※拍手で回っていたショコラ設定の話だけを集めてみました。ショコラを未読の方は読んでからどうぞ。企画にも同設定の話があります。



1.ハロウィン編


「エーレーン! トリックオアトリート!」

 教室に入ったエレンの顔を見るなり、幼馴染みの少年――アルミンがそう言って手を差し出してきたので、少年は呆れた顔をした。

「ハッピーハロウィン。……別にお前なら言わなくたってやるぞ?」

 エレンは持っていた大きなペーパーバッグから手作りのお菓子を取り出すと、幼馴染みに手渡した。それを見て、へえ、とアルミンは感心したような声を上げた。

「今回はちゃんとラッピングしてあるんだね。珍しい」
「ああ。お祭りみたいなもんだから、一応それらしくしてみた。女にもやるし」

 ラッピングといってもビニールに入れて口を絞ってリボンをつけた程度のものだが。普段、自分の手作りの菓子を試食してもらっているのは男友達ばかりなので特にラッピングなどはせずに、ビニール袋に適当に詰めて渡しているのだが、今回はハロウィンということでそれらしくしてみたのだ。今日はバイトは入っていないが、バイト仲間の女子にも渡す約束をしたし、イベントに便乗してクラスの女子の何人かにもせがまれていたので、どうせやるならと男友達にやる分も全部ラッピングしてみた。包材ってわりとするんだよなーと思ったが、お祭りなので多少の出費は仕方ない。

「ひょっとしてその袋の中、全部お菓子?」

 アルミンがエレンの持っているペーパーバッグを指差したので、少年は頷いた。菓子を作るよりラッピングする方が面倒だったというエレンにアルミンはエレンらしい、とくすくすと笑った。それから、早速とばかりに袋を開けて中からクッキーを取り出して口へと運ぶ。

「あ、これおいしい。パンプキンは作ると思ってたけど、しっとりタイプにしたんだ」
「食感違う方がいいかと思って。パンプキンとチョコはしっとりで、ナッツとプレーンの方はさっくりタイプにした」
「プレーンの周りのザラメはもうちょっと少なくてもいいかな。この前のアーモンドスライスの方が僕は好き」
「ナッツとかぶるかと思って。イチゴにしようかと思ったんだが、香りが強いからやめといた」

 一緒に入れると匂いが移るから、余り香りの強いものは入れられない。今の季節ならサツマイモとかは?などと、二人で話していると、菓子あるならオレにもくれと男友達に声をかけられ、エレンは合言葉は?と言って促す。

「トリックオアトリート!」
「ハッピーハロウィン。後で感想言えよー」

 菓子を渡して、アルミンに向き直ると、そういえばどうするの?と幼馴染みはエレンに訊ねた。

「どうするって?」
「あの人には何あげるのかと思って。今日も行くんでしょ?」

 アルミンに言われて、エレンは頬を朱に染めた。小さく行くけど、と呟く少年は幼馴染みから見ても可愛らしく映る。

「はあー娘を持つお父さんの気持ちが判るな……」
「? いきなり、何言ってるんだよ、お前」

 自分が娘扱いされているとは全く思っていない少年が不思議そうな顔をするのに、アルミンは何でもないよ、と返した。エレンが好きならもう仕方がないとは思っているが、可愛い幼馴染みを男に取られたのは癪に障るわけで。

「エレン、バナナオムレットが食べたいなー。今度作ってよ」
「いいけど、生菓子は学校には持ってこられないから、休みのときにな」
「うん。後、スウィートポテトも」

 さっきも言ったけどサツマイモは今の時期だし、と続ければエレンはそうだな、と頷いた。約束を取りつけてアルミンはにんまりと笑う。好きなときにエレンの手作りの菓子をリクエスト出来るのはアルミンの特権だ。これはあの男にもどうにも出来ない。二人の邪魔をする気はないが、意趣返しと言うか些細な自慢のタネを作るのは許して欲しいと思う。
 これから先、クリスマスやバレンタイン、ホワイトデーなどのことを考えると、その度にこんなエレンを見るわけで。
 自分も恋人でも作らなきゃなーでも、相手いないしなーなどと思ってアルミンは溜息を吐いた。


