真っ暗な檻の中、少年はただ膝を抱えて俯いていた。自分がこれから先どうなるのか――おおよその想像はついている。この五年間続いた地獄のような生活がまた続くか、それか、更に深い闇の底に落ちて朽ち果てていくか、それは少年自身にも判らないが、ろくな未来ではないだろう、と少年は悟っていた。絶望という言葉は既に知り尽くしていたし、このまま朽ち果てていくのだとしてももう構わなかった。いっそ、もっと早くに一思いに死んでおくべきだったのかもしれない。両親が流行り病であっさりと命を落としたあのときに。
 だが、朽ち果て沈んで失われていくだろうと思われた少年の未来はそこで潰えなかった。

 ――あの子、凄く綺麗。欲しいわ、買って頂戴。

 そう言って少年に手を差し伸べたのは、ふわふわとした甘い砂糖菓子で出来たような、素晴らしく綺麗で可憐な少女だった。

 ――ねえ、ルイはアリーのものなのよ。だから、ずっとアリーの傍にいてね。

 少年はその言葉に頷き、その小さくて柔らかな手を取ったその日から、彼は永遠に少女のものとなったのだ。




FLOWER




 男が鎖の調節をし直して緩めてくれたので、エレンは上半身を再びベッドの上で起こすことが出来た。近くの椅子に腰かける男に警戒しながら、少年は周囲に視線を走らせた。部屋の出入り口は女が出ていった扉一つだけで、窓も一つしか存在しない。女はこの塔の窓から自分を落とす、と言っていたが、その言葉が本当ならここは塔の上階に位置するのだろうか。
 窓まで行けるほど鎖は長くないのでそこから下は眺められないが、見える範囲には樹木がない。ということは、ここは木よりも高い場所にあると判断出来る。勿論、近くに樹木がないという可能性もあるが、階段を下りていっただろう女の足音も長く響いていたから――階段などこの建物は主に石材を使用しているらしく、反響音が大きい――少なくとも三階以上の高さはあると推定される。となると、道具なしに窓から脱出するのは難しいだろう。まずしなければならないのは手枷を外すことだが、何をするにしても作業音が響いて感付かれる可能性が高い。

(後は、ここがどこなのか。施設からどれだけ離れた場所になるのか……)

 自分が教官達の話を聞いたのは昼過ぎ――昼休憩の合間の出来事だったからこれは確かだ。どのくらい気絶していたのか判らないが、日はまだ落ちていないし、腹具合からいってもあれから数時間程経過したくらいだろうか。気絶した人間を人力で運ぶのは骨が折れるし、かといって馬などに括りつけて運べば目立つだろう。なら、おそらくは移動手段は馬車だ。元々、彼らはリヴァイを拉致する気でいたのだから、施設の近くに馬車を待機させていたのに違いない。

(訓練施設から馬車で数時間で辿り着ける場所にある、塔……範囲が広すぎて判らねぇ。人目につきにくい場所にあるんだと思うが……)

 猿轡を噛まされていないことからいっても近くに人家はないだろう。あったとしても、騒がれても問題ない相手しかいない。つまり、この付近の住人に助けを求めるのは無理だと考えるのが妥当だ。そうなると、やはり、自力で脱出するしかないわけで。

(とにかく手枷を外さないことには何も出来ねぇ)

 結局、そこに戻るのだが、男は楽にしているようで隙がないし、対人格闘術を駆使したとしても鍵を外させることは難しいと思える。うーんと思わず唸ると、男は小さく笑って考え事は終わりましたか、と訊ねてきた。エレンは男を睨んだが、ここは情報を聞き出すいい機会なのかもしれない。男との会話の中から、解決の糸口が見える可能性はゼロではないだろう。あの女とは会話が通じる気はしなかったので、情報を引き出すならこの男しかない。男が他の仲間を連れてくればまた別だが。

「あの女が可哀相って言ってたけど、どういう意味なんだ? あんたはどうしてあの女に従っている?」

 彼女に比べたら彼の方はまだ常識があるように思える。いや、こんなことに加担している時点でもう普通とは呼べないが。

「そうですね……何から話しましょうか。詰まらない身の上ですが、あなたの退屈しのぎにはなるでしょう。私は、元々、北方の出身で家は農作物を作っておりました」

 北方で農地を開拓した生産者の一家の暮らしは決して裕福ではなかったが、それでも家族でつつましく幸せに暮らしていた。――その一家に不幸が襲ったのが男が八歳のとき。両親が流行り病で亡くなったのだ。親を亡くした子供の行く末など暗いものばかりだ。せめて訓練兵になれる年ならば良かったが、まだ幼く保護してくれる身寄りが誰もいなかった男は人買いに騙され、闇市で売られた。働き手としては戦力にならない幼い子供にも色々と需要があるという。

