第四十九回:散歩と私


雨だ。

雨が降ると散歩に行けない。 実は私は散歩マニアであり、東京散歩協会認定五級の免状も持っている。 五級は「天候が晴れまたは曇りであれば昼休みは散歩に出かける」 及び「万歩計を所有し、日々歩数を確認する」という厳しい条件を満たす者が 得られる資格である。 雨が降っても出かけるというレベルになると四級、 出かけないと冷や汗、震えなど禁断症状が出る、だと三級辺りだろうと思う。 二級や一級がどういうレベルなのか、想像を絶する。恐ろしい。 多分火山が噴火しても行く、とかそういう感じか。危ないからやめましょうよ。

さて、散歩なんて音楽とは関係ないじゃないか、「音楽じゃないものと私」に 入れるべきだろう、とお思いのあなた。いやいやどうして、散歩もなかなか 役に立つのです。

まず定番はリズム練習。頭で「わん・つー・すりー・ふぉー」と カウントを取りながら、その裏拍で歩くというのが基本型であるが、お勧めは シャッフルビートで歩くこと、である。よく、日本人は跳ね系のリズムに弱いと 言われるが、その風評をこのトレーニングで撥ね返したいものだ。すなわち、 カウントを「が」、足のステップを「た」で示すと、

がったがったがったがった

というリズムが形成されるように歩くのだ。これだけで既にジェームス・ブラウンも 真っ青のグルーヴだが、さらにこのカウントとステップが 作り出すビートに合わせてスタンダードナンバー、 そう、例えば All the things you are 辺りを口笛で吹いたりすれば もう一端のヘンなヒトである。じゃなくて、跳ねる感じのビートとメロディを 有機的に捉えることが出来るのだ。

次に、呼吸法。通常呼吸は無意識のうちに行われる。 じゃないと眠ったら死んでしまう。 それを、意識的に行おうというのがこの散歩呼吸鍛練法の極意である。 って別に大したことはしていなくて、要は上記の「がったがった」を利用して 「五拍吐いて一拍で吸う」とか「三拍半吐いて半拍で吸う」とか「頭で吸う」とか 「吸う前の一拍で息を吐き切る」とか、色々試しているだけである。 また、その際には腹式呼吸を心がけ、背筋、腹筋などを意識する。 この腹式呼吸や背筋、腹筋をしっかり使って上半身を安定させること等は 以前も書いたが、ドラミングにも役立つと信じている。

本当は気功法などをかじるともっと合理的な練習が出来るのかもしれぬ。 御存知の方は是非御教授下さい。とはいえ「やはり太極拳が王道」とか 言われても、昼休み散歩の途中に道端で太極拳、というのはシャイな 私にはちょっと苦しい。目立たない方法をお願いします。

散歩にはまた、様々な出会いもある。 先日、例によって昼休みにがったがったがったがったと歩いていたら、 「フランダースの犬」のオープニングテーマが流れてきた。 どうやら前方を歩く美人 OL 、かどうかは顔が見えないから分からないけど、 の持っている携帯電話が発信源のようだ。和音も聞こえるので最新機種に違いない。

フランダースの犬というのはその昔放映されたアニメで、 明るいテーマソングの割に結末は地球が割れるほど暗い、 というその激しいギャップが非常に印象的な番組であったのだが、 その「みれどーふぁみれーそーらしどっみっふぁみみれ」というメロディ、 これが侮れない。凄まじい支配力である。さしものジェームス・ブラウンも敗れ去り、 頭の中はパトラッシュとネロに占拠されてしまった。 ついでにそのラストシーンまで思い出してしまい、涙がこぼれないように 上を向いて歩いてしまった。

街には音楽が溢れていて、どんな音楽にどんな形で遭遇するのか全くわからない。 油断は禁物だ。

さて、私の通う事務所から歩いていける範囲にはちょっとした街もあれば 逆方向に行けば川もある。 その日は上を向きつつ川へと出向いてみた。春である。花見の季節である。

いつも行く川岸に腰を下ろす。春休みなのであろう、少年が二人、釣りをしており、 少女が二人、テトラポットに座ってお弁当を食べている。私はぼーっと、 もうすぐ旅立つであろうヒドリガモを眺めている。のどかだ。