 帰りを告げるチャイムが鳴ったので、エレンはぱたぱたと玄関先まで出迎えた。

「お帰りなさい、リヴァイさん」
「ただいま、エレン」

 ご飯作っておきましたけど、どうしますか、と言うエレンに男はトリックオアトリートと告げた。

「ハッピーハロウィン。冷蔵庫にチョコケーキ入ってますけど、先に食べますか?」

 小さめのものだから、食後のデザートにしようと思っていたのだが、先に食べたいのだろうか。甘いものを摂取したいというのなら、もしかして疲れているのかもしれない。
 が、男はエレンがそう言うと、むうと眉を寄せた。

「エレン、トリックオアトリート!」
「はい、ハッピーハロウィン」

 もしかして、小腹がすいていて何か簡単につまめるものが欲しいのかもしれない。そう思ったエレンがカバンから今日の残ったクッキーを取り出して見せると、男はますます眉を寄せた。

「エレン、トリックオアトリート!」
「だから、何なんですか――」

 そこで、エレンははたと気付いた。きっと男が望んでいるのは。

「……トリック」

 エレンがそう言うと、男はにやりと笑ってエレンに抱きついてきた。

「正解」

 言いながら、ソファーに押し倒してくる男にエレンは慌てた。

「リヴァイさん、ご飯まだだし、お風呂も入ってないし!」
「メシよりお前が食いたい」
「何、親父くさいこと言ってるんですか!」
「親父だから、仕方ないだろう」
「折角作ったのに……」
「後でちゃんと食う」

 引かない男にエレンは溜息を吐いて、ベッドに移動することにした。嬉しそうに笑う男にふと思いついてエレンは男に言ってみることにした。

「リヴァイさん、トリックオアトリート!」
「トリック! お前の悪戯なら大歓迎だ」

 何してくれるんだ?と楽しそうに言う男に、少年は余計なスイッチを入れてしまったことを悟ったが、もうそれは後の祭りで。
 その後、おいしく頂かれてしまった少年は色々してしまった羞恥でベッドから出られず、男が苦労して宥める光景が繰り広げられるのだった。

 ――ハッピーハロウィン!



2013.10.24up



 ハロウィンネタです。書いてて無性にスイーツが食べたくなりました(笑)。





2.お土産編


 販売業というものは季節と天候に大きく左右されるものだ。特に飲食店に関しては雨脚が強ければ客の入りが悪くなるし、行楽シーズンなどは書き入れ時だろう。季節ごとによって売れる商品も違ってくる。エレンのバイト先でも秋冬はショコラ製品、夏はさっぱりとした柑橘系のフルーツを使ったケーキや目にも鮮やかで涼しげなフルーツゼリーなど、季節ごとに客のニーズに合わせた商品の入れ替えがある。無論、定番のものは外さないし、旬に合わせた限定製品などもあって、その時期にしか食べられない季節限定商品を楽しみにしている常連客も多い。
 更に気温湿度ともに完全管理した工場生産とは違って個人の厨房では、季節によって変わるそれらを考慮して調理しなければならず、職人の腕が試される商売だ。
 エレンのバイト先のカフェ・グリーンリーフは人気店であるから、商品が売れ残るということはまずない。この辺の調整も抜群なのだが、この日は天気予報が大外れして急に降りだした雨に客の入りが予想よりも下回り、いくつかのケーキが余る、という珍しい事態が起こった。店主のハンネスは廃棄するのは原材料を生産している人に失礼だから、とその商品をエレン達に土産として渡してくれた。但し、絶対に今日中に食えと念を押して。
 ケーキなどの生菓子は基本的にその日のうちに食べるものだが、冷蔵庫で保存しておけばすぐに傷むことはないし、クリスマスで買ったホールケーキの残りを翌日に食べるなんてことはよくある話だろう。が、ハンネスにとっては傷む以前に味が落ちるということが大事らしい。厳命を下されたエレンに渡されたケーキは4ピース。