「幸か不幸か私の顔は綺麗と言われるものでしたから――まあ、どうなったかは想像がつくかと思いますが」
「…………」

 エレンは開拓地であったことを思い出し、顔を歪めた。自分もあのときに助けられていなかったら、きっとこの男と同じ運命だったのであろう。

「そういった趣味を持つ男性は世に意外といるようですよ。あなたに話しているところを見られた教官もその一人です」

 エレンは驚きと嫌悪感が混ざった複雑な顔をした。エレンはあの教官が好きでも嫌いでもなかったけれど、そういった性嗜好の持ち主だとは思っていなかった。

「訓練兵にはまだ手出しはしていないようですからご安心を。だからこそ、ストレスをためてそういう店で発散しているようですが、同じ年頃の少年少女を教える教官がそんな趣味を持っていると知られれば、身の破滅でしょうね」
「……それで、脅したのか」
「いいえ、昔のよしみで頼んだだけですよ」
「?」
「彼は私の客だったことがあるので」
「――――」

 同情は要りませんよ、と男は笑った。あの地獄を同情で片付けられること程腹が立つことはありませんから、と。
 その地獄のような環境で、それでも男は生き残り、五年程経ったある日、男は唐突にまた闇市で売りに出された。理由は、男が年を取ったから。

「そういった店では扱う子供の年齢は決まっていて、育ったらもう要らないんだそうです」

 そこに現れたのがアリーシャだった。あの子、綺麗、欲しいわ、のたった一言で男は少女のものになったのだ。男が十三歳、アリーシャが九歳のときの話だ。
 地獄のような環境は一変した。清潔で綺麗な衣服を与えられ、きちんとした教育を受けさせてもらい、三度の食事に、個室まで与えられた。性的な要求は一切されず仕事はアリーシャの世話だけ。アリーシャの口癖はルイは綺麗ね、アリーの傍にずっといてね、だった。

「多分、私も人形だったのかもしれませんが……アリー様は寂しかったんだと思います」

 彼女の父親はとても忙しい商売人だった。商家の出身で貴族の身分欲しさに美しく家柄の良い娘を金を積んで娶ったが、夫婦仲は悪く、妻は娘を生むともう自分の役目は済んだとばかりに家を出ていった。父親の方は娘に愛情が全くなかったわけではないと思うが――商売の方が忙しくて娘に構う時間を作れなかった。その代わりにありとあらゆる贅沢を娘にさせた。娘が欲しいと一言言えば、それはすぐに娘の手に渡った。欲しいと思ったものは何でもすぐに手に入る環境で育った娘が、自分に手に入らないものは何もない、と――そう思い込んでしまったのは彼女だけの責任ではないだろう。そして、最初はものだけだったそれが人に移り変わるのは早かった。娘は母親によく似た美貌の持ち主であったし、更に家柄も良く、自由に使える財力もあった。そのため、彼女が欲しいと思った人物は簡単に彼女のものになった。
 だが、人の心は永遠に変わらないものではない。彼女の異常性に気付いてしまったら、尚更離れていくのは早い。彼女に愛を囁いていた男が心変わりし離れていこうとした、それがことの発端だった――いや、ずっと積み上げられてきたものがそこで崩れ落ちた、というべきか。

「最初はナイフで一突きだったでしょうか。その後、彼女は言いました。だって、自分から離れようとするんですもの、きっと彼は運命の恋人じゃなかったのよ、と」

 それから彼女の運命の恋人探しは始まった。何人もの運命の恋人が現れては消えていった。そして、父親の主催する夜会に来ていたリヴァイに出会い、彼こそがきっと運命の恋人に違いないと――いや、自分達は愛し合っている運命の恋人同士なのだと、彼女の中では決まってしまった。

「アリー様はただ愛してもらいたいだけなんですよ。永遠にずっと傍から離れていかない恋人を必死に探し求めている」

 親から愛情をもらえなかった、愛することを知らない、子供。
 そのまま成長した子供は多くの犠牲者を出し、男はその後始末を行っている。弱みを握って脅し、あるいは金を積んで協力させ、事実を総て覆い隠して。

