幕間U〜鋼の騎士〜

動乱の夜


 -----何故だ。

 想定外の事態が起こったその瞬間、トゥルクの頭の中を埋め尽くしたのは激しい怒りにも似た思いだった。

 彼が手にすべき神器をあろうことか体内に取り込んだその男は、猛り狂うチカラの奔流の源で銀に近い灰色の髪をたなびかせ、天に向かって咆哮している。

 -----まさか。そんなことがあっていいはずが、ない。

 トゥルクは目の前の事実を認めることが出来なかった。

 自分は神の啓示を受けてこの城へたどり着き、この世のありとあらゆる真実を映し出す秘宝『真実の眼』と出会った。不当にこの地に封印され続けてきた古(いにしえ)の宝玉は自らの解放を望み、真実の伝道者たる自分にそれを求めてきたのだ。

 神に選ばれし唯一絶対の使い手として、真実の眼はこの私を選んだはずのだ……!

 その自負が、誇りが、トゥルクに現実を受け止めることを頑なに拒絶させる。

 比類なき占術能力をもって国王に近付く機会を得、神が用意してくれたシナリオによって傷心の国王の信頼を獲得し、邪魔な側近達を遠ざけ、実子を次期国王にと願う王妃の野心を煽って、ようやく真実の眼のもとまでたどり着いた。

 あと少し。あと少しで尊い宝玉をこの手にすることが出来る、至高の瞬間はすぐそこにまで迫っていたはずだったのだ。

 -----それが。

 あってはならないはずの展開に、トゥルクは全身をわななかせた。

 目の前のこの光景は、いったいどうしたことだ……!

 その時、ひと際眩(まばゆ)いまでの光が男を中心に放たれた。石造りの空間が強力な閃光で埋め尽くされ、あまりの眩さにトゥルクを始め室内にいた者達がたまらず目をつぶる。

 次の瞬間、身体中を突き抜ける、真実の眼が放つ凄絶な狂喜の“声”をトゥルクは聞いた。

 長い間待ち望んでいたものを手に入れた喜びに打ち震える、古(いにしえ)の宝玉の長い長い歓喜の叫び-----……。

 光が収まり、薄暗い静寂を取り戻した空間でトゥルクが目を開けた時、台座の前にはまるで雰囲気を変えた一人の男が佇んでいた。

 内側から溢れ出る魔の波動によって緩やかに舞い踊り、秀麗な顔を陰影で彩る銀に近い灰色の髪。怜悧(れいり)な光はそのままに、冷徹な輝きを乗せた切れ長の灰色(グレイ)の瞳。異能のチカラに満ち満ちた細身の身体を包むのは、魔法王国ドヴァーフの魔導士団長たる証である淡い緑色(グリーン)の長衣(ローヴ)。その裾が、まるでトゥルクを嘲笑うかのように皮肉げに揺らめいている。

 強大で禍々しい、魂が萎縮するかのような不浄なオーラを纏っているのに、厳然と佇むその風采はどこか神々しささえ漂い、見る者達を圧倒した。

「シェイド、貴様……! 真実の眼を、いったいどうしたのだ……!」

 トゥルクの傍らで一部始終を目にしていた国王オレインが、隠し切れない動揺と怒りに震える声を上げた。

 男は何も答えずに、国王を始めとする室内の人間達にひどく冷ややかな眼差しを向けた。

 虫ケラでも見るような眼差しだった。

 トゥルクはカッと気色ばむ己を覚えた。まるで天上の者が地に這う者を見下ろすかのような、圧倒的に居丈高(いたけだか)で不遜な視線。

 高い矜持(きょうじ)を持つトゥルクにはそのような視線を向けられることが我慢ならなかった。

 神に選ばれし者たる自分が、何故このような屈辱を受けねばならない!?

 神威を纏うのはあのような者ではなく、この自分でなくてはならないはずなのだ……!

 -----何故真実の眼は、あの男を受け入れたのだ!

 身を焦がすような屈辱にトゥルクは色が変わるほど拳を握りしめ、かみしめた奥歯を軋ませた。

 この私よりも、その男の方が使い手としてふさわしいと真実の眼は判断したというのか。真実の伝道者たるこの私よりも、強い魔力を持つその男の方がよりふさわしいと……!