「……………」

 エレンの父親は今日は当直だといっていたから、家には戻ってこない。幼馴染みに渡してもいいのだが――迷ったが、エレンは自分の携帯を取り出して、男にメールを送った。


「エレン、お帰り」
「……ただいま、リヴァイさん」

 エレンは恥ずかしそうに頬を染めてそう言いながら恋人の住むマンションの部屋へ入った。自分が出迎えてお帰りなさい、というのは自然に出来るのに、ただいまというのはどうにも恥ずかしい。恋人とはいえ、一緒に住んでいるわけでもない自分がただいまというのはおかしい気がするのだが、男はエレンの口からそれを聞きたがった。俺のとこにちゃんと帰ってきたんだって気がするだろ、と男に言われてしまったらエレンは承諾するしかなかった。

「今日は早かったんですね。ケーキすぐ食べますか?」

 エレンが先程メールで確認をとったのはリヴァイだった。一緒にケーキを食べるといって真っ先に思い浮かんだのが男だったのだが、男の仕事の都合を考え確認したら、彼はもう帰宅しているとの返信が届いた。すぐに迎えに行くという男に、迎えを待っているより行った方が早く会えますから、と返してエレンは男のマンションに向かったのだった。雨はもう止んでいたし、仕事で疲れているだろう男に余計な手間をかけさせたくなかった。

「ああ、食う」
「じゃあ、何か飲み物入れますね。紅茶と珈琲のどちらが――」

 そう言ってキッチンに向かったエレンが振り向くと、男はすでにケーキの箱を開けて手掴みでチョコレートケーキにかぶりついていた。

「リヴァイさん、お行儀悪いですよ」

 いつもはちゃんと皿の上でフォークを使って食べているのに、と首を傾げながらエレンが近付くと、男はやっぱりお前の作ったケーキの方が旨い、と少年に告げた。

「そんなことないですよ。ハンネスさんの腕は一流でオレなんかまだまだなんですから」
「いや、お前の方が旨い。ほら、食ってみろ」

 そう言って、手掴みのままのケーキを差し出されたので、エレンは固まった。見ると、にやりと笑う男の顔がある。
 これか、これがやりたかったのか、とエレンは男が行儀悪く手で直接食べた理由を悟ったが、後の祭りで。

「食べないなら、口移しで――」
「食べます! 食べますから!」

 かぷり、と男の手の中にあるチョコレートケーキにかじりつくと、男は軽く指で押しこむように少年の口にケーキを入れ、その口についたクリームを舌で舐めとった。

「――――!」
「クリームついてたぞ」
「口で言ってください!」
「取ってやった方が早いだろ」

 何でもないことのようにそう言って、男は自分の手の中のケーキを食いつくし、やっぱりお前の方が旨いな、と呟いた。

「ハンネスさんが作った方が美味しいに決まってるじゃないですか」

 クリームの滑らかさ、舌触り、スポンジの弾力とショコラの香り、甘さの加減など、そのどれをとってもきちんと計算されていて、見事に調和した素晴らしい作品だ。勿論、自作のケーキは店の商品とは材料からして違うのだから仕方ないのだが、同じ材料と器具を与えられても店に出せるようなものはまだ自分には作れないと思う。

「俺にはお前が作るものが一番だ」

 男はそう言って笑ってから更に続けた。

「それで、お前が一緒に食べてくれたらもっと旨い。更に食べさせてくれたらもっといい」
「……リヴァイさん、よくそんな恥ずかしいこと真顔で言えますね」
「事実だからな」
「…………」

 エレンは真っ赤になりながら、そのままキッチンにぱたぱたと駆けて行き、飲み物とともにケーキを皿の上に乗せてテーブルの上に出した。そして、リヴァイをソファーに座るように促し、自分も腰を下ろす。
 その様子に怒ったのだろうか、それともただ単に照れているだけだろうか、と男が考えていると、少年は手にしたフォークをぐさり、とケーキに突き刺した。そのままそれを男の口元まで運ぶ。

