※拍手で回っていたナイトウォーカーと同設定の話だけを集めてみました第三弾です。ナイトウォーカーを未読の方は読んでからどうぞ。



9・顔の一部編


 買うべきか買わざるべきか――リヴァイは眼鏡売り場の前で悩んでいた。

(これで改善されるならいいが…むしろ、余計にそっち系の人間に見えるか?)

 リヴァイは目つきが悪いと子供の頃から言われていた。不愛想なのもあるだろうが、普通にしていても睨んでいるように見えるらしい。それでも子供の頃は問題なかった。リヴァイはいわゆる富裕層と呼ばれる家庭で育ち、学校は総て私立で学費も偏差値も高いところに通っていたため、学校内でいじめられるようなことはなかった。
 だが、学校外では品行方正の生徒ばかりではないので、絡まれることがなかった訳ではない。その辺の相手に負けるようなリヴァイではなかったが、相手にするのが面倒だったため、目つきの悪さを隠そうと伊達眼鏡をかけようとしたことがある。――ものの見事に失敗した訳だが。眼鏡をかけると目つきの悪さは和らいだが、どうにも気弱そうないいところのお坊ちゃんという感じに見えてしまい、下手なことはすまい、という結論に至ったのである。

 そんな経験のあるリヴァイがこうして眼鏡売り場にいるのは、ひとえに今現在全力で懐いてくれている子供のためである。
 家庭不和のために髪を染め夜の街に出歩いていたリヴァイを助けてくれた男の家――イェーガー家の一人息子であるエレンは何故かリヴァイに懐いた。リヴァイがリヴァイであることを受け入れてくれ、居場所としてくれたあたたかい一家はリヴァイにとってとても大切なものだ。
 夫妻はリヴァイをもう一人の息子のように扱ってくれて、一緒に出かけたりもしているのだが、一つ問題があった。
 リヴァイが子供と一緒にいると、素行不良少年が幼児を連れ出そうとしているように見えるらしい。夫妻が一緒にいれば問題ないのだが、休日に子供を公園で遊ばせていたら通報されるという事態に陥った。結局、カルラが説明して事なきを得たのだが、子供といるだけで不審者扱いされるとは思わなかった。

(まぁ、一番の問題はこの髪だと思うんだが)

 夜の街では浮かなかったこの派手な金色は逆に普通の住宅街では目立つ。イェーガー家はリヴァイのことを親戚の子だと説明しているようだが、周りから見ればどう見ても目つきの悪い素行不良少年だ。せめて目つきの悪さを隠せないかと思い立ち、こうして眼鏡売り場にきた訳だが、どうにも似合う眼鏡が見つからない。強いて言うならサングラスだが、それだと目つきの悪さは隠せても余計に柄が悪そうに見えてしまう。いかにも道を極めてます、といった感じになるのは避けたい。
 ならば、どうするべきなのか――簡単なのは、自覚している通りに一番目立つこの髪の色を元に戻すことだ。だが――。

(……この色、お気に入りだからな)

 どういう訳か子供はリヴァイのこの髪が大好きなのだ。キラキラできれいと言いつつ触りたがる。余りにも子供が気に入っているので夜の街に出かけなくなった今でも元に戻せないでいる。地毛は真っ黒なんだよ、と説明したら子供はがっかりするだろうか――いや、おそらくそれはないだろうということは判っている。黒髪なら黒髪でカッコいいとあの子供なら誉めそうだ、とリヴァイは心の中で呟いた。

 ――おにいちゃん、キラキラ。きれい。

 あのときに、あんまりにも真っ直ぐに、子供がキラキラとした綺麗な言葉をくれたから。
 それがどんなにリヴァイにとって救いになったのか、きっと子供は知らない。

「あー! りっくん、りっくん、りっくんだー!」

 背後からどすんという衝撃が来て、リヴァイは後ろを振り返った。いや、振り返らなくてもその正体は判っていたけれど。
 もう聞き慣れてしまった声。そして、自分を『りっくん』と呼ぶ人物など一人しかいない。

「……いきなり飛びつくな、エレン。転びでもしたら危ないだろう」

 飛びついてきた子供――足にじゃれつくエレンを抱き上げると、リヴァイはそう注意した。飛びつかれても自分は何ともないが、こけたら子供も相手も危ないだろう。

「エレン! 駆けたらダメって言ったでしょ!」

 子供の後から母親のカルラが姿を現した。どうやら親子で買い物に来ていたらしい。そこでリヴァイの姿を発見した子供が突撃してきたという流れのようだ。カルラは子供を叱ると、リヴァイに声をかけてきた。

「リヴァイ君もお買い物?」
「いえ、ちょっと見に来ただけで――」

 リヴァイが言葉を濁すと、ここが眼鏡売り場だと気付いた子供がリヴァイに目が悪いのかと訊ねてきた。

「イヤ、悪くはないな。春の健康診断のとき、普通に両目とも1.5以上はあった」
「おとーさんはメガネないとこまるっていってた。よくみえないって」

 そう言いつつ子供はそっと手を伸ばしてリヴァイの両目を塞いだ。

「りっくんのめがよくなりますように! わるいのどっかにとんでけー!」

 そう三回程唱えると、子供はよくなった?と首を傾げながらリヴァイに問うた。

「イヤ、最初から悪くないと言っている。……というか、お前は人の話を聞くことを覚えろ」

 判っていないような顔をする子供にリヴァイは苦笑した。子供の頭の中では眼鏡売り場にいるのは目が悪くて眼鏡を買う人、ということになっているのだろう。サングラスや伊達眼鏡は入っていないに違いない。

