FZR250R Ver.3.0へ
完成形まで先は長い。ひとつひとつ丁寧に仕事しているから時間がかかるのは当然である。
僕の手元に来てから、2年目に入り教習所練習用仕様をひとつ作り上げてみたのだが、あくまで走れる仕様として。
超高速域を自然に走れる仕様でないと安全性はまずないと思った方が良い。
Ver.3.0からは、広範囲から少しピンポイント方向に向かった仕様に仕上げていきます。
その年に入ってすぐ、これから必要であろうエンジンパーツを集めていたのだが、困ったことに、ついにエンジンメタルの全グレードが販売終了となり全滅、新品入手不可能となりました。
こうなることは予測していたものの、そうなると中古エンジンを買った方が安く上がるということでスペアエンジン購入に向けていろいろ探してみた。
値段は滅茶苦茶高いが数千円で発見することができた。今ではトンデモナイ値段になっているみたいだが、運がよかったのかもしれない。
すでにスペアエンジンを入手しているから安心度もかなり高い。スペアエンジンメインで考えるのもアリといえばアリなんだが、でも最初に到着した個体のエンジンの方を優先したい。
いくらボロでもポンコツでも気持ちの入り方が違う気がしてならないからである。
僕は当たりくじを引くのかもしれないが、ヤマハパーツセンターから直接「最終在庫です」と電話連絡が来たのには驚いた。
1度や2度ではない。細かいパーツも注文していたから、メーカーさんも知っていたのかもしれません。
連絡を頂戴できるだけでもうれしいっていえばうれしいが、モノがない連絡というのは悲しい。(大体、最終1個という回答だが)
教習所カリキュラムの勉強と実技
今となっては、教習所練習仕様でいろいろ遊んで勉強学習しているしやっぱ、このエンジンなんだわ。いくらボロでも。
最終的に使用不可能になった時、一度フレームから降ろして中身を割るという方法で行った方が楽ちんだと思います。
後は時間がないため、とにかく今は教習所の練習カリキュラムをこなすということが先行します。
落ちたくないから。(今だから言えるが練習の成果か、大型免許一発取得だったけどさ)
練習はかなりしたね。馬鹿らしいと思えるくらい。だからかもしれない。この個体は一生手放さないとそれ以上に思えたのだ。
スラローム、一本橋、波状、全部こなしたからな。
教習所のNC700だったか、こいつの調子が悪くてまともに整備すらしていない状況のマシンだったため、まるでダメ。
扱いにくいし教習所の殆どの個体がNGだったことも印象深い。
オマケに教官がアホで、使えない。教えない。訳が分からん。(で、自分で勉強した方が早いってわけよ)
バイク自体もFZR250Rがあるのだから。(フロントフォークオイル漏れしてるけどさ)
僕が、何故以前から定評のない悪い教習所でありながら、大型自動二輪免許をそのアホ教習所で取得しようとしたか?
それは、僕が最初に普通自動二輪免許を取った場所であり、当時は通学バスが出ていて、最終バスに乗るときの哀愁感が残っていたから
そこに通うことにしたのである。
今となっては悲しい思い出だったから、回収しにいったともいえるかもしれない。
当時としてはバイクに乗る夢は絶たれてしまったわけだし、ずっとその思いを引きずったままは嫌だったということが大きいと思う。
クソ親父に言いたいわ。
あんたさ、天国に行けないよ間違いなく。地獄に落ちろ。と。
一本橋のコツ、スラロームのコツ
ある本とDVDを購入して、ひたすら読んでは走り、見ては走りを繰り返していた。
本は走りのイメージがないため、途中却下になったが、DVDは役立った。
苦手とする、一本橋のコツは?
クラッチにブレーキに、バランスをとるために村田製作所の小型チャリンコに乗っているアレを披露すればよい。
要するに単動作ではなく複合動作をすることだ。
スラロームのコツ?