少年はあまり釣りが上手くないらしい。しばらくすると「もう止めた!」 「なんだよやめんのかよぅ」という声が耳に入ってきた。そして「ギター弾く!」 へ? ギター? 見るとアコースティック・ギターのケースが。そうか、 君たちはミュージシャンだったのか。ミュージシャンというのは楽器を 持っていない時はてんで駄目、というケースも多いので、釣りが下手なのも 肯ける。

と、一人がギターを取り出す。興味深げに様子を覗っていると、私の視線に気付いた もう一人がこちらに近づいて来た。茶髪にピアス、ジージャン、といういでたちの 彼がニヤッと笑って「今日、あったかいっすね」。ミュージシャン同士であり、 友好の儀を交わすことはこちらとしても歓迎である。 「そうだね、あったかいね。ところでそのギター、ギブソン?」と、楽器の知識が ゼロでないことをさりげなくアピール。甲斐あって会話は続く。 その結果得られた情報は、

  • ギターは古いモーリス製であること(だってヘッドの形が似てたんだもん…)。
  • レパートリーは「ゆず」等であること。
  • 「路上」をやろうと思っていること。

ということであった。 路上をやる、というのは、まぁ「インターネットする」みたいな言葉であろう。 さすがは若者、流行に敏感である。

路上演奏を行う対象、つまり客はどこだろうとふと横を見ると、いつのまにか 上述の少女二人組がちょこんと座っている。実は彼らの連れであり、客だったのだ。 私は極控えめに三人目の客となってそのままそこへ座っていた。 「おめーらコレ知ってるかよー。カズーっていうんだぜ」「なにそれー。しらないー」 「しらねーのかよー。しょーがねーなー、こーやって使うんだよ ぶびぶび」 などと会話を交わしている。 しかし少年よ、いばれるような楽器じゃないと思うんだが。

曲が始まった。片方が弾き、片方が歌う。 「久しぶりに古い友達に会ったらイヤなヤツになってた。昔は良いヤツだったのに」 という内容の曲だった。

評論するのも無粋だが、それでもやってしまうと、 まず、ギターがヘタである。取り敢えずコードの押え方と、弦をかき鳴らすことは 覚えました、という感じ。そしてヴォーカル。これがまたヘタである。音程メタメタ、 歌詞カードを見るたびに歌が止まる。 けれど、とにかくデカい声。 上手いとか下手とか、そんなことは関係なく、ただ無垢に音楽を放つことが 楽しい、そんな風に見える。そしてこの「今俺は楽しいんだっ」というオーラは 殊の外強力に人の心を捉えてしまう力を持っているんじゃないかと思う。 皆さんにも「そんなに上手いわけじゃないんだけどなんだか楽しそうで、 ついノせられちゃった」なんてバンドを見た経験はありませんか。

だから、ドラムを叩く時、私は心がけているのだ。 腕はないが、せめてバンドメンバーや客に「楽しいぜっ」という空気を伝えたい、 そんなムード・メーカでありたい、と。 実際、私のドラムを見た方に頂いた感想を思い返すと、一番多いのは多分 「楽しそうだね」だと思う。それはとても嬉しいことなのだ。 いやもちろん、ほんとは「上手いですね」とか「かっちょいーですね」とか 「惚れました」とか「もう好きにして」とか言われたいんだけどさ。ん?

少女二人組はヨレヨレのリズムに必死に合わせて足でリズムを取っている。 曲が終わる。女の子の拍手。男の子の得意そうな、嬉しそうな顔。

自分が高校生だった頃。楽器を覚えて、人前で演奏し始めた頃。 実は自分は上手いんじゃないかと勘違いしていた頃。 ヘビーメタル T シャツに長髪だった頃。 女の子に楽器や音楽の話を得意げにしていた頃。 今思えば上手くもなんともなかったし、そんな話を聞かされた子は、それはそれは 迷惑だったろうと思う、その頃の自分が、茶髪の彼に重なって仕方がなかった。 思わず、顔がほころんだ。

若いってことは結構恥ずかしくて、でもその瞬間、自分ではそれが分からない。

なんてことを思うのは、歳を取ったってことなのかな。でもあと何年か経って 今を思い返すとやっぱり恥ずかしかったりするんだろう。 それは自分が前に進んでいることの証拠なのでしょう。

散歩は時々、物思いの時間でもあります。こんな風に。


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