「-----真実の眼よ!」

 たまらずに、トゥルクは叫んでいた。

「取り違えるな! お前の真の使い手は、“ここ”にいる! その“器”は紛い物だ!!」

 常に泰然としていた、これまでのトゥルクからは考えられない鬼気迫るその様子にオレインは驚いたが、冷静な判断力を失くしトゥルクの占術に傾倒していることもあって、彼の言う“真の使い手”が自分のことを指しているのだと考えた。

「おぉ、そうだ! 真実の眼の真(まこと)の所有者はドヴァーフの国王たるこの私! そやつに取り込まれてはならぬ!!」

 大きく頷いて声を張り上げるオレインの傍らから、諸手(もろて)を広げよろめくように『真実の眼』のもとへと歩み寄ったトゥルクは、必死の形相で男の中の神器に訴えた。

「全ては神のお導き……! さぁ、在るべき場所へと収まるのだ……! 神に選ばれし、唯一絶対の使い手のもとに……!!」

 自らを至上の存在だと疑いもせず、陳腐な台詞を吐き続ける占術師を男は静かに一瞥(いちべつ)し-----形の良い薄い唇に、魂が凍りつくような笑みを刷(は)いた。



*



 今宵の月夜は、皮肉なほどに美しい。

 澄み切った夜空に輝く満月の下、魔法の明りに浮かび上がるドヴァーフ城の正門を見上げ、ペーレウスは黒茶色(セピアブラウン)の瞳を細めた。

 空高くそびえ立つ城壁。緩やかな風に揺られてひらめく、両翼を広げた白竜(ホワイトドラゴン)の紋章。

 見慣れたその光景が、ペーレウスの胸にやるせない思いを広げていく。

 こんな思いでこの場に立つ日が来ようとは、想像もしていなかった。だが、来(きた)るべくして今日という日は訪れてしまった-----。

 夜風が、まるで何かを促すようにしてペーレウスの頬をなで、吹き抜けていく。

 それに導かれるようにして、ペーレウスは一歩を踏み出した。

 その精悍(せいかん)な横顔には並々ならぬ厳しい決意の色が滲んでいた。

 -----この国の騎士団長として。捩(ねじ)れが、国を壊す前に。

 為(な)さねばならないことを、為しに行く-----。



*



 正門の両脇に立っていた門番達は現れたペーレウスの姿を見取ると、一様に姿勢を正し緊張した面持ちになった。

「これは……騎士団長。このような刻限にいかがされました? 謹慎中につき、決して騎士団長を城内に入れてはならぬと、陛下よりきついお達しが出ておりますが……」

 確認の口上を取る門番にペーレウスは落ち着いた口調で答えた。

「その陛下より至急馳せ参じよとのお達しをいただいた。機密保持の理由から内容は明かせないが、ここを通してもらえるか」
「しかし……そのようなお話、我らは伺っておりませんが……」

 出まかせなのだから当然だ。訝(いぶか)しむ門番達をペーレウスはあくまでも軽くいなした。

「なら、万騎隊長のマルバスに確認をとってもらえるか。彼はこの件を承知しているはずだ」
「万騎隊長のマルバス様……ですか?」

 オレインからよほど厳しい指示が出ているのだろう、門番達は顔を見合わせどうしたものかと思案する様子を見せた。

 その時だった。

「門を開けろ!」

 きつく閉ざされた門扉の向こうから聞き覚えのある声がすると同時に、内側から重々しい音を立てて鉄門が開き始め、その奥からたった今名を口にしたばかりのマルバスが現れた。

 あまりのタイミングの良さに内心驚くペーレウスにマルバスは規則正しく一礼すると、上長を城内へと導き入れた。

「お待ちしていました、団長。陛下がお待ちかねです。どうぞこちらへ」
「……あぁ」

 頷いてペーレウスが歩き出した後方で、はったりを鵜呑みにした門番達が平身低頭の勢いで非礼を詫びた。

「たっ、大変失礼致しましたっ!」

 足早に城内を突き進みながら、ペーレウスは思わぬタイミングで現れたマルバスと小声で会話を交わした。

「マルバス、助かった礼を言う……でも、どうして?」
「お前のことだ、今夜中に絶対戻ってくると思っていた。だから闇夜に紛れて正門付近で待っていたのさ。……ただ謹慎中の身のお前がどこから来るかは分からなかったから、裏門と地下水路にも一人ずつ行かせている。当たりを引いたのがオレだった」

 そんなことより、と周囲に気を配りつつマルバスは言を紡いだ。

「にらんだ通り今夜動きがあったぞ。先程陛下が監獄塔からシェイドを連れ出した」
「やはり、そういうことになったか……」

 ペーレウスは苦々しく呟いた。

 出来ればそうなる前にシェイドを監獄塔から救い出したかったのだが、間に合わなかった。それが悔やまれる。

 第一王子レイドリックが成人を迎える前夜に起こされた、オレインの行動。

 その行動が示す意味は-----。

「どうやら封印の間へと向かったらしいが、その後の詳細はまだ伝わってきていない。トゥルクは陛下とは別にやはり封印の間へ向かったようだ」
「封印の間-----」
「嫌な予感がするな。それと、かねてからの懸念どおり複数の間者が城内に紛れ込んでいると見て間違いなさそうだ。今朝のお前の謹慎騒ぎ然(しか)り、陰に隠れて一連の件をことさら煽っている連中がいる。ガゼ族への根拠のない中傷や蔑視の流説もひどい。まるで、我々とガゼ族との対立を望んでいるかのような……」

 その刹那、突然何かが爆発するような音が辺りに響き渡った。

「!? 何だ!?」

 動きを止めるマルバスの傍らでペーレウスが勢いよく駆け出す。

「あっ!? おいっ、ペーレウス!」
「封印の間の方からだ! 急ぐぞ!!」

 ペーレウスはかつてない胸騒ぎを覚えた。早く行かなければ、自分の中の何かがしきりにそう訴え、説明のつかない焦燥感だけが熱情のように募っていく。

 心臓が胸の左にあるのだということを改めて思い知らされる。高鳴る鼓動が増幅していく恐ろしい予感に苛まれながら、夜の城内をペーレウスは疾走した。

 -----シェイド……!