そんなもんは練習するしかない。ではなく体重移動にリアブレーキをロックしない程度に多用しつつバランスをとればよい。
良いんだって、コケたって。自分のバイクじゃないだろ。
教習所のほぼ無メンテのバイクだ。
アクセル追従性のない個体を引いてしまった場合、これはクラッチかブレーキで半殺しするしかないだろう。
できることは数多くある。リズム良く走る。これがコツ。
僕の目の前で同じ教習を受けていた子(男か女かはわからないが)がコケて沈んでた。
「どうしてもできない」と泣いてたようだ。
「DVD見ると分かるから買って御覧なさい」と話してみたところ、実際に買って見たみたいです。
結果的に、卒検で落ちてたみたいだったが、次回は受かるだろう。
僕は一発合格して次のステップに移行したけど。なんかあの時は可哀そうに思ったことは確か。
今話せることとして、卒検のルート4種のうち、一番難しいとされるルートが課題に出され、それでもイメージ通りに走ることができた。
当然、合格できたのはFZR250Rと共にひたすら練習したから。影でコツコツ練習するのが僕は好きだ。
4輪もそう。影で練習する楽しさがある。タイヤや油脂類は消耗してしまうが、その分得られる資産があるのである。
無茶は良いが無理はしないこと。無茶は何とか回避できそうだが、無理は一線を越えたら最後、戻ってこれなくなるから。
少しずつ、少しずつペースを上げていくこと。これが大切重要。
教習所の裏側
どこも同じだが、いい加減な教習所が多い。中には懇切丁寧に教えるところもある。しかし僕が通ったところは、以前と全く同じ体質。
上から目線。校長が見ていない範囲になると途端に態度がでかくなる教官。クレームを一旦言われると、知らんぷり、後に校長がでてきて謝罪そして何にも変わらないアホ教官。
自動車やバイクの乗り方、法規法令を学びに来ているのに、人間性の問題がある人間が多いから間違いばかり、後は専門的なことは教えない。
これではね、教わる側として学びたくても学べない。適切な指導ができないのは致命的。
Youtube等々の動画で見ていると、丁寧な教習所とそうでないところが明確に分かる。
これは、警察の天下り先となっている教習所の場合が多いというのが原因。警察官は結構な頻度でバカが多いことは確か。実経験から元にして考慮しても絶対的に確かだ。
僕は警察、大嫌いだし。嘘ばかりつくから。関わり合いにもなりたくないというのが本音(誰もそうだと思います)
教習所の悪体質は以前から変わらない。大分前に普通自動車免許を取得したときに感じたものがそのままスライドしていたからさ。
バカが多いよ。教習所も警察も、役所も。
各パーツの本塗装
塗装は、マジ面倒だ。
しかもちょっと特殊なんだわね、この塗料。
配合計算しないと、良くないみたいです。
下準備をしっかりしないとさらにノリが悪いみたいです。
で、塗装してみた結果、こうなりました。

これから、Ver.3.0に進化。
まだ部品が付いていない箇所が多数あり、フロント周りも、リア周りも旧来部品がそのまま装着されている状況。
ここからさらに作業を進めていきます。
ある場所での出来事
サビをある程度取り終えた1HXエンジンに熱を加えることで再発を防止できることがわかり、エンジンオイルを循環させる目的や各油脂類が落ち着くようになるまで、数日おきにある場所に行ってみた。
僕にとっては思い出の場所。
あまり人気のない道の駅なんだが、その場所にある自販機で缶コーヒーを買って飲む習慣?としたのである。
ただ走って、帰ってくることも良いとは思うが僕にとってはやはりその場所は思い出の場所だから。バイクから降りてそっちの方向を眺めて帰ってくる。
今も、幸せにやってると信じて。
.Ver.3.0が完成領域に入って、確か3回目にその場所に行ったとき、あった出来事を話すことにしますが相手にするだけツマンナイなと思えた事件でした。
その日はお兄ちゃんとお姉ちゃんバイクが2台並んでツーリングだったのでしょう。
