魔力を回復させる霊薬(れいやく)や、使うと魔法と同じ効果をもたらすという様々なグッズ、魔法の属性を帯びた武器や防具に、不思議な力を秘めた装飾品(アクセサリー)の数々。
中には目が飛び出るような値段のものもあったけど、珍しいものが多くて、見ているだけでも楽しかった。
装備関係は今のままで充分、ということで、あたし達は回復系のアイテムを中心に必要なものを買いそろえることにした。
傷薬や霊薬、それに毒や麻痺といった状態異常を回復させる為の万能薬等々。
傷薬と霊薬は液状(ポーション)タイプで、回復の度合いによっていくつかのタイプに分かれていて、それによって値段が全然違っていた。
特に霊薬はドヴァーフでしか造られていないこともあって、かなりのいいお値段。魔力を完全に回復させるものとなると、ビックリするくらい高かった。
アキレウスに安価なお店をいくつか案内してもらって、あたし達は悩んだ末、回復力の比較的大きい傷薬と霊薬、それに万能薬と、必要になりそうなものを少しずつ買って、みんなでそれぞれ分けた。
「余裕があれば装飾品(アクセサリー)なども買いたかったが、まぁ仕方がないな……」
残金を確認していた金庫番のパトロクロスがそう言って溜め息をついた。
「もう全然ないのー?」
ガーネットがひょいっとパトロクロスの手元を覗き込む。
「何があるか分からんから、多少は残してあるが……」
それを聞いたガーネットはニカッと笑った。
「良かった! あたし、さっきのお店でどうしようかなーと思っていたのがあったのよね!」
「へ?」
そういえば、ガーネットはさっきのお店で、ずっと同じ場所に佇んで、何かをひたすら見つめていたっけ。
「アキレウス、さっきのお店の名前何だっけ?」
「“ブルーセカンズ”か?」
「そう、それ! そこにもう一回行って見てくるわ! 行きましょ、パトクロス!」
「おっ、おい! ちょっと、待っ……!」
言い終わらないまま、パトロクロスはガーネットに引きずられるようにして行ってしまった。
「…………」
ぽつーん、と取り残される格好になったあたしとアキレウスは、お互いの顔を見合わせた。
「ねぇ、どうする?」
「当分帰ってこないだろーな……。せっかくだからちょっと歩いてから城に戻るか。あいつらも夕方には戻ってくるだろ」
「う、うん。そうだね!」
ガーネット、感謝!
思いがけずアキレウスと二人きりになることが出来たあたしは、嬉しさで顔がニヤけそうになるのを堪(こら)えつつ、彼と一緒にドヴァーフの街を歩き出した。
こんなふうに二人っきりになるのって、久し振りだな。何か、デートみたいで嬉しい。
小さな幸せをかみしめていたあたしは、すれ違う人達が時々こちらを振り返ることに気が付いた。
うん?