 そして、封印の間がある聖域へとたどり着いたペーレウスとマルバスが目にしたものは、聖域を覆い隠すようにして植樹されていた木々が無残に薙ぎ払われ、その奥で口を広げる重厚な扉の前で、大きく陥没した大地の上に折り重なるようにして倒れている衛兵達の亡骸だった。

 圧倒的な力の前に為す術もなく屠(ほふ)られたのだろう、彼らが抵抗した形跡はまるで見られなかった。

「これは……」
「中を確認するぞ」

 絶句するマルバスを促し、ペーレウスは王家の者と特務神官以外は立ち入ることの許されない、この国の聖域に足を踏み入れた。

 薄暗い魔法の明りに映し出された石造りの階段を用心深く下っていくと、間もなく濃厚な血の臭いとおぞましい不浄な空気が立ちこめてきた。

 その強烈さは百戦錬磨のマルバスが無骨な顔を青ざめさせるほどだった。



 ほどなくしてたどり着いた封印の間は、惨憺(さんたん)たる有様だった。



 広い石造りの空間-----その中央に位置する何も置かれていない台座の傍らに、えんじ色の長衣(ローヴ)を着た一人の男が仰向けに倒れている。

「トゥルク……」

 近寄って遺体の顔を確認したペーレウスは小さくその名を呟いた。

 光を失った琥珀色(アンバー)の瞳は何かを訴えるかのようにカッと見開かれたまま、唇を物言いたげな形に刻み、大きく裂けた腹部から内臓を飛び散らせて、ガゼの占術師は自らの血の海に沈み、事切れていた。

 封印の間一面は血に彩られていると言っても過言ではなかった。

 死んでいたのはトゥルク一人ではない。が、他は原形を留めていないものがほとんどで、正確には何人分の遺体がここにあることになるのか、一見しただけでは分からなかった。

 しかし着衣などから判断するに、この中にシェイドとオレインの亡骸はないと確信できた。

 ペーレウスは血溜まりの中から千切れた首輪を拾い上げた。

 見覚えがある。シェイドの首に嵌められていた、魔力の行使を抑制する囚人用の特殊な首輪だ。

 シェイドは間違いなくここに連れて来られていた。おそらく、オレインは『真実の眼』を使ってシェイドに“真実”を見るよう迫ったのだろう。

 だが-----そこで何らかの事態が起こり、トゥルクを始め数名が死亡、シェイドとオレイン、そして真実の眼は封印の間から姿を消した-----。

「何なんだ、いったいここで何が起こったんだ!? 何でトゥルクが死んでいる!? 陛下は、シェイドは、それに我が国の秘宝はいったいどこに消えてしまったんだ!?」

 予想だにしなかった展開に、さしものマルバスも動揺を隠せない。少なからぬ衝撃を受けたのはペーレウスも同様だったが、彼はすぐに立ち直り、額に手を当てて唸るマルバスを振り返った。

「マルバス、とりあえずここを出るぞ。もうすぐ騒ぎを聞きつけた兵士達がやって来るはずだ。不要な衝突と時間のロスは避けたい」
「あ、あぁ……くそっ!」

 舌打ちをしてマルバスがペーレウスの後を追い、惨劇の場を後にする。

「レイドリック殿下が心配だ……オルティスに警護を任せているから大丈夫だとは思うが……」
「どうする、とりあえず殿下のところへ向かうのか!?」
「いや……まずは陛下とシェイドの行方を突き止め、二人の安否を確認することが先決だ。陛下の部屋へ向かう。何かしらの手掛かりがあるかもしれない」

 階段を駆け上がり地上へと出ると、月明りに照らされた城内は騒然とした雰囲気に包まれていた。慌ただしく飛び交う指示、せわしなく兵士達が行き交う気配、それに交じってこんな声が耳に飛び込んできた。

「ガゼ族が、蛮族が禁域に侵入した!」
「蛮族が秘宝を奪って逃げたぞー!」
「蛮族が衛兵を殺した! 奴らの狙いは親睦ではなく、我が国の秘宝だ!」
「急げ! ガゼ族を捕えるんだ!!」

