夏といえば、サンバ。というわけで、サンバ・セッションなる催しに顔を出してきた。
サンバといえば、パンデイロなわけだが、 以前ご紹介したこの楽器は非常に奥が深くて、その奥へ進めぬまま、 哀れパンデイロは今や居間で置物と化そうとしている。 時折手にとってしばしドンジャラと鳴らしてみるも、速く動かぬ右手、重さに 耐えられぬ左手に意気消沈して再び鎮座、という状態である。 今回のセッションには、パンデイロの名手である K 氏も参加しておられ、 私がパンデイロを所有していることをご存知の氏に「最近、やってますか」と 言われた時は、穴があったら入りたい気持ちであった。 氏の見事なパンデイロさばきを見れば誰でも挑戦してみたくなるに違いない。 それほど魅力的な楽器ではあるのだが。嗚呼。 と嘆いてばかりもいられない。今回私が演奏する楽器はドラムである。 ところで皆さん、 サンバという音楽で打楽器がどういうアンサンブルを行っているかご存知ですか? という私も良く分かっていないのだが、まず「スルド」という、ドラムセットで いうとフロアタムみたいな形をした楽器が「でっ ・ どーん ・ でっ ・ どーん」 という 2 ビートを繰り出す。これが土台となり、 その上に「タンボリン」(という、タンバリンが二周り 小さくなって周りのジングルがなくなっちゃったようなヤツ)やら「アゴゴ・ベル」 (円錐状の金属が二つ三つ連なって「きんきんここん」という音を出す)やら 「カイシャ」(スネア・ドラムみたいなヤツ)やら上述の「パンデイロ」やらが 16 分音符を載せてゆくのだが、 そこにドラムはいないのだ。基本的に。 今回演奏する予定の曲を収録した MD が事前に配られ、中にはかすかにドラムセットの 存在が聞き取れる曲もあった。主催者の方が気を使って下さったのかもしれぬ。 しかし、ドラム、いらん。 困った。 いつものようにいい気になってドラムをどっかんどっかん叩いたら アンサンブルが壊れることは必至。 あるいは、ドラムは支配力が強いので、普通のフュージョン? ロック? っぽい演奏に なってしまうかもしれない。 まぁでも悩んでも仕方ないか〜なるようになるさ〜今日も良い天気〜と、 大事なところでラテン系になってしまう私であった。いいのか。 だめだった。セッションの場でなんとかならなかった私である。 危惧は当たり、早速「アンサンブルがごちゃごちゃしている。音を整理しろ」と 指摘を受けるリズムセクション。パーカッションを担当している 他の二人は普段からブラジルのリズムで歯を磨いていそうな方であり、 悪いのは私なのであった。 お話を伺うと、「この手の音楽ではあまりドラム・セットは登場しない」 いきなりの顔面強打。「あってもたいていブラシ持ってスネアをそっと鳴らしてる」 強烈なボディ・ブロー。「僕もこの手のセッションでドラム叩いたこと あるんですけど、聞こえないぐらいにそーっと参加してましたねぇ」 アッパー・カット。「今、ドラムで誘われたら断りますね」最後は凶器で後頭部を 殴られ失神。 そうなのだ。例えばスルドとバスドラムであるとか ライド・カップとアゴゴであるとか、似たような音がぶつかってしまい、 ヘタをするとドラムは邪魔なだけになってしまう。 さらに私はブラジル音楽独特の「リズムのなまり」も体得出来ていないため、 敢えてぶつけてみるようなアンサンブルも難しいだろう。 ううむ。 ドラムは偉いのだ。偉いったら偉いのだっ。どのくらい偉いかというと、 リハーサル中、みんなが好き勝手な音を出しているときスティックをカンカン、 あるいはスネアを一発叩いて「はいはい次の曲ね!」と叫ぶと次の曲が 始められるというぐらい偉いのだ。というのはこの際あまり関係ないが、 というよりそれってあまり偉くないんじゃないかという話もあるが、 とにかく、曲をどっちへ持っていくかという決定権は大きいはずだ。 その決定権が行使できないドラムというのは、かなりマヌケだ。 図体は大きいが能のない恐竜になった気分である。 あるいは政権を剥奪された学級委員。 さて、では何をするのか。 周りの演奏に耳を傾け、入り所を探る。こんなに真剣に周りの音を聴いたことが あっただろうか。いや、どんな音楽だって周りの音を聞くことは非常に重要だし、 お互いの演奏にインスパイアされつつ音楽を作ってゆく例えばジャズでは 最重要課題の一つであるとは認識しているのだけれど、 自分をここまで後ろに引いて、全体を見つめたことはなかったのではないか。 もちろん、ブラジル音楽のリズムがいきなり体得出来たわけではないし、 出来るはずもないと思うが、これは貴重な経験。 例えばボサノバ。ドラムセットでのアプローチとして「右手はブラシを持って スネアを叩き、左手はクローズド・リムショット」という方法が教則本等にも 紹介されているが、この方法がしっくり来たことは今までになかった。 が、今回、全体のアンサンブルを壊さないようギリギリに音量を押さえ、 右手はスティック + ハイハットではまだうるさい、 そうだ、ブラシに持ち替えてみよう、と、この方法を試してみたとき初めて、 このパターンが曲に溶け込む感じを味わったのだ。なんとも心地良い。 セッション後は当然ウチアゲ。 しかし、音楽系の飲み会でこれほど聞き慣れない 言葉が飛び交うことも少ないのではないか。何しろ話されている単語が ミュージシャンの名前なのか音楽のジャンルなのか地名なのか、 さっぱりわからないという案配である。おすすめミュージシャンの名前を 滝のように浴びせられた記憶もあるのだが、ブラジルの名前ってなんだか 覚えられないのだ。悔しい。 いやはやなんとも、面白い、興味深い、有意義な一日であった。 参加者の方全員に大感謝である。 しかし、世界は、広い。ブラジルは、深い。 イパネマの娘はまだ微笑んでくれない。
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