「………リヴァイさん、はい、あーん」

 真っ赤な顔でフォークを男に差し出している少年をリヴァイはまじまじと見つめてしまった。まさか、本当にやってくれるとは思ってなかったのだ。

「エレン」
「今日だけですからね! ふ、普段はしませんからね!」
「どうせなら、手が良かったな。お前の指舐められる――」
「………! それはダメです!」

 男は残念、と笑いながら口を開け、本当は今一番食べたいのは目の前の少年なのだが、それを言ったら機嫌を損ねそうだったので、それを胸に秘めたまま甘い時間を過ごしたのだった。



2013.10.29up



 手の中のケーキにかじりつくっていいよね、作品。某BLゲームの方でも書いたのですが、そちらは受けの手から攻めが食べていたので、今回は逆です。ショコラ人気あるみたいなので、ちょっと書いてみただけです(笑)。





3・ポッキーの日編


「エーレーン、今日は何の日か知ってる?」

 幼馴染みの少年がにこにこと笑いながら、椅子に逆向きに座って、後ろの席の少年に問いかけた。本日のカレンダーの日付は11月11日で、考えなくてもすぐにエレンの口からは回答が出た。

「11月11日。ポッキー&プリッツの日だろ」
「うん。だから、ポッキー」

 何がだからだ、と突っ込みたいところだが、エレンはそれをせずに、差し出された少年の手の上に手作りのポッキーの入った袋を置いてやった。自分で言い出したくせに幼馴染みはそれを見て目を丸くして驚いていた。

「え? これ、エレンの手作り? ポッキーって手作り出来るんだ?」
「お前、自分で言っておいてな……基本的に普通の菓子作るのと材料は変わらないし、意外に簡単に出来るぞ?」

 幼馴染みはどうやら冗談で言ったらしく、手作りのポッキーが出てくるとは思っていなかったらしい。デコポッキーなど自分でアレンジ出来るレシピを公開している菓子メーカーもあるが、それは市販のポッキーを使うもので、日頃お菓子を作らない人にとってはポッキーはいちから手作りするものではないのだろう。ポッキーと言えば安価なものが多いし作ってまでも、と思うのも判るが、小麦粉と牛乳とバターが主な材料だし、一本一本にチョコを塗るのが手間と言えば手間だが、バリエーションも色々あって作るのは楽しい。

「手作りのポッキー食べるの初めてかも。あ、美味しい。ホワイトチョコにはドライイチゴをトッピングしてチョコはアーモンドクラッシュにしたんだ」
「折角作るならプレーンじゃ詰まらないかと思って。人参とかごまとか入れた野菜ポッキーも結構美味いぞ。市販のものより形は悪いけどな」
「市販のより、美味しいよ、これ」

 誉められるのは嬉しいので少年は素直に礼を言う。幼馴染みはポッキーを口にくわえてブラブラさせながら、思いついたようにエレンに視線を向けた。

「訊かなくてもそうだと思うけど、これ、あの人にも持って行くんだよね?」

 あの人という言葉が示す人物は決まっていたので、エレンは素直に頷いた。今日は男の家に行く約束がしてあったからだ。

「持っていくのはやめておいた方がいい気がするけど……いや、あの人なら絶対に自分で用意しているか」
「?」

 意味が判らずに首を傾げる少年に、幼馴染みは再びポッキーを咥えて、ほら、エレン、と言った。

「何の真似だよ?」
「ポッキーゲームに決まってるじゃないか」

 あっさりと言う幼馴染みに、エレンは男同士でやったって寒いだけだろ、と告げた。だいたい、そう言うのは飲み会の余興とかでやったりするものではないのだろうか――いや、飲み会に参加出来る年齢ではないし行ったことがないので判らないが。

「というか、そんなベタなことやってる奴っているのか?」
「あの人は絶対にそういうベタなことが好きそうだと思ったんだけど」

 エレンが当然ながらポッキーゲームはしなかったので、残りのポッキーをポリポリと食べながら、まあ行けば判るよ、とアルミンは告げたのだった。


「……………」

 まさか、とは思っていたが、本当だとは思っていなかった。恋人の家のリビングのテーブルの上に積まれていたのはポッキーの山。シンプルなミルクチョコレートのものから、ビターチョコ、ホワイトチョコ、アーモンドクラッシュチョコ、つぶつぶイチゴ、カフェオレ、抹茶と色々な種類のポッキーが取り揃えてあった。

