亭主の寸話49 『人工光合成への期待』 

 

 すでに私の別のコラムである“大豆の話「大豆油と葉緑素」”でもいろいろと書いていますが、私たちは植物の持つ葉緑体の働きなしでは生きていけないことは、今や小学生でも知っていることである。葉緑体が行っている化学反応とは、水を分解して水素を作る反応と、もうひとつは炭酸ガスから炭水化物と酸素を作る反応に分けることが出来る。植物細胞の葉緑体はこの二つの反応を常温、常圧、しかも短時間のうちにスムーズに繰り返し行っていることは驚くべきことである。つまり、これから人間が模倣しようとしている人工光合成技術とは、@太陽の光を使って水を水素に分解する技術、A二酸化炭素から炭水化物と酸素を作る技術、の二つから成っています。そして幸いなことにそのどちらの技術もわが国が世界をリードしているのです。@の水から水素を作る技術は水素エネルギー開発へとつながっています。水素は燃えても水に戻るだけですからクリーンエネルギーと見なされている。だから人工光合成技術はエネルギーの問題解決の手段でもあるのです。また、Aの二酸化炭素を原料として炭水化物と酸素を生産することは、食糧問題の解決にとどまらず地球温暖化や環境問題の解決にもつながっています。

今まではいかに人類が威張ってみても葉緑体と同じことは到底不可能だろうと考えられてきた。ところが、昨年(2011年)新聞紙上で、この葉緑体の反応メカニズムが解明された、と大きなニュースになった。そしてそれをきっかけとして世界の研究者たちの間で光合成を工業的に行おう、との研究が活発になっている。日本でもノーベル賞受賞者の根岸英一博士を中心に人工光合成の研究プロジェクトがスタートして希望が膨らんでいる。もし、光合成を人の力で作り出すことが出来たならば、今地球上で問題になっている食糧問題、飢餓問題、エネルギー問題、炭酸ガスによる地球環境問題などが一気に解決する可能性もある。しかも原材料は太陽の光りと炭酸ガスと水であり、原料コストはほとんどゼロである。特に地球温暖化の原因とされている二酸化炭素は人工光合成の原料として有効に使われることになり大切な資源へと変身することになる。

わが国の食糧自給率は40%程度とされています。このことはわが国の将来にとって大きな問題となっています。この食糧自給率を100%とするには国土の半分を農地としなければなりませんが、実際にわが国の農地は国土の10%程度に過ぎません。しかも就農人口の多くが高齢化しており、ますます海外の農産物に頼らざるを得なくなっているのが現実です。もし、人工光合成技術が食糧増産の手段となるならば、国土の狭い日本でも工業的に食糧を増産することができ、自国での食糧自給が可能になることでしょう。今までは食糧生産には広い農地が必要だったのだが、今後は高い工業技術にとって変わるということになろう。現時点では人工光合成の開発技術は日本がダントツでトップを走っています。なんとかわが国の技術で人工光合成技術を完成し、食糧増産につなげてもらいたいものです。

このように人工光合成の開発に世界の注目が集まるようになったのはわが国で相次いで葉緑体の反応メカニズムの解明や人工光合成システムの開発が発表されたことがきっかけとなっています。特に葉緑体がどのように働いているのか、は長い間謎のままでした。これだけ地球が葉緑体の恩恵にあずかりながら、実はその実態はよく分からなかったのです。それは葉緑体の中での反応がどのように進められているかが解明できなかったからです。これがわが国の化学者によって解き明かされたことは世界の驚きであり、これによって新しい時代への門が開けられたといえるであろう。

ところで植物の葉の中で光合成の働きをしている葉緑体とは、もともと独立した生命体が植物細胞の中に取り込まれたものだったのです。その生命体とは27億年前に地球上に現れたシアノバクテリアという生物です。現在植物が光合成を行っているのは、この生物が植物細胞の中に入り込んで共生しながら働いているのです。いつそうなったのか、なぜそうしたのかは全く分かっていません。でも27億年前に地球上にシアノバクテリアが現れてくれたお蔭で地球上に有機物があふれ、生命体が生き続けられているのです。こうして葉緑体は年間に5千億トン以上もの炭水化物と大量の酸素を地球上に作り出しているといわれており、その一部を食べたり吸ったりして私たち地上の動物、魚類、微生物が生活をしているのです。

 現在この技術で最も大きな課題となっているのは太陽エネルギーの変換効率です。植物は太陽エネルギーの0.2%を物質生産に活用できています。しかし、現段階での人工光合成の変換効率は0.04%にしかすぎません。しかし日本のトヨタ自動車グループやパナソニックグループが飛躍的な成果をあげています。わが国の研究者たちは人工光合成による有機物の生産を2050年には植物による生産の数10%にまで高めたいと考えており、政府も来年(2013年)から10年間で約150億円の開発予算を組んでいる。シアノバクテリアが地球上に現れて光合成活動を始めてから27億年たって初めて光合成活動が人の手に渡ることになりそうである。我々の子孫たちは工業的に可能となった人工光合成を有効に使ってくれるのだろうか。そのときの農業の姿とはどのように変っているのだろうか。地球はクリーンになってくれているだろうか。大いに気になるところだが自分の目で確認することは無理であろう。

 

 

茶話会の目次に戻る