病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する

病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する@


 大聖堂での事件から半年が経った。

 裏帳簿の存在が確認され、グリファスやボニファス伯爵ら関係者による供述の裏付けが進められる一方、ファーランド領で実際に栽培されるケルベリウスの栽培面積と帳簿上の収穫量の明らかな誤差が国の調査で改めて確認され、領主のヴェダ伯爵は虚偽申告と背任の罪で訴追された。

 フェルナンドは一連の件に関して黙秘を貫いており、廃嫡されたゴットフリートは「私は悪くない、嵌められたのだ!」と未だにわめき散らしているらしい。

 グレゴリオの回復後しばらくして、フラムアークの立太子の儀が無事に執り行われ、彼は正式に帝国の皇太子となった。

 国内の重鎮や諸外国から招かれた賓客の前で堂々と振舞うフラムアークの姿は立派で、私はスレンツェやエレオラと感動を分かち合いながら、その姿を瞼に焼き付けた。

 そして更に一年後―――一連の全ての審理が結審し、グリファスとレムリアは当初妥当とされた車裂きでの公開処刑ではなく、監獄内での斬首刑に処されることが決まった。

 取り潰しになるかと思われたヴェダ伯爵家は断絶を免れ、ヴェダ伯爵は爵位を返上の上、一族はファーランド領から放逐されることが決まった。なお、領でのケルベリウスの栽培許可については継続が認められた。

 ヴェダ伯爵家が大幅に減刑された背景には、首謀者が第三皇子のフェルナンドであったこと、その支配下にあったグリファスや伯爵家に情状酌量の余地が認められたこと、それに、被害者であるフラムアークの口添えがあったからに他ならない。

 ヴェダ伯爵に代わるファーランド領の後任領主には第五皇子エドゥアルトの側用人ハンスの実家、ヴァーグナー伯爵家が治まることとなった。

 フラムアーク暗殺未遂事件の被疑者とされたバルトロはその名誉を回復され、誤解から彼を手にかけてしまったアキッレはその報せに涙を流しながら、改めて彼の冥福を祈った。

 バルトロに関するこの報せは、レムリアの耳にも届くのかしら……? グリファスと共に処刑されることが決まった彼女は、これを聞いて何を思うのだろう……?

 あの日レムリアと訣別した私が、彼女にそれを尋ねる機会は訪れることなく―――それからほどなく、グリファスとレムリアの刑が執行されたことを、私はフラムアークを通じて聞くこととなった。

 レムリアとグリファスは最後まで取り乱すことなく、死が二人を分かつ瞬間まで、互いの目を見つめ合っていたという。

 それを聞いた私は、レムリアは自分の選んだ道に後悔なく、最期まで恋の為に生きたのだと思った。

 それが分かっていても、後から後から溢れてくる涙が止まらなくて、そんな私をフラムアークは長い間無言で抱きしめてくれていた。

 そして、フェルナンドとゴットフリートもまた、犯した罪の重さと責任の重大さから、死罪は免れないとの判断が下されたのだ。

 このような結果を招くに至ってしまった、親としての自身の責任を痛感するグレゴリオは、せめてもの温情として彼らに自死の方法を選択させる権利を与えたのだけれど、ゴットフリートはこの期に及んで、どれも嫌だと駄々をこねて埒が明かず、見かねたグレゴリオによって最終的に絞首刑に処されることが決まった。

 彼は恥も外聞もなく、子どものように泣き叫びながら最後の最後まで刑に処されることを抗い、処刑台の足場が外されるその瞬間まで、大声で命乞いをしていたという。

 一方、他者の介入を厭うフェルナンドは服毒という方法を選んだ。それを見届けた刑務官によると、彼は鋼のような意志をもって苦痛にのたうち回ることはせず、皇族としての自身の尊厳を守ったまま死を迎えたとのことだった。

 フェルナンドは自身の言葉で何も語らないまま、この世を去ったのだ。

 グレゴリオはどちらの刑の執行にも立ち合い、血の繋がった息子達の最期を見届けた。

 皇族である彼らの間に普通の親子のような愛情や思い出はなかったとしても、それでも、二人の息子が生まれた時、確かにグレゴリオの中には大いなる喜びがあったことを、私とフラムアークは彼の口から聞いている。

