第二十七回:ライブと私(ネガティブ編)


ライブが好きである。 どちらかというと見るより演る方が。アマチュアのライブを観に行くと ちくしょう俺も演りたい、なぜ俺はこんなところで座っているのだ、と不機嫌に なったりする。

ライブは楽しい。しかし良いことばかりでもないのだ。 ライブ経験者の方はきっと苦い思い出もお持ちであろうと思う。 風邪ひいて喉がガラガラの状態でライブ当日を迎えてしまったヴォーカリストとか、 ライブの最中に楽器の電池が切れちゃったベーシストとか、 くぅ〜ここでキメのフレーズだぜ俺ってかっちょい〜と思った次の瞬間 弦が切れちゃったギタリストとか、 ここで俺のソロだぜ耳をつんざくこの音色を聴けーっ!って違うボタン押しちゃって 尺八の音が出ちゃったキーボーディストとか。

私もドラムソロの最中にスティックが折れてしまった等 いろいろあるわけだが、今思い出されるのは…

忘れもしない、旧都立大学新学館ホール。 ここは客席の上部に照明室と音響室が別に造られており、それぞれの部屋には 大きな窓があって、部屋の中からステージが良く見える。スポットをあてたり ミキサーをいじったりといった操作はその部屋で行われる。 つまりそういう、ライブ進行に欠かせないスタッフの類が客席にいなくても だいじょうぶだということだ。

つまり、そういうことだ。

その、なんだ。客が一人もいなかったのだ。 スタッフもいない。 そのホールの客席には人間が一人もいない、という状態で 私はライブをやったのだ。

ヴォーカリストの元気な「満員のお客さん、ありがとう!」という 自虐的なMCが空虚なホールに響き渡る。そのエコーが今も耳に残っている。

そういった「外的要因による不幸」の類ではなく、「自分の失敗」というのもある。 私にももちろん経験があって、例えば曲の構成を間違えるとか、 MC 無しで続けて次の曲に行くはずのところで一息入れちゃって残りのメンバーが 恐い顔でこっちを睨んでいるとかそういう類のやつだ。

ライブの経験を重ねていくうち、こういう失敗から立ち直る方法(というと 聞こえが良いが、要はゴマカシ方だ)もなんとなく身に付いてくる。 曲をすっ飛ばしてしまっても MC で「一曲飛んだな〜、飛ばした曲やっとくか〜」 なんてどうどうと開き直ったりも出来る。ってずうずうしいだけという話もあるが。

しかしパッケージ的なショウ、つまり、MC やエンディング、曲のつなぎ等 かなり細部まで作り込まれたステージングの中では、 失敗は思いのほか大きなダメージとなる。

その悲劇の予兆は、ライブを開始して最初のMCで既にあったのでございます。 反省する私の心が、文章を突然ですます調に変えているのでございます。 私達のバンドは、演奏こそオリジナルバンドへの敬意と愛に溢れた まじめなものなのですが、途中に挟まれるネタや喋りはかなりフザけており、 時折笑いの混じるほのぼのとしたステージを展開しておるのでございます。

ステージがスタートし、謎の寸劇のあと二曲続けて怒涛の勢いで演奏される ファンク・ナンバー。そしてMC。

客席の異様な静けさ。

私は内心焦りました。 今日のお客様は厳しい。並みのギャグでは、ではなくて並みの演奏では 許していただけない、と。

ライブにおいて、お客様から頂いている力と言うのは想像以上に大きなものです。 なぜ、静かなのか? あるいは今までのライブが恵まれすぎていたのかもしれません。 その慢心と現実が、私に見えない力をかけていたのかもしれません。

そして運命の時はやってきました。 タイタニックでいうと、氷山にぶつかった瞬間、でしょうか。 ってタイタニック観てないんですが。

とあるバラード。エンディングの和音が引き伸ばされ、そのまま 寸劇へと移行する手筈でございました。をを、その手筈が、台本が、シナリオが、 私の脳からきれいさっぱりと消えてしまったのでございます。 引き伸ばされるはずの和音はあわれドラムによってばっさりと切断され 曲は事切れてしまいます。

混乱するバンド。 一番おいしいネタを殺されたヴォーカリストの悲痛な顔を見てもなお 私の脳裏には記憶が、演じられるはずのコントが、まったく戻らなかったので ございます。にこやかに皆を見渡す私。どしたの? いったい? とにかく先行っちゃうよ? にこにこ。

コントの後はドラムソロでした。 そう、私の心は既にドラムソロにあったのです。その瞬間の私、そう、 全てを忘れ、ドラムソロを想う私は、とても幸せだったのでございます。 ロールからスネア中心のフレーズ。スポットライトを浴びる喜び。 そしてタムを交えたコンビネーションフレーズへと、ドラムソロが盛り上がってきた その瞬間、消え去ったはずの手筈が、台本が、シナリオが、 私の脳内へ忽然と完全な姿を現したのであります。

さらに記憶は、つらかった訓練の光景をも呼び覚まします。三軒茶屋のスタジオで 時間をかけ、汗を流し、叡智を振り絞り、ダイヤモンドを磨き込むように 完成させたそのお笑いを、私の一打が葬り去った、 その事実が私に衝撃を与えたのでございます。 タイタニックでいうと、乗客が「あ、この船は沈む」と意識した瞬間、でしょうか。 って観ていないと言っておるではないか。私よ。

私は萎えました。メンバー達の怒りが伝わってまいりました。うち震えました。 ついでにコレをネタに「音楽と私」が書けると…いいいいえそそそんなことはカケラも おおお思っておりませせせん。

その割には嬉々としてドラムソロを続けて笑いを取っていたではないかという ご意見も頂戴致しました。しかし、構成の間違いに気付いた後は、 落ち込む心に鞭を打ち、ただひたすら台本をこなすことに専念していたのです。 顔で笑って心で泣いて。 七色アフロを装着し、嬉々としてハデなフレーズを叩く私の心はジツは 哀しみに溢れていたのでございます。ほんとです。 ほんとですってば。 ほんとだって言ってるでしょ。 だ〜か〜ら〜、ほんとにほんとっ。

ライブは概ね好評でありました。構成が一部抜けたことに気付いたお客様は 少なかったのでございます。見に来てくれた友人によれば、確かにいつもよりは 静かだったが笑いは起きていたとのこと。救われる思いでございました。

…しかしなぁ、メンバー達よ、「罰ゲームとして次のライブではラップを披露する」 っていうのは、ちょっとどうかと思うんだがなぁ。


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