「それは――それでも、彼女は間違っている。あんたは彼女を止めるべきだった」
「そうですね。間違えたんでしょう。どこからか判りませんが――でも、それでももう止められない」


 例え、間違っている道でも、走り出してしまったらもう止められないのだ、と彼は自嘲するように笑った。

「あなたを取引材料としてリヴァイ兵士長を呼ぶことにしました。ああ、言っておきますが、ここはアリー様が所有する塔の五階ですから、窓からは逃げられませんよ。その状態では無駄だと思いますが」
「……最後に一つ、何でオレにそこまで話した?」

 出て行こうとしようとする男にエレンはそう声をかけた。男は何ででしょうかね、と笑った。

「エレン・イェーガー、シガンシナ区出身。巨人の襲撃の際に母親は死亡。父親は消息不明。その後、開拓地に送られ、問題を起こし、一時期調査兵団に身を寄せていた。合っていますか?」

 少年は驚いたが、おそらくはあの教官や他の兵団に協力者のいる男は自分のことを聞いたのだろう。
 隠したところで無駄なので、少年は頷いた。

「少し――少しだけ似ていると思ったからかもしれません。私とあなたが」

 確かに男と自分は似通っている点はあるだろう、だからこそ。

「リヴァイさんに何かしたら、許さない、絶対に」
「そうですね。アリー様に何かしたら、私もあなたを殺しますから。どの道、あなたのことは処分しなければなりませんが――大人しくアリー様に従えば、生き残れるかもしれませんよ?」
「断る。オレが傍に立ちたいのはリヴァイさんだけだから」

 男は苦笑して仕方ありませんね、と言うと、静かに部屋を出ていった。




 ガチャガチャ、と手枷を外そうと少年は試みたが、やはり頑丈に作られた手枷はびくともせず、何をしても手首から外れることはなかった。

(やっぱり、鍵を手に入れるしかないか)

 ないだろうとは思いつつ、一応動ける範囲内で鍵を探してみたが、やはり無駄足であった。持ち歩いてくれているのなら奪う機会もあるかもしれないが、どこか別の場所に隠しているのならどうしようもない。

(……いてぇ……)

 外そうと躍起になったせいで、手首は擦り切れて血が滲んでいた。だが、何としても、ここから出る手段を見つけなければならない。

(オレを取引材料に使うと言っていたし……)

 時間の経過が判らないが、あれから日が落ちて随分と経っている。もうすぐ夜が明ける頃だと思うが――彼はどうなっているのだろうか。

「リヴァイさん……」

 エレンが思わずそう呟いたとき、ガンッという凄い衝撃音が窓の方から聞こえた。
 何だ、と問う暇も必要もなかった――愛しい人の声が耳に届いたから。

「エレン、窓から離れていろ!」

 近付こうにも鎖がそこまで届きはしないのだから寄れないのだが、エレンは男の言葉の意味を悟って、咄嗟にベッドにかけられていた高級そうな羽毛布団を頭から被ってそれに備えた。
 すると、ガッシャーン、と派手な音が響き渡って、トンッという着地する音がそれに続いた。エレンは布団を跳ねのけ、窓を見ると、愛しい男がそこには立っていた。どうやら立体起動装置で塔を駆け上り、窓を蹴り破ってここまで来たらしい。砕け散った窓硝子の破片や窓枠を足でのけて、男はエレンに駆け寄った。

「無事か? 何もされていないか?」

 頷くエレンに男はホッとした顔をしたが、その両手に手枷がはめられているのを見て眉を顰めた。エレンの手を取って、ピンを取り出し開けようとしたが、上手くいかない。

「……単純そうに見えて複雑に出来てるな。鍵がないと開けられないか。もっと時間があれば外せると思うんだが」

 いや、普通の人はピンでは鍵は外せないです、と突っ込むよりも先に少年が疑問に思ったことは一つ。

「どうしてここが……?」
「お前のとこの教官をシメた」

 さらりと重大なことを言う男にエレンは眼を丸くする。どうも、気絶させたエレンを馬車まで運んでいるところを誰かが目撃していたらしい。彼らのことだから注意深く行動していただろうが、リヴァイ達も監視している犯人の割り出しに気を払っていたのだ。目撃証言と少年の所在の不明――そして、その後リヴァイの滞在している部屋に少年の身柄を預かっているという内容の手紙が投げ込まれ、男はことの次第を悟ったのだ。
 その後の男の行動は素早かった。教官を捕らえて情報を聞き出し、少年の居場所を割り出したのだ。リヴァイが取引に応じたと見せかけておいて、指定された場所には替え玉を向かわせている。その間に男がエレンを救出するというわけだ。