 皇帝という立場上、決して表には出さずとも、グレゴリオとしては辛いけじめのつけ方となったことだろう。

 そしてその翌年―――全てを片付け終えたグレゴリオは一連の責任を取って皇帝の座を退くことを表明し、彼の退位をもって、皇太子であるフラムアークが新たな皇帝として即位する運びになった。

 この時、フラムアーク二十五歳。

 彼はついに大いなる野望を達成し、大帝国の皇帝という座に就いたのだ―――。



*



 フラムアークが皇帝になって三年後―――彼の即位に伴って刷新した人事や新たな制度も定着して軌道に乗り、目が回るような慌ただしさもようやく落ち着きを見せてきた。

 フラムアークから“皇帝の騎士(インペリアルナイト)”の称号を賜ったスレンツェは近衛騎士団長という役職につき、これまで通りフラムアークの身辺を警護する傍ら、騎士達の練兵にも余念がない。そのカリスマ性で多くの騎士や兵士から高い人気を誇るスレンツェは、彼の直属でない者達からも熱烈に指導を請われることが後を絶たず、今では騎士団の合同演習場で月に一回程度、所属に関係なく希望者が彼の指導を受けられる日が設けられているほどだ。

 なお、皇帝から特別な称号を授かることは叙爵(じょしゃく)と同等とされ、一代限りではあるものの、スレンツェは貴族に準ずる身分と発言権を得たことになる。

 一方、エレオラは帝国全土に教育機関を創設したいと考えるフラムアークの名代として、中央と地方を結ぶ役割を担い、連日忙しく飛び回っている。出自に関係なく、全ての子ども達が教育を受けることが出来る環境を実現する為の地盤作りに奔走しているのだ。

 実は、彼女にこの役割を託したフラムアークには心に秘めたあるもうひとつの狙いがあった。

 それはフラムアークが皇帝を目指すきっかけとなった、どうしても叶えたいふたつの願いのうちのひとつに関係していた。

 ひとつが「ユーファ(わたし)をお嫁さんにしたい」だったことはずいぶん前から仲間内で認知されていたけれど、もうひとつに関しては彼は即位してからもなかなか教えてくれなくて、達観しているスレンツェなんかは「時期が来ればそのうち向こうから話してくるだろう」なんて割り切っていたけれど、それからしばらくして「スレンツェ達にはまだ内緒だよ」とこっそりフラムアークが私だけに教えてくれたその内容は、いずれスレンツェを領主として彼にアズール領を任せたいというものだった。

 確かにそれは、フラムアークが皇帝にならなければ叶えられない願いよね。

「まずは自分の足元を盤石なものにしないと……っていう段階で、それが実現するのはまだ当分先の話になりそうなんだけどね。政権の基盤が安定するまではスレンツェに近くで力を貸してもらいたいし、色々調整は必要だけど、オレの中では確定事項。本当はアズール領を治める形じゃなくて、アズール王国として返してあげられたらいいんだろうけど、それを実現するにはまた色々な問題やしがらみが発生してくるから、あまり現実的とは言えなくて……」

 心苦しそうな表情を見せるフラムアークに私はかぶりを振った。

「それでも、充分……充分過ぎるくらい、スレンツェに貴方の気持ちは伝わると思います。貴方は最初からそれを見据えていたから……だから、疫病(ベリオラ)の時、率先してアズールへ赴いたんですね。私達を連れて……」
「うん。帝国へ下ってもスレンツェがアズールのことを想って行動しているのだと、領民達に覚えていてほしくてね……辛い時に手を差し伸べてもらったことを、人は決して忘れないものだと思うから―――。あの時スレンツェに助けてもらった人達は、領主として赴いたスレンツェの姿や名前を見て、きっと気付くと思うんだ。ベリオラの時に助けてくれたあの人だって―――。アズール王国民だった人なら、かつてのスレンツェ王子と結びつけることも容易だろうし、そういう噂は広まるのも早いから、事実上の王の帰還として捉えられるようになるんじゃないかと思う」

