第五十二回:結婚式と私


楽器をそれなりに長く続けていると、やはりそういう系統の友人が増えてくる。 友人と時間を過ごしていくうちには、友人たちの様々な人生イベントに偶々 同席できる機会もあって嬉しいものだ。代表的なものが結婚式だろう。

音楽を演る人間などという類は、やはり私同様ろくでもないことを考えているに 決まっているわけで、結婚といえば結婚披露ライブ、とこう来るのが極めて有りがちな パターンである。

二次会。これはかなり砕けた雰囲気のパーティであるわけで、ライブは 良くも悪くも気楽であることが多い。 例えば私の所属する Earth, Wind and Fiber というバンドを考えてみると、 バンド結成以後数人が結婚し、パーティがあれば EW&Fiber として演奏、 二十人近いメンバー全員、もちろん新郎も例外ではなくアフロのカツラをかぶり、 ばーでぃやーりやーりやー、などと裏声で大合唱したりしているのだ。 馬鹿である。

思い起こせば、いろんなライブ、じゃなかった出し物を演った。 ずるずるのスローブルーズにアレンジした「てんとう虫のサンバ」アコギ弾き語り、 という微笑ましいこじんまりとした演奏もあった。不幸にして ドラムのすぐそばに座った幼子があまりの音量に泣き出しそうになり、それを あやしながら演奏したこともあった。 やはりろくなことをしていない。そういえば自分の二次会で自分が演奏したのは ジミ・ヘンドリックスやザ・ポリースのナンバーであった。「ボトルに入れて 流した俺の SOS を誰か受け取ってくれ」である。まったくろくでもない。

つい先日は、二次会ではなく披露宴で演奏する、という機会があった。 披露宴と言えばご両親そして親類一同、また新郎新婦会社上司同僚などが 同席しているわけで、カツラをかぶって白目をムいて踊り狂ったりすれば 明日からの新郎新婦の人付き合いに重大な影響を及ぼしてしまう。 例えば新婚旅行を終え会社へ赴くと、そこでは一見今までと変わらぬ風景が あり、きっとすぐに新郎は「xxさんお電話です」などと声をかけられ 速やかに社会へ復帰してゆくであろう。 しかし、実は回りに座る全ての人は (アフロの人だ) (そばによると私にもアフロがうつっちゃう) (話すと裏声になるっていう噂だし) という目で新郎を見つめているのである。恐ろしい。

さて今回の主役は、キーボーディストであり、 日本を代表する某インターネット・プロバイダに勤務する P 氏である。 氏は若くして既に要職にあり、式には代表取締役以下錚々たるメンバが列席される とのこと。やはりカツラはまずい。

P 氏にギタリスト、ベーシスト、そしてドラマーの私を加えた計 4 人で 活動しているバンドがある。活動といっても時々誰かの家に集まってちょっと 珍しい料理を食うというのが主な活動内容なのだがそれはさておき、 音楽という側面から説明すると「インプロビゼーションを主体とした ジャズロックバンド」という感じか。うーん、メンバーからそれは違うと 突っ込まれそうだ。「何か一つモチーフを決めて、それを元に自由に演奏を 膨らませるという演奏」という説明はどうだ。これだと極めてジャズ的な ものが連想される。いや嘘はついていませんが、きっと読者の皆様が想像する 音楽とは全然違うんだろうなあと思うと心が痛む。

そして今回、我々に課せられたミッションは、新郎新婦が客席挨拶回りをする際の BGM を演奏すること、である。自分たちの演奏を冷静に思い返してみると、 あまり、いやかなり、いやすごく、BGM には向かないんじゃないかという気が するのだが、とにもかくにもそういうことになった。 売られたセッションは買う、が私のモットーである。

会場は都内某有名ホテル内にあるレストラン。小さいわけではなく、それなりの 人数を収容することが可能だが、大きなステージがあるというわけでもなく、 ライブハウスのような演奏用機材は期待できないとのこと。 私にとって痛いのは「ドラムセット不可」であろう。まあ確かにアレは、 それはそれはやかましい楽器なので、あんなもので BGM を演奏された日には 御歓談など不可能である。ん?私が静かに叩けばいいだけ?いやまあそうともいう。

さりとて、リズム楽器は必要だ。そこでレストラン BGM 仕様の武器を考えねばならぬ。 というわけで今回のセットはピッコロ・スネアにスプラッシュ・シンバル (直径 20 cm ほどの小さなシンバル)、アゴゴ・ベル。 スネアはボリュームを押さえるためにブラシで叩く、という形に相成った。 さらに曲によってはハーモニカを吹いたりシェイカーを振ったり、 他の人はギターやベースをぴしっと構えている中で私だけちんどん屋のようだ。 かなり情けない。