注意して見ていると、けっこうな確率で女の人が振り返っている。
他の街でも度々あったことだけど、ドヴァーフ(ここ)では特に多いな……。
あたしは隣のアキレウスをチラッと見た。
月光を紡いだようなアマス色の髪に、強い光を放つ翠緑玉色(エメラルドグリーン)の瞳-----精悍(せいかん)で整ったその顔立ちと、すらりと引き締まったムダのない肉体は、美しい野生の獣を連想させる。
その容姿のみならず、彼には人を惹きつけてやまないオーラのようなものがあった。
人込みの中でも目立つんだ……スゴく。
元々有名な魔物(モンスター)ハンターだし、ましてやここは彼の地元だし、知らない人の方が少ないのかもしれないけど。
思ったそばから、きゃっと声を上げて女の子達が振り返った。
モテるんだよね……アキレウスって。
今まで女の子と付き合ったことがない、ってコトはないんだろうな……。
そんなことを思って、あたしはひとつ嘆息した。
イルファにキスされた時も、驚いてはいたけれど、初めてってカンジじゃなかったし……。
その時の光景を思い出して、あたしはひどくもやもやした気分になってしまった。
あの時は、言葉に言い表せないくらいショックだったな。
さっきのラァムとアキレウスが再会したシーンも、実はかなりショックだったけど。
彼が自分以外の……他の女の子を抱きしめたところなんて、見たことがなかったから。
きゅっと唇を結んで、あたしはその想いをかみしめた。
あたしにとってアキレウスは最も近しい存在で、特別な目で見ているから、無意識のうちに独占欲みたいなモノが働いてしまったんだと思う。
いつの間にか彼の胸を、何となく、自分の指定席のように考えてしまっていた。
けれど、ラァムは彼の幼なじみで。あたしが知らないアキレウスのことも、きっとたくさん知っている。
彼の胸の温かさを、抱きしめてくれる腕の強さを知っているのは、あたしだけじゃないんだ……。
当たり前のそんなことに今更ながら気付かされて、あたしはちょっぴり落ち込んだ。
あぁイカンイカン、何だか重苦しい気分になってきちゃったぞ。せっかくアキレウスと二人っきりになれたのに、こんな気分でいるの、もったいない。
あたしは暗い気分を振り払い、気を取り直して、笑顔でアキレウスに話しかけた。
「それにしてもさぁ、不思議だよねー。これを飲むだけで魔力が回復する、なんてさ」
買ったばかりの霊薬をかざしてそう言うと、アキレウスは軽く小首を傾げてみせた。
「オレは昔から知っているから当たり前って感じがあるけど、まぁ考えてみると、不思議だよな」
人差し指大の小瓶の中には、仄(ほの)かに青味がかった透明な液体が入っている。
「ドヴァーフ(ここ)のは傷薬も液体なんだね。グレンのは軟膏だったけど……」
今まで訪れた国々で見てきた傷薬には、軟膏の他にも薬草タイプなんかがあったけど、液体タイプを見たのは初めてだった。
「ここで売ってるのは“傷薬”って名前だけど、回復呪文の液体版みたいなモンだからな。体力も回復するし……」
「えっ、そうなの?」
「だから値段もちょっと高めだっただろ」
言われてみれば、そうだった……かな?
そんな話をしていたあたし達を明るい声が呼び止めたのは、その時だった。
「あっ! アキレウスじゃない! ひっさしぶり〜、いつ帰ってきたのぉ!?」
見ると、路肩の小さなアクセサリーショップのお姉さんが、店から身を乗り出すようにしてこちらに手を振っていた。
「ターニャ!」
彼女の名を呼んで、アキレウスは傍らのあたしにこう言った。
「オレの知り合い。紹介するよ、行こう」
ターニャは少し年上の眼鏡の似合うオシャレなお姉さん、といった感じで、長い黒髪を頭の上で個性的にまとめていた。
「どうしたの、こんな可愛い娘(こ)連れちゃって。もしかしてデートぉ?」
「これがデートしてる、ってカッコかよ」
軽口を叩きながら、アキレウスは彼女にあたしを紹介した。
「今一緒に旅しているオーロラ。もう二人仲間がいるんだけど、今別行動中なんだ」
「初めまして、オーロラです。よろしく」
そう言って会釈をすると、ターニャは気さくな笑顔で応えてくれた。
「はい、ヨロシクぅ。ターニャよ。アキレウスとは昔なじみなの」
「ターニャも光の園(その)の出身なんだ」
「そうなの?」
じゃあ、アキレウスにとってはお姉さんみたいな感じの人になるのかな。
「お仲間と一緒、ってコトは、まだ帰ってきたわけじゃないんだ?」
「あぁ。ちょっと用があって立ち寄っただけなんだ。……久し振りに帰ってみたら、何だかゴタゴタしているな」
