アストレア編

エピローグ


「水臭いぞ、アキレウス。もっと早く話してもらえれば、ローズダウンでも調べられたものを」

 広々とした客室に響く、溜め息混じりのパトロクロスの声。同じく不満そうなガーネットの声がそれに続く。

「そうよー、四人で始めっから探していたら、今までにも何か手掛かりがあったかもしれないでしょー」

 あたし達はパトロクロスに充(あ)てられた客室に集まり、久々に四人顔をそろえて、今後のことについて話し合っていた。

 そこでグレンとアキレウスのお父さん、そしてウラノスにまつわる話をしたんだけど、予想通りの二人のその反応に、あたしは一人笑いをかみ殺した。

「いや、だってあまりにも個人的なコトだったからさ」

 ばつが悪そうにそう答えるアキレウスにガーネットが詰め寄り、イスに座ったパトロクロスは腕組みしながら難しい顔をしている。

「そーれーが、水臭いって言ってんの!」
「まったくだ」

 二人にそんなことを言われて、アキレウスはその剣幕に圧されながら、少し照れた様子で、ぶっきらぼうにこう呟いた。

「わ、悪かったな……。これからは、頼むよ」

 旅の目的は、あくまで大賢者シヴァの復活。だけどその道すがら、ウラノスや魂の結晶に関する情報が少しでも集まれば……。

 アキレウスによると、ウラノスの特徴は、兄弟剣であるヴァースにそっくりなその外見なんだそうだ。刀身はヴァースに比べて青味がかっていて、冴え冴えとしたオーラを纏っているらしい。

 ヴァースはあたし達も日頃目にしているから、その姿はしっかりと脳裏に焼きついている。

 グレンがヴァースのことを「血気盛んなオーラを持っている」って言っていたけど、あたしにはその辺りの感覚がイマイチ分からない。

 パトロクロスはそれを聞いて頷いていたから、剣を持つ人には分かる感覚なのかな……。

 二本の兄弟剣はそっくりなその外見とは裏腹に相反する性質を持っていて、ヴァースが『使い手の攻撃力と防御力を高める』のに対し、ウラノスは攻撃力こそヴァースに劣るものの、『相手の魔力を奪う力と高い魔法防御力』を持っているんだそうだ。

 性質の異なる、二本の大剣。

 早く、アキレウスの手元に戻るといいね……。

「次に目指すのはドヴァーフだ。偶然だが、丁度良かったな」
「……あぁ。そうだな」

 パトロクロスの言葉に、心もち瞳を伏せて、アキレウスは頷いた。

 あたし達の目指すシヴァの眠る島は、シャルーフの東にある絶海の孤島。そこへ行く為には、陸路ドヴァーフへ赴き、そこから定期船に乗ってシャルーフへ渡り、そして何らかの方法でこの島へ渡るしかない。

「魔法王国ドヴァーフ……あたし、行くの初めてなのよねー。魔導士達の聖地、魔法文化の最たる場所……あぁ〜何だかドキドキしちゃう! その国立図書館で、ついでに魔導書とかも見せてもらえないかしら……」

 ガーネットは興奮した面持ちで、その頬を桜色に上気させながら、きらきらと瞳を輝かせた。

 ガーネット、難しい本とか読むの好きだもんね。閲覧の許可をもらったら、一日中図書館にこもっていそうな気がするよ……。

 ドヴァーフ……か。

 アキレウスの故郷……そこではどんな出来事が、あたし達を待っているんだろう……。

 そんなことを思いながら、あたしはうとうとと瞼(まぶた)をこすった。

 無事に帰ってこれて、仲間内のこの空気に安心したのか、何だか急に眠くなってきちゃった。

 心地良い眠気に意識をさらわれそうになるあたしの耳に、ガーネットの声が響く。

「あ! やだ、ちょっと、アキレウス、寝ちゃってるじゃないっ」

 あぁ……アキレウス、ずっと睡眠らしい睡眠とっていなかったもんね……。

 きっともう、限界……だったん……だ……。

「おい、オーロラも-----」
「え? あ、ホント! もぉー……」

 ぼんやりと聞こえてくる、パトロクロスとガーネットの声-----その声は、今のあたしにとって、心地良い子守唄のようにさえ聞こえて。

 それは多分、アキレウスにとっても----------。

 意識がなくなる寸前、吐息混じりに柔らかく髪をなでてくれたのは、ガーネットの指だったのか。



 血文字に現れた、人類殲滅(せんめつ)を謳う戦慄(せんりつ)の布告。

 動き始めた、得体の知れない強大なチカラ----------。



 それらを肌に感じながら、あたしとアキレウスは束(つか)の間の、心地良い眠りに沈む。



 目覚めた時に再び、仲間と共に、全力で立ち向かえるように----------。
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