(4) 浄心 |
撮影: 1968~1969, 制作: 2015/4, 改訂: 2024/8 |
名古屋駅前から北東の方向、菊井町、押切町を通って浄心に至る路線をご紹介します。このあたりは名古屋城の西側に位置し、古い歴史のあるところです。近くを走る江川線の写真と併せてご覧下さい。 |
名古屋駅中央郵便局の角を北東に進むと、最初の電停、那古野町に至ります。右奥に名古屋駅の駅舎、中央奥に大名古屋ビルヂングが見えます。 左に写っている[50]系統は、名古屋港と名古屋駅前を結んでいますが、大回りして北側の那古野町から駅前に向かいます。 (1968/9/11) |
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上掲の場所で振り向いたところです。五叉路の交差点になっていて、線路はゆるくカーブして北上します。 ここから先、押切町までの区間は、1901年(明治34年)に名古屋電気鉄道が開業した押切線です。広小路通の柳橋を起点に、江川線の志摩町を左折して、この交差点に出ていました。 |
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次の電停、菊井町です。線路はT字になっていて、正面が外堀通で、明道町の方向へ分岐しています。 背景の富士銀行一帯は建て替えられて、オフィスビルやマンションになっています。その中で大垣共立銀行の場所には店外ATMがあって、痕跡を留めています。 |
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菊井町のT字路を直進する[臨]系統です。多客時の臨時便ではなく、浄心車庫~名駅の入出庫系統として運用されていました。用意されている系統板から、このあと名駅前発の[30]系統になることが伺えます。方向幕は、「名駅降車口」になっています。 |
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同じく菊井町です。外堀通りから来た循環系統の[3]が、交差点を左折して那古野町へ向かいます。 |
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菊井町~菊井通四丁目です。この沿線は、次々と[臨]系統が走って来るので、大変便利な場所です。 手前の1602号の行き先が大津橋になっています。浄心から出庫して菊井町で左折する入出庫系統です。 ※以前は、同じルートの上飯田行[13]系統が設定されていました。 |
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左の建物は、愛知女子高等学校の5階建て円形校舎です。同校は2009年に啓明学館と改称され、円形校舎も無くなりました。 |
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押切町の電停です。国道22号線との交差点の北西側を見ています。 1941年(昭和16年)に名鉄の新名古屋駅が出来るまで、このあたりに西部方面のターミナル、押切町駅がありました。 |
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同じく押切町です。道路の西側から北を向いて撮影しました。 |
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押切町の北側、天神山へ向かう[11]系統を後ろから撮影しています。1600型は撮影当時ほとんどがツーマンカーでしたので、車掌さんが写っています。 |
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天神山で線路は直角に曲がっていました。浄心から出てきた[11]系統の2000型がカーブを曲がっています。 |
上掲のカーブで、今度は東から見ています。1600型のコンパクトな車体がまわりの風景に溶け込んでいます。 |
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浄心の電停です。後ろは交通局浄心車庫の事務所で、その奥が車庫になっていました。 |
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ここは市バス浄心車庫の出入口です。現在ここには巨大なマンションが建っていて、市バスはマンションに開けられた通路をくぐって出入りしています。 |
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浄心車庫です。2600型の連接車が丁度良い位置に停まっていました。 右の2000型には系統番号[15]が表示されています。この番号が浄心~名駅に設定されている本来の入出庫系統です。 |
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浄心の交差点です。走っているのは江川線の[10]系統です。このあたりには商店が軒を並べ、いつも賑わっていました。 |
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浄心から江川線を北へ進むと、1つ目の電停が終点、秩父通です。 途中に電停のない1区間だけですが、正式名称は浄心延長線と言い、1955年(昭和30) 年に開業しました。 |
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現在この道路の上には名古屋高速の6号線が高架で走っていますので、このような明るい風景は見ることができません。 |
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浄心から江川通を南へ歩きながら撮影を続けました。車窓からは間近に名古屋城が見える区間ですが、市電の入る良いアングルがなく、これが精一杯でした。 江川町~江川端町にて。 (1969/06/13) |
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江川通を南の方向へ向かう[10]系統です。名古屋の道路はとにかく広いので、標準レンズでは市電が小さくなってしまいます。 浅間町にて。 |
六句町の電停です。放課後の女学生が市電を待っています。制服から、さきほどの円形校舎の生徒さんと思われます。 冒頭の写真と併せてご覧下さい。 |
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明道町の交差点です。ここで菊井町から来る外堀通りの路線と交差しています。 |
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南側から見た明道町の交差点です。 このあたりは「新道(しんみち)」と呼ばれ、日本でも有数のお菓子の問屋街があります。小学生の頃、遠足の前などにお菓子を買いに来たことがあります。 (1969/4/30) |
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泥江町の電停です。右奥、旧塗装の国鉄バスが走っているところが桜通です。名古屋駅までごくわずかの地点です。 [10]系統には2000型が主に投入されていました。この車両は、電照式系統板の文字が角張ったデザインになっています。 |