバオ訪問の際、ちょうど牛追い祭りの開催中で、開催地のパンプローナは、ホテルから車で2時間くらいの場所だった。この牛追い行事は8日間行われ、連日テレビで生中継されている(朝8時スタート)。女性の参加者がいることにも驚いたが、それよりも驚いたのが、毎日たった2分ちょいで終わるということ。で、テレビはと言うと、行事終了とともに、すかさずこの日のお馬鹿さん、って感じで、間抜けな被害者たちをピックアップして、しつこい程繰り返し再生するのである。で、見てて気づいたんだけど、スタートとともに、まず年輩の参加者が、参加者同士でぶつかって、次々と倒れていく。この祭りは、牛追いというより、牛から逃げる感が強いんだけど、牛ばかり見て走ると前の群衆の動きがわからず、ぶつかってしまうんだね。一流サッカー選手同様、常に首を振って、前後左右の動きを把握しなければならないのだ。牛がくる前に、次々と自爆していくおっさんたちを見て、情熱の国スペインの悲哀を感じた。オー・レイ!