「----------!?」

 ペーレウスとマルバスは息を凝らして360度を見渡した。

 声は一箇所ではなく様々な方角から繰り返し聞こえてくる。

 件(くだん)の間者か-----ペーレウスは歯がみした。姿は見えないが、闇に紛れた者達はどこからかこちらを注視し、まったくの虚偽の情報を意図的に垂らしている。

 これでハッキリした。間者達の狙いはドヴァーフとガゼとの決裂、それによるドヴァーフの国力の抑止だ。それを一番望むだろう相手は-----。

 いつかのレイルの顔がペーレウスの脳裏をよぎる。その時、視界の隅にチラリと動く人影が映った。

「-----マルバス。西北西の建物二階の陰だ」

 それを目で捉えたマルバスが無言で頷く。

「追ってくれ。オレはこのまま陛下とシェイドの行方を追う」
「分かった。奴らを捕え次第そちらへ向かう」

 短いやり取りを交わして二人は別れ、それぞれ混迷深まる城内を走り出した。



*



 ガゼの族長ホレットは、あてがわれた客室のバルコニーに出て夜風に当たりながら深慮に沈んでいた。

 最近の彼の気がかりは、自らの相談役でもあり厚い信頼を寄せていた占術師トゥルクの著しい変貌ぶりだった。

 国王オレインに高い能力を買われ、お気に入りになったことはいい。トゥルクはそれを驕(おご)るような男ではないし、ガゼ族としての矜持を持ち合わせている。もしオレインが己の側に取り立てようとしたとしても、トゥルクがそれに頷くことはないだろう。

 気になるのは、いつからかトゥルクの瞳に宿るようになった底知れぬ暗い光だ。仲間や娘のシェスナの前ではこれまでと変わらないように振舞ってはいるが、ホレットはトゥルクが以前とは明らかに違う、異質な雰囲気を纏っていることに気が付いていた。

 閉鎖的な環境で変化のない生活を続けるガゼの未来を憂い、拓かれたガゼをとあれほど強く望み、あんなにも熱くホレットや長老衆を諭したあのトゥルクは、どこへ行ってしまったのか。

 あの熱意に新しい未来と大いなる可能性を感じたからこそ、頑なだった長老衆も最終的には折れ、ホレットは重い腰を上げてこの王都へとやって来たのだ。

 だが、今のトゥルクからはその熱意が感じられない。

 というよりも、情熱の傾く方向が大きく違っているように感じられる。

 -----必要以上にオレインに付き従っているのは、何か特別な目的があってのことではないのか。

 最近のトゥルクにはまとわりつく深淵の闇が見えるようだ。ホレットはトゥルクの行動に深い懸念を抱いていた。

 国王を始め、この国の中枢がどこかおかしくなり始めている気配は、余所者のホレットも肌に感じていた。それはトゥルクがオレインの部屋へ招かれるようになってからだという城内の噂も耳にしている。何よりホレット自身、トゥルクがそのように事態を導いているのではないかという疑念を持ち合わせていた。

 オレインのトゥルクに対する依存の度合いは異常だ。

 だが、トゥルクはそれを極めて普通に受け入れている。

 そうであることを前提として、当たり前のように毎日国王の下へ足を運び、密談をして帰ってくる。

 おそらくトゥルクは占いを通じ、国王にとって重大な何かを知り得たのだろう。

 それは多分、この国を根底から揺るがしかねない威力を持つ、深い闇のひと欠片。

 それを案じたホレットは、トゥルクに対して再三の忠告をしていたのだが-----。

 -----闇に……飲み込まれるのか、トゥルクよ……。

 ホレットは深い皺の刻まれた眉根を寄せ、瞑目した。

 トゥルクが何を為しえようとしているのかは分からない。だが-----危険だ。

 不穏な情勢は日々高まる一方-----ドヴァーフとの交渉は難航し、もはや頓挫に近い状況だ。ガゼに対するあまり良くない噂が城内に流れていることも知っている。情勢は不安定で、いつどう転ぶとも知れない。何より、トゥルクの不透明な動向がもたらす結果がガゼの未来に深い翳りを落としかねない。

 -----早々にこの場所から立ち去るべきだ。

 長い人生経験を積み重ねてきたホレットの危機管理能力がそう警鐘を鳴らす。

 ガゼの長として、万が一にも一族を危険な目に晒すわけにはいかなかった。

 明日にでもこの地から撤退を-----ホレットが決意を固めたその時だった。

 深夜の城内がにわかに騒がしくなり始め、近隣の建物に次々と明りが灯され始めた。甲冑を身に着けた兵士達が続々と表に出てきて、あちらこちらへと散っていく。

 何事かとバルコニーから身を乗り出し、それを見守っていたホレットは、とある兵士達の会話を耳にし、顔色を変えた。

「本当か? ガゼ族が秘宝を奪って逃げたというのは……」
「どうも本当らしい。しかもそれを阻止しようとした何人かが殺されたっていう話だ」
「何と……!」
「今しがた別班が編成され、ヤツらを拘束に向かった。城外へは逃げられないさ、すぐに捕えられるだろう」