僕は、その人たちの隣にFZR250Rを停めておりました。(パーツ欠損しているボロ状態で)
「俺のバイクの隣に停めるな。俺のよりもカッコよいバイクは停めるな」という心の声が。
確か、女の子は400のカワサキ、お兄ちゃんは同じ400のホンダだったという記憶あり。
別にいいじゃん。ヤマハのバイクでこんなボロ意識しちゃ不味かろう。という僕の答え。
ま、要するに僕はあなた方とは違う世界にいますので、どうぞご勝手に。ほっといてくださいませ。とオーラを出しつつ。自販機へ向かいました。
最近、コカ・コーラの自販機が近所からなくなって困っていた時に、偶然その道の駅の奥にダイドーのカン薄味コーヒーを売っていることが分かりたまに行くようになっただけです。
スルーすりゃいいだけなんですがね。道の駅は僕にとって思い出の場所ですが、大型トラックが停められるところに退避しておけばそれで良い程度にしか思っておりません。
クソガキは相手にしても面白くもないし、独自路線を貫く僕は、あまり人に興味がない。それだけです。
孤独はある意味辛いかもしれないですが、世の中、孤独を楽しむことができるようになると強いですよ。
生きるも死ぬも自分次第だからさ。
以前は、オフ会とか参加したり、ソロツーしたりと忙しい状況を過ごしていたが、今は独り。その方が楽だね。確かに友達は必要かもしれないが、今は要らないな。
理由は、人それぞれあるだろうが僕の場合はもう面倒なんで独りでいい。
人がまとまると争いが始まるのはもう見たくないというのが本音。マウント取りたがる奴も僕は嫌い。
ある程度制約はあるだろうが、それでも人とのつながりはどこかであるわけだから、最低限度で良いと思って生きている。
マジに生きているのに余計な行動でひとを遮ったり、邪魔したりされたりするのはもう面倒でね。
さて、十数年前、自転車屋のおやじより譲り受けた、たった一枚のYAMAHA FZR250Rのカタログから始まった物語。
Ver.3.1の完成形を
さあ、ご覧ください。

Ver.3.0と変わんないじゃん。と言われそうだが、中身も大分変っている。
カウルの修正もすでに入っており、欠損部分をすでに作り替えてあることが分かると思います。
ミラーも別の車種からの転用です。これには理由があって、保管する時に極力スペースを使わずに駐車するための奇策。
純正のミラーは最初から使えなかった。プラ屑が出てくるだけで塗装すらできない状況だったのである。
ボロボロから、ここまで復活できれば状態としては「〇」なんだと思う。
まだまだ納得できるものではないから、次のバージョンを作ることにします。
現時点での仕上がりは、ともかくとして僕が最初に見たカラリーング、色カタチ見たそのものです。
それを思うと、やはり何かの縁を感じる一台なのだと思います。Ver.3.0になってもまだ不足している部品が多くあり、中古部品を探したり、新しく作ったりを繰り返しています。
1970年代後半から1980年代、聞く話によると峠を攻めるといった行動があって熱量も相当凄まじかったと。今のこの時代、族とは違う不思議な感覚があったことは確かなのだろうけれども、今は何かこうさっぱりしない時代になったと思います。
最近のコゾーを見ていると、力強さに欠け主張力がない。ただ、クソ文句だけはよく言うわ。こういうのを情けないガキ。というのだよ。
昭和生まれの親父どもにはうらやましい時代だったと思いますが、トコトン走りたいならば峠じゃなくて、サーキットに行くべきです。
スピード領域も全く異なる上次元の世界ではありますが、ストリートでは制約が大きすぎてフルパワーを使う機会なんてありません。
無理にそのシチュエーションを作り出すことはできますがね。
プロライダーやプロドライバーというのは、街中を走っていても勉強しながら進んでいきます。タイヤが1回転したときからすでに学習が始まっている。
素人の場合は、それがない。分からないことが分からないのが答えなのでしょう。