「近くに馬をつないである。ハンジ達が協力してくれているから、時間が稼げた」

 あのクソメガネもたまには役に立つ、という男に少年は項垂れた。

「すみません、リヴァイさんやハンジさん達にもご迷惑をおかけしてしまって……」

 男のために少しでも力になれたら、と犯人捜しを始めたはずだったのに、捕まって取引材料にされたなんて本末転倒もいいところだ。結局役に立つどころかこうして皆の足を引っ張ってしまっている。

「何言ってんだ。お前がこうして尻尾を掴んでくれたから、相手が判ったんじゃねぇか」
「でも、皆さんにご迷惑を……」
「違うだろうが」

 男は少年の頭をくしゃりと撫ぜた。

「あのクソメガネやペトラやエルヴィン達は自分から協力を申し出てきた。俺が頼んだんじゃねぇ。お前のことが大事だから――今はまだお前は訓練兵だが、この先同じ目標を目指し、行動を共にする大事な仲間だと思っているから行動したんだろうが。それはお前が築いた人間関係の賜物で、お前の財産だ。お前でなければあいつらはこうも迅速に連携して動いたか判らん」
「――――」
「迷惑をかけたと思うんだったら、腕を磨いて今度はお前があいつらを助けてやればいい。お前ならそれが出来る」
「……はい!」


 泣きそうな顔で――それでも力強く頷く少年の頭をもう一度撫ぜると、男はピンをしまって剣を構えた。

「手枷を外すのは無理だから、鎖をぶった切る。エレン、動くなよ?」

 少年が頷いたのを見て、男は勢いよく剣を振り下ろした。
 ガキン、と甲高い金属音がして自分を縛り付けていた鎖から少年は解き放たれた。

「施設に戻ったら手枷も外してやるから、今は我慢しろ。重いかもしれないが」
「はい、大丈夫です。リヴァイさん、でも、どうやって脱出するんですか?」

 扉はしっかりと施錠されている。二人で蹴り飛ばせば開くかもしれないが、下から騒ぎを聞き付けてそろそろ誰かがやって来るかもしれない。そうすれば応戦は免れないだろう。対人格闘術には自信がある少年だが、得物を持った相手と階段で戦ったことはないので、勝手が判らない。相手の人数にもよるが、上手く立ち回れるかどうか。

「窓から出るに決まってるだろうが。何のために立体起動装置をつけてるって思ってるんだ。お前を抱えて、駆け降りる」
「え、でも、オレ前のときと違って重いですよ?」

 男がエレンの身体を抱えて壁から落ちた記憶が脳裏に蘇ってくる。あのときはまだ自分の身体は小さくて男は楽に抱えることが出来たと思うが、今の自分は成長してしまっている。

「……ほう、それは何か。自分がでかくなった自慢か? 自慢なんだな?」

 低い声で男が言ったので、エレンはブンブンと首を横に振った。ここは触れてはいけないところだと本能的に悟った少年である。

「いいから、お前は黙って俺に抱かれていろ」

 何かニュアンスが違うように聞こえたが――少年は頷き、男はその手を取って窓へと近付いた。
 が、男は動きを止め、小さく舌打ちした。それがどういう意味なのかすぐに少年にも判った。扉の方から激しい靴音がして、何者かがこの部屋に近付いてくるのが判ったからだ。そして、その予想は裏切られることなく、バタン、と扉は開かれ、予想した通りの人物が入って来た。
 リヴァイは素早く少年を引き寄せて、庇うように前に立つ。

「どうして?」

 室内に入って来た陶磁器人形のように美しい女は呟くようにそう言った。

「アリー様、お下がりください。危険です、ここは私が」

 女を追って来たのだろう、あの青年が止めようとするが女はそれを聞き入れはしない。ただその大きく美しい灰青の瞳で二人を見つめている。

「私達は運命の恋人同士なのに。どうして? 何故、私から離れて行こうとするの?」
「……生憎だが」

 リヴァイは油断なく構え、女に冷やかに告げた。

「俺の運命の相手はてめぇじゃない。――俺の運命の恋人は傷付いて、傷付けられて、たった一人で闇の中でもがいて、それでもそこから這い上がって、歯を食いしばって前を向いて生きようとしている。自分の欲しいもののために、自分の目標のために懸命に努力して進もうとしている。不器用で、健気で――だからこそ愛おしい。そういった奴だ」

