※拍手で回っていたショコラ設定の話だけを集めてみました第2弾です。ショコラを未読の方は読んでからどうぞ。企画にも同設定の話があります。



6・健康診断編


「今度は健康食品がブームなの?」

 いつもの通りに教室で椅子に逆向きに座りながら、アルミンは幼馴染みが持参してきたお菓子に噛り付いた。ざっくりとした食感のおからクッキーは胡麻を混ぜたものとクルミ入りの紅茶風味の二種類で、そのどちらも美味しかった。確か、おからを使ったお菓子はヘルシーでカロリーを気にせずに食べられると、ダイエットを気にしている女性に好まれていると聞いたことがある。

「そういうわけじゃねぇんだが……」

 そう返す少年の顔が暗いので、ああ、またあの人の関係で何かあったのかな、とアルミンは思った。幼馴染み――エレンは基本的に隠し事が出来ない性格なので、すぐに顔に出てしまうため判りやすい。特に長い付き合いの自分は簡単に気付いてしまうのだが、何があったのだろうか。

「あの人と何かあったの?」

 アルミンの言葉にエレンは迷っているような顔をしたが、彼も相談したかったことらしく、すぐにその口を開いた。

「この前、リヴァイさんの家に行ったときに、健康診断の結果通知が来てて、それを見たんだ」
「健康診断って会社でやるやつ?」

 アルミンの問いにエレンは頷いた。健康診断は春や秋に行われることが多いが、いつやるかという時期の規定は特になく、会社によっては冬にやるというところもある。夏場と真冬を避けるのはその時期が夏バテや風邪などが流行る時期で体調を崩しやすいから、というのが理由のようだが、男の会社は今の時期に行なったようだ。

「で、見たら血糖値がちょっと高かったんだ」
「…………」
「やっぱり、オレがお菓子持っていったりしているせいかな? でも、リヴァイさん、オレの作るお菓子美味しいって言って食べてくれるし、食べたいってリクエストしてくれたりもするし……」

 これは、今、のろけられているのだろうか。というか、相手の血糖値を気にして心配するなんて、奥さんなのか、と突っ込みたいところは色々とあるのだが、幼馴染みはどうやら真剣のようで。

「イヤ、それはたまたまなんじゃないの? 再検査とか精密検査が必要とか、そういうレベルの数値じゃないんだろ? 異常な数値じゃないんならそれ程気にしなくてもいいと思うけど。毎日持っていってるわけじゃないんだし」
「それはそうなんだが……」
「それ言うなら、僕の方がエレンのお菓子いっぱい食べてると思うけど?」
「え、だって、お前はいくら食べても太らねぇじゃん。おばさんもおじさんもそうだし、やっぱ遺伝か?」
「それを言う? 肉つかないの結構気にしてるんだからね……」

 アルミンは食べても食べても太らない体質だ。女子には羨ましがられるが、細身とか華奢とかいうのは男子にとって誉め言葉では決してない。自分の両親も太らない体質なのでもう諦めてはいるが、もうちょっと男らしい体型になりたいというのが少年の昔からの願望だった。
 まあ、まだ高校生だから望みは捨ててはいないが、指摘されれば文句も言いたくなるわけで。
 幼馴染みは素直に謝ってくれたし、事実なので腹も立たないが、身体鍛えるかな、とアルミンは新たに決意した。

「でも、それだけじゃなくて、リヴァイさん、ジムにも通ってるみたいなんだよな」
「ジムに? あの人忙しそうなのによくやるね」
「時間のあいたときに短時間だけやってるみたいなんだけど……やっぱり、血糖値というか、身体気にしてるのかな」
「別にあの人太ってないだろ? 単に身体鍛えるのが好きなのかもしれないし、筋肉凄そうだけど。体脂肪なさそうというか、脱いだら凄いんです、みたいな。エレンなら見てるだろ?」

 幼馴染みの指摘に少年は耳まで真っ赤になって狼狽え、目を泳がせた。

「あ、そ、それは……見てるけど……」
「…………」

 自分が言いたかったのは着替えとか風呂上がりとかそういう意味だったのだが、少年は夜の方の話へと直結してしまったらしい。恥ずかしそうに俯きながら言うこの少年を見たら、あの男は即その場で押し倒すのではないかとアルミンは思った。
 可愛い幼馴染みの夜の生活事情など知りたくはないので、アルミンはエレンの様子はスルーして話をまとめた。