 耳を疑うような内容の全てを聞き終えぬうちに、ホレットは背を翻(ひるがえ)し、取るものもとりあえず隣室のトゥルクの部屋へと向かった。

 決断が遅すぎた-----そう悟った時には既に、何もかもが手遅れになっていた。



*



 レイドリックは父王の部屋を目指し一人深夜の回廊を歩いていた。

 間もなく訪れようとしている明日は、成人を迎える18の誕生日-----その前に大切な話があるからこの時間に必ず一人で来るようにと、昼に父王から他言無用で言いつかっていたのだ。

 久し振りに言葉を交わした父王の表情は他人のように冷たく、険しかった。

 こんなふうにぎすぎすした状態になってから父の部屋を訪れるのは初めてのことだ。レイドリックは緊張を覚えずにはいられなかった。

 大切な話とは何だろう。ここ最近の父の変貌ぶりと関係のある話だろうか。それとも成人を迎えるにあたって語られる、特別な伝承でもあるのだろうか。

 どちらにしろ、これは父と会話をする願ってもないチャンスだった。何としてもこの機会に父の真意を質(ただ)し、今の重苦しい関係を修復したい。

 そして、シェイドやペーレウスに科せられた謂(いわ)れのない処分を解いてもらうのだ。

 そんな決意を胸に父王の部屋の前に立ったレイドリックは、ひとつ深呼吸をしてドアをノックした。人払いをしてあるのか、常にドアの両脇に立っているはずの警護役の兵の姿はなかった。

「父上。レイドリックです」

 意を決して声をかけたものの、中からは何の応答も返ってこなかった。緊張していた分肩透かしを食らったような気分になったが、レイドリックは気を取り直してもう一度ドアをノックした。

「父上、レイドリックです。……いらっしゃらないのですか?」

 不審に思いながらノブを回すと、鍵はかかっていなかった。微かな音を立ててドアが開く。

「-----失礼します」

 そう断って中の様子を窺いながら、レイドリックは父の部屋に足を踏み入れた。室内に明りは灯っていなかったが、カーテンが開いており、部屋の中は青白い月明りに映し出されていた。

 静かにドアを閉め、部屋の中を進んでいくと、緩やかな風がレイドリックの髪をそよがせた。カーテンばかりか、どうやら窓まで開いているらしい。その風に微かな異臭を感じて、レイドリックは整った眉をひそめた。

「父上? いらっしゃらないのですか-----?」

 父王の姿を探し求めて部屋の奥へと足を伸ばした時だった。突然目の前に現れたその光景に、レイドリックは目を見開き、全身を凍りつかせた。

 部屋の奥で床に倒れ伏し、カーペットに赤黒い染みを広げている人物がいる。月明りで微かに確認出来たその横顔は-----彼の父、オレイン・フォル・ドヴァーフその人だった。

 衝撃に呼吸を止めるレイドリックの見開かれた瞳は、室内の更なる人物を映し出す。父王の亡骸が横たわる傍ら、優美な刺繍が施されたカーテンが揺れる窓際で、声を出せないように首をきつく押さえつけられ、壁に身体を押し付けられているのは、彼の義母(はは)イレーネだった。

 硬直するレイドリックへ、助けを求めるように痙攣する腕を伸ばすイレーネは、呼吸が出来ない苦しさから、目を剥き、大きく開いた毛穴から脂汗を滴らせ、涙と鼻水とよだれとでぐちゃぐちゃになった、王妃という誇りを根こそぎ奪われた無残な姿を晒している。

 そのイレーネの腹部に、強烈なチカラが放たれた。おぞましい音を立ててきらびやかな衣装を纏った胴体が千切れ、苦痛の声さえ漏らせぬまま、生々しい血飛沫を飛び散らせて、ふたつになったイレーネの肉体が折り重なるようにしてカーペットの上に崩れ落ちる。

「…………ッ!」

 あまりにも凄惨な光景を目の当たりにしたレイドリックは声を発することも出来ず、ただただ無力に全身を震わせた。大きく胸を上下させ、喘(あえ)ぐような呼吸を繰り返すことしか出来ない。

 その彼の前でむごたらしい処刑を淡々とやってのけた人物は、息ひとつ乱すことなく秀麗な顔をこちらへと向けた。

 開け放たれた窓から入り込む夜風が、その人物の銀に近い灰色の髪を揺らす。

 月明りに浮かび上がる、無慈悲な輝きを宿した灰色(グレイ)の瞳。

 ところどころ返り血に染まり薄汚れた、淡い緑色(グリーン)の長衣(ローヴ)。



 父と義母を手にかけた殺戮者は、レイドリックが良く見知った人物だった。



 -----シェイド。



 強大なオーラを陽炎のように纏い、血の海に佇む魔導士団長は、感情の窺えない表情で静かにレイドリックを見つめていた。

 両親を殺された怒りや生命の危機感を抱く以前に、レイドリックの胸に溢れたのは圧倒的な悲しみだった。

 尊敬していた。

 憧れだった。

 例え何が起ころうとも、彼の中の忠誠心は揺るがないものなのだと思っていた。

「-----ど……どう、してッ……」

 やっとの思いで絞り出した声は、自分のものとは思えないくらいかすれ、震えていた。そんなレイドリックにシェイドはいつもと変わらない落ち着いた口調で、これまでの彼の概念を崩壊させる決定的なひと言を放った。



