第四十一回:録音と私


自分の声を録音し、高鳴る胸を鼓動を押さえつつ震える指で再生ボタンを 押してみると、な、なんじゃこの変な声は? 嘘よっ何かの間違いだわっ。 という経験は皆さんにもおありなのではないかと思う。

かように録音というのは残酷なものなのだ。残酷といえば、 楽器上達法の一つとして良く言われる「自分の演奏を録音してみろ」という言葉が 思い出される。

もしあなたがごく平凡なレベルの演奏者で、 普段あまり自分の演奏を録音することがない、という場合、 きっと驚愕するであろう。そのヨレるリズムやミストーンに。 しょぼい音色に。CD で聞き慣れたプロの演奏との落差に。嗚呼、 なぜか言葉を綴っているうちに私、胸を締め付けられるような気が。 この痛みは何かしら? さておき、裏を返せば、いかにプロの演奏と録音技術がハイレベルであるかと いうことの証明でもあろう。

自分のヘタを、そして粗を、まざまざと目にモノ見せられてしまう作業なのだ。 録音というのは。 だが、辛い作業だということは分かっている、分かっちゃいるけどやめられない、 というのがまた録音の魔力なのである。 というわけで、懲りずにまたやっちゃったのである。

早いもので、私が The Pulse というアマチュアバンドをお手伝いするように なってから、もう七年が経つ。その間、二回のレコーディング作業を行い、 計十四曲を録音している。終わるたびに、もう二度とやるもんかと思いながらも しばらくすると、今度はもうちょっと上手に出来るかな、とか、曲も溜まってきたし、 とか、イケナイ思いが頭をもたげてきてしまう。魔力である。恐ろしい。

アマチュアのレコーディングなんて、舞台裏はとてもお見せ出来るものではない。 お見せできないので文章で書いてみよう。

バンドによって様々な録音方法があると思うけれど、今回我々が取った レコーディングプロセスを大雑把に書くと、

  1. スタジオにてクリックを録音。同時にギター、ベース、ヴォーカルも仮録り。
  2. スタジオにて、クリック+仮のベース、ギター、ヴォーカルに合わせて ドラムを録音。
  3. ベーシストが自宅にハードディスクレコーダを持って帰り、ベースをダビング。
  4. ギタリストが自宅にハードディスクレコーダを持って帰り、ギターをダビング。
  5. ギター、早く録音せんかい、ドラムは一日で録ったんぢゃい、とケンカ。
  6. ギターをダビング。
  7. ギター、なかなか終わらないので同時進行でヴォーカルをダビング。 ハードディスクレコーダはヴォーカル氏宅とギタリスト氏宅を行ったり来たりする。
  8. ヴォーカル氏宅でコーラスその他をダビング。 他人の家でデカい声を出して歌を録るというのはかなり恥ずかしいものである。
  9. コーラス録音中、暑さで倒れる。
  10. クーラーのある所でコーラスダビング続き。
  11. ヴォーカル氏一人の手による仮ミックス。結果は MD でメンバーに配られる。
  12. ドラムが聞こえねーぢゃねーかっ、とケンカ。
  13. 全員揃って、ようやくミックスダウン、その1
  14. やっぱりドラムが聞こえねーぢゃねーかっ、とケンカ。
  15. ミックスダウン、その2
  16. 今度はバスドラが聞こえねーぢゃねーかっ、とケンカ。
  17. ミックスダウン、その3
  18. バスドラ上げすぎて音が歪んでるのでやりなおし。
  19. ミックスダウン、その4
という感じだ。何やら一人、やけに喧嘩っ早い、ワガママな奴がいるように 見えるがそれは気のせいである。

録音作業は、まず某大学の部室を借り切るところから始まる。上記の「スタジオ」 というのは部室のことだ。今回は二日間キープした。

まず一日で、クリック(一定のテンポでカチカチ鳴る音)と、それに合わせて仮の ギター、ベース、ドラムを録る。そしてもう一日で全七曲のドラムを録音するのだ。 この日はもう戦争である。私がドラムのセッティング、チューニングをやっている間、 エンジニア兼ヴォーカル氏がハードディスクレコーダやマイクをセッティングする。 完了したら何度か録音/再生を繰り返し、マイクの位置など最終的な音を決めていく。 これで半日近くが費やされる。 実際に演奏するのはあと半日。6 時間ほどで 7 曲録音。

「一曲 5 分として、三回取り直しても 15 分。7 曲録って 1 時間 45 分。 間に 10 分休んだとしたって、楽勝ぢゃーん」と思ったあなた。あなたには 天罰が下るであろう。明日、上司に怒られるとか、ちょっと頭痛がするとか、 ガーリック・パスタのおかげで口臭がキツくて彼女に嫌がられるとか、 宝くじにはずれるとか、 ウーロン茶を買おうとしたら間違えて隣のスイカソーダのボタンを押してしまった とか、そういうことが起きたらそれらは全て天罰である。