「とにかく、お医者さんから何か注意されたとかじゃなければ、そんなに気にしなくてもいいんじゃないかな。異常な数値じゃないんだし、気になるなら、お菓子持っていく回数少し減らすくらいで平気だと思うよ」

 自分のアドバイスに頷く幼馴染みを眺めながら、アルミンは僕は成人病の心配はないからね、と美味しく残りのクッキーを頂いたのだった。



「……なあ、エレン」
「はい、何ですか? リヴァイさん」

 リヴァイがどこか深刻そうな声を出したのは彼の自宅であり、目の前のテーブルには彼の恋人の手料理が並んでいた。

「お前の料理は旨い。俺には一番だ。どこのレストランも敵わないくらい好きだ。だがな、エレン、何でここんとこ全部野菜なんだ」
「…………」
「野菜以外だと魚だし。この前のハンバーグも豆腐だっただろ」
「野菜も魚も美味しいですよ? 豆腐だって健康食ですし」
「ああ、旨かった。だが、俺が言いたいのは……たまには肉が食いたい。というか、食わせてくれ。お前だって育ちざかりなんだから肉食いたいだろ! 男子高校生なら焼き肉だろうが!」
「今の子の主流は草食系です」
「俺は植物性タンパク質ではなく、動物性タンパク質派だ! お前、前までは肉料理作ってたじゃねぇか! 何で急にベジタリアンになるんだ!」
「それは……その……」
「理由があるんだな?」

 何か理由のありそうなエレンの様子に気付いた男は少年の肩をがっしりと掴み、言え、と迫った。食生活は大事なのだ――リヴァイには特に好き嫌いはないし、何でも食べられるが、これから先もずっと菜食生活となるのは頂けない。大体、年を取れば嫌でも肉は余り食べられなくなってくるのだから、今から断たなくてもいいと思う。男の迫力に負けたのか、少年はぽつり、ぽつり、と健康診断の結果を見たことを話し出した――。


「あのな、エレン、検査の日はたまたま少し高かっただけだぞ? 異常値じゃないし、お前がそんなに気にするなら再検査を受けてもいいが、気にする必要はない」
「でも、ジムに通い始めたって……」
「あれも前から会員になってるとこだ。お前に会ってからは行く機会がなくなっていたのを再開しただけだ。あのな、エレン、俺はお前の倍は生きてる。普通に考えたらお前より先に体力が落ちていく。これから先、お前がまだ若くて十分な体力を持っているときに、俺は下がる一方だ。筋力は鍛えなきゃ維持出来ねぇ。お前と同じだけの体力を維持したいなら、その分鍛えて補うしかないだろう。だから、これはお前がどうとかじゃなく、俺の問題だ」
「――――」
「それに、体力がなければ、お前を満足するまで抱けないだろうが」
「だ……っ」

 あからさまなことを言われて、エレンは真っ赤になった。だが、男は真剣なようで。

「俺は白髪になってともに墓に入るまで一緒にいるつもりだからな、そこは重要だろう。それに、動物性タンパク質を摂らないのだって問題だぞ。バランスが大事だからな。俺も摂り過ぎには気をつける」

 リヴァイの言葉に、エレンは自分が極端に走り過ぎていたことに気付き、反省した。栄養のバランスも当然考えて作っていたつもりだったが、相手のストレスになるようなら意味がないだろう。

「はい、すみませんでした。リヴァイさんは仕事先で外食の機会も多いだろうし……うちでは野菜中心にした方がいいかと思ってたんですが。オレも気をつけます。それに、例え、メタボになってもオレはリヴァイさんが好きですから!」

 エレンにとってそれは何の悪気もなく言った言葉であったのだが、リヴァイにとってはそうではなく――その場の空気が一瞬にして凍りついた。

「オイ、エレンよ、誰がメタボだ……」
「リヴァイさん?」
「俺がメタボかどうか身体で確かめてもらおうじゃねぇか。たっぷりと教えてやる」
「え? 別に、オレ、今、リヴァイさんがメタボだって言ったわけじゃ――」

 少年がそう言い募ったが、キレたリヴァイには勿論通じず、寝室に運ばれた少年は食事の代わりに散々美味しく頂かれてしまったのだった――。



2013.11.26up



 安定のベタオチです(笑)。リヴァイは体脂肪が殆どなくて筋肉で出来てそうなイメージなんですが。それよりショコラ設定のアルミンは何故あんなにエレンのお菓子食べてて太らないのか……本気で羨ましいです。





