加藤昇の(新)大豆の話

 109. 新型コロナウイルス感染予防に大豆成分は役立つのだろうか

 

このシリーズの65の項目に書いたようにトリプシンインヒビターという大豆に含まれる微量成分が我々の体にいろいろな働きをしていることが知られていますが、現在世界中で蔓延している新型コロナウイルスへの感染に対する防御効果が働いていると考えられるので、そのことをここでは特に取り上げておきたいと思っています。

 

世界中で新型コロナウイルスが猛威を振るっている中で、我が国のコロナウイルスの感染率が、外国での勢いに比べて極端に少ないのが不思議だとの声が国内外で起こっている。日本では海外から見ると生半可な対応に見えるような、外出自粛という各自の自覚にまっているだけなのに感染率が低いのに説明がつかない、として戸惑いの声が上がっている。最近の海外の新聞などを見ると、「コロナウイルスとの闘いで、日本はすべて間違ったことをしてきたように思えた。ウイルス検査を受けたのは人口の0.185%に過ぎず、ソーシャルディスタンス(社会的距離)の取り方も中途半端だ。しかし死亡率は世界で最低で、医療崩壊も起こさずに感染者数は減ってきている。不可解だが、すべてが正しい方向に進んでいるように見えてしまう」と、この状況に対して理解に苦しんでいる。

彼らが理解に苦しんでいる実態とはどんなものか、726日現在の世界の新型コロナウイルスへの感染者数をここに示した。これは人口100万人あたりの感染者数で多い国を取り上げている。

@     カタール   29,232

A     チリ      9,652

B     ペルー     7,197

C     シンガポール  7,005

D     アメリカ    6,673

E     スペイン    6,233

F     ベラルージュ 5,860

G     スウェーデン 5,281

H     ベルギー    5,191

I     イギリス   4,393

韓国      238 

   日本       234

  中国       58

  

   

この上位10か国と韓国、日本、中国との差は歴然としているように見えます。しかしこれら感染者比率で比較するのは、国によって検査頻度がまちまちであり、検査が十分に行われていない国では感染者数が少なく示されることが考えられるので正確な比較にならないとの声もある。では、人口百万人当たりの死亡者数で比較するとどうなるか、死亡者数はほぼ正確にカウントされるので信頼性が高いと見られています。2020729日現在の人口100万人当たりの死亡者数のランキングを主要国から取り上げて見てみると、

@        イギリス  679.7人 

A        イタリア  580.6

B        アメリカ  458.1

C        フランス  445.3

D        ブラジル  427.2

E        メキシコ  345.0

F        カナダ   237.7

G        南アフリカ 124.0

H        ドイツ   109.2

I        ロシア   91.6

日本     7.8

韓国     5.4

中国     3.2

 となっている。これらの数字は、新型コロナウイルスへの感染が進んでいる中での比較であり、毎日変化していくことは当然ですが、ここに示されているような傾向は変化しないと思っています。そして、ここでも死亡率の高い10か国の地域と東アジアの日本などとの死亡率の落差は歴然である。このように日本人は上記の地域に住んでいる人たちに比べて新型コロナウイルスへの感染率も死亡率も少ないのです。なぜこのようなことが起こるのか、世界の多くの人たちが不審に思うのは無理ありません。実はそこにはウイルスが人間に感染するメカニズムが大きく関係していると私は見ています。 

 

詳しくは、亭主の寸話74「日本の新型コロナウイルスへの感染者率が低い理由」http://www7b.biglobe.ne.jp/~rakusyotei/sawakai74.html を見ていただければ理解いただけると思いますが、ウイルスは微生物と違って自ら生き続けることが出来なく、絶えず生きた動物細胞の中に入り込みながら、その細胞と共に生きるという性質を持っています。つまりウイルスが生き続けるためには人や動物の細胞に感染することが必要なのです。そのためにはまず自らの遺伝子を人などの細胞の中にコピーしていかなければなりません。ウイルスが細胞に感染していくためには4つのステップが想定されています。@ウイルスの細胞への吸着、A遺伝子を細胞内に放出する脱穀、Bウイルス遺伝子を細胞にコピーする複製、C複製されたウイルスが細胞外に出ていく遊離、です。つまりウイルスは自分の遺伝子を人の細胞にコピーするためには、まずウイルスの遺伝子を包んでいる殻を取り外さなければなりません。たとえば人のインフルエンザウイルスでは気道で分泌される酵素トリプシンによってその殻が切断されることによってウイルス遺伝子が顔を出し、初めてウイルス遺伝子を細胞にコピーすることが出来るのです。これらのウイルスの感染メカニズムについてはインフルエンザウイルスの研究によって既に相当程度解明されています。今回の新型コロナウイルスもインフルエンザウイルスも同じRNA遺伝子であり、その感染メカニズムは似たものと見ることが出来ます。まず、ウイルスの膜タンパク質であるヘマグルチニンが,人の組織に存在するタンパク分解酵素のトリプシンによって部分分解を受けて2つのサブユニットに別れ、割れたウイルス組織から現れたウイルスのRNA遺伝子が人の細胞に入り込み感染が達成されるのです。つまりウイルスが人に感染するには人の持つたんぱく質分解酵素トリプシンの働きが必要なのです。 これらのウイルスの感染機序についてはすでにいくつかの研究が見られます。(https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/122/1/122_1_45/_pdf