死なないためのライディング、ドライビングを学び続けることの重要さを感じつつ走る。そのあたりがプロになれるかどうかの決め手になるのではないかと思っています。
必要経費はどのくらいかという話が来るため、ざっくりとした感じで記載します。
キャブOH、塗装、各部ベアリング、メーター改修、その他消耗品全交換、おおよそ数万円内で終わっています。車体本体はほぼゼロ円。(輸送代の方が高かった)
純正部品を用いて修復する場合、数万円では収まりません。桁がもう一つ上がってしまいます。中古部品を修理修正できる技術があればこれを確実に用いて、再生するとそれなりのものが出来上がりそうな予感。
でも、中古部品の殆どはゴミ。です。
しかし、そのゴミを修理していく楽しみもあるからレストアってのは楽しいものなのです。
大型自動二輪免許取得
久しぶりに免許取得行動して1発合格。少し話した友達とはいかないものの、そいつは落ちた。
ま、試験見学しているときに「これはダメだな」と思えた部分があった。
試験の時は、自分との闘いだからそれには普段練習を積み重ねていった成果を発揮できるようにする。練習量が不足していればそれは落ちる。
練習して分からないことがあれば、研究して数ミリでも前に進ませる努力をすることで結果は出せる。
それがバイクやクルマの免許取得の楽しいところである。
忘れた頃に、再度DVDを見て研究すると新しい発見があったりするから楽しい。
なぜ、今さらになって大型免許を取得しようと努力したか?
それは簡単。昔でいう限定解除ということばに惹かれたから。
どうせとるならば最高状態で行きたい。というのが本音です。
この先、大型バイクに乗ることはないと思う。FZR250Rがあればそれでよいし。
修理して旧車を手に入れるということもアリなのかしらね。
保管場所の場所の問題もあるし、これはもう少し後々の楽しみとしてとっておくこともあるかもしれない。
クルマの方が楽だわ。マジで。
各カウル補修開始
Ver.3.1以降、大型免許取得できたことからある程度何時もの場所で練習し少しでも上達するよう努力中。
走行状態を加味しつつ、そろそろカウル関係の修理を開始できる状態にあると感じVer.5.0を製作開始した。
カウルは割ってしまったら入手できないし、中華のパチモンはつけたくないから
今までつけずに走行練習していたのよ。実際は、リアのサイドカウルの一部はつけてたけどさ。
それと同時に、問題は山積みとなっているブレーキ本体を修復していくことにした。
純正ホースは使えないから、ちょっとした技を使って特別品をこさえました。
問題はリザーブタンクホース。これはフルード専用品でないと駄目です。
デイトナのホースが役立ちそうです。これもフルード専用品となっています。
特注というか特別に自前で作ればよいと思うかもしれませんが、ブレーキフルード専用系のゴム材料は入手経路がわからないので
EPDM系ではちょっと役不足のような気がしたので市販品を流用しました。
さて、カウルの補修修理作業ですが、写真にあるとおり、あちこち欠けて割れています。
これを補修修理していくことになりますが、プラスチック専用の材料と、接着剤、パテを用いて修復し塗装します。
FRPを用いての修理は、極力控えた方が良いと判断しました。
理由は、粉塵系が体に良くないことと有機溶剤が強烈で喉を傷める可能性が高いからです。
プラスチック系であれば、マスクを着用することで一定の被害防止になります。

最初の頃と修理後は大分違うことが分かるだろう。
グラフィックシールが入手できれば、完全塗装してしまうところ。だけどそこは旧車の味を残すという意味で磨きに徹した。
FZR250R Ver.5.0 製作開始
個体購入当初より前から、行ってみたい作業として考えていた。
人とは少しだけ違った、オリジナルな仕様として成立させたいと考えていたのです。
エンジン部分はとりあえず最後です。
作業時間を考えつつ直せるものから順番に修復と「追加」をしていきます。