「お前が何を好きなのか判らなかったから、色々買っておいた」
「リヴァイさん、この大量のポッキーで何する気なんですか……?」

 九十九パーセントの確率で予想はついたが、一応、エレンは恋人に訊ねてみた。

「勿論、ポッキーゲームだ!」
「イヤ、そんなドヤ顔で言われましても……」

 アルミン、オレが間違っていたよ、と心の中で少年は呟きながらも、恋人の輝くような期待した顔に負けてエレンは持参した手作りのポッキーを鞄から取り出したのだった。

「じゃあ、行くぞ」

 男はいそいそとソファーに恋人と座り、ポッキーを手に恋人を促した。お互いに端からかじっていき、唇と唇が触れ合いそうになったそのとき―――。
 ポキッと、音がして、少年はポッキーをかじって折ってしまった。
 当然、男は面白くない訳で、むうと眉を寄せた。

「オイ、エレン、お前――」
「隙あり、です」

 ちゅっという軽い音がして。男が眼を丸くして驚くのを見て、少年は満足したように笑って触れ合わせていた唇を離した。

「別に、こんなゲームしなくったって、したければしますよ?」

 真っ赤になりながらもそう言う可愛らしい少年にリヴァイの思考は現実に返り、少年の肩をがしっと、掴んだ。

「エレン、今のもう一回」
「ダ、ダメです」

 一方の少年は自分のした行為が今頃になって恥ずかしくなったらしく、ぶんぶんと首を横に振った。

「もう一回!」
「ダメです、恥ずかしいです!」

 この後、ソファーの上でもう一回とダメの応酬――傍目から見たらただイチャついているとしか思えない光景が繰り広げられたのだった。



 2013.11.2up



 11月11日はポッキー&プリッツの日なので書いてみました。何だか、リヴァイがヘタレでエレンが小悪魔になっているような気が……。





4・お月見編


「今度は和菓子職人に興味が湧いたの?」

 いつものように教室で椅子に逆向きに座りながら、幼馴染みが後ろの席の自分に問いかけてくる。その手には本日エレンが持参した抹茶シフォンがあった。鮮やかな緑色を出すのに色々と苦労したが、納得のいく仕上がりになったと自分では思う。

「そういうわけじゃねぇんだが、和テイストのものも結構あるから挑戦してみようかなって」
「抹茶は女性が好みそうだからいいんじゃないかな? 色合いも綺麗だし、甘さはあっさりめにしたんだね」
「シフォンケーキは生クリームやジャムとか添えることが多いから、あっさりめがいいかと思って。抹茶だと小倉あんとかかな。あっさりしすぎたか?」

 学校には要冷蔵のものは持ってこられないから今回は生クリームはつけなかったのだが、甘みが足りずに余り美味しくなかったのだろうか、と訊ねたら、幼馴染みは首を横に振った。

「僕はこれくらいが好きだけど。余り甘いと最初は良くても後がきついんじゃないかな」

 言われてみると、確かに和テイストの洋菓子って結構あるよねー、とアルミンは続けた。
 抹茶ロール、小豆のムース、和栗のモンブラン、とエレンのバイトしている店でも限定で和テイストのスイーツを並べることがある。特に抹茶を使ったものは女性に好まれていて人気のある商品だ。

「そういえば、エレンは和菓子は作らないよね。和菓子のいいところを取り入れたいなら、和菓子も作って研究してみたら?」

 アルミンの意見ももっともだが、まだまだ洋菓子も満足いく腕にまで達していない自分が和菓子を作るのはどうだろうか、と率直に述べたら、エレンは真面目だなーと幼馴染みは笑った。