7・初詣で編


 身につけていたエプロンを外して畳むと、エレンはリヴァイに声をかけた。

「リヴァイさん、お節は冷蔵庫の中に入ってますから。あ、お雑煮は温め直してくださいね」
「…………」

 ジト目でこちらを見つめてくる恋人にエレンは苦笑を浮かべた。

「二日には来ますから、機嫌直してください」
「……大晦日は紅白観て年越しそば食べてこたつでいちゃいちゃするのが恋人同士のお約束だろうが」

 思い切りべたな大晦日の過ごし方を言われてエレンは再び苦笑するしかない。この恋人は冬はこたつでいちゃいちゃだ、と言ってわざわざこたつを買ってきたくらいだから、大晦日はそれを本気でやりたかったに違いない。大晦日の本日、学校は冬休みに入っていたし自分だって恋人の家に泊っていきたい気持ちは山々だが、そうもいかない事情があるのだ。――何故かといえば、エレンの父親が元旦が休みになったからだ。
 病院というものは年末年始は外来は休診するところが殆どだと思う。勿論、正月だからといって病院の医師や職員が一人もいなくなるわけではないが、エレンの父親の勤務はちょうど休みに当たったのだ。日頃何かと忙しくて大変な父親が、元旦は家でのんびりと過ごせると嬉しそうに言っていたのを放って出かけるという選択はエレンには出来なかった。

「オレだって一緒に年越し出来ないのは残念なんですよ?」
「判っている」

 そう言ってソファーに座っていた男は恋人の腰を引き寄せ、顔を埋めた。エレン補給しておくという恋人に、一日だけなのに大袈裟ですねと笑いながらも、少年は優しくその頭を撫ぜてやった。


 ――二日になり、エレンが男のマンションを訪ねると、早速とばかりにぎゅうと抱き締められ、リビングまで連れて行かれた。少年は恋人のこの行動に戸惑った――本日はそれ程遠くではないが、神社に初詣でに行くという約束がしてあったからだ。三箇日は神社は混雑すると予想されるが、余り遅くにお参りしても初詣での雰囲気がなくなるので、本日行こうと決めたのだが出かけなくていいのだろうか。
 エレンがそう恋人に疑問をぶつけてみると、男は準備があるからまだ出かけられないのだと答えた。

「準備って何の準備ですか?」
「お前の準備だ……そろそろ、来るか」

 その言葉を裏付けるように来客を知らせるインターフォンが鳴り、待っていたのにも拘わらず嫌そうな顔で上がってくるようにインターフォン越しに告げ、エントランスの解錠をする男にエレンは首を傾げた。
 一体誰が来たのかと玄関を開けてみれば――果たして、そこにはエレンも見知っている人物が立っていた。

「久し振りー! 久々の生エレーン! 会いたかったよ!」
「ハンジさん? どうして?」

 現れた男の同僚にエレンは戸惑いの声を上げた。恋人がハンジも一緒に初詣でに行くと約束していた――とはとてもではないが思えない。そもそも、男は人を自分の家に上げるのを好まないし、何故彼女がここにやって来たのだろうか。事態が呑みこめず、エレンが眼を瞬かせている間に、男は恋人に近付こうと駆け寄ろうとした同僚を阻止していた。

「折角来てあげたのに、酷いな、リヴァイは。それに、どうせ触ることになるんだし、いいでしょ?」
「判っている。だが、必要以上に俺のエレンに触るなよ」
「そんな心狭いと嫌われるよ? ね、エレン」
「あの、何の話なんですか?」

 会話の意味が判らず首を傾げる少年に、ハンジはあれ、聞いてなかったんだ、と呟いた。

「今日は君の着付けに来たの。リヴァイが晴れ着姿の君を見たいらしいから。あ、私、和服の着付けは昔だけど、ちゃんと教室に通って覚えたから安心してね」

 あっさりと告げられた言葉にエレンはぽかんと口を開けてしまった。


 男が用意していたのは羽織袴一式だった。ここで聞いていません、と断ることはわざわざ着付けをしに来てくれたハンジに悪くて出来なかった。正月に和服姿の女性は見かけても男性は殆ど見ないので、何だか気恥ずかしいが、年越しを一緒に出来なかったのだしこれくらいの要望は聞き入れようと思うことにした。
 ハンジが言うきちんと習ったというのは本当らしく、彼女は手際良くエレンに和服を着付けていく。