「今、世界中がおかしいからね。あたし達一般人には何が起こっているのかサッパリ……。上の説明を待つしかないってカンジね〜」
ターニャは軽く肩をすくめてみせた。
「何か変わったことはないか?」
「ん〜、特に……強いて言えば、この近くに占いの館が出来たってことくらいかしらね。つい最近のことなんだけど、スッゴク当たるって評判で、毎日女の子の行列が出来ているの。スゴいわよ〜」
「女って、そういうの好きだよなー」
全く興味なし、といった感じのアキレウス。
「女の子ってそういう生き物なのよ。ねぇ?」
ターニャに同意を求められて、あたしは頷いた。
好きか嫌いかって言われたら、好きだな。自分の運勢聞く時ってドキドキして楽しいし、いいコト言われたら嬉しいし。結果が悪かった場合は、当たるも八卦(はっけ)当たらぬも八卦で、あたしは信じないことにしている。
その時あたしは、ふとあることに思い至った。
占いって……恋愛運とか金銭運とか、そういった運勢ばかりを見るものじゃないよね。尋ね人だとか、失くしてしまったものだとか、そういったものの行方なんかも占ってもらえるんじゃないかな。そう-----例えば。
ウラノスの在りか-----とか。
ドキン、と心臓が音を立てた。
何の手掛かりもない今、ダメで元々、試してみる価値はあるかも。
自分の思いつきにドキドキしながら、あたしはそれをアキレウスに言おうかどうしようか迷って、結局自分の胸にしまっておくことにした。
何だか相手にされなさそうな気もしたし、それに、占いって必ずしも望む結果を得られるものじゃないでしょ?
アキレウスにとって辛い結果になった場合、真実はどうであれ、それを彼に聞かせたくないなと思ったんだ。
-----後で時間を作って、一人で行ってみよう。
あたしは密かにそう心を決めた。
いいよね、何か有力な情報が得られたら、その時にアキレウスに話せばいいし。うん、そうしよう。
思いがけないところから突然差した淡い希望に胸を膨らませつつ、あたしはそっと拳を握りしめたのだった。
「ねぇ、せっかくだから何か買っていかない? 安くしとくわよ〜」
ターニャのその声で、もの思いに沈んでいたあたしは現実に引き戻された。
「オレ、あんま金持ってないんだよ」
ちょっと渋い顔でアキレウスがそう応じている。
アクセサリーショップを営む彼女のお店のショーケースには、色とりどりの様々なアクセサリーが並べられていたけれど、そのどれもがかなりいいお値段で、今のあたし達にはとても手が出せるような代物じゃなかった。
高価な宝石が使われているだけじゃなく、そのそれぞれに魔法による不思議な効力が付加されていて、その相乗効果でこんな価格になってしまうんだって。
「そっか〜、じゃ、これなんかどーお? 新しく取り入れた新商品なんだけどさー」
ターニャはそう言うと、店の奥から別のショーケースを持ってきた。
「じゃじゃ〜ん! 初お目見えの“プチシリーズ”! 価格はなんと千G(ギャラ)から! やっすいでしょ〜、これならどーお?」
「わぁっ、可愛い〜!」
それを見て、あたしは思わず歓声を上げた。
小振りな指輪やペンダントトップ、ピアスにイヤリング、ブレスレット等々。豪華さという点では店頭のものにかなわなかったけど、丁寧な造りでデザイン性もよく、かなりいいカンジ。
「何でそんなに安いんだ……? これ」
アキレウスも不思議そうにショーケースの中身を見つめている。
「使われている石や金属が純度の低いものなのよ。宝石としての価値は、全くといっていいほどないワケ。魔法の効果も、何となくあるのかな〜っていう程度のものしかないんだけど、これを作った職人の腕は本物よ〜。いい仕事しているでしょ?」
「まぁ、確かに……。でも、これを身に着けたトコで特殊効果がないんじゃな。必要ないよ」
「ちょっと、人の話はキチンと聞きなさいよ〜。『何となくあるかな〜』って言ってるでしょ? 『ない』なんて、ひとっことも言ってないわよっ。“プチ価格・プチ効果”のプチシリーズなんだからー」
なるほど、そういう意味での“プチ”なんだ。
妙なところで納得しているあたしの隣で、アキレウスが形の良い眉根を寄せた。
「うさんくさ……要は、効果がほとんどないってコトだろー?」
「うさんくさいとは何よー、しっつれーね、このっ!」
ぽこっ、と頭を叩かれて、アキレウスは口を尖らせた。
「客に何すんだよ」
「客なら何か買っていきなさいよ〜……あっ、そうだ、彼女にプレゼントしてあげたら? 彼女は気に入ってくれたみたいだし……ねぇ?」
そう言ってターニャはあたしの顔を覗き込んだ。
えっ!? 彼女って……あ、あたし!?