 そうなったらきっと、カルロ達“比類なき双剣(アンパラレルドゥ・デュアル・ウィールド)”の面々も喜んでくれるわよね。

 かつてのアズール王国の生き残りを中心に結成された“比類なき双剣(アンパラレルドゥ・デュアル・ウィールド)”は現在、皇帝お抱えの自警組織(ヴィジランテ)としてアズール近郊を中心に活動を展開していて、駐屯所が介入するまでもない小さないざこざや害獣駆除、田畑の手伝いなど、地域の人々の生活に寄り添った活動を行っている。

 彼らのおかげで、アズール近隣の治安はここ数年で格段に良くなったと評判だ。

 彼らをモデルケースに、他の地方でも自警組織(ヴィジランテ)を取り入れてみようかという動きも出てきているらしい。

 また、彼らは有事の際には義勇兵としてフラムアークの元に集い、力を貸してくれる頼もしい存在でもある。

 アズールにまつわるそんなあれこれを思い浮かべていた私はふと、ベリオラ収束時にフラムアークを訪ねてきたエドゥアルトの言葉を思い出した。

『アズールでは領主関係者はおろか、民衆の間にもだいぶ広まったんじゃないか? 第四皇子フラムアークの名は。ああ、現地ではもっと違う広がり方を見せているかもしれないな? 皇子の下で頑張った連中の名も、顔も、実際に関わった領民の胸にはきっと深く刻まれたことだろう。壮大な未来を見据えた種まきは成功、といったところかな?』

 あの時は彼が何を言わんとしているのか分からなかったけれど、エドゥアルトはあの段階で勘づいていたんだ……フラムアークが皇帝を目指して動き始め、その先に、スレンツェをアズール領に関わらせる未来を思い描いていたことを。

 飄々(ひょうひょう)としているけどやっぱり慧眼ね……私には全く思い至らなかった。そんな彼がフラムアークの味方に付いてくれて、本当に良かった。

 引き続き独立遊隊長を務める傍ら、皇弟(こうてい)としてフラムアークの相談役も兼任することになったエドゥアルトは、以前より確実に忙しくなったはずだけど、これまでとほぼ変わらない悠々自適な日々を過ごしているらしい。

 もっとも剣の鍛錬が趣味な彼の悠々自適は傍から見ればストイックなもので、そんな彼は今やスレンツェやラウルと並ぶ「帝国の三剣」の一人として数えられている。

 それに進んでやらないだけで、実は交渉や書類関係の仕事も物凄く出来たりする……彼の悠々自適な時間は、その傑出した才能によって捻出されているというわけだ。

 話が逸れてしまったけれど、フラムアークはいずれスレンツェにアズール領を任せる時に彼の補佐としてエレオラを随行させたいと考えていて、その為に今のうちから彼女に様々なところへ顔を出させて、各地にパイプを持たせようとしているのだ。

 いずれスレンツェやエレオラと離れる時が来ることを考えると少し寂しいけれど、全く会えなくなるわけじゃないし、いつかその時が来たら、二人を笑顔で送り出してあげたいと思う。

 そしてそんな私はというと、皇帝直属の宮廷薬師としてこれまで通りフラムアークの体調管理を行う傍ら、いずれ皇妃となる為の猛勉強に取り組んでいるのだ。

 その講師をして下さっているのが、恐れ多くもハワード辺境伯の末娘アデリーネ様だ。

 身分違いの相手と恋に落ち、世間を欺く為、かつてフラムアークと偽装の恋仲を演じていた彼女は、フラムアークが皇帝となったタイミングでハワード辺境伯にこの事実を打ち明け、この頃には辺境伯の腹心となるまでに成長していた本当の想い人との結婚を願い出た。

 その場に同席したフラムアークは辺境伯にこの事実を誠心誠意詫びながら、どうか彼女達の気持ちを汲んでもらえるよう口添えし、頭を下げた。

 以前からフラムアークを買っていたハワード辺境伯は率直に落胆の思いと、二人に長い間欺かれていたことに対する不快感を示しながらも、日頃の末娘と部下の様子に彼としても前々から思うところがあったらしく、薄々予感していたことが現実になっただけだと、最後には二人の仲を許した。