曲は 4 ビートやシャッフルなど、まあブラシで演奏しやすいもの中心に選曲。 やはり結婚式であるからラブソングあるいはおめでたい感じの曲を選ぶという 気配りも忘れてはならない。間違っても Love for sale だの Left Alone だの ぶちかましてはいかんということである。

さて、ここに問題が一つある。料理だ。 この披露宴、開宴が十二時十五分。お腹の空いたところへ持ってきて フランス料理フルコースである。この日の料理を列挙してみよう。

  1. ホタテ、カニ、マグロ、鯛、イカ、甘海老と小野菜の木苺酢入りドレッシング
  2. 蛤と魚のムース、柚、朝月、パスタ等の和風コンソメスープ
  3. 伊勢海老を詰めた真鯛のムース サフラン入りブールブラン
  4. レモンシャーベット
  5. 牛フィレ肉の炭火焼 白舞茸添え モリーユ茸入りマデラソース
  6. サラダ
  7. フルーツの盛り合わせ 洋梨と苺のピュレ
  8. コーヒーとパン
どうです。素晴らしいでしょう。って食事の前に私、これを見てどういう料理だか さっぱりわからなかったのであるがそれはさて置き、 この中で「この時に演奏が回ってきてほしくないっ」という料理はどれだろうか。 最悪なのが、レモンシャーベットであろう。溶けてしまう。 スープが冷めるのもいやだが、メイン・ディッシュである牛フィレ肉。これに 当てられるのは痛い。いったい我々の演奏はいつ始まるのか。 同じテーブルに座った我々バンドメンバーは熱く語り合う。 って演奏の心配をせんか馬鹿者。

という下らぬことをしゃべっていた罰が当り、結局ブラシを振り回している最中に 牛フィレ肉が冷めてゆく様を見なければならなかったのだが、 演奏は楽しませて頂いた。まあ BGM ということもあり、 客の目は新郎新婦に向いているわけで気楽なものである。 4 バースで短いソロなども頂き、楽しい 20 分であった。 滞りなく、いや滞りは若干あったような気もするが多分客は気付くことなく、 演奏は終了。ようやく我々はちょっと冷めた肉にありついた。美味い。

そんなわけで、本人は「BGM を演奏する」というミッションを完遂した つもりだったのだ。新郎新婦がテーブルを廻る。なごやかに談笑。どこかで 微かに聞こえる Stella by Starlight…とこういう感じ。

ところがである。式が終わり、機材撤収の最中に、司会のお姉さんに 「お疲れ様でしたー。やー、ノリノリでしたねえ」と声をかけられる。 ノ、ノリノリ?何か変だぞ?今回はきちっと礼服を着ての演奏で、 気分は「ちょっと気取ったクールなジャズ・ミュージシャン」だったのだが。

そしてレストランの外へ。新郎新婦の会社同僚がたむろしている。 その中には、以前我が家で麻雀を打った際に 私をコテンパンに伸した I 氏もいる。彼は今日の主役である新郎新婦と 同じ会社に勤めているのだ。

私を見つけて開口一番 I 氏曰く「あんたうるさい」。がーん。 BGM という状況に合わせたセットを組んで臨んだ私にあまりのお言葉。よよよ。 ブラシというのは元々音量を押さえることを目的とした演奏道具だ。 ピアノトリオ等でドラムだけがガンガン鳴ってはバランスが悪い。そういう時のために 使う物だ。そして目的通りの使い方をしたと思っていたのに のに のに … と、ショックのあまり頭の中で語尾がディレイしてしまう私であった。

さらに I 氏の発言は「うるさい」だけにとどまらず、 ではどうすれば良いかという問題解決へと続く。提案内容は二点。 「ブラシの毛を長くしろ」「毛筆で叩け」

さすがに第一線で数々の難題をこなしている技術者、頭が柔らかい… ってええいなんでそうなるっ。 日本のインターネット。その将来をほんの少し心配する私である。

結婚式というと、まあ型通りの進行で退屈だとか、スピーチがつまらんとか、 わざとらしい演出がちょっと恥ずかしいとか、そういうマイナス意見もよく聞くが、 私は結構、結婚式が好きかもしれない。

スピーチ中、ギャグがすべってしまった瞬間の主賓の顔。 キャンドルサービスの直前に必ずいる、ろうそくの芯をしめらせて新郎新婦を 困らせようとする馬鹿、それを横でしょうがねえなあという顔で見ている友人。 親類の中にきっといる、やけにハイテンションで真っ赤な顔をしたおやじ。 妙にチープな味わいの出し物と、それを神妙な顔で見なければならない一同。 そして、そんな中でも幸せそうな新郎新婦。なにもかも趣があるではないか。

今回の式では、終わり間近ごろに 「新婦の書いた作文を司会者が朗読する」というコーナーがあり、 それを聞きながら新婦のお父上がそっと涙を拭っておられた。

今日も素敵な式だったな、と思った。


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