冬が近づき、今年も野宿が厳しい季節になってきた。
焚き火をおこしてあたっていても、なかなか身体が温まらない。火に面している部分は温かくなっても、そうでない部分が冷えて、均等に温まってくれないからだ。
けれど、フユラはこの季節が嫌いではない。
その理由は-----ガラルドが少しだけ、優しくなる季節でもあるからだ。
この日は山の中での野宿だった。大きな木の下で焚き火をおこし、簡単な食事を済ませて後はもう眠るだけ。冷たい空気が澄んで晴れ渡った夜空には星達が煌いている。
「うー、今日は寒いねぇ」
毛布にくるまり白い息を吐きながら、フユラは焚き火を挟んで反対側にいるガラルドに話しかけた。
「あぁ……そうだな」
大木を背にした保護者の青年は少女の言葉に相槌を打ちながら、手元の枯れ木を折り、火の中にくべている。
ここ数日のうちに急激に気温が下がり、辺りには間近に迫る冬の気配が漂っていた。明日の朝には、もしかしたら霜が下りるかもしれない。
「ねぇガラルド。今日は、そっちにいってもいい?」
フユラが可愛らしく小首を傾げながら伺いを立ててきた。ガラルドはそんな少女を見やり、溜め息をついて、不承不承といった風情でそれを承諾した。
「……風邪でも引かれたらたまらねーからな」
「へへ、やったっ」
フユラが嬉しそうに弾んだ声を上げる。ガラルドは纏っていた外套を一度脱ぎ、身に着けていた金属製の胸当てを外して傍らに置くと、再び外套を羽織った。その裾を広げ、フユラを招き入れる。
「-----ほら、来い」
「わーいっ」
フユラは満面の笑顔で毛布を持参すると、ガラルドの足の間に身体を滑り込ませた。保護者の青年は自身の胸に背を預け毛布にくるまった少女の身体を外套で包むようにすると、更に自らの毛布を背に羽織って前へ回し、二重に彼女を包み込んだ。
「あったかーい……」
ガラルドの腕の中でフユラが幸福そうに瞳を閉じ、後頭部を彼の胸にすり寄せる。
「何でこんなに冷えてんだ、お前は……」
「それはねー、か弱いからだよ」
「本当にか弱いヤツは、ンなコト言わねー」
毎年この時期になると交わされる会話。二人の間ではまるで風物詩のようなものだ。
久し振りにガラルドの体温と彼の香りに包まれて、フユラは何だか甘えたくなってきた。これも毎年のことだ。
「ねぇガラルド、おやすみのキスしてよ」
すぐそこにある保護者の青年の精悍な顔を振り仰いでそうねだると、案の定思いっきり嫌な顔をされた。
「はぁっ? 何気色わりぃコト言ってんだ」
「たまにはいいじゃない。ほら、おでこでもほっぺでもいいからさ」
「たまにもクソもあるか! ガキか、てめーは!」
「ちぇっ。ふーんだ、あたしのこと、いつもガキガキ言ってるクセにさー」
口を尖らせてすねてみると、保護者の青年の片眉がぴくっと跳ね上がった。
「人の揚げ足を取んじゃねー」
ぐりぐりと乱暴に頭をなでられて、フユラがどこか楽しそうな悲鳴を上げる。
「きゃー、暴力はんたーい!」
笑ってガラルドにじゃれつきながら、しばらくは楽しそうに話をしていたフユラだったが、やがて昼間の疲れが出たのかうつらうつらし始めると、ほどなくしてその口からは安らかな寝息がもれ始めた。
やっと寝たか……。
ガラルドはひとつ息をついて、自らの胸に頭を預けて眠っているフユラを見やった。
普段からよく喋る少女ではあるが、久し振りにこうすることが出来て嬉しかったのか、今日の彼女は特に饒舌だった。無口な自分とずっと一緒にいるはずなのに、何故この少女はこうも反対に成長してしまったのか。まったくもって、謎である。
本気でそれを不思議に思っているガラルドは、まさか自らの無口が原因でフユラがよく喋る少女になったのだとは、夢にも思っていない。
-----大きく、なったな……。
眠るフユラを見つめているうちに、ガラルドは改めてそんなことを思った。
彼の腕には、まだ二才だった頃のフユラの小さくて温かなふんわりとした感触が、今も忘れられずに残っている。
懐炉(かいろ)代わりになる、と思った覚えがあるが、あの温かさは彼にとって衝撃的だった。
寒い夜は、嫌いじゃない。
この温もりを、再び腕に感じることが出来るから-----。
腕の中のフユラが寝返りを打った。
ガラルドの胸に片頬を押しつけるようにしながら、小さく鼻を鳴らして、彼の衣服をきゅっと掴む。
ガラルドはフユラに毛布を掛け直してやりながら、ふんわりとした銀色の髪を指でそっとなでた。彼女を見つめる自分の顔がひどく優しいものになっていることに、彼は気付いていない。
フユラの整ったあどけない顔が心なしか心地良さげな表情になる。ガラルドは瞳を細めて、そのふんわりとした銀の髪に頬を埋めると、壊れ物を包むようにして彼女を抱きしめた。
温かくて柔らかな、細い肢体。この温もりは、ガラルドの身体を、心を、言い表しようのない熱でもって温かくする。
呪術によって自分と生命を繋がれた少女。
今となってはかけがえのない、大切な存在だ。
ガラルドは眠るフユラのつむじにそっとキスを落とした。
寒い夜は、何故かいつも明けるのが早い。
白々と明るみ始めた空を見やりながら、ガラルドは静かにその睫毛を伏せた。
夜が明けるまでもう少しだけ、この幸福の中に浸っていよう-----……。