まずは、今まで気づいていて直す暇がなかったところ
EXUPワイヤを修理していきます。
エンジンの調子は普通に戻していますが、吹けが良くないことがあってEXUPの調子がおかしいと思っていた。
今回、マフラー関係を徹底的に修理したいと思います。
定期点検整備の時に、ワイヤーのほつれが見えたのだが、ワイヤー本体の補修はほつれている以上回復は見込めない。
当時としてはスチールワイヤーメインでも補修パーツが出たからさほど問題にはならなかった。しかし、供給終了と同時に慌てる。
SUSワイヤーで構成してほしかったが、この辺は独自のアイデアを活用して修復していくことにする。
問題となる箇所はグリースの選択。EXUP本体のプレート自体が高熱に晒されるわけだから、ちょっと特殊なものが必要になる。
通常のグリースでは蒸発してしまい、パーツのカジリを引き込むことになるから慎重になる。
超耐熱ではなく高温耐熱レベルのものがある国から入手できることが分かり早速入手。
EXUPモーターモジュールも同時分解して内部調整と専用グリースで組付けして、抵抗を極力抑えるように対策した。
FZR250Rは現代のバイクとは違い触媒がついていない。エンジンから有害ガスを吐き続ける。小排気量だけに触媒不要という考え方と、環境を汚さないための理由を度外視(実温度)、難しい問題は以前より解決しない。
外観は崩さず玩具化しない
旧車独自のオーラを消さないようにしたい。一番の目的はこの辺りにある。
通常レベルで走れるようになったFZR250R、不満も少しずつ出てきた。
純正メーターでは、走行中の情報取得範囲が限られていること。アナログメーターであるから、正確な数値がでてこない。あくまでも目安。
メーターを一つ二つ増やそうにも設置スペースがないため、それにかかるパーツを追加しなければならない。
設置するスペースを僕が作ることにした。
色々考えたのだが、僅かな隙間すらないのがこのバイクの特徴だけに、設置すら危うい。
悩みに悩み、消費電力等々を考えてデジタル方式を導入することに決めた。
視差精度としては普通レベルなのだろうが、できれば日本製を導入したかったものの
あるのは中華、台湾の製品ばかりだった。それでも壊れにくそうな品物を選択していった。
メーターセットVer.1.0の完成状況は下の写真である。
少し寂しい感じがするメーター周り。だが、温度管理はそこそこ出来るようになった。
金属加工+薄物溶接で切り抜ける
追加メーターを打つ時もしくは簡易的なモニターを取り付けるとき、FZR250Rは設置スペースがないと思ってよい。
ハンドル周りに取り付ける方法もありといえばアリ。だが、走行風や振動をモロに受けることから破損しやすい環境に自らを持っていく必要性はないと考える。それにハンドルを切ったときに当たってしまっては本末転倒である。
社外のマルチメーター導入も考えたが、予算は限りなく小さくしたいし、オリジナルのメーターの方が旧車そのものを醸し出しているわけだから捨てるわけにも行かず。
こっちの方が見た目は良いし。実は、もう一つグレードの違うアナログメーターが存在することをご存じだろうか。
タコメーターの種類がちょっと違う。もちろんこれは3LN3~5の仕様で、おそらく6がそれにあたるのかもしれない。
そっちのメーターもすでに修復済みとなり室内保管してある。
ところで溶接だが、僕が工作技術の中で1番か2番を争うほど嬉し楽しいものなのだが、炭酸でひっつけることはしない。
見た目も悪いし、薄物溶接には向かない技術だから。もちろんTIG溶接で引っ付けます。
溶接が終わったら、塗装するといった流れになります。
それと、ヘッドライトバルブのH4化に溶接工法は必須になります。(パーツが当たりますので)
メーター取り付けは皆さんがよくやるマジックテープでペタリ。はしません。(カッコ悪いからです)
何故、ステイを作って溶接したか?というと、ボタン操作をするときにどうしても少し揺らぐアレが嫌で、きっちりと固定しなければ結局後先再整備になりかねない。走行中に下に落ちても嫌だし、だったら金属で加工して土台を作成してしまえばよいということで作業完了。