「何でも挑戦してみればいいんじゃない? ジャンルは違っても同じ甘味なんだし、美味しいものに垣根はないって言うだろ。それに」

 そこで言葉を区切ってアルミンは笑った。

「あの人なら、エレンの作ったものなら、絶対に何でも喜んで食べると思うよ?」

 勿論、僕だって喜んで食べるけどね、と笑う幼馴染みに、少年は恋人のことを思って頬を赤く染めたのだった。


 アルミンに言われたから、というわけではないが、その日、恋人の家に持参したのは和菓子だった。
 皿の上に並べられたものを男は眼を細めて眺めた。

「ずいぶん可愛らしいものを作ったんだな」
「普通に作っても面白くないんで。うさぎにしてみました」

 皿の上に並べられていたのは可愛らしいウサギの形をしたお団子だった。赤い眼をしたウサギ団子は作るのは簡単だったが、どちらかというと手間がかかったのは添えられている粒あんだ。和菓子イコールあんこの単純発想から生まれたのだが、勿論、市販のものではなく、いちから煮込んで手作りした。一晩水につけて下処理をちゃんとして作ったあんこは思いのほか美味しかった。あんこはトーストやパンケーキなどに添えて使い回しが利くので、余った分は冷凍保存しておこうと思う。

「あ、粒あんにしましたけど、こしあんが良かったですか?」
「お前、あんこまで作ったのか?」

 さすがに驚いた男が訊ねるとエレンが頷いたので、男はそれはすごいな、と呟いた。

「いや、あんこは粒あんだろう。なにせ、あのアンパンのヒーローの中身は粒あんなんだぞ?」
「重要なのそこなんですか。というか、リヴァイさん、顔をもらっても絶対に食べないですよね……」
「当り前だろう。あんなの絶対に雑菌だらけに決まっている」

 子供のヒーローをさらっとそんな風に言ってリヴァイは団子をあんとともに口に運んだ。
 旨いな、という男に、良かった、とエレンは笑った。恋人に限らず、人に美味しいと言ってもらえる瞬間がエレンは好きだ――勿論、恋人のそれはまた違った嬉しさがあるのだけれど。自分の作ったものを食べてもらって美味しいと幸せそうに笑ってもらえると、それだけで自分も嬉しくなる。また作ろう、もっと美味しいものを作ろうという気になる。ああ、やっぱり自分はこういう職業に就きたいのだな、と改めて思う瞬間だ。

「三温糖とザラメで作ると、味が全然違うんですよねー。勉強になりました」

 そう笑う少年の手を引いて男はベランダに出た。ひんやりとした夜風が頬を撫ぜる。

「リヴァイさん?」
「団子といったら、月見だろう?」
「今日は十五夜じゃないですけど」
「細かいことは気にするな」
「…………」

 アルミンが以前、リヴァイは絶対にベタなことが好きだと言っていたが、やはりベタなことはやっておきたいようだ。そういうところも困ったことに嫌いではないから、エレンは付き合って一緒に月を眺める。

「エレン」
「はい、何ですか?」
「……月が綺麗ですね」

 エレンはきょとんとして、それから笑った。どうやら男はこれが言いたかったらしい。何だ、知らないのか、という男に少年は首を横に振って知ってますよ、と答えた。
 かの有名な文豪が「I LOVE YOU」を「月が綺麗ですね」と訳したのは有名な逸話だ。
 ちょっと拗ねた顔をする男の頬に軽く唇を当てて、エレンは小さく大好きです、と囁いた。
 言った途端、目を見開いて、それから満足そうに笑った男に抱き締められ、エレンはでも、本当に今日は月が綺麗ですね、とその腕の中で同じように笑った。



 2013.11.12up



 和菓子食べたいなーと思って出来た作品です(笑)。結城は絶対にこしあんより、粒あん派です!(キッパリ)でも、コンビニのあんまんはこしあんの方が好きだったりします。





5・記念日編


 エレンがその日アルバイト先であるカフェ・グリーンリーフを訪れると、バイト仲間であるクリスタが歓声を上げていた。

「どうかしたのか?」

 シフトに入るため店の制服に着替えたエレンが声をかけると、クリスタがああ、見て綺麗でしょうと1つのケーキを指し示した。
 そこには淡い桃色のムースと透明なゼリーの二層構造になったケーキがあった。透明のゼリーの中には赤や黄色やピンク等の色鮮やかで綺麗な花々が閉じ込められており、確かにこれは女性が歓声を上げたくなるほど華やかで美しいものだとエレンは思った。