「-----異母弟(おとうと)よ」



 充血した目を瞠(みは)ったまま、レイドリックの時は止まった。

「お前を亡き者にしようと目論む輩はこの異母兄(あに)が始末した。前国王に正式に認定された後継者として、これからはお前がこの国を治めてゆけ」

 抑揚のない声でそう告げると、シェイドはレイドリックにゆっくりと背を向け、長い髪を翻し窓の外へと身を投じた。

 レイドリックはシェイドを追わなかった。追えなかった。

 がくりと膝を折り、茫然とした面持ちでカーペットの上に両手をつく。

 たった今目の前で起こった現実と、突きつけられた言葉の意味が理解出来るようになるまで、果てしなく長い時間がかかるように感じられた。

 城の大時計が、日付が移り変わったことを伝える低く重々しい音を城内に響かせる。どこか遠くで響いているように感じるその音を、両親の亡骸が転がる室内で、レイドリックは暗澹(あんたん)と耳にしていた。



*



 密かにレイドリックの後をつけていたオルティスは国王の部屋の前で中の様子を窺っていた。

 レイドリックが中に入って少し経つが、部屋には未だ明りが灯された様子がなく、親子が会話をしているような気配も感じられない。だが、不審な物音がするなど特に異変が感じられるわけではなく、中に足を踏み入れるべきかどうか、オルティスは逡巡していた。

 その時だった。

「オルティス!」

 謹慎中のはずのペーレウスが息せき切って現れ、オルティスは驚きに目を見開いた。

「騎士団長!?」
「お前がここにいるということは、殿下が中に!?」
「は……はい! どうやら陛下に呼び出されたらしいのですが、室内には明りが灯っておらず、しかしながら不審な物音などがするわけでもなく-----」
「-----入るぞ!」

 ペーレウスは厳しい表情で、ためらうことなく国王の部屋のドアを開け放った。その様子にただならぬものを察し、オルティスも後に続く。

 室内に踏み込んだ彼らは、部屋の奥で茫然と膝をついているレイドリックと変わり果てた国王夫妻の姿を発見し、息を飲んだ。

「-----殿下!」

 オルティスが顔色を変えてレイドリックのもとへ駆け寄る。ペーレウスはオレインとイレーネの亡骸を確認し、開け放たれた窓の外を見やったが、遥かな地上に特に不審なものは見当たらない。

 室内を振り返ったペーレウスは血溜まりの中にあるものを見つけた。月明りを受けて微かな輝きを放つそれは、鎖が引き千切れた月長石のペンダントだった。

 ペーレウスは思わず自身の胸元を押さえた。

 自分のものではない。自分のものは、確かにここにある。

 よく見れば鎖の種類も違っていた。

 ならば、これは-----?

 数瞬の思案の後その持ち主に思い当たり、ペーレウスは絶句した。



 -----シェイド……?



 入城した年-----初任務に赴く前日の夜、テティスから渡された、ふたつの月長石の欠片。

 ひとつは、ペーレウスに。そして、もうひとつはシェイドに。

 二人の無事を祈って彼女から渡された、護りの石。

 シェイドはこれを、ずっと持っていたのか。

 ペーレウスのようにペンダントにして、肌身離さず身に着けていたのか。

 ひっそりと。誰に知られることもなく-----。

 今まで思いもよらなかった親友の心の内に初めて気が付き、ペーレウスの中に驚きと衝撃が広がっていく。

「シェ……シェイド、が……」

 震えるレイドリックの声で、ペーレウスは現実へと引き戻された。

「シェイドが……私のことを、“異母弟”と-----」

 衝撃的な第一王子の告白に、オルティスが言葉を失う。対照的に、やはり-----とペーレウスは痛ましい思いでレイドリックを見やった。

 ランカート家やオルティスの実家での聞き込み等から、ペーレウスはシェイドの父ランカート卿とレイドリックの生母レティシアとの不義の関係の可能性に思い至っていた。

 レイドリックが二人の間に出来た子供で、オレインがトゥルクの占術を通してその事実を知ることになったのであれば、突然の国王の豹変ぶりも説明がつく。

 だが、シェイドはその事実を知らなかったはずだ。二人の関係を明確に知っている者は誰もいなかった。そのシェイドがレイドリックを“異母弟”と呼んだということは-----。

「そ、それに……ち……父上と、義母上が、私を亡き者にしようとしていた、と……。私を、亡き者に……あの、父上と義母上が……。まさか、そんなこと、が……!」

 口にすることでようやく切ない現実を飲み込めてきたのか、レイドリックの瞳からとめどのない涙がこぼれ落ちる。

「ほ、本当、なのか……? 私は、父上の実の子ではなかったのか……!? だから、それを知った父上は、私を、殺そうと……! そのつもりで、今日私をここへ呼んだというのか……!」