塗装作業
僕は、プロが用いる仕様で塗ります。缶スプレーではやらないです。
ウレタンスプレーでもいいか?では使い切りになるためそれならばスプレーガンで塗りますわ。
塗装もいろいろ経験しているからこそ、慌てず騒がず作業実施します。
大物塗装はやらないようにしています。
今回は、白、黒、銀、の3種と小物で色分けして作業しています。
仕上がりは上々。ではあるが、メーターの集合体としてみたとき何か足りないと感じていました。
もう少し世界が広くならないか?と思うようになりました。そこでVer.2を作成してみました。
ここで、問題が発生して、設置環境がもうないわけで一番エンジンに重要な「油圧計」を設置できないのです。
水温、油圧、油温の3点セットは僕にとって機械のバロメーターを知る上で重要と思っており、その中でも油圧計はエンジンの体調管理を予測できる重要な計器と考えています。(電圧計も当然旧車には重要です)
電圧計に関しては左下にあるメーターで対応できるため簡易的とはいえ数値で見れるのはありがたい。
ただし、バッテリー電圧がなくなると都度ボタン操作が必要になるデメリットはあるもののそこは楽しい儀式として許せる範囲である。
オリジナルと同一化しているような気分になるよう細工しているが、これは盗難防止を目的にしています。
Ver.2は設計途中で変更を余儀なくされ、結果Ver.3で仕様変更としてこうなりました。
少し取り付け方法で難儀しそうだが、どうにか取り付けはできた。
油圧計を引っ付けました。
これ以上小型のものは当時としてはなくコレ一択です。
配線方法で迷うところではあるが、延長配線もオプションであるようだが僕はオリジナルの物を製作した。
完成形として考えてみると、まだ何か足りない。そういう気がしてならない。
現代化しなければならないところがまだあると思い始めた。
給電設備の増設が必須だろうということで、またいろいろと考えだしました。
時代は進む。難易度高だが導入行動。
難削材(素人レベルではこういうらしいが)の加工で時間がかかっている。材料費用も掛かるため、適当に使えるものを探し出して再利用する方法で作業を進めている。
当初からの目的でもある外観を崩さない、玩具化しないことを前提に手元にある材料を限定して最適な方法はこれと思うものをそのまま具現化している。
現在は電力消費量が大幅に増加して、35年前より文明の利器の発達が凄まじい。なんでもスマホ、スマホ、電子機器の装着。こうなると僕自身、ついていくのに精いっぱいです。
レーサーレプリカバイクの場合、最低限の装備で機構は高性能を実現するわけだから(軽量化)そのあたりのバランスが重要になる。
だが、サーキットでもストリートでも情報ツールが使えない時、世の中から隔離された気分になる。
もっとも、僕は時代に合わせて生きることはできない人間だから、カンと経験を頼りに作業することだけである。
とはいえ、今できることを搭載できないか考えてみる。操作性の問題でハンドル周りに全部載せることはしたくない。
重要パーツになるものとしてリレーは必ず導入することである。
この時代においても素人はバッ直が多い。ヒューズも導入しないアホが多く。知らん人が多すぎる。この言葉、かなり大切です。
電気を甘く見ないこと。ガソリン系と同じレベルで考えていかないと「燃えた」となる
そうならないようにするため、最低限度は押さえておきたい作業です。
これは酷すぎる。
よく見ると白焼けしているし、鳥のウンコ付き。カウルも焼けていてダメ。腹が立つほどのボロ。
しかし直す。これは僕の使命。自身の思い出、昔嫌な思いをしたことを良き思い出として残すため。
自分自身の技術力、工作能力を試すための絶好の機会。そして今は亡き親への反抗。今になって反抗期ともいえる。
ここまでサビさせるには相当な期間を要す。