「エディブルフラワーケーキ? でも、店では、エディブルフラワーを扱ったケーキはなかったはずじゃ?」
「ええ、そうなんだけど、店長が知り合いに頼まれたらしくて、特別に作ったらしいの。結婚記念日なんですって」

 店頭に並べて販売するものではなく、ハンネスが知人に頼まれて作った注文品なのだと、クリスタが説明するのをエレンは聞きながら、そういや、自分もエディブルフラワーは使ったことがなかったな、と思い返した。エディブルフラワー――食用花は文字通り食べられる花のことで、サラダやオードブルなどの料理や、ケーキのデコレーションなどに使われたりするものだ。食べられる花というと桜の花の塩漬けや食用菊等を思い浮かべる人が多いと思うが、実際にはもっと種類が豊富で花の色も様々だ。花屋で売られている花は農薬を使用されているので使えないが、食用に無農薬栽培されたものが販売されているのは少年も知っている。

(でも、花を食べるって、何か不思議な感じがするんだよな……)

 食材として考えたことはなかったが、これを機会に使ってみるのもいいかもしれない。何かの記念日に華やかなもので飾れば喜ばれるだろう。だが。

(そういや、記念日って何があるんだろう……)

 誕生日やクリスマスなどのイベントではエディブルフラワーを使ったケーキは食べない気がする。いや、食べてもいいのだろうが、もっとアニバーサリーと呼べるようなものの方がぴったりする気がした。

「ほら、エレン、お客様」

 クリスタに声をかけられてハッとしたエレンは考え事を中断して仕事に集中した。


「記念日?」

 いつものように椅子に逆向きに座りながら、幼馴染みの少年は首を傾げた。その手にはエレンが持参したフィナンシェがある。紅茶とさつまいもの二種類を作って渡したが、幼馴染みの感想は紅茶は女性受けしそうで、さつまいもは子供に喜ばれそう、だった。味はどちらも美味しいと言っていたが、ほのかな香りとあっさりした甘さの紅茶の方がよりお気に召したらしい。

「誕生日やクリスマスを外すなら結婚記念日とか? 母の日とかに送ったら喜ばれそう――」

 エレンからエディブルフラワーの話を聞いた幼馴染みも、そういうケーキをいつ食べるのかピンとこなかったようだ。考えた末、母の日、と言いかけてアルミンはバツの悪そうな顔をした。エレンの母親はもう他界しているから無神経だと思ったのだろう。エレンは笑って上手く作れたらお前の母さんに送るよ、世話になってるし、と続けた。アルミンはごめんとは言わず、うん、ありがとうと同じように笑った。

「僕だったら、花のケーキもらうより普通のケーキがいいけど。綺麗だけど、花よりフルーツの方が美味しいと思うし」
「オレもフルーツの方がいいけど、それ言ったらおしまいだろ」

 自分が美味しいと思うものを作るのが基本ではあるが、やはり、作る側にも好みはある。だが、パティシエとしてやっていくなら自分の好きなものだけ作っていくというのは無理な話だろう。何かに特化した店を目指しているならまた別だが――例えばチーズケーキ専門店とか、ロールケーキ販売の店とか――、エレンが目指しているのはそこではない。

「何か、話がずれてないか? 記念日の話だって」
「記念日ね……そういうのは女の子の方が詳しいというか、気にしそうだけど。この前、彼女に記念日忘れて怒られたって話聞いたよ」

 そう言って、アルミンはエレンも知っているクラスメートの少年の名をあげた。

「それがさ、誕生日とかじゃなくてさ、付き合って一ヶ月目の記念日とかで驚いた」
「一ヶ月って……それじゃ毎月やるのか? 付き合って一年とかならまだ判るけど……というか、どこから記念日認定するんだ?」

 はっきりと告白して付き合ったのならその日が記念日かもしれないが、人に紹介されて一緒に遊んでいるうちに何となくそういう関係になった場合もあると聞く。そういうのはどこからカウントするのだろう。
 というか、そういうものは普通はやるべきなのだろうか。