 リヴァイはそう言って、傍に立つエレンを愛しそうに眺めた。

「俺の傍に立つのは、いて欲しいと思うのはこいつだけだ」
「――――!」


 その言葉が泣きたい程嬉しくて瞳を潤ませる少年とは反対に女の表情はひどく冷え切っていく。

「そう、あなたも運命の恋人じゃないのね。傍にはいてくれないのね。――なら、要らない。私の……アリーの傍にいてくれない人なんて要らない」

 すっと、女は何かを探る仕種をした。それが何か判った少年は傍に立つ男が行動するよりも早く動いた。

「アリーを要らない人なんて、皆、消えてしまえばいいのよ!」

 女が取り出し、振りかざしたのは見覚えのある――以前に少年に向けられた短剣。
 赤い雫がぽたりと落ちた。

「リヴァイさんは、傷付けさせない」
「……どうして?」
「――あんたは間違っている」

 女が振り下ろした剣は少年の手によって止められていた。――素手で刃を握って自分の攻撃を止めた少年を呆然と女は眺めた。

「――エレン、このバカが!」

 リヴァイが女の手から剣をもぎ取り、少年の手の傷を診て素早く止血していく。真っ赤に染まっていくハンカチに男は舌打ちをした。血管などの重要な場所は傷付いてはいないようだが、深いところは縫わなければならないかもしれない。
 その間も少年は彼女を真っ直ぐに見詰め、女も少年を見上げていた。

「あんたは自分で努力したのか? 欲しいものを手に入れるために自分の力で何かしたことがあるのか? 自分に相応しいとかそんなんじゃなく、心から欲しいと思って手に入れようと頑張って、歯を食いしばって、自分を磨こうと努力したのか?」
「――――」
「何もせずにただ待ってるだけなんて、そんなものは本当に手に入れたいものじゃない。オレはリヴァイさんの隣に立ちたい。そうなれるためなら、どんな努力でもする」

 きっぱりと言う少年に女はぽつり、と何よ、それ、と言った。

「じゃあ、努力すればお母様はアリーを捨てなかったの? 自由を手に入れるためだけに生んでやった娘なんか要らない、なんてアリーに言わなかったの? お父様は陰で俺を捨てた女にばかり似ている、本当に自分の子なのか判ったもんじゃないなんて言わなかったの? アリーは要らない子だって言われなかったの?」

 ねえ、教えて頂戴、と女は続けた。

「アリーを好きだって言ってくれた人は、大分貢がせたからもう用済みだって言わなかったの? アリーが頑張っていれば、努力すれば、皆アリーの傍にいてくれたの? お母様もお父様もアリーが大好きって言って抱き締めてくれたの?」

 ねえ、教えてよ、と女は叫んだ。


「どうしたら、アリーの傍にいてくれるの! アリーから離れていかないの! アリーを愛してくれるの! 教えてよ!」

 ああ、とエレンは思った。ここにいるのは子供だ。愛情を得られず、誰からも手を差し伸べられずに、育ってしまった、愛情に飢えた寂しい子供だ。

「エレン、行くぞ」

 その場に崩れ落ちた女にもう興味はないとばかりにリヴァイが言い、エレンは躊躇いつつも男とともに窓から出ようとした、そのときに――。

「行かせないわ!」

 子供が癇癪を起したように、女は少年に飛びつき、その行動を予期していなかったエレンは弾みで、一緒に塔から落ちそうになった。がくん、と身体が傾くのが判った。

「エレン!」
「アリー様!」

 二人の男が動いたのはほぼ同時。一人は少年を助けるため、もう一人は女を助けるために。
 ぐいっと引き寄せられ、部屋の中に戻される少年の瞳に映ったのは、女の身体を塔の中に引っ張り戻し、その反動で代わりに塔から落ちていく男の姿。
 力技で強引に飛ばされるように部屋に戻された女はどこか身体を打ちつけたのか、小さく呻いていたが、起き上がっていつも自分の傍に控えている男の姿がないことに気付いて顔色を変えた。

