第十六話:メディアが敵に回るとき


おれは基本的に早寝早起きです。お子様です。おじいちゃんというハナシも ありますってええぃだまれいっ。

早寝で困ることなんてそんなにないんです。強いて言えば、友達と夜遊びしている時、 例えば合宿に行って深夜にセッションしてるとか、そういう時、え? あまり 例が一般的じゃない? そうですか? ま、とにかくそういう時に一人 眠くなっちゃって、寝てる間に面白いコトが起きて後で悔しいとか、そんな 程度です。

ところが、困った事態に直面しました。そうです。F1 です。おんなじような クルマがおんなじところを何周もわかわか走るアレです。何故か最近個人的に 盛り上がりを見せておるのです。

今から十年ほど前。周りには F1 ファンが沢山いました。にわかファンがここ日本には 溢れていたのです。おれはといえば全く興味がなく、鈴鹿に行くんだぜ!と 騒いでいる友達を、「気を付けてね。お土産は特にいらないから。 ほんと。気にしないで。どんなのがあるのかな。『鈴鹿の風』とか『サーキット物語』 とかですかね。いや催促じゃないよ」という感じで見送るばかりでありました。 「鈴鹿の風、なんてなかったぞ」と言いながらマグカップを買ってきてくれた 哲ちゃん、ありがとう。

そして今。「昔ハマったんだけどさ。セナがいた頃」。このセリフを何回、いや何十回 聞かされたことでしょうか。下火の時期に応援するのが真のファンでは ないのかっ。って見始めて二ヶ月ほどの俺が力説しておりますが。

放映時間は大抵深夜。決勝は日曜日。夜更かしして次の日爽やかに出勤、などという 芸当はおれには出来ません。で、ビデオという文明の利器に頼るわけです。 録画した映像は月曜日の夜、会社から帰宅した後に見るという作戦。 放映時刻とおれが視聴する時刻には、ヘタすると二十時間近く開きがあるわけです。 さらに放映も録画ですから、現実からはさらに差がある。そうすると、その間に 別メディアから結果が飛び込んでくる危険があるわけです。

これは恐ろしい。

やっぱり、結果を知らない状態で見たいじゃないですか。 「こいつ、ポールポジション取って『今日はマシンの調子が良かったね。 明日は勝つさ』なんつって鼻の穴ふくらましてるけどリタイヤなんだよな」なんて 知ってたらつまらん。 てなわけで、報道機関からの情報を注意深くシャットアウトしなければなりません。

まずは新聞。新聞の見出しというのは侮れません。凝縮された文字が 核心を突いてくる。一瞬目にするだけでスポーツの結果なんて明らかです。 スポーツ欄を開いてはいけない。おおっと危ない。ふぅセーフセーフ。

と、うまく新聞記事を避けたおれの心に隙があったということなのでしょう。

テレビでは NHK のニュース。我家では毎朝見られる当たり前の光景です。 その「当たり前」に足元をすくわれるとは。 おれの視界の端に一瞬映ったその文字は、

シュー…

うわわわわわ。ちちちちち違うのだ。今のなし。えーと、そのなんだ、あっ、 そうか、見出しの全文はこうだ。

シュークリーム早食い大会 山田さん三年連続

そうだ。そうに違いないのだ。すごいぞ山田さん。なんて立派なスポーツマンなんだ。 ととととにかくリビングから逃げねば。何も見えないぞ。何も聞こえないぞ。

と足早に立ち去ろうとするおれの聴覚に突き刺さる、スポーツコーナー担当青山祐子 アナウンサーの声。 たった一つの数字。

「52 …」

あがががががが。ももももう駄目だあああ。その数字は駄目だあああ。

前回のハンガリーグランプリで、ミハエル・シューマッハーはアラン・プロストの 打ち立てた最多勝記録 51 勝に並んだ。そして今回のベルギーでは前人未踏、 並ぶ者のない 52 勝目を上げ、新たな歴史を刻むのか? というのが 焦点の一つなのだ。今 F1 の話で 52 とくれば、もうそれだけで 結果が分かってしまう、そういう数字なのだ。 あなたは今電車に乗っているとしよう。運良く座れたとしよう。 そしてアガサ・クリスティの「アクロイド殺し」を読み始めたとしよう。 その途端、横に座っているおねーさんが「犯人は 語り手の医者ですよ。」とつぶやいた、 それと同じぐらいの衝撃なのだあああ。 興奮のあまり説明が無駄に長くなっているおれ。