 引き絞るようにして吐き出される、レイドリックの悲痛な叫び。

 両親が殺害された現場を目撃し、手を下した相手が信頼していた臣下だったばかりか、その相手から血の繋がった兄弟であることを明かされ、あまつさえ、両親が血の繋がらない自分の殺害を目論んでいたことを示唆されたのだ。

 レイドリックの受けた衝撃と刻み込まれた心の傷は、察するにあまりある。

 しかし、王位継承者として育てられ、その立場に置かれた彼の痛手を慮(おもんばか)ってやれる猶予はなかった。

「-----“陛下”!」

 打ちひしがれるレイドリックの前に片膝をつき、彼の両肩に手を掛けて、ペーレウスは第一王子をそう呼んだ。

 頬を伝う涙もそのままに、驚いた表情でこちらを見上げるレイドリックの瞳を正面から見据え、心を鬼にして言葉を紡ぐ。

「しっかりなさい! 父上が亡くなった今、貴方はこの国を背負って立たねばならない身にあるのです! 嘆いている暇はないのですよ!!」
「ペーレウス、何をっ……私は、父上の実子ではないのだろう!?」
「そんなことは、この際大きな問題ではありません!!」

 強くそう言い切られたレイドリックは、抗議の声を飲み込み、押し黙った。

「貴方の実父はシェイドの父である故ランカート卿……母君は亡きレティシア様です。事実はどうあれ、貴方はオレイン王の御子として公式に王位継承者であると認められ、実際に王家の血も受け継いでいらっしゃる。そして、この事実を知るのは我々と……シェイドしかいません。何よりも、貴方には王としての資質がある」
「しかしっ……!」
「義弟のアルベルト様はまだ幼い。国を治めるのは無理です。下手をすれば心ない奸臣(かんしん)達に国の主権を乗っ取られかねない。レイドリック様……貴方には、この国を背負って立たねばならない義務があるのです!」
「…………!」

 きつく唇を結ぶレイドリックにペーレウスは諭すようにそう言い聞かせ、現状を説明した。

「今、この国に何が起こっているのか-----分かっていることだけ、簡潔に報告します。封印の間にて重大な事由が発生し、ガゼの占術師トゥルクを始めとする数名、そして十名ほどの衛兵が死亡しました。秘宝『真実の眼』は、現在所在不明です」
「なッ……真実の眼が、盗まれたのですか!?」

 驚愕するオルティスの隣でレイドリックが血の気の引いた顔を一層青ざめさせた。

「まさか……」
「ここからは私の推測の域を出ませんが-----」

 そう断りを入れた上でペーレウスは自らの推論を述べた。

「当時、封印の間にはオレイン様とシェイドもいたと思われます。シェイドは拘束され魔力を行使出来ない状態であったと考えられます。オレイン様の目的はおそらく、真実の眼の力を用いてシェイドにランカート家の“罪”を認めさせることだったのでしょう。しかし、それによってオレイン様の計画を知ったシェイドは-----それを阻止する為、真実の眼の力を利用したのではないか、と……。そして、計画に加担したイレーネ様もろとも-----」

 無残な前国王夫妻の遺体に視線をやり、ペーレウスは口をつぐんだ。

「……た、確かに……シェイドの様子は、いつもと違っていた……。底冷えするようなオーラを纏い……まるで、別人のように冷たい顔で……顔色ひとつ変えずに、は、義母上を……。……シェイドが、真実の眼を持っているのだな……」
「おそらく……」
「シェイドは……真実の眼に触れて、初めて知ったのか。父親の罪を……私のことを……父上と、義母上の計画を……」
「おそらく」

 きつく目を閉じ肩を震わせるレイドリックに陛下、と声をかけ、ペーレウスは現状報告を続けた。

「他にもお耳に入れておかねばならないことが。間者が数名、城内に潜入しています。彼(か)の者達は封印の間の一件をガゼ族達の仕業と吹聴し、ことさらに煽りながら城内に流説を広めています。狙いはドヴァーフとガゼの決裂、それによるドヴァーフの国力の抑止にあると見て間違いないでしょう。至急ガゼの客人達の安全を確保する必要があります」
「どこの間者だ……ウィルハッタか?」
「詳しいことはまだ分かりません」

 そう言い結び、ペーレウスは青ざめた表情のレイドリックに進言した。

「オレイン様とイレーネ様のご逝去が知れれば、城内は未曾有(みぞう)の混乱に陥るでしょう。そうさせてはなりません。その為には、城の者達をまとめあげ、指揮を執る者が必要です。レイドリック様-----次期国王として、お立ち下さい。今、この国には貴方というカリスマが必要なのです」
「-----わ、私が……」

