第十八話:ゆけゆけ XP


新しい OS に触るのは何年ぶりだろう。

コンピュータというものに触るようになったのは、 中学生の頃だったかに触った HP かどこかのハンドヘルド・コンピュータは 置いておいて(このマシンは「雑誌に載ってる呪文のような長い長い英数字記号を 一文字も間違えることなく打ち込むとご褒美としてゲームが動く機械」である、 という認識だ。まぁ簡単な BASIC はやったが)、 大学に入ってからだ。一般教養の計算機なんちゃらという 授業で Fortran を習ったけれど、おれが得た知識ときたら「copy a:*.* b: と やればハヤシ君のフロッピーをコピー出来て宿題完了」だけだ。 ありがとうハヤシ君。

まじめに接したのは四年になってから。主流は MS-DOS 3.1、3.3 がトレンディ、 何故かウチの研究室には「これからは OS/2 だぜ!」なんてマシンが置いてあって (残念ながら違いましたね先生)、 そいつには 5M のメモリが載ってて 40M (メガだよ。ギガじゃないよ) の ハードディスクが付いてて、我々生徒は 「す、すっげえ。フロッピー 40 枚分だぜ!いったいどうやったら 使い切れるんだよ!」なんて驚いてた時代だ。

研究などほっぽり出して config.sys を書き換え、 起動と同時に色鮮やかつーか悪趣味なメニューシステムが立ち上る長大な Autoexec.bat の作成に心血注いでいたあの頃。 その情熱を本業に注いでいれば。とほほ。 ま、その縁で「こーゆーのも 悪くないか」と今の会社に就職したっつーのはあるワケですが。

その後、自宅の 286 マシンに 486 を後付けして Windows3.1 で遊んでみたり。 そして Windows95 へ。

おれの物事に対するアプローチはどんなジャンルでもあまり変わらなくて、 とにかく本を買う。コンピュータに関してはちと方向が歪んでて、 「良く分かるなんちゃら」よりは「禁断のテクニック」、裏技集的なものに 惹かれていたように思う。ヘタをすると、コンピュータを使って何をするか、より 環境作りが楽しかったりする。貴方にも身に覚えがありませんか。ない? 変だな。 会社にかなり居るんですが。この症状が進行してしまった人間が。 「インストールおたく」「OS おたく」「環境設定おたく」といった人々。

まず OS は最新でなければならぬ。リリース直後にインストールせねばならぬ。 リリース直後で不安定?馬鹿者、あっさり動いちゃつまらんじゃないかと言い放つ。 マシンが複数 OS のマルチブート環境であり、新 OS が動かなきゃ旧 OS を 起動すれば良いってワケで実は困らないのだ。 環境を整える類のツールを古今東西から収集しインストールしまくる。 インタフェースはガリガリにカスタマイズ。新しいハードウェアにもご執心だ。 ジャンク屋通いも欠かさない。嗚呼、こないだ買ったボードがうまく動かないんだよ、 と語るその顔は満面の笑顔だ。苦労は喜びなのだ。 そして苦労の末にようやく動いたデバイスに満足して眠るのだ。 そのデバイスで何をするかなんてことは俗っぽい些末なことなのだ。

素直に笑えないところが恐ろしい。実際、昔のおれは「OS は最新でなきゃ」とは 思ってたし。エディタのキー割当変えるの大好きだったし。コンピュータを俺色に 染める快感というか。

時代が進み、OS が進化していくにつれ、コンピュータはブラックボックス化していく。 裏で何が行われているのか、どういう設定になっているのかが見え難くなっていく。 いや、達人に取ってはそうでもないのかもしれないが、おれにとってはそうだった。 そして、Windows95 を一通り遊んだ後に Windows98 が出たとき、 ぷつんと糸が切れたように「やりたいことが取り敢えず出来ればいいや」と思った。 興味を失った。ついて行けなくなった。俺をコンピュータ色に してくださいつーか。どんな色だよ。まぁでも「A」の隣は「Ctrl」じゃなきゃ 許さんけど。

実際、会社で仕事をするのも、自宅でメール読んだり WEB 参照したりポストカード 作ったり住所録管理したり MIDI データ鳴らしたりするのも、95 で特に困らなかった。 だからおれの横を、NT 4.0 も 98 も 98 SE も 2000 も Me も 風のように通り過ぎていった。ホント、いらんと思うのよ。使いたいデバイスが 要求しなければ。

あまり調査してなかったんで誤った思い込みもあったんですが、逆に OS の アップグレードによって現在使用中のデバイスが使えなくなると思ってたんですよ。 実際、こんなことがあった。