いや、「52 勝ならず!」かもしれないよな、と、我ながら物凄く無理な 可能性をこじつけつつ、すごすごとリビングを後にするおれであった。

帰宅後。ええ。もう本当に。速かったですよ。シューマッハー。憎たらしいぐらい。 つか憎たらしい。「ウィリアムズの二人が前にいたらボクは抜けなかったかも しれないよ HAHAHA」じゃねぇっこんちくしょう。個人的ちょい注目のライコネンは ギアボックスのトラブルかなんかでまともに走ってくれないし。 ってこれはシューミが悪いわけじゃないけど。こういうのを八つ当たりといいます。 変だなあ。別に恨みがあるわけじゃないのに。まあ判官贔屓なんだろう。おれ。

F1 には現在 11 のチームがあります。1 チームには 2 人のドライバーがいます。 ザウバーというチームにキミ・ライコネンというドライバーがいまして、 ちょっと贔屓にしてます。いや、まだ見始めたばかりで良く分からないんですが、 取り敢えず贔屓のチームかドライバーがいると面白いかなと思って、という 軽い気持ちではありまして、子供が生まれたら喜美夫か紀美子にしようとか、 フィンランドに移住したいとか、そういうことは考えておりません。

このライコネン、現在弱冠 21 歳であります。ルーキーであります。 なんでも、F1 ドライバーになる前の 4 輪レース経験がたった 23 戦しかなく、 F1 ドライバーライセンスを発行して良いものやらどうやらモメた、という経緯も あるようです。

目立つ実績としては、99 年のフォーミュラ・ルノー・スポーツ (FRS) ウィンター・シリーズにおいて、開催された 4 戦すべてで 「ポールポジション+優勝+最速ラップ」という強さ。さらに翌年の FRS 選手権では 10 戦 7 勝、勝たなかった 3 戦も全て表彰台には乗っており、 ぶっちぎりのチャンピオン。その後ザウバーに誘われ、初の F1 テスト走行において、 王者ミハエル・シューマッハーの 0.5 秒落ちという好タイムをマークする。

強いだけじゃいけません。ルックスも重要です。ライコネン、爽やか系です。 例えば、現在ドライバーズ・ポイントランキング 2 位のデビッド・クルサード。 2 位は立派です。マクラーレンというチームも嫌いじゃありません。 しかし、しかしですね、顔が四角過ぎます。 F1 ドライバーという職業が、日本でもう少し知名度が高かったら、ペヤングが 黙ってません。それではいかんと思うのですよ! ってエクスクラメーション・マークを 付けるほどのことじゃないんですが。デビクルファンの方すみません。

ちなみにこの「デビクル」という略称は F1 雑誌で普通に使われているんですが、 我々ハードロッカーに取っては、いやまておれはハードロッカーじゃないけど、 違うってば、その便宜上ですね、「デビxx」といえば「デビカバ」でありまして、 デビッド・カヴァーデールの略ですね。多分 F1 関係者はハードロック関係者と おつむが同水準なのではないかと予想されます。

閑話休題。 インタビューがまた良いです。なんか全然喋らないらしい。記者の間では 「ライコネンにインタビューするなら屑記事になることを覚悟しろ」と言われている とか。寡黙ってのはなんかミステリアスです。謎めいてます。何を考えているのか 分からない感じが、なんか天才っぽいじゃないですか。

おれは「天才」に弱いです。形の整った努力型より、粗削りでも突出した輝きを持つ 天才に惹かれます。 ジェフ・ベックしかり、ジャコ・パストリアスしかり。 ライコネンが F1 で成功するかどうかは未知数ですが、 取り敢えず「天才っぽい逸話」はおれの気持ちを盛り上げてくれます。

…という風な話題、インタビューや写真をはじめとする様々な情報を 提供してくれるのもやっぱりメディアなわけで。 上手く付き合って活用したいものです。

でもさ。今はまだ、やっぱり怨んでるけどね。青山祐子アナウンサー。
それもまた八つ当たりだと分かっていても。

やっぱ、夜更かししなきゃダメ?


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