「俺が眼鏡をかけるのは変か?」
「メガネ? メガりっくん?」
「……何、合体させているんだ。違う単語になっているだろう」

 子供はリヴァイの眼鏡姿を想像しようとしたのかうーんと唸り、それから一人で納得したように頷いた。

「メガりっくんもりっくんもりっくんだから! りっくんはリっくん!」
「―――」
「でも、メガりっくんになったらりっくんのかおかくれちゃうね」

 そう言ってからいやいやと子供は首を振った。

「メガネはかおのいちぶですっていってたから、かおだね」
「…………」
「りっくん?」

 抱き上げた子供に顔を見せないように俯きながらリヴァイは呟くように訊ねた。

「……お前は俺が金色じゃなくてもいいか?」
「きんいろじゃなくなるの? りっくん、しらが?」

 子供の言葉にリヴァイははぁ?と思い切り変な声を上げてしまった。

「何で、いきなり白髪に飛躍するんだ……」
「おとーさんにしろいかみのけがあって、どうしたのってきいたら、としとったらしろくなるんだっていってた」
「イヤ、間違ってはねぇが、俺は白髪じゃねぇ」
「りっくん、わかしらが?」
「だから、違うと言っている。……どこで覚えたんだ、お前」
「りっくんがしろくなってもメガりっくんでもりっくんはりっくんだから!」

 だから大好きだと笑う子供は本当にあたたかくて。

「そうだな、お前はお前だし、俺は俺だな」

 きっとこの先どんな姿になろうともこの子供は自分に懐いてくれるのだろう。そこまでして好かれる理由が思いつかないが――そもそもそんなものに理由など要らないかもしれない。
 結局、眼鏡は買わずにおいた。金髪に関してはこの先の進学や就職の際には戻さないとならなくなるだろうが、今のところは保留にしておこうとリヴァイは結論を出した。キラキラした綺麗なものがこれを気に入っているから。
 帰りに親子と商店街に寄り、おやつとして揚げたてのコロッケを買った。はふはふと美味しそうに口に運ぶ少年は幸せそうな顔をしている。

「おいしいねー」
「そうだな」
「しあわせだねー」
「……そうだな」

 それは、いつまでもキラキラと輝いて色褪せない、大切な大切な宝物のような想い出。


「先生、これはどこに置くんですか?」

 少年の言葉にそこだ、と指示してから、何を思ったのか男はひょいっと少年から眼鏡を取り上げた。
 そうして、それを眺めてから自分の顔にかけてみせる。

「似合うか?」

 男の言葉に少年は嫌そうに顔を歪めてみせた。

「似合う似合わない以前に、先生が眼鏡かけるとインテリ系のそっち系の人っぽく見えますよね。いいとこ悪徳弁護士とか……」
「何気に人を下げんじゃねぇよ」
「客観的な意見ですけど。フレームの調節合ってないとずっとかけてると痛くなりますよ?」

 だから返してください、と自分の眼鏡――度の入っていない伊達であるが――を取り戻した少年はああ、でも、判りました、と小さく呟いた。

「先生がオレが眼鏡かけるの嫌がるの。……先生の顔が隠れるのはちょっと嫌かも」

 少年の言葉に男は虚を衝かれたような表情を一瞬だけ浮かべてから、くつくつと笑った。

「――お前はやっぱり、お前なんだな」

 少年は男が笑った理由は判らなかったが、きっとまたからかわれたのだろう、とそう思った。むうと唇を尖らせる少年に男はまた笑う。

「まあ、眼鏡をかけようがかけまいが、俺はいい男だからな」
「自分で言いますか、それ。……まあ、眼鏡だろうが、白髪だろうが、メタボだろうが、先生は先生なんで。別に関係な――」

 言い終わらないうちに抱き寄せられて、少年はきょとんした顔で背後から抱き締めている男を見たが、肩口に顔をうずめられてその表情は判らなかった。

「先生?」

 男の様子がおかしいと思ったのか、抱き締めている男の手に少年は自分の手を重ねた。

「どこか痛いんですか?」
「――今日の晩飯はコロッケがいい」
「は?」
「あ、言っておくが、かぼちゃはなしだ」

 するりと手が離れていって、少年は戸惑ったものの、ようやく見られた男の顔がいつもと同じだったのでそこには触れないことにした。男は話さないと決めたことはきっと語らないだろう。重大なことであれば何が何でも粘ってみせるつもりはあるが、これはそういう案件ではないと判断した。

「コロッケって惣菜で買った方が安くありません?」
「作れないのか?」
「作れます! まあ、冷凍保存も出来ますしいいですけど。なら、先生が帰ってきたら揚げます」

 揚げたてが一番おいしいですよね、揚げ物って、と少年が笑うのに男は頷いた。
 ――しあわせだねー。
 脳裏に鮮やかに蘇る幼い声に、小さく男は頷いた。



 2017.4.19up



 行き詰ったときはナイトウォーカーネタで!という訳でナイトウォーカーの二人です。幼少時のエレンは大分アホの子です(笑)。それでリヴァイがすごく救われていた訳ですが。想い出補正が入っているという自覚はありますが、先生にとっては些細な日常の一コマがすごく大切だったという話。





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