第四十六回:1999年と私


12月である。師走である。年の瀬である。 この時期、ネタにしなければならないのは当然「今年の重大ニュース」である。 「十大ニュース」かもしれないが、十個も考えるのは面倒なので重大とする。

ここは一応「音楽と私」のコーナーなので、音楽に関係するニュースを取り上げねば ならぬ。実は最近、もう音楽に絡めなくても良いかなぁ、全然関係ないこと、 例えば「こないだ友達と鍋をつついた。美味かった」なんてネタを書いて、 文末に「鍋。この多様な食材の織り成すハーモニーは音楽を思わせる」とかなんとか、 音楽という言葉を出してそれで勘弁してもらおうなどと、ほんの少し ほんのすこぉーし考えているのだけれどそれはさておき。

さあ、いきなり第一位だ。一番印象に残っているのが、 えーと…やはりバンドでCDを… CD … その…

だぁぁっ! 筆が進まん。だめだ自分に正直にならなくては。そんなものもちろん ジェフ・ベック・ライブ初体験に決まっておるではないかっ。

昨日夕方、会社でほてほてとキーボード(って白と黒のヤツぢゃないぞ)叩いてたら 突然胸ポケットの携帯電話がブルブルし始めた。なんぢゃと思いながら廊下に出て 電話に出てみると、隣町の S 君であった。

「今月号の Player、ジェフ・ベックのインタビュー出てるぞ。 表紙もベックだぞ。じゃあな。ぴっ」

会社にこういう電話を掛けてくるのも如何なものかと思うのだが、 相変わらず面白い人である。来年もこの調子で笑わせて頂きたいものである。 とにかく、彼の行為を無にしてはならぬ。帰り道、本屋に寄ってみると、 あったぞ、Player 2 月号。うーん。でもインタビュー短いじゃん。まぁこれなら 買わなくても良いかなぁと思いつつぱらぱらと他のページをめくってみると、 読者による人気投票結果が発表されている。 「ベスト・ドラマー」とか「ベスト・ニュー・アーティスト」とか、 いろんな区分けがされていて、それぞれに対して読者が、 1999年サイコーだったのはコイツだ!というのを投票し集計する、というもの。

ここで我らがジェフ・ベックは「ベスト・ギタリスト」「ベスト・アルバム」 「ベスト・ライブ・パフォーマンス」の三部門で堂々の第一位、 その他、「ベスト・アーティスト」で二位、 「ベスト・アートワーク(ジャケットデザイン)」で三位、 「ベスト・アンフォゲッタブル・アフェア(忘れえぬ事件)」で「ベック来日」が 二位を獲得している。素晴らしい。 惜しむらくは「ベスト・アーティスト」の 第一位がそのなんだ、つまり、アレだったというトコロがナニであるが、 それはなかったことにして、喜びに包まれながらレジで600円を払ったのだった。 嗚呼、ジェフ・ベックの素晴らしさは万人の認めるところだったのだ。 皆さん、もう何も悩むことはありません。 素直にジェフ・ベックのファンになりましょう。 ジェフ・ベック・ファンである自分を開放しましょう。 ご趣味は? と聞かれたら胸を張ってジェフ・ベックですと答えましょう。 夕陽に向かってジェフ・ベックは最高だーっ!と叫びましょう。 これからは堂々と笑顔で日向を歩きましょう。 ってどんな扱いを受けてたんだ。江戸時代のキリシタンじゃないんだから。

「ジェフ・ベックの新譜が出た」と「ジェフ・ベック・ライブ初体験」の どちらが大事件かというと、これはもう一も二も無くライブである。 ベックの圧倒的なパフォーマンスは CD なんかに入りきらない、と以前も書いたが、 いやはやまさしくその通りなのである。 「鳥肌が立つ」とか「涙が出る」とか「感激のあまり自然に歓声が出る」とか 「勝手に身体が揺れる」とか「陶然となる」とか「熱狂する」とか、 そういう経験はこれまでのライブにもあったが、そういういろんな形の感動が 束になってオープニングからアンコールまで続いている「イキっぱなし」みたいな ライブというのはなかったわけで、やはり唯一無二であった。

いかん、ジェフ・ベックのネタで終わってしまうぞ。

その他、思い浮かぶのは自分のバンドで CD を作ったり、合わせてライブをやったり、 スティーヴィー・ワンダーのコピーバンドで暑い中野外ステージに出たり、 そういう演奏活動だけれど、情けないことに、そういう自分の活動を凌駕する印象を 心に焼き付けてしまったのが五十五歳のおっさん(イギリス人)だったわけである。

ある意味悲しいことなんだと思うけれど、昔のように、なんというか素朴に、 音楽に感動しなくなった気がする。 例えば一枚の LP を貪るように聴くとか、 部屋の明かりを落として曲に没入して思わず涙するとか、 うーむこうして書いているとなかなか恥ずかしいな。 でも、今でもそういうの、全く無くなったわけじゃないんだけど。 いい年してすみません。内緒にしておいて下さい。

自分でも嫌なのは、何か CD を聴いて、あ、これはあーゆー系統の音楽だな、と ラベリングして安心して終わり、みたいな聞き方。何か、心の大事な部分が 錆びている気になる。

あるいは、ライブ。高校生の頃、ライブといえば一大イベントだった。 その頃の「今年の十大ニュース」を作ったら、きっとライブと女の子の オンパレードに違いない。随分前から練習を積んで、前日は「いよいよ明日だなぁ」と わくわくしたり、PA コンソールや照明など、非日常的な光景に興奮したり。 そういう感情だって消えてしまったわけじゃないんだけど、 良くも悪くも慣れたというか、やっぱりあの頃の熱さはないんじゃないかな。

そういう中で、あるアーティストの演奏が、今年一番の事件だった、と 思えることは、実は逆にちょっと嬉しいことなのかもしれない。

来年も、音楽で感動できたらいいなぁと心から思う。 聴く感動という側面では、今年はジェフ・ベックという大きな外因があったけれど、 それが毎年期待できるわけでもないだろう (いや本当は期待したいんだけど)。 外因に対する内因、受け手としての容量というか、感性の鋭さみたいなものを 磨きつづけることが結局は大事なのだろうし、 音楽に感動するのも意外とラクじゃありません。 来年も、感動できる自分が在りますように。

その前に、Y2K対応がつつがなく終わりますように。とほほ。


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