これを直すには相当な覚悟がいることになる。やっぱ、前オーナーの考え方が僕にはわからない。品物を大切にできない。これは致命的。
書類があっただけ奇跡といってよい。それを考えると僕のところに来ることが決まっていたのだと思う。
ボロボロにはなったけど、僕のところに来ることが分かっていた。のだろう。そう思っている。
修復修理を実施した結果がコレです。
Ver.5.1+Ver6.0の完成
バイクってのは修理し甲斐のある個体が多い。FZR250Rは喜んでいる。ほんの僅かかもしれないが、過去に置いてきた自分を取り戻せたと思っている。修理している間にソロツーリングも行った。不可能と思われていたことも達成することもできた。

写真からでは分からない内部パーツである消耗品を全て日本製に交換してある。当時の部品は使用できないから、最近の規格に合わせて組み付けてある。(特に、タコメーター、スピードメーターは修理必須である)
よく見ると写真の右側に不思議なモニターが付いていることに気が付くのではないだろうか。
モニターの正体
答えは、クルマ用のGPSレーダー探知機です。
何故、バイク用を選択せずにクルマ用なのか?
最近の機器性能は分からないが、日本製であってもなくても、国産のバイク用はありません。
あるのは中華、台湾。
レーザー取り締まりが出てきて、それに追従するように方法を考えての結果。製品精度も中華台湾では難しいし、耐久性もないに等しい。
それであれば防塵、防水機能を持たせたクルマ用GPSレーダー探知機を作ることにした。
改造、改良は実に大変である。実働試験を開始してすでに数年経過しているが動作状況は安定している。内部バックアップ電池についてすでに新品部品に交換してある。
次に必要なパーツ。それはカーナビだろう。
スマホ転用型はやめておいた方が良い。動作安定することは間違いないが、もしも不具合、落下等々で使用不能になった時、そこで詰む。
スマホはあくまで補完するものとして考える。クルマの場合は別だが、走行中に落ちた、吹き飛んだではリスクも高いし壊してしまっては本末転倒である。
USBポートの増設工事はすでにVer.3.0以降完了しているため、現代化しているため安心度も高い。スマホの充電や、カーナビ等々の機器を使用可能。
今思えば、FZR250RがスマホやPCと連動できるようにしたことはかなりのアドバンテージと思う。
ツーリングの時、もしもの時(災害発生時等の緊急時)すこしでも、生存できるように自然に歯向かうことなく進むこと。
利便性追求というよりもいざというときに対応できるようにしっかりと確実に回路構築していくことが大切。
外観が損なわれるがそこは違う
現代化するということは、旧来体系からの進化と捉えるべきで、オリジナル性を失わない方向で進める。後々の資産として残せるように努力する。ということである。
先に進むということは実に大変な力を必要とする。簡単に事が済めばよい。だがFZR250Rの能力(充電性能の範囲)を少しだけもらう形での回路設計を施してある。
無駄に充電能力を活用する形をとれば、必ずオルタネーター系に負担がかかり部品入手が不可能なレギュレーター、負担がかからない形での設計力が求められる。単にいろいろパーツをつけてしまえばそれでよいという分けには行かない。
能力ギリギリではやはりヤバいことになる。そこはその人のもつセンスだろうね。
ドライブレコーダーは必須
前回、F6Bカプチーノに搭乗中、クソボケハーレーおっさんに煽り運転を受け、映像証拠は大切だろうということでFZR250Rにもドライブレコーダーを装着した。
別動作するようにいろいろ工夫して電力消費を抑えつつ組付けすることに成功した。
画質はそれなり。バイクパーツを作っているメーカーのものをサクッと取り付けたのだが、加工と時間工数がえらく必要になった。
無いものを後につけるのだからなおさら大変。だが、USB関連の配線を安全対策を施ししっかりと取り付けしてある。