ところがこのウイルスの感染を手助けする酵素トリプシンの働きを阻害する酵素もいくつか存在します。それらは生体内にも偏在していますが、最も私たちの身の回りに多く存在するのが大豆に含まれている酵素であるトリプシンインヒビターです。 

この大豆の酵素トリプシンインヒビターは人や動物の持つタンパク分解酵素の働きを駄目(失活)にする阻害剤の働きをするもので、これを取り入れると消化不良を起こします。だから栄養豊富な大豆を動物たちは食べられないし、人間も大豆を食べるときには必ず加熱してこの酵素の働きを止めているのです。しかし完全な加熱でない状態で加工している大豆食品にはその働きがある程度残っていることが近年の研究によって明らかになっています。それら大豆製品に含まれるトリプシンインヒビターの活性残存率は、生大豆に含まれていたトリプシンインヒビターに対して、木綿豆腐で2.5%、寄せ豆腐で3.4%、絹ごし豆腐で4.3%、充填豆腐で7.9%、豆乳13.0%、納豆0.7%、醤油0.8%、味噌0.3%、それぞれ残存していることがわかっています(J.Nutr.Sci.Vitaminol.,43,575-580,1997)。

ではこれら豆腐、豆乳、納豆などの大豆食品を日常的に食べ続けている民族はどこの国か、それは現在新型コロナウイルスへの感染率が低いと不思議がられている日本、韓国、中国とその周辺の国々なのです。この東アジアの国々では縄文時代の昔から大豆を色々な加工調理をしながら食べ続けています。欧米でもベジタリアンやビーガンと呼ばれる菜食主義者の間では大豆食品が食べられていますが、これらの国の多くの人たちは大豆を家畜の飼料として与えて、肉やミルクや卵として体に取り込んでいるのです。そこにはもうトリプシンインヒビターは含まれていません。つまり今回の新型コロナウイルスへの感染で国によって感染率に落差が出来たのは、そこの人たちが日常的に大豆食品を摂取しているかどうかが現れたと言えます。しかしこのトリプシンインヒビターは体内ではその活性を長く維持することは出来ません。このトリプシンインヒビターを少しずつでも毎日の食事で継続的に摂取し続けることこそが、ウイルス感染予防に最も効果的な摂取の仕方になるのです。実際にインフルエンザ患者に対応されている医師の中にはインフルエンザにかかる人とかからない人の差として、大豆食品を日常的に摂取しているかどうかによって感染に差が生じていることを、身をもって感じているという声を聴くこともあります。

 現在、新型コロナウイルスに対する薬がいくつか開発の途上にあります。感染予防に対する取り組みとしてのワクチンの開発が進められています。しかし、ワクチンによって免疫抗体を作っても新型コロナウイルスに対する抗体は病院から退院して2ヶ月もすると大幅に減ってしまうことが中国の研究機関から発表されており、ワクチンによる免疫力が長続きしないことがわかってきています。一方の治療薬の開発については、その多くは冒頭で書いたウイルスの感染ステップのBに当たるRNA遺伝子の複製を阻害するものであり、その前段階であるRNA遺伝子を放出するステップを阻害する抗ウイルス薬はまだ聞いていません。このステップで働くのは今のところ大豆に含まれるトリプシンインヒビターのみです。やはり病気の予防という観点からするとウイルスが自分の遺伝子を細胞にコピーする前段階で防ぐことが出来る大豆のトリプシンインヒビターの働きは大きいと言えます。

 726日現在、世界で新型コロナウイルスへの感染者数は約1,605万人となっており、そのうちの40.8%をアメリカとブラジルが占めている状況です。今回私が取り上げた新型コロナウイルスへの感染予防に効果があるとされている大豆の生産国は、実はこの2か国が中心なのです。2019年度の世界の大豆生産量36千万トンの67%はアメリカとブラジルで生産されているのです。しかし彼らはそれらの大豆をほとんど食べていません。大豆から植物油脂を絞った後は家畜の飼料にしており、大豆そのものを自分たちで食べることはしていません。そしてこの2か国が人口100万人当たりの新型コロナウイルスへの感染者数が共に11千人を超える突出した高い感染率となっているのです。「灯台下暗し」、自分たちの足元に有効な食材が豊富に存在していることを早く知ってもらいたいです。

 

 


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