(告白のときのことは覚えてるけど……そこからカウントしてやるものなのか?)
「いや、そういうのって人それぞれだと思うけど。……あの人なら細かく記念日作ってそうな気はするけどね」

 考え込むエレンにアルミンがそう声をかけた。エレンを溺愛しているあの男なら、初めて会った日とか初めてデートした日、告白した日に何何をした日、などとこと細かに覚えていそうな気がする、とアルミンは思った。

「というか、記念日に拘らなくてもいいんじゃない? ちょっとしたお返しとかお祝い事にケーキもらったら嬉しいだろ? 食べて美味しいって喜んで笑ってもらえたら十分だって、それが嬉しいからエレンはパティシエになりたいんだろ?」

 アルミンにそう言われてエレンは眼を瞬かせた。根本的な話――自分がどうしてパティシエを目指しているのかを指摘されて、ああ、確かにその通りだとエレンは思った。目から鱗が落ちた気分である。

「アルミンはすげぇな、うん、納得した」
「イヤ、凄いのはこんなに美味しいお菓子作れるエレンの方だからね?」

 だから、また作ってきてね、と幼馴染みの少年は悪戯っぽく笑った。


「ただいま、エレン」
「おかえりなさい、リヴァイさん」

 その日、リヴァイが仕事を終えて帰宅すると、可愛い恋人が出迎えてくれた。促されるままリビングに向かうと、ほのかに甘い香りが漂ってきた。いつもの甘いショコラの香りではなく、フローラルとでもいうべきか。そして、その香りの示す通りに部屋には花が飾られ、エレンが少し照れくさそうな顔で、綺麗な花を閉じ込めたゼリーを運んできた。目を楽しませる鮮やかな色のそれは、どうやら食べられる花らしい。
 いつもとは違った感じの趣向にリヴァイは内心で首を傾げた。本日は二人の誕生日でもイベントがある日でもなかったはずだ。何かの記念日だとも思えず、エレンに訊ねると、今日は何でもない日の記念日です、と男に告げた。

「何でもない日の記念日?」
「はい。オレ、誕生日とか、お菓子関連のイベントごとなら忘れないんですけど、二人の記念日って気にならないっていうか、そういうの覚えていないタイプなんで」

 だから、リヴァイさんが何かの記念日だって思っていても忘れていてがっかりさせちゃうことがあるかもしれません、と少年は続けた。

「あの、でも、リヴァイさんのこと想ってないとかそういうんじゃなくて、一緒にいられて嬉しいとか、何でもない日が楽しいなとか、そういうの伝えられたらいいなって」
「…………」
「嬉しいとか楽しいとかありがとうとか、そういうの伝えるのって別に記念日じゃなくてもいいかなーって思って。だから、何でもない日に、そういうの伝えたくなったら、何でもない日記念日やろうかって、勝手に決めちゃたんですけど。で、今日がその記念日です。あの、その、リヴァイさん……」

 少年は頬を朱に染めながらはにかむように男に告げた。

「あなたが、大好きです」
「……………」
「リヴァイさん?」

 先程から固まったまま、返事をしない男に少年が不安になってその名を呼ぶと、男はがしり、とエレンを掴み、その身体を抱え上げた。

「え? え? どうしたんですか?」
「今のはお前が悪い。絶対にお前が悪い。だから、俺は悪くない」

 わけが判らずに混乱する少年を抱えて運んだ先は男の寝室で。
 とさり、と少年をベッドの上に落とした男はその額に軽く口づけを落とした。

「あんまり、人を喜ばせるんじゃねぇよ。これ以上惚れさせてどうする」

 ただでさえ、やばいんだからな、と男は笑って少年の衣服に手をかけた。
 事態を悟った少年が慌ててももうときは遅く。今日も美味しく少年は男に頂かれてしまうのだった。
 ―――何でもない日が続くことが、きっと一番の幸せ。



 2013.11.17up



 アルミンの言う通りにリヴァイはこと細かく○○した日とか、メモってると思います。ベタな展開ですが、ショコラ設定の二人はもうこうなったら、ベタ道を進むことにしました……(汗)。




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