「えっ、いやっ、あたしは別に……」
確かに可愛いとは思ったけど、アキレウスに買ってもらおうなんて、思ってないよっ!
「いいじゃない、遠慮しないで〜。ねっ、ほら、これなんか可愛くない? ほらほらっ」
「あっ、あのっ、ターニャ……」
困惑するあたしを尻目に、ターニャはどんどん商品を勧めてくる。それを見ていたアキレウスは、盛大な溜め息をもらした。
「おい、ターニャ……」
「大丈夫よ〜、安くしとくから! アキレウスは彼女にはどれが似合うと思うっ?」
昔なじみにとびっきりの笑顔を向けられて、アキレウスは苦笑した。
「そういう問題かよ。ったく……」
あきらめたようにひとつ吐息をつくと、アキレウスはあたしを見てこう言った。
「しょうがねーな。……オーロラ、どれがいい?」
「え?」
「ターニャには世話になったしな。付き合いさ。どうせならいいヤツ選べよ」
「さっすがアキレウス! 話が分かるじゃな〜いっ」
小躍りせんばかりの勢いで、ターニャがパンッと両手を合わせる。
え? え? ほ、本当……に?
嬉しいけど、いいのかな。
「でも……何か悪いよ」
どうしたらいいものか困ってアキレウスを見上げると、彼はちょっと笑った。
「気にすんなって。足りない分は全額まけてくれるっていうし」
「ちょ、ちょっと。そうは言ってないでしょ〜、そこは金額によるわよ」
耳ざとくそれを聞きつけたターニャが即行でそう突っ込んだ。
思いがけずアキレウスにアクセサリーをプレゼントしてもらえることになって、あたしは嬉しさで胸が震えるのを覚えた。
「あっ、ありがとう!!」
ウソみたい……嬉しい! わぁっ、どうしよう!?
プチシリーズの並べられたショーケースを眺めつつ、あたしは感動の溜め息をもらした。
どれにしよう……!? どれもこれも可愛くって、スゴく迷っちゃう。
せっかくアキレウスに買ってもらえるんだもん……後悔のないように、いいものを選びたい。
ドキドキする胸を押さえ、食い入るようにショーケースを見つめていたあたしの目に、その時ふと留まったものがあった。
あ……。
それは、鮮やかな緑色の石が嵌(は)めこまれた、銀色(シルバー)のピンキーリングだった。
鳥の片翼が模されたリングの真ん中にハート型の小さな石が埋め込まれているというデザインで、その石の色が、アキレウスの翠緑玉色(エメラルドグリーン)の瞳を連想させた。
これ……可愛いな。
「おぉっ、アキレウスじゃねーか! 久し振りだなっ!」
突然響いた野太い声に驚いて振り返ると、熊みたいな体格の男の人が、親しそうにアキレウスと握手を交わしているところだった。
「あたしの旦那様のブラムよ。ステキでしょ? アキレウスとも顔なじみなの」
ターニャの言葉に驚いて、あたしは目を丸くした。
「えぇっ、ターニャ、結婚しているの!?」
「うふふっ、去年ね〜」
ターニャは頬を染めて、左の薬指をあたしに見せた。そこには、燦然と輝くマリッジリング。