「苦しいかな? でも、余りゆるくすると、着くずれするしね。袴の方がまだ動きやすいと思うんだけど」
「あ、はい、大丈夫です」
「リヴァイはきっと帯解いてくるくるしてあーれーってのやりたかったと思うんだけど、それは夏場に浴衣でやりなよって言っておいたから」
「…………」

 ハンジの言葉に男を見ると、眼を泳がせていたので、やりたいのか、というか、夏になったらやるつもりなのか、とエレンは心の中で突っ込んだ。

「リヴァイさんは着ないんですか?」

 着付けが終了して自分の姿を誉めちぎるリヴァイを見ると、いつもと変わらない格好だったのでそう訊ねてみたが、男は俺は着ないと首を振った。自分だけ着るのは恥ずかしいです、と言ってみたが、男は承知してはくれず。

「仕方ないよ、リヴァイが和服着ると何か、まんまその道の人っぽくなるから。まあ、スーツでもそれっぽいけどさ」

 正月早々職質とかされたら面倒でしょ、というハンジに苦い思い出でもあるのか男は眉間に皺を寄せた。

「余計なお世話だ、クソメガネ。用がすんだらさっさと帰れ」
「折角来てあげたのに酷いな、リヴァイは。まあ、ホテルのブッフェおごるの忘れないでくれればそれでいいけど」

 そう言ってハンジはエレンも知っている有名なホテルの名前を挙げた。料理だけではなくデザートの種類も豊富で評判の人気ブッフェがあるところだが、確か、ランチブッフェでも三千円以上はしたはずだ。だが、男にとっては別に痛くもないのだろう。むしろ、美容院などで着付けしてもらうより安く済んで良かったと思っているのかもしれない。
 じゃあ、またお茶しようね、エレン、と笑ってハンジは帰っていった。


 では、行くか、と男に連れられてきた神社はやはり混雑していた。はぐれないようにと男は少年の手を引いていてそれが恥ずかしかったが、これだけ混んでりゃ誰も気にしてねぇよ、との言葉に流されてしまった。

「折角だから、絵馬でも買って奉納するか?」
「いいですけど……何を書くんですか?」

 少年の言葉ににやりと笑う男が書いたのは『エレンと早く結婚したい。というか、する』で、これを人前にさらすのかと思うとエレンは羞恥で真っ赤になった。別にお前のことだなんて誰も判らないだろうが、というのは恋人の言だが、それとこれとはまた別というか気分の問題なのである。

「お前は何を書いたんだ?」

 ひょいと、覗き込んだ絵馬に書かれていたのは『いつまでも一緒にいられますように』で。誰と一緒にいたいかは書かれていなかったが、その言葉の示す相手は当然ながら一人しかいない。

「エレン――早く帰るぞ」
「え? それは構わないですけど……」

 お参りを済ませ絵馬を奉納し、男の望む通りに写真も撮ったから、もうやることは確かにない。ただ、出店も出ているし、参拝客に甘酒も振る舞われるという話だったので、もうちょっと覗きたいな、という気持ちがなくもなかった。
 だが、男は急いで帰りたいようなので、どうしてもというわけではないエレンはそれに頷いた。

「折角の和服だし、堪能しないとな」
「は?」
「お前が冬休みで良かった。学校はないし、思う存分出来る」
「リヴァイさん?」

 男の言う意味が判らず首を傾げた少年は、男の自宅マンションに戻ってから嫌という程その言葉の意味を知ることとなったのだった。



2014.1.22up



 またしてもベタな話に。その後、もう和服は着ません、と抗議するエレンですが、きっと浴衣も着せられることになると思います(笑)。





8・雨の日編


 エレンがアルバイト勤務している、カフェ・グリーンリーフの店主であるハンネスは商品のロスを基本出さない。これは食料品の販売店としてはとても優れていて、尚且つ重要なことだ。衣類、雑貨、宝飾品、等々客を相手に商品を取引する商売は数多くあるが、食料品を扱う店には廃棄というものはつきものだ。特に生菓子であるケーキ販売店では、売れ残ったケーキを翌日に売ることが出来ない。勿論、冷蔵庫に保管しておけば傷むことはないし翌日でも食べられるが、味はやはり落ちる。衛生面のこともあるし、店が売れ残った商品を持ち越して売ることはない。
 曜日や季節、天候などで客足は大きく左右されるのだが、ハンネスの読みは本当によく当たる。季節ごとに売れる商品も把握しているし、グリーンリーフではロスすることは珍しかった。稀に出た時は本日中に賞味することをハンネスが厳命して従業員に配られるのだが。