 レイドリックは目を見開き、唇をわななかせた。

 あまりにも性急過ぎる展開に、心と頭が追いついていかない。心に深い傷を負った18歳になりたての若者の双肩に、国主という肩書きはこの上もなく重く圧し掛かった。

 しかし、こうしている間にも一刻を争う事態は進行しているのだ。

 目の前の青年に酷なことを強いていると実感しながらも、ペーレウスは臣下として、若き主君に王であることを求めた。

「実際に動くのは臣下たる我々です。貴方は泰然と構えて、事の行く末を見守って下さればいい。間違った方向へこの国が進まないよう、監視者の役目を果たすのが王たる者の務めです。……恐れないで下さい。貴方は一人ではない、私もオルティスも全力で貴方を支えます。-----レイドリック様! ご決断を!!」

 震える両の拳を色が変わるほど握りしめていたレイドリックは、しばしの沈黙の後、固く閉ざしていた瞼を押し上げ、意を決したように立ち上がった。

「……レイドリック様」
「レイドリック……」

 見上げるペーレウスと素に戻って友の名を呼ぶオルティスにレイドリックは聡明な灰色(グレイ)の瞳を向け、かすれるような声を絞り出した。

「父上と、義母上の亡骸をこのままにしておくことは出来ない……」

 唇を引き結び、自らを落ち着かせるようにひと呼吸置いた後、レイドリックは凛とした面差しでペーレウスに問いかけた。

「私はまず、何をすればいい? ペーレウス……」
「陛下……」

 苦悩しながらも国王としての道を歩むことを選び取った若き主君の決意を汲み取り、敬意を込めてその姿を見つめながら、ペーレウスは自らの考えを述べた。



*



 国王夫妻が殺害されたことを知らされ、その惨状を目にしたマルバスは、取り乱しこそしなかったものの、顔面蒼白になった。

 現職の国王夫妻が自室で殺害されたのである。前代未聞のあるまじき事態だった。

 信頼出来る男ではあったが、ペーレウスはマルバスにも国王夫妻を殺害した犯人がシェイドであるということを伝えなかった。

 シェイドとレイドリックの関係は万が一にも漏れるようなことがあってはならない。漏洩を防ぐ為にもその事実を知る者は増やすべきでないという判断からだった。

 シェイド・ランカートは行方不明。

 国王夫妻殺害の犯人は現時点では不明。

 レイドリックがオレインの部屋を訪れた時には既に夫妻は殺害されていたという状況で説明した。

「マルバス、至急重臣達を招集して御二人が亡くなられた旨を伝えてくれ。国王夫妻の崩御により、王位継承権第一位のレイドリック殿下が新国王として即位する。新国王により非常事態宣言が発令され、王都はこれより厳戒態勢に入る。……オレは謹慎中の身だ、今表立って動くことは出来ない。……後を頼む」

 そう告げるペーレウスにマルバスは困惑の表情を見せた。

「分かった。そのようにはするが……しかし、お前はこれからどうする気だ?」
「まずは拘束されたガゼ族達のもとへ向かう。今回の件、彼らは無関係だ」
「-----おい、ペーレウス、お前まさか」

 顔色を変えるマルバスを遮り、ペーレウスは小さく笑った。

「聞くな、マルバス。貴方を巻き込むことになる」
「やはりお前……!」
「謹慎中の身だからこそオレは今、逆に自由が利く。最大限にそれを利用するまでさ。レイドリック様にはこのまま謹慎を解かないでいるようにお願いした」

 城内のガゼ族達をこのまま放っておくことは出来ない。その為には、枷となる公職に復帰するわけにはいかなかった。

 ペーレウスと別れた後、間者を追っていたマルバスによると、ギリギリのところで相手には逃げられてしまったが、背中に手傷を負わせることが出来たという。

 ペーレウスとマルバスが耳にした間者の声は四通りだった。現在、城内には少なくとも四名の間者が潜伏し、うち一名は背中に傷を負っていることになる。

 マルバスは仲間達と連絡を取って落ち合い、間者の捜索を指示した。その際にホレットを始めとするガゼ族達が捕えられ城の地下に監禁されたという話を耳にし、ペーレウスに報告したのだ。

 ペーレウスは沈鬱な表情で椅子に座っているレイドリックの傍らに立つオルティスのもとへ歩み寄り、声をかけた。

「オルティス。レイドリック様を……陛下を頼んだぞ」
「お任せ下さい」

 そしてかしこまるオルティスの隣で様々な葛藤を押し殺している主君の前に跪くと、安心させるように黒茶色(セピアブラウン)の瞳を和らげた。

「では陛下、行って参ります。後は万騎隊長のマルバスに任せてありますのでご心配なく。……シェイドの行方は私が必ずや突き止めてみせます。彼の行方を知ることが、御夫妻の件の真相を知る手掛かりの第一歩にもなるはずですから」

 マルバスの手前、そういう言い方をすることしか出来なかったが、レイドリックは頷いて、大儀である、と声を返した。

 そのひと言に万感の思いが込められていることを知るペーレウスは深く一礼をして立ち上がり、悲劇の場となったオレインの部屋を後にした。
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