去年ってコトは、まだ新婚さんだ。
「オーロラ、ゆっくり見ていてね」
そう言い置いて、彼女は旦那様を出迎えに行った。
「お帰りなさい、ダーリン」
「ただいまハニー、お客様かい?」
「アキレウスの連れの娘(こ)よ。今ねー、プチシリーズの中から好きなのを選んでもらっているの。それが何とねー、アキレウスからのプレゼントなのよ〜」
「ほ〜、アキレウスからの!」
「そう仕向けた張本人が、面白そうな方向に話を持っていくなよ」
アキレウスがじろりとターニャをにらむ。
「きゃっ、怖〜い!」
彼女はわざとらしく悲鳴を上げて、そそくさとあたしのところへ戻ってきた。
「あははー、怒られちゃった〜」
いや、そりゃ怒るって。普通。
「旦那様は何をしている人なの?」
「ブラムは格闘家なの。強そうでしょ?」
格闘家!? どおりで。
「うん、とっても強そう」
「力は強いけど、でもとっても優しいのよ〜」
「……ごちそう様」
ブラムと目が合ったのでぺこりと会釈すると、向こうも素敵な笑顔を返してくれた。
ターニャの言う通り、身体は大きいけど、とっても優しそうな人。
「それはそうと、どーお? 決まった?」
「うん、まだ迷っているけど、まぁおおよそ」
そう答えたあたしの顔をじっと見つめ、ターニャはおもむろにこう尋ねてきた。
「ねぇ、オーロラ……あんた、本当にアキレウスの彼女じゃないのー?」
はぁ?
「え……違うよ」
「ふぅーん?」
どうしてそんなことを彼女が尋ねてきたのか、あたしは不思議に思って逆に聞いてみた。
「あの……何で?」
「うーん、大したコトじゃないんだけど……」
彼女はそう言って、久し振りの再会で盛り上がるアキレウスとブラムを見つめた。
「あたしはアキレウスのこと昔から知っているけど、あの子が女の子にアクセサリー買ってあげるトコなんて、実を言えば初めて見たのよねー。まぁ、あたしがそう仕向けたっていう状況ではあるんだけどさ〜……珍しいなって思って」
とくん、とあたしの心臓が音を立てる。
「それに、光の園のことも知っていたでしょ? あれも正直驚いたのよねー……あの子が自分の過去を他人に語ることって、あまりないことだから。だから、アキレウスにとって大切な娘(こ)なのかな〜? って。そう、思ったの」
「そう……なんだ……」
あたしは自分の頬がほんのりと色づくのを感じながら、視線を落とした。
あたしには……他の人より心を開いてくれている、のかな……。
そんなあたしの様子に目ざとく気が付いたターニャが、好奇心でいっぱいに輝く瞳を向けてきた。
「あら? オーロラ、もしかしてぇー?」
「えっ!? やっ、やだターニャ、違う違うっ!!」
「ふぅーん、そうなんだ〜?」
「違うったら! あたし、別にアキレウスのことは何ともっ!」
「アキレウスのことなんて、あたしひとっことも言ってないけどぉ?」
あ゛。
真っ赤になって力いっぱい否定していたあたしは、完全に墓穴を掘ってしまった。
しっ……しまったっ!!