つまり、電源回路からやり直してある。設置状況はセキュリティ上の問題が起きると思うし写真には写らないようにしたい。
しっかし、以前はフロントだけが多かったドライブレコーダー。それが今ではリアもそれに360度と進化してそれも取り付ける時代になった。
自由度がさらに削られ、人間としての何かを管理されているようでマジ嫌になる。おかしな世の中だと思う。
Ver.6.0の終わりに お約束
ホントにエンジンが正常に回るのか?と不安に思った部分もあり筑波にテスト走行に行ってみた。とはいっても遊びも兼ねてである。
動作的には19000rpmしっかり回る。問題は油温の上昇が早いから、小型のオイルクーラーは必須だろう。
今回、ボロボロのFZR250Rであったが完全とはいかないもののかなりのレベルアップを果たして筑波に持ち込めたことをうれしく思う。

末永くこいつと付き合っていければと思っている。
FZR250R+1HXエンジンは最高である。

こいつが修復されていき、Ver6.0まで進むと、こうなる。(耐久テストしたためホイール等ダストで汚れています)
スマホホルダー代わりにベースマウントを追加した。
使い勝手は格段に良くなっている。スマホホルダーは使わないでベースマウントを介して各機器を取り付け可能にしてある。
穴あけ加工の時、1mm以下の精度で加工したからさ。(ベースマウントは後々効果的になってくることが分かる)
フロント周りはほぼ完成領域かと。
かなり扱いやすい。無駄な抵抗も少ない。
Ver.6.0としているのはベースとなる回路を特設で製作している関係です。
かなり特別な回路を組み上げてあるため、見せられない部分も多く、写真を見て作り手のイメージをしてほしい。
後は、ライディングの勉強、学習をすこしでも行うことで末永く乗れる仕様に変わると信じる。
思い出の地へ 戻ってきた感覚を探る
時代35年という時間を乗り越え「FZR250R Ver.6.0」を自ら仮完成領域へとボトムアップすることができた。
仮完成領域まで到達した後、心の中で目標目的としていたある場所へ行ってきた。
いつもはバスで行っていた場所。夕方の帰り道に、気に入らね友(バイクを親から買ってもらったからさ)が
バスの先に、先行して消えていくFZR250のテールランプ。(2KR)
この時の瞬間が思い出される。今度は僕の番です。カスタマイズされたFZR250Rは僕のところに来た。
同じ道を今度は僕が走る。今はかなり通りやすい道になった。
しかし、その道すじは辛い思い出しか残っていないから。だからだと思う。余裕の姿で修復していった僕のFZR250Rです。
ある場所に差し掛かると、そこには当時から高い鉄塔が立っていて、その鉄塔の目印になる赤いランプが二つ夜になると光っている。
その光をみると、悲しくなる。でも、いつかはその辛さも乗り越えて幸せになるべき方向に向かうと信じている。
今も、その気持ちは変わらない。あの頃に帰りたい気持ちはさらさらないが、当時の良き思い出、親父のツラを思い出すにはちょうど良い。
第三者にとっては大したことのない出来事なのかもしれないが。このこの気持ちは人生の通過点として一生忘れることはない。
親父が他界し、自身の人生や気持ちに対してさらにわかったことがある。
人間は生まれてきた以上、死ぬことは確定することになる。生きるということは、なるべく人に迷惑をかけずに進むということなのだと。
マジにバカな親父だったが、僕がこの世に生を受けただけでも感謝になる。と考えておくことにする。
その道を通ると必ず思い出す。
一生忘れることはない。
FZR250Rを修復することができた喜びは、また一つ自分自身の人生に花を添えるかのように技術と技能が磨かれるということ。
苦労は付き物だが、それは自身の特別な能力で対応すればできるということ。
FZR250Rのエンジンを起動して、またその場所に、そして缶コーヒーを飲みに行く。
時代は巡る。そして新しい地へ動き始める。
ヤマハFZR250Rver.7フルレストア 製作委員会