第二十一話:似てる


朝。時々、エディ・ヴァン・ヘイレンに会う。

うむ。あまりに衝撃的過ぎる書き出しだ。やりなおし。 えーと、朝、時々見かけるおばさんがいるんです。年のころ、40 過ぎぐらいだろうか。 ジーンズにジャケット、という感じのラフなスタイルが多い。 読書家のようで、いつも本を読んでいる。 そしておれは、このおばさんをエディと呼んでいる。

何故かって、似てるんですよ。顔が。エディに。どのくらい似てるかってーと、 もう見かける度に「あっ、エディだ! パナマ弾いてみせて!」 と叫んでしまいそうになるのを、必死に押えなきゃならないぐらい。 家に帰ったらライトハンド奏法ブチかましてるんだろうなぁ、 という妄想をかき消すのに苦労するぐらい。 嗚呼。もうほんとに、皆様にもお見せしたい。ってつまるところ、 知らないおばさんなんですが。

時々、いや、ひょっとするとしばしば、おれは「あ、この人、誰某に似てる」 と思ってしまう。そして、非常に残念なことに、 それが世間一般の同意を得られないことも多い。 要するに、おれの「似てる」という判断はさっぱりアテにならないということだ。 例えばつい先日もこんなことがあった。

某レンタル会社の O 氏と商談。こちらからはおれと、同僚の I ちゃん。 つつがなく話が終わり、よろしくお願いしますと挨拶をして O 氏と別れ、 事務所へ戻る道すがら。

なぁ、O さんってさ、ユースケ・サンタマリアに似てねえ?

(にべもなく)「似てないっすよ」

いやそんなことないよ。おれさっき「あっとそのとき!あっとロ〜ン」 って歌いそうになったぜ。なったろ?

「ならないっすよ。それりおさんだけ」

うっそ。ヘンだな。でもさ、おれ、 ユースケ・サンタマリアと筧利夫の区別付かないんだけど。

「根本的にダメ過ぎ!!」

そんなわけで、かなり自信のなくなっているおれである。 そういえば、「踊る大捜査線 THE MOVIE 2」という映画では、 この二人共が出演しているらしいですね。なんでも、 「新城賢太郎:筧利夫(長官官房審議補佐官警視正)」 「真下正義:ユースケ・サンタマリア(刑事部捜査一課警視)」 だそうです。如何なる映画なのか、私は全く分かりませんが、 役どころが警視正と警視。そんな近い間柄のキャストに、何故同じ顔の二人が。 理解に苦しみます。混乱間違い無し。え、同じ顔じゃないって? そうですか。

ちなみにおれがこの知識を得たのは、「筧利夫」という漢字が書けずに Google 叩いた結果だというのは貴方と私だけの秘密であります。

閑話休題。思い起こせば、昔からこんなことをしていたかもしれない。

高校一年だった。まだ入学したばかりで、 クラスメートともどこかぎくしゃくしている初々しい時期。 おれは席の近かった H 君に声を掛けた。 ねぇ、「紳助・竜介」の紳助に似てるって言われたことない?

今こうして書いてみると、 実はおれってモンのスゲえ失礼なヤツなんじゃないか、 という疑念を消せない私が居るのですが、 それは一旦忘れて話を続けさせて頂きまして、

H 君、実は(ってこともないが)とても良い人で「そんなことないよぉ」 なんて言いながら笑っている。そしておれはしつこく言い続けた。いや似てる。 というか同じと言ってもいい。君は紳助だ。決定。

そしておれは、彼を紳助と呼び続けた。 それが、おれにとって段々自然なものになっていった。 そのうち、周りも「紳助」と呼び始めた。H 君の方も 「なに? ってオレは紳助じゃないって!」という反応が、普通に「なに?」 に変わっていった。つかそもそも反応するなよ H 君。

時が経ち、そのあだ名はより一般に浸透し、 「しんすけ」という響きから、彼の顔がぽんと自然に想起されるようになっていった。 そして、あだ名で良く見られる現象、「省略」 も起きはじめた。つまり、周りのみんなは彼を普通に「しんちゃん」 と呼ぶようになったのだ。他のクラスの友達は不思議に思う。当然だ。 彼の名前は紳助でも慎太郎でも新一でもシンディでもない。 名前のどこにも「しん」なんて無いからだ。「なんで『しんちゃん』なの?」 「えーと、なんでだったかな」「ま、みんな呼んでるし、いーか」 いいのかよ。

今、卒業アルバムをそっと紐解いて見ると、そこにはしんちゃんも居る。 しかし。しかしだ。今になっていったいどう責任を取れば良いのか、 おれにはさっぱりわからないんだけど、もうね、全然似てません。 この顔の、どこをどう見たら島田紳助に見えるんだよ。

そして、おれには彼の本名が思い出せません。
ごめんよ。しんちゃん。


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