 ただし、皇帝に振られた女などとアデリーネ様の名誉が傷つくことがないよう、最大限の配慮をすることをフラムアークに要望し、その流れもあってフラムアークはアデリーネ様に私の教育係を打診したのだ。

 フラムアークからすれば口が堅く信用が出来て、幼い頃から上流階級の教養や礼儀作法を学んできたアデリーネ様は私の教育係としてうってつけだったし、友人として彼女に宮廷に長期滞在してもらうことで、フラムアークとアデリーネ様の仲が引き続き良好であることを周りに示すことも出来る。

 そもそも二人は周囲に互いを恋仲だとは一度も明言していないので、周りが勝手に彼らの関係をそう誤解していただけで、二人はずっと仲の良い友人同士だったと言い張ることも出来るわけだ。

 そのアデリーネ様と講師と生徒として初めて対面した時、彼女は開口一番、私にこう謝罪した。

「あなたには本当に申し訳ないことをしてしまいました……心からお詫び申し上げますわ。お互いの為だったとはいえ、私がフラムアーク様の恋人を演じている間、あなたはずっと嫌な思いをして辛かったでしょう? それが本当に申し訳なくて、ずっと気掛かりで……本当にごめんなさい」

 ああ、やっぱりアデリーネ様は優しい方だ。

 アデリーネ様がフラムアークの恋人役を買って出てくれなかったら、彼に群がる貴族のご令嬢達の勢いはとどまるところを知らなかっただろうし、彼女が防波堤となって私の存在を隠してくれたから、あれ以上の妬(ねた)み嫉(そね)みを受けることなく、フェルナンドからもそういう対象として見られずに済んだ。

「それはアデリーネ様の旦那様となられた方も同じです。感謝こそすれ、恨み言などございません」

 こんな素敵な方に本当はたくさん嫉妬してしまった自分が嘆かわしかったけど、そこは大人の対応で、全て笑顔でくるみ込んでそう応えた。

 アデリーネ様を私の教育係に任命するに伴い、フラムアークは彼女の夫に適当な役職を見繕い、夫婦共々帝都に越してくるよう手配していた。新婚の二人を帝都とイズーリ領に引き離してしまうのは可哀想だものね。

 そして初めての皇妃教育が始まる日、ちょっとした事件が起きた。どこからかそれを聞きつけたエドゥアルトが「ついでにこいつも受講させてやってくれ」とラウルを引っ張ってきたのだ。

 これには私ばかりかフラムアークまで驚いていた。

 何となく自分達に似たものを感じていた二人の仲が本当に恋人関係になっていたことはもちろん、皇族の人間と平民の亜人という組み合わせ、それにどちらも女性の方が年上で、主君と臣下という関係からの発展と、あまりの共通点の多さに、私とフラムアークの関係を知らなかったラウルもまたビックリしていた。

「でも、同じような状況にユーファがいてくれて安心した! 私一人じゃ正直心許なくってさぁ。同じ目標に向かって頑張っている仲間がいるとこっちも俄然やる気が上がるし、頑張れるよね!」

 それは本当にそう! 気心の知れたラウルの存在は私的にも心強くて、ありがたかった。

「お二人には私達貴族の女性が十数年かけて学んできたことを、出来るだけ短期間で習得してもらわねばなりません。厳しく参りますので、頑張ってついてきて下さいね!」

 その言葉通り、アデリーネ様の授業はスパルタだったけれど、私とラウルは必死になってついていった。

 私は教養やマナーの分野は割と得意だったけれどダンスが苦手で、逆にラウルは教養が苦手だったけれどダンスのセンスは抜群で、どんなものでもほぼ一発で踊れるようになっていた。

「元々身体を動かすのは得意だし、夜会の警護とかでエドゥアルト様のダンスを見る機会が多かったのもあるかな? 何なら私、男性パートも覚えてるから、練習したいならいつでも付き合うよ!」
「ありがとうございます。では、時々お願いしてもいいですか? 私も教養の部分でしたら力になれると思うので、勉強したい時はいつでも言って下さいね!」
「あー、ありがたい! さっそくで悪いんだけど、宿題で出されてたこの部分なんだけどさー……」
「ああ、それでしたら―――」

 こんな感じで私とラウルはお互いの苦手分野を補いながら、切磋琢磨していったのだ。
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