第十四回 パンデイロと私


今年も花見の季節が終わった。

花見の度に私は思う。屋外で多彩なリズムを奏でられる楽器が欲しい、と。

なにしろ花見である。烏合の衆であるから、一人一人がパーカッションを持ち、シンプルなパターンを分担して一つのリズムを作り上げるなどという緻密な作業は難しそうだ。なに、ブラジルでは烏合の衆が年に一度すさまじいリズムで町中を練り歩きながら死人を出しているではないか、と? いやあれは、実は伝統に支えられた大変なリズムなのだと思うぞ。

浅草サンバカーニバル、というお祭りが、その名の通り浅草で毎年夏に行われる。いくつものサンバチーム、もちろん大半は日本人、が演奏や踊りを競いながら街を練り歩き、その周りではカメラと目尻を下げたおやぢがサンバチームのお姉ちゃんをでへへへと見ている、という行事なのであるが、中には踊りも駄目、リズムも駄目、それはちょっとサンバやブラジルに失礼なのではないか、と思われるチームもある。まじめに取り組んでいるチームの演奏は楽しめるが、彼らはかなりトレーニングを積んでいるとも伝え聞く。

私が思う「理想の花見リズム楽器」は

  • ポップス等の基本パターンが一人で演奏できる。すなわち、ドラムセット(スネア、バスドラ ム、ハイハット)に近い音を出せる。
  • 演奏しながら歩ける。
  • 烏合の衆に手荒に扱われても平気。バイタリティとガッツに溢れた楽器。なにせちょっと目を離すと知らないおやぢの手にあったり、はたまたビールを飲まされていたりする。
というところか。今までいくつか製品をチェックしたりアイディアを転がしたりはしていたのだが、値段が高価だったり、そんな重装備では戦国時代の鎧よりひどい、というものだったりしていた。

さて、4 月 13 日発売のドラムマガジンをぼけーっと眺めていたところ、こんな文字列が目に飛び込んできた。

「ドラムセットのようにパンデイロを叩く男 マルコス・スザーノ」

むむぅ。パンデイロがドラムセット?

ところでパンデイロというのはブラジルの楽器なのだが、見た目はまぁ「タンバリン」である。丸くて皮が張ってあって周りにジングル(小さなシンバルみたいなモノ)が付いてる、アレである。ブラジルの打楽器の中でも演奏するのが難しいとされている楽器なのだが、しかしドラムセット。どういうことだ?

ちなみに私には、イシバシ楽器の店頭ワゴンセールで 980 円なりのバッタ物パンデイロ、うーん、あれを「パンデイロ」と呼ぶと本物のパンデイロが鼻血を出して怒りそうなシロモノではあるが、を入手して、一通りの手の動きを試した後に、なんか難しいやと放り投げた前科がある。

さて、記事の続きを読んでみる。なになに、ジョン・ボーナムのファン? 仲間からは「それならドラムセットを叩けよ」と言われた? 彼のソロ・アルバムの紹介もある。その名も「Samba Town」。うぉ、教則ビデオも発売中? 見た目はなんか冴えないおやぢだぞ。何者なんだ。マルコス・スザーノ。

4 月 18 日(土曜日)。バンドの練習の帰り、例の CD を探してみる。渋谷 Tower Record 4F でゲット。なんと「パンデイロの魔術師」とか「教則ビデオも発売中」とか宣伝付きで取り上げられている。ひょっとして一部では話題なのか。マルコス。

気持ちが盛り上がってしまって、こうなりゃ教則ビデオも、と渋谷中探し回ってみるが、イシバシ、Key、ヤマハ、Gateway と総崩れ。どこにもない。Gateway というのは時々行くドラム専門店なのだが、そこの店長と、

「ビデオってここに置いてあるだけなんすかね?」
「うん。何を探してんの?」
「マルコスなんとかいうパンデイロ奏者のビデオなんですけどね」
「ああ、マルコス・スザーノ」
「そう、それそれ」
「ないよ」
「(がくっ) イシバシやヤマハにもなかったんですよねぇ」
「そうねぇ。売れないからねぇ、そんなの(きっぱり)」
「(がくっ × 2) そ、そうすか」

売れてるのか。売れてないのか。どっちなんだマルコス。

何はともあれ、家に帰って早速聴いてみる。

ををををを。ドラムだ。ドラムの音だ。どうなってるんだ。

音楽自体はまぁなんというか、「それをパンデイロでやってることに意義がある」的な雰囲気が漂っているような気もするが、これはインパクトがある。これができれば花見大勝利間違いなしである。ちなみに花見で勝利ってなんだ?

4 月 19 日(日曜日)。なんか日記になってきたな。まぁいいや。赤坂にて友人の結婚式。終わるやいなや、浅草のジャパン・パーカッション・センターに電話。マルコスビデオは在庫あり、を確認。すぐに銀座線に乗る。

もちろん、礼服に白いネクタイをしてます。引き出物の入った大きな白い紙袋も持ってます。フォーマルな服装でパーカッションを買う。育ちの良さが出るというのはこういうことか。ってそれは違うぞ。

JPC にてビデオと一緒にホンモノのパンデイロも入手。当然マルコスと同じサイズの 10 インチ。皮は本皮、ブラジル製の気品溢れる一品。これがまた仕上げなんかめちゃくちゃで、どう見ても工業製品として成り立っていないようなイカした楽器である。

帰りの電車では、もう気分はブラジリアンである。礼服に白ネクタイで引き出物持ってるけど、我が手中にブラジル製パンデイロ有り。マルコスビデオもある。ぐふふ。アミーゴ! って国が違うか。車内は暇なので、というより待ちきれないだけなのだが、ビデオのパッケージを開けて、同封してある楽譜に目を通してみる。なになに親指と、親指以外の指の指先…ふむふむ。周りからは「友人に彼女を奪われ泣く泣くその結婚式に出席しての帰り道、引き出物を相手ににくい男を思い浮かべつつ突きを連打している男」に見えるのではないか。まあいい。

帰ってから見たビデオの内容は、ここでは余り詳しく書かないが、まぁとにかく非常に興味深いものだった。チューニングや基本テクニックも取り上げられており、やってみようかなという気にさせる。紹介されている持ち方や奏法は今まで教則本等で読んだものとは多少違った印象も受けた。やはりかなり異端というか斬新な人なのであろう。

パンデイロ。なかなかすごいぞ。きっと普通の人にはタンバリンと間違われるだろうけど。私は君の可能性に惚れた。ってすぐ飽きたらごめんな。

そういうわけで、どなたか私と「パンデイロ研究会」をやりませんか。まともなブラジルリズムというよりは、ロック、ポップス系のリズムへの応用をメインにした。そして来年の花見で勝利をこの手にしようではありませんか。

で、花見の勝利ってなんだよ。


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