これがなかなか一発OK 5 分で完了、とはいかないものなのですよ。 今回は平均してどの曲も 3 テイクほど録音したと記憶しているが、 「5 分 × 3 テイク = 15 分」というわけにはいかない。

非常に精神的圧迫の強い作業であるし、自分の演奏の客観的評価も難しい。 録り終わった 3 秒後に「あっはっは、あかんかった、もう一回ね」と 白い歯で朗らかに言ってのけ、すぐさまワンツースリーフォーじゃーんと始めるのは なかなか困難なのだ。 録音が終わるとまずはくた〜っと一息。その後おもむろにプレイバックを聞き、 「演奏中、しまった!と思ったトコが一個所あったんだけど、 どーだったかなー、どーだったかなー、あ、やっぱりダメだ」 などということになってがっかりし、気持ちを立て直して 2 テイク目に挑む、 という作業の繰り返しだ。

私は普段から自分に甘く他人に厳しいが、繰り返しているうちに、自分に甘いという 側面がだんだんパワーアップしてきてしまい、少々のミスに関してなら 「まぁこの荒っぽい感じがロックらしさを演出してグーですね」 などと言い逃れを始めたりする。こういう時に客観的に判断してくれる人間が いるというのは有りがたいことで「グーなワケねーだろこのタコ」とか言われて やり直しをビシッと命じられたりするのであった。ぐすん。

さらに思わぬアクシデントもある。 実は、部室というのはそんなに完璧な防音が施されているわけではない。 また、大学内でやかましい音を出す集団はまとめて一個所に隔離されているというのも 良くあるケースなのだろう。

そんな訳で、ロック研の隣の部屋は、ラテンジャズサークルの部室だったりするのだ。 会心のバラード演奏。ぐっと盛り上がった後に訪れる静寂。クールに消え入る シンバルの響き。そこにかぶってくる灼熱のトロピカルな演奏。泣くに泣けない。

今回の録音でも、もう録り直すのは嫌ぢゃあと私が泣き出してしまい (結局泣いているのか)、隣の部屋の演奏がかぶったままになっている場所が 残っている。幸いバラードではないが。

その後のミックスダウン時のケンカに関しては、もう書き記す元気がない。 というか、上述のレコーディング・プロセスを見て頂けばお分かりかと思うが、 恥ずかしくて書けない。 最終結果の出来具合とドラムを目立たせたいというエゴのバランスを取っていく上で、 自分の嫌な面が剥き出しにされるようで、精神的に苦しい作業だった。 私がぱぎゃーっと放射能を吐きながら怒っているのを、 残りの三人がしょうがないなぁと見守っている、という 物悲しくも情けない情景を想像したあなた、まさにその通りです。 つまりは、とことん子供な私であった。

録音は、難しい。 いつの日か、自らレコーディングした楽曲を「音楽」として楽しめるようになりたい、 と切に思う。

まだまだその目標には遠く及ばないが、それでも、なんとか、苦労は結実した。 歌詞カードも作った。嫁に頭を下げ、拝み倒し、コーヒーを入れケーキをご馳走し、 「君の瞳は今宵の星のようだ」などと言って機嫌を取ろうとしたら殴られ、 という苦労の末、ようやくジャケットの絵も描いてもらった。 それを自宅のプリンタで印刷して、カッターで所定サイズにカットし、 一つ一つケースに入れるのだ。もうこの辺完全手工業である。 書いていて侘しさのあまり泣けてくる。 町工場のおじさんだってこんなにマニュファクチュアではないはずだっ。 と威張ってる場合ではない。兎にも角にも私が声を大にして申し上げたいのは、 ぜひ皆様にも、The Pulse の四枚目にして最高傑作である、アルバム「天使の詩」を お届けしたい、ということである。

ポップで、そしてドラマチックな盛り上がりを持つ本格派のロックを (ををっ)、
粗削りでピュア、大胆でセンチメンタルな演奏を (モノは言いよう)、
新鮮な視点で心象風景を切り取り孤高の世界を描き出す歌詞を (ヘンともいう)、
デジタル録音のヴィヴィッドなサウンドを (ヴィヴィッドかどーかは知らんがデジタルはホント)、
そして熱いロック・スピリットを! (多少のミスは「ロックっぽい」ということで)
汗を! (コーラスを録音したヴォーカリスト宅の離れにはエアコンが無いのだっ。 残暑厳しい今年の九月…)
涙を!(間違えてトラック消しちゃったりとかね。もー泣けますよホントに)
そう、2000年に向けて紡ぐ我々のメッセージを! (時節柄2000年を使わない手はないすね)

是非感じて頂きたいと思う。 お問い合わせは私、りおまで。 また、The Pulse の情報は こちら。 と、最後に思い切り宣伝をしたところで今回はおしまい。


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