「でも、本当にここまで廃棄出さないのって珍しいよね。週間天気予報見てても結構外れるから難しいのに」

 そう感心したようにクリスタが言うのに、エレンは首を傾げてみせた。

「ハンネスさんが凄いのは判るけど、他の店ってそんなに廃棄出るもんなのか?」
「出るよ! 本当にびっくりするくらい出るから、毎回勿体ないと思ってたもの」

 クリスタは高校生のときに短期間だが、コンビニエンスストアでアルバイトをしていたことがあるらしい。その時に多量の廃棄を目の当たりにしたらしい。

「コンビニはスーパーと違ってお弁当とかの値下げをしないから、時間がきたら廃棄するしかないのよね」

 エレンはグリーンリーフ以外ではアルバイトをしたことがないから大量の廃棄品などを見たことがないが、確かにコンビニエンスストアでは弁当や総菜などの値下げ品は見たことがないな、と思った。

「あれ見ると、ハンネスさんの凄さが判るのよね。何であんなに調整が上手いんだろう」
「知ってるぜ、クリスタ」

 エレンとクリスタの会話にユミルが入ってきた。

「ハンネスの旦那はその昔有名な兵士だったんだ。だが、矢を膝に受けてしまってな……それが元で引退し、この店を開いたんだ」
「………」
「………」
「今でも雨が降ると古傷が痛むらしい。だが、そのおかげで天候の微妙な変化に気付く力を得たんだ。この店の繁盛は昔の栄光の成果でもあるって訳だ」
「いや、ハンネスさん、戦場とか行ってねぇし。というか、矢って何時代の話だよ」
「ユミル、さすがにその設定には無理があるよ……」

 ふう、と溜息を吐く二人の背後から勝手に人の過去を捏造してるんじゃねぇよ、と声がかけられた。
 振り返ると、呆れた顔をした店主の姿があった。

「ロスが少ないのは努力と年月かけての情報の蓄積の結果だ。開店当初はそりゃ廃棄なんてよく出してたからな」
「そうなんですか?」

 問いかけにハンネスは頷いた。どうやったら廃棄を減らせるのか――ハンネスは毎日天気や湿度、何が何個売れてロスが何個だったかなどを記録していったという。更にどの季節に何が売れるのか、どの世代に何が人気あるのか、イベントや行事にはどんなものが好まれるのか、それこそ数年がかりで探っていったという。

「まあ、今はデータ化が簡単に出来るから楽になった。天気予報もピンポイントで地域を見られるからな」
「そういや、ハンネスさんって、天気予報以上に天気当てますよね」
「昔からの特技でな、外すことは滅多にない。まあ、稀に外して読みがずれることもあるが。どんなものにも百パーセントはないからな。それと、屋外に出りゃ、今の気温と湿度も肌で大体判るぞ」

 後、晴れ男だから行事で雨になったことはねぇんだぞ、とハンネスが言い、三人は顔を見合わせた。

「確かに凄ぇ能力だけど、地味だよな。どうせなら天候を操れるくらいは欲しかったな」
「イヤ、エレン、少なくとも天気を当てれば客数の判断には役に立つぞ? それに、旅行に行くときにいれば便利だ」
「二人とも、役に立ってるし、凄いと思うよ? ほら、お天気ニュースの気象予報士はおじさんばっかりだし、転職先になるかも……」
「ハンネスさんじゃ資格取るのは無理だろ。それに私は天気予報は綺麗な女性キャスターで聞きたい派だ」
「そういや、お天気ニュースっておっさんんとおねえさんじゃなきゃいけないって決まりでもあるのか?」

 口々に言い合う三人にハンネスの雷が落ちたのは言うまでもない。


 そんなことがあった数日後、見事な晴天の日に、ぽつりと、今日はもう売れねぇな、とハンネスが呟いた。実際に商品の品数は抑えられていて品薄になっていた。本来ならもっと数があるはずなのに――と思い、エレンが訊ねたら、ハンネスはこれから雨だ、と告げた。

「え、でも、降る気配ねぇけど……」
「イヤ、降る。雨が酷いと客足は落ちるから今日はもうそんなに売り上げは伸びねぇな」

 帰りはそんなに酷い降りにはならねぇと思うが、店の傘使ってもいいぞ、と告げてハンネスは厨房へ戻っていった。
 ――果たして、ハンネスの言ったことは的中し、予想外の雨に来店客はいつもよりがくん、と落ちたのだった。