「ふっふっふっ、オーロラ……あんたっ、可〜愛いわね〜」
楽しそうに肩を揺らしてターニャが笑う。
「ずるい……」
「大人の女の作戦勝ちよ」
ニカッとターニャが白い歯を見せたその時、背後からアキレウスの声がかかった。
「オーロラ、決まったか?」
「あ……うん!」
あたしはちょっと慌てながら彼を振り返った。
「どれだ?」
「えーとね、これなんだけど……」
あたしが選んだのは、さっきのピンキーリングだった。
「可愛いじゃん。じゃあターニャ、これ」
それを見たターニャは、意味ありげな笑顔になった。
「はーい、これね。サイズはこれで大丈夫だと思うんだけど、一応着けてみる?」
赤くなりながら、あたしはこくりと頷いた。
あーぁ、ターニャには完璧にバレちゃったな。
「この緑の石はねー、クリソプレーズっていって、ちょっぴり霊的な力を高めてくれる効果があるのよー。精神力とか魔力とか、そういうヤツね。石言葉は『信じる心』。精神と精神を繋ぐ、超精神力を授けてくれるっていういわれがあるの。……あら、ピッタリね」
その指輪は、本当にピッタリとあたしの小指に合った。
素敵な石言葉だな。偶然だけど、アキレウスからのプレゼントにそういう意味があるっていうのは、とっても嬉しい。
まぁ、選んだのはあたしなんだけどさ。
「特にこの色が素敵でしょ?」
念を押すようにしてターニャが言う。あたしも観念して、にっこりと彼女にこう返した。
「そうね、決め手はこの色かな」
「ふふ、よく似合っているわよー。どうする? このまま着けていく? それともラッピングしようか?」
「どうする?」
アキレウスの問いかけに、あたしは即答した。
「このまま着けていく!」
左手の小指に輝く、翼を象(かたど)った銀色のリング。その中央には、アキレウスの瞳の色に似た、鮮やかな緑色のハート型の石が埋め込まれている。
それをかざして眺め、あたしは瞳を輝かせた。
「アキレウス、本当にありがとう! 大事にするね!!」
満面の笑顔でアキレウスを見上げると、彼は驚いたように一瞬呼吸を止め、それから少し赤くなって視線を逸らした。
「……あぁ」
あれ? もしかして照れてる?
そんなあたし達の様子を見ていたターニャとブラムが吹き出した。
「お買い上げ、ありがとうございました〜っ! またどうぞ〜!」
*
ターニャ達と別れ、あたし達は王宮への帰途についた。
交渉上手のアキレウスは、何だかんだでかなり安くしてもらったみたい。
にこにこしながら指輪を眺めているあたしを見て、彼はしみじみとこう尋ねてきた。
「……そんなに嬉しかったのか?」
「うん! まさかこんなふうにプレゼントしてもらえるなんて思わなかったし」
ヤバイヤバイ、喜びすぎかな。
そうは思ったものの、この嬉しさはどうしても隠しきれない。
ついつい顔が緩んじゃう。
「えへへへー、ありがとね」
「そんなに喜んでもらえるんだったら、もっといいヤツ買えば良かったな……」
「ううん、これがいい。スゴく気に入ったの」
アキレウスはそんなあたしの様子を見て微笑んだ。
「そう言ってもらえると、オレも贈りがいがあるよ」
彼の翠緑玉色(エメラルドグリーン)の瞳がとても優しい色を帯びた気がして、あたしはとくん、と胸の鼓動が高鳴るのを感じた。
何気ない仕草、表情。彼の一挙一動に、どうしようもなく心惹かれる自分がいる。
こんなあたしの気持ち、彼はまるっきり気付いていないんだろうけど。
「おい、あれ見ろよ」
アキレウスが声を上げた。
見ると、そこにはずらりと並んだ女の子の長蛇の列が!
うわっ、スゴッ! こ、これがもしかして、ターニャの言っていた例の……?
恐る恐る行列の先を目で追っていくと、思った通り、黒い怪しげな天幕の中に続いている。
うはぁ……噂どおりの盛況ぶり。これじゃ、並ぶだけでも大変そう。
「スゲ……オレには理解不能だな。あんなに並んでまで占ってほしいモンなのか?」
「まぁ、興味はあるけど……」
まさか自分もそれに並ぶつもりだとは言えず、あたしは言葉を濁した。
「占いって、あやふやじゃん。どんなに卓越した占い師でも、百%ってコトはないんだろ? だったら意味なくね?」
「うーん、あやふやだから逆にいいんじゃないかな。だって百%当たっちゃったら、恋占いなんか怖くて行けないよ。ようは気持ちの問題じゃない?」
「なるほど……」
目から鱗、といった面持ちのアキレウス。
「占いの結果を女の子同士でキャーキャー言い合うの、けっこう楽しいんだよ」
「へぇ……」
まぁ今回のあたしの依頼に限っては、それじゃ困るんだけどさ。
ますます長くなっていく行列を尻目に、あたしはこっそりと気合を入れた。
よーし、場所は覚えた! 後は、体力勝負!
頑張って並ぶぞっ!!