上野台の八幡様と御神輿

 

 

平成27年4月1日 

 上柴町西5・6丁目自治会のみなさんへ

平成27年度上宿祭典組織委員会

上柴町西5丁目自治会長  

上柴町西6丁目自治会長  

   秋祭りの御神輿年番へのご協力のお願い

 新年度となり、会員各位におかれましては益々ご健勝のこととお喜び申し上げます。

さて、上柴町西5丁目自治会と同6丁目自治会は、八幡神社の平成27年度における祭祀行事の年番として、上宿祭典自治会を運営します。

この年番の主要な役割は、八幡神社秋の例大祭における御神輿の渡御式の御神輿番を奉仕遂行することですので、みな様のご協力なくては成し遂げることができません。

神社の史料によりますと、「御輿番を奉仕す當番曲輪は年の始めより祭の計劃を議り揃の服装を調へ年中齋戒全力を盡して奉仕する慣例なり・・・」と伝えています。

御神輿渡御遂行に臨むにあたり、その伝統文化についてのご認識とご理解を深めていただいたうえで、お祭りの成功にご協力を賜りますことが望まれます。

そこで、後述の「上野台の八幡様と御神輿の由来」により簡単にご紹介しますので、ご一読くださいますようお願いします。

なお、この内容につきましては、5・6丁目が分割以前の上宿自治会だったときに、年番を務めた昭和57年(1982年)の総会資料に掲載された内容を基に、その当時から30余年を経た現在向けに編集しています。

自治会活動の一環でございますので皆様のご協力を切にお願い申し上げます。


 

〜上野台の八幡様と御神輿の由来〜

 上野台は、荒川扇状地末端の一連の台地上にあって、岡部の一端から三尻に至る末端湧水線を形成している地域で、古くから人類が住み着いていました。そして、この方面が藤沢文化の発祥の地であったということが、小台及び桜ヶ丘の高台には縄文から弥生時代の遺跡があること、また、大台には古墳時代の埴輪窯跡が発見されていることなどから証明されています。

 上野台が周辺地域に知られるようになったのは、戦国時代の天文年間(15321555年)に深谷上杉氏の家臣秋元氏が、小台の一角(現秋元町)に館を構え、上野が原の整備と産業の発展を目指し、上野三宿を始め道路を造り、地域の開発事業をすすめてきたころからです。

秋元氏は、元亀年間(15701573年)に天満宮を造営、慶長年間(15961615年)には元譽寺を建立しましたが、事業半ばにして突然群馬総社に国替えとなりました。

 その後は、地頭大久保氏の知行となり、村の人心を一心するため、承応元年(1652年)に上宿に光厳寺を建立し、さらに宝永年間(17041711年)には獅子舞楽を取り入れ、村人に伝承せしめ五穀豊穣を祈ることをすすめました。この獅子舞は深谷市指定無形民俗文化財「上野台の獅子舞」として今日に継承されています。

次いで正徳年間(17111716年)には、深谷上杉氏の家臣岡谷氏の退転とともに八幡台に鎮座していた八幡神社を鼠森下に奉遷し、上野台村の総鎮守としました。

御神輿については、享保年間(17161736年)に八幡神社の神輿庫を造営し、御神輿を奉安しました。なお、現在の御神輿は、「安永年間(17721781)作神社伝来」と記され、御神輿奉安所は、「明治39年造修同所上宿・・・御旅所」と記されています。

 さて、八幡神社の祭祀行事のうち、春の祈年祭と、秋の稔を感謝する秋祭りは、「古く旧暦八月十五日を大祭日となし前後三日間に亘りて神輿の渡御獅子舞の奉納齋女の奉仕等あり、・・・」との記述のとおり八幡神社の二大行事として年々行われてきました。

秋の大祭の時には、御神輿庫を出御(しゅつぎょ)された御神輿が村内を隈なく巡回し、悪魔を払い福を招くということで、村人の心は神への感謝の心となり供奉(ぐぶ)する人の心を明るくしました。

 神社の祭礼と村人奉納獅子舞、また、御神輿の送迎の囃子太鼓、そして花車の曳きまわしなどのお祭りの行事は、即ち村のコミュニティーづくりであり、御神輿渡御式の供奉(ぐぶ)及び祭囃子はごく自然な協力体制の実践となり、和やかな世代間及び地域交流を促してきました。

このように、上野台の各自治会が年々交代に御神輿番の奉仕に務め、御神輿渡御式の行事を引き継いで協力精神を培ってきたことは、地域発展に寄与する目に見えない功績と言えます。

また、神輿渡御の神事は、単に神仏信仰の心の育成に止らず、長い間貫いたこの行事は、(かつ)400年の昔、秋元氏が、上野三宿を城下町として周辺地域の発展の基礎づくりを考えた理想が大久保氏に引き継がれ、いま正にここ上野台・上柴町地域の発展に寄与してきたといえます。

以上のとおり、上野台の八幡様と御神輿の由来について紹介してまいりましたが、凡そ300年に亘り上宿の神輿庫からの渡御の儀が住民の協力、融和、親睦の精神を育んできたことは、いま地方創生が唱えられていますが、当地域発展のために大きく貢献してきていることを、私たちは上野台の住人として深く心にとどめたいものです。

平成27年4月吉日 上宿祭典組織委員会