ハガキ作りに活躍中のイメージスキャナ。HP の製品です。 随分前に Windows 2000 の導入を考えたことがあって、 HP のサポートに電話してみたのですよ。動きますか、と。

「その製品は、2000 では動きません(地の果てまでもきっぱり)」

いやそのお姉様。それは動作保証がない、という意味ですよね。動かしてみたら オッケーだったとか、そーゆー事例は…

「こちらでは動作確認をしておりませんし、動きませんとしか言えません」

サポートしてくれということではなくてですね、そのそういうケース…

「動きません。ガチャン」

…(涙)。良いです。もう OS アップグレードなんて分不相応なことは考えません。 つかメモリも CPU 速度も全然足らないし。寿命を全うさせます。このまま 時代の逆風に逆らいつつ 95 使いとして逞しく生きていきます。はい。

しかしこの間デジカメを買った時、おれは時代の逆風が、ハリケーンとタイフーンと 竜巻と吹雪きと雪崩れと津波を足して 6 で割らずに 10 掛けたような状態に なっていたことを知ったのだ。デジカメと PC をリンクするソフトが付いてますよね、 OS の対応はどーなってます? というおれの質問に店員答えて曰く

「あー、もう全然問題なし!おっけーっすよ!XP もバッチリ!ホント、キューゴー じゃなければ!アハハハハ!」

会心の冗談だったのでしょうな店員さんよ。 あの時黙ってたけどさ、結構決意の瞬間だったかもしれないぞ店員さんよ。

会社でもおれが 95 使いだってのは悪い意味で有名だ。おれはインフラ関係の 業務を担当しているんだけれど、するってーと「サポート OS」という問題に 必ずブチ当たる。どの OS をサポートするのか。そりゃなるべく少ない方が こっちはラクだが、ユーザは広くサポートして欲しいと思っている。

で、95 はどうするか、というハナシになるんだよな。最近は。

「りおさん勘弁してください、もう周りでりおさんしかいないじゃないっすか 95。 切りましょうよ。まーた『サービスをリリースする側は幅広い OS でのテストを せねばならん、ユーザを困らせてはならん、だからおれは 95 なんだ』とか 屁理屈こねるんでしょ。困るのりおさんだけですよ」

ううううううるさいっ!図星過ぎだっ!

わかった。わかったよ。おれの負けだ。最早これまで。買おうじゃないか。 思い立ったらおれは早いぞ。最近はこんな買い物ネットでチョチョイのチョイだっ。 あっ課長これは他社の動向をチェックしている最中でしてその値段のですね、 え、おれの業務になんの関係があるのかってそりゃアレですよ、幅広い視野で ですね、業界全体のトレンドを。はい。

で、仕事仲間に、もうすぐ家に来るんだよーんと自慢したところ、

「95 からイキナリ XP ですか。幾つスキップしたんですか。足攣りますよ」

買うことになってもやっぱりいじめられるおれ。ほっとけ。 まー Windows だし。似たようなモン…

「95 のことは忘れた方がいいです。ヘタに知ってると混乱します」

そ、そうなの? と脅されたからか、意外と違和感ないぞ XP。なんかウィンドウの 縁が丸っこくてアイコンがデカくてどーも玩具っぽいぞ XP。 つか、95, 98, 2000, Me は分かるけど、名前の意味が分からないぞ XP。 最初にした仕事が DVD「ウォレスとグルミット」の再生って辺りが物悲しいぞ XP。 SCSI ボード突っ込んで HP のスキャナ、お姉様に「動きません」とガチャ切りされた あのスキャナをつないだところ、あっさり認識して偉いぞ!XP。ゆけゆけ XP。

そして XP 到着から 4 日後。まさかこうなるとは自分でも思わなかった、 ADSL 申込み。NTT の審査が通れば、なんとブロードバンドだぜ。常時接続だぜ。 このおれが。ついこの間まで 95 + ナローバンド + 15 インチ CRT + CDR 焼けるんだ すごいなぁ + USB ってなんすか? のこのおれが。 ま、直接の原因は今度のマシンに LAN カードが最初から刺さってて、 そのポートを遊ばせとくのがなんか悔しい、つまり端的に言うと 「穴があるから入れたい」という男気溢れる思いに突き動かされたって コトなんですが。

必要なものだけを買うという節度ある生活は正しいんだろうけれど、 これ買うと生活が、そして文化が変わる、かもしれない、という投資は 心に何か前向きなものを生む。ような気がする。ビバ、XP。

ねっ。そういうことなの。決してハズミなどではなく。無駄な投資じゃないんです。 そう。文化を、夢を、買うわけですよ。だからその細い目はやめて痛ててて。


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