第二十六回:健康と私


バンドマンとして一番大切なこととはなんだろうか。

楽器のテクニック? 否。
音楽センス? 否。
人付き合いの良さ? 否。
しびれるルックス? 否。
ファンキーなニオイ? そんなものはバンドマンぢゃなくても願い下げである。

否否否。もちろん健康である。 上述の条件を全て満たしていたとしても、ライブやセッションの当日に 寝込んでいては演奏出来ないからである。演奏するからバンドマンなのだ。 バンドマンから演奏を取り上げたらウチアゲしか残らないではないか。 ただの駄目人間である。 高校生の頃は「ロックミュージシャンたるもの不健康で なければ」などと歪んだ理念を掲げておったこともあるのだがそれは単なる 勘違い。

そういうわけで日夜身体を鍛え上げ、筋骨隆々な私である。

というのは真っ赤な嘘で、私はスポーツが嫌いである。 いや嫌いというと言い過ぎか、単に興味がないという感じか。

ドラムというのはフィジカルな側面の強い楽器だと思う。実際一般の方が 想像するドラマー像は、身体が大きくそれもちょっと太りぎみで 力持ちでカレーが好き、と相場が決まっている。 まぁカレーは好きなんですけどね。町田にある AVANTI というカレー屋さん、 なかなかおいしいですよ。

ってちょっとスポーツマンというイメージとはズレている気もするが 気にせず進むことにして、けれどやっぱりスポーツにはあまり興味がないのだ。 小さい頃から「夏休みのラジオ体操」だとか「冬休み毎朝縄跳び」だとか 「春休みジョギング」とか、計画表にデカデカと書いて実現出来た例が無い。

といいつつ練習は嫌いじゃないのよ。いやほんと。パッドを相手に一つ打ちを しば〜らく続けたりとか意外と苦痛には感じなかったりするのだ。

私の持論の一つに「練習の上手い奴は上達する」という、 考えてみれば当たり前ぢゃねーかみたいな言葉があるのだが、 「練習の好きな奴」と「練習の上手い奴」は似て非なるものである。

上手いヤツは自分の弱点を的確に把握し、弱点克服のための トレーニングをブレイクダウンした形で整理し、優先順位を付けた後に確実に 実行し、その成果をまた自分へとフィードバック出来たりするのだが、

ただ好きなやつは延々とシンプルなトレーニングを繰り返すことで ある種のトリップ状態に陥り「ああ俺は何を…ところでここはどこだっけ…ああ あそこにピンクの象がうへうへうへ」などとヨダレを垂らしている だけだったりする。ああ。俺よ。

話が外れた。えーとなんだっけ? あ、スポーツね。スポーツ。

小学生でリトル・リーグに入っていたわけでもないし、中学生で「背が伸びる」と 言われて入ったバスケットボール部も伸びなかったのですぐ辞めてしまったし、 高校生では上述の通り不健康を目指していたわけで、 身体を作らなければいけない時期に私はスポーツと無縁だった。 いや小学生の頃はドッジ・ボールとかやったけどさ。

で、身体が弱いかというと、どうなんでしょうね。一応五体満足ではあるけれど、 時々腰を傷めたりするし、石で入院したりもする。そういえば石で苦しんで 弱った身体をひきずってスタジオに行ってドラムのセッティングしてたら ギックリ腰になったこともあった。先日もインフルエンザで寝込んだ ばかりである。

それにしてもインフルエンザ、侮れません。39 度以上の熱が出たのは 物心ついて初めてかもしれない。ってただ忘れてるだけという確率も高いのだが。

インフルエンザ以外にも年末いろいろ忙しかったこともあり、10 日以上 楽器に触らず、テレビなど見て茫漠とした時間を過ごしたのだった。

普段あまりテレビを見ない私には珍しいことであるが、おかげで SPEED と MAX の 区別が付くようになり、モーニング娘。の実体も見た(名前からの推測でお笑い タレントだと思っていた)し、SMAP の 5 人が殺人事件を起こして古畑某とかいう 探偵の働きで逮捕されるという驚くべき事件をつぶさに観察することも出来た。 悪いことばかりではない。