「ひょっとすると、ハンネスさんは悪魔と契約してるんじゃないか? 天気を当てる能力と引き換えに心臓を捧げたとか……」
「いくら何でもそんなことはないと思うよ、ユミル」
「まあ、そんなことはどうでもいいんだが……問題は傘が足りないってことだな」

 ユミルの言葉に困ったわね、とクリスタが頷く。店には傘が何本か置いてあったが、傘を持参してきたものが少なく、配るには人数分に足りなかった。誰も本日は雨になるとは予想していなかったらしい。ビニール傘などは安値で売っているので買い求めるのは簡単だが、借りられる傘があるのに自分だけ渡されなかったら不公平感が残るだろう。

「あ、ユミルと私は一緒だから、傘は一つでいいんじゃない? それなら足りるわ」
「そうだな、そうしよう」
「あ、オレ、傘要らねぇから」

 エレンの言葉に女子二人は怪訝な顔をした。

「え? でも、傘ないんでしょ? エレン」
「ハンネスさんじゃねぇけど、オレもちょっと予想当たるから、大丈夫」

 不思議そうな顔の二人を置いてエレンは店の外に出た。


「エレン」
「リヴァイさん」

 店の外で待っていた男にエレンは微笑みかけた。駆け寄ってきて自分へと傘を差しかける男に、少年は不思議そうに首を傾げた。

「あの、リヴァイさん、迎えにいくって連絡でしたよね?」
「ああ、そう送ったが、どうした?」
「雨が降っていたからですよね?」
「ああ、お前は傘を持っていないだろうと思ってな」
「あの、なら、何で傘一本なんでしょう?」

 雨が急に降り出した時点でエレンは男がひょっとして心配して迎えに来ると言い出すのではないか、と思っていた。その予想は当たり、迎えにいくという連絡があった訳だが、自分が傘を持ってないのを知っていて何故、傘が一本なのだろうか。

「雨の日に相合傘で帰るのはお約束だろう」
「…………」

 ドヤ顔で言い切られ、イヤ、それはどちらかというと、恋人同士になる前の気になっている二人同士が距離を縮めるためのイベントではないだろうか、とエレンは首を傾げた。というか、同性同士の場合でも相合傘というのだろうか、と考えていると、相合傘は嫌だったか、と問われ、エレンはそんなことはないです、と首を横に振った。

「なら、良かった。ほら、もっと寄れ」

 ぴったりと身体をくっつけるようにして進むのは実のところ歩きにくい。――が、触れ合った場所からぬくもりが伝わってきて、エレンはふふっと笑った。

「何か、こうして帰れるんなら、雨もいいですね」
「…………」
「リヴァイさん?」
「確か、雨にするにはふれふれ坊主だったか? 社員全員に作らせて吊るせば――」
「いやいやいや、それはダメですから! 飲食業にとって、雨は痛手なんですよ? それに、ずっと雨ならオレも傘持ち歩きますからね?」

 慌ててそう言う少年に男は残念そうに承諾した。

「相合傘の中でいちゃいちゃしながら、こっそり傘で隠してキスするのがお約束なのに……偶然に頼るしかねぇのか」

 男の言葉にエレンはびしっと固まった。

「……エレン」
「イヤ、ここ公道ですよ? 人通りますよ?」
「もう、日も暮れたし、傘で見えねぇだろ」
「そういう問題じゃないです!」
「……エレン」

 男が甘く自分の名を呼んでくる。少年はちょっとだけですよ、と小さく呟くように言って、二人は傘の下、隠れるように掠めるようなキスをした。

「…………」

 羞恥で真っ赤になっている少年の手を取って男はずんずんと急ぎ足で歩き出した。

「リヴァイさん? あの、そんなに急ぐと濡れますよ?」
「……足りねぇ」
「え?」
「あれだけじゃ、全然足りねぇ。俺の部屋についたら続きをする。雨の日は部屋でいちゃいちゃするのがお約束だ」

 そうして、男の部屋に連れて行かれた少年は濡れた身体を温めるという理由で一緒に風呂場へ連れ込まれ、男の気が済むまでいちゃいちゃという名の行為に及ばれて、声を枯らす羽目に陥ったのだった。



 2017.5.4up



 久し振りのショコラ小話です。この後、ユミルと店で顔を合わせた時、エレンはクリスタと相合傘が出来なかったことを責められると思います(笑)。




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