だがしかし、練習をばっちりさぼったので、ばっちり下手になってしまった。とほほ。 なに、あれ以上下手になる余地があるのか? とな。それは言わない約束よっ。

バレリーナだったかなんだったか、「一日(練習を)休めば自分に分かり、二日 休めば相手(先生だったか? パートナーだったか?)に分かり、 三日休めば観客に分かる」みたいな言葉があるらしいんですが、 十日も休んだんだから私の下手も関東近郊ぐらいには轟いていそうではある。

楽器をやっている人には「ありゃーサボったら腕落ちた」という経験が きっとおありだと思うのだが、 皆さんどういう点で「落ちた!」ということを実感するのだろう。

私の場合、なんというか、スティックやペダルが身体から遠くに行って、すっと ついて来ない感じがするのだ。例えばスティックを人差し指と親指の二本だけで グリップして、上手にバウンドさせてたんたんたんと叩き続ける、なんてのが どうもうまくいかない。明らかに前の方が速い速度で出来たはず。

ほんと、下手になるのは簡単である。上手くなるのは大変なのに。これが同程度、 すなわち「下手になるのが簡単な分、上手くなるのも簡単」とか 「上手くなるのは大変だが下手になるのもまた大変」でないところに 不平等を感じるのだがいかがだろう。

いっそのこと「上手くなるのは簡単だが下手になるのは大変」だったら 幸せであろうな。

そうなると、ドラム始めて一年でデイヴ・ウェックルなんて楽勝コピー。 ギター始めて一年でジョン・マクラフリンはウォームアップにちょうど良いね、ってな もんである。

高校の軽音楽部でも、三年生バンドともなれば チック・コリアやドリームシアターなどをニコニコ完コピちょちょいのちょい。 授業をほっぽり出して部室にタムロする大学生のレベルたるや、もう想像を絶する。 さらに社会人バンドも「学生の頃演ってましたって感じの連中が集まって、 昔を思い出しながら演ってます。ブランク長くてブランク永井ってなもんで がっはっは。まぁ聴いてやって下さい」なんて親父ギャグ MC をカマしながら、 始まるのはフランク・ザッパの超難曲だったりする。

みんな超絶。振り向けば超絶。石を投げれば超絶。超絶が標準ならば もはや超絶は超絶でなくなる。それは当たり前のことであり、 当たり前なことをやっても誰もすごいと言ってくれない。 プロは上手いだけじゃ差別化が図れず失業続出。 一部の感性豊かな者達だけがビジュアルやステージングなど、演奏面以外で アピールをはじめる。かくして世の中にはビジュアル系音楽が…

…あれ? あまり幸せじゃないな。だいたいみんな上手くなったら俺なんて真っ先に お払い箱ぢゃないか。人生なかなか難しい。

しかし超絶野郎が今までの演奏者に取って代わるというのは、一部ではばっちり 現実である。速く正確に叩くだけならコンピュータに勝てない。 でもコンピュータはウチアゲに出られないのでバンドマンにはなれないのだ。 コンピュータに腰痛や風邪はないが、例えばリズムマシンがドラムソロのネタを 考えたり、さらにそのソロのネタがほとんどお笑いコントだったり、ということは 今のところないわけで、まだ人間の勝ちなのだ。って誰のことだ。だいたいそれは 勝ってるのか。

というわけで幸か不幸か、やっぱり人間サマは練習し続けないと うまくならないのだが、病に臥せていては練習もままならないわけで、 やっぱり健康第一。 コツコツ練習する人も、トリップする人も、ウチアゲ命の人も、 ハードロッカーも、ソウルマンも、何はともあれ健康第一。 今年も皆様が健康でありますように。ってなにまとめてんだオレ。


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