「ルイ……?」

 思い出したのは力強く自分を引き戻した男の腕。いつも、何に代えても自分を守り通してくれた力強く優しい腕。

「ルイ、ルイ、ルイ、ルイ! どこ! ルイ!」

 窓辺に駆け寄ろうとした女をエレンが止めた。

「放して! ルイ! ルイ! 助けに行かなきゃ!」
「あんたも落ちるぞ?」

 エレンの言葉に女は首を振った。

「それでも! ルイは、ルイだけなの! アリーの傍にずっといてくれたのはルイだけ! ルイだけ、ルイだけ……放してよ!」

 ルイルイルイ、と泣き叫ぶ女に判ってるんじゃねぇか、とリヴァイが呟いた。

「泣き喚いている暇があったら、手伝え。引き上げるのは重いからな」

 男が示した立体起動装置のワイヤーは窓の外へ伸ばされていた。
 女が恐る恐る窓を覗けば、足をアンカーに突き刺されてぶら下がる男の姿。あのとき、咄嗟にリヴァイは立体起動装置を操って落ちた男を止めたのだった。

「落としてやっても良かったんだが、あの男には詳しい事情を訊く必要があるからな」
「ルイ……」
「なあ、判っただろ?」

 呆然と男の名を呟く女にエレンは静かに告げた。

「あんたにだってずっと傍にいてくれようとする人間はいたんだって。あんたにとって一番大切なものは何だ?」
「私は……」
「よく、考えろよ。大事なものは失くしてからじゃ遅いんだから」
「………」

 エレンはそれから黙って、男を引き上げる作業を手伝った。





「えーと、二針程縫いましたけど、筋とか切ってないし、大丈夫です。大した傷じゃ……」
「縫うことのどこが大したことないって?」

 軽く頭を叩かれ、エレンは涙目で男を見た。あれから大人しくなった女と怪我をした男のことはハンジ達に任せ、二人は施設へと戻って来たのだ。リヴァイは真っ先に医療班にエレンを連れていった。握りどころが良かった、というのも変だが、剣を掴んだエレンの手は大事な部分は傷付いてはなく、深い傷口を二針程縫合したのみで、ちゃんと元通りになるそうだ。

「でも、大して痛くないですし、平気ですよ」
「痛み止めが効いてるだけだろ。そのうち痛むかもな」
「……あの人達はどうなるんでしょうか?」
「さあな。エルヴィンに任せたが、余罪がたくさんありそうだし、相応の処分は受けると思うが……」
「…………」
「あいつらに同情してるのか?」

 リヴァイの言葉にエレンは首を横に振った。彼らがしてきたことは決して許されないことだし、同情されることも彼らは望んでいないだろう。ただ―――。

「――少し自分と似たところがありましたから」

 母親を亡くし、誰にも心を開けずに闇の中にいた自分はリヴァイによって救われ、生まれ変われることが出来た。だが、もしも、出会わなければ――どうなっていたのか自分でも判らない。調査兵団を目指すことにはしていたが、それでもこんなふうに前を向くことが出来ていたかどうか―――。

「どこがだ。全然似てねぇ」
「そうですか?」
「当然だ。お前は俺が本気になった奴だからな」

 男に言われて、エレンは真っ赤になった。男の傍にいたい――そして、男も傍にいて欲しいのは自分だけだと言ってくれた。それは、男の特別の存在のようで。

(オレにとっての特別もリヴァイさんだけど)

 それにはとにかく無事に卒業しなければならない。調査兵団に入って男の傍に行ってそれから――。
 そこでふと思っていた疑問を少年は男にぶつけてみることにした。

「あの、リヴァイさん」
「何だ?」
「オレが戻ってきたら、これから先をするって言ったじゃないですか」

 突然、少年がそんなことを言ったので男は噴き出しそうになったが、何とか堪えた。
 そう、キスから先をしてやると言ったのは確かだ。あのときの少年はまだ幼すぎてあれ以上先のことをする気はなかったから、大人しく三年後を待ってやることにしたのだ。だが、今の話の流れからどうしてそんな話になるというのだろう。
 しかし、少年にとっては男と別れてからずっと疑問に思っていたことで。いつか訊こうと思っていたのだが、訊く機会がなく、卒業が半年後に控えている今言っておかねばならないと思ったのだ。

「オレ、よく判らないので、卒業までに勉強しておきますね」
「は?」

 少年の言葉に男は固まった。勉強というのはどういう意味だろうか。まさか、誰かにそういう行為を教えてもらうということだろうか。

「お前、それ、どういう意味だ……?」

 男の声が低くなったのに少年は気付かない。少年には性知識が乏しかった――男女の行為については最低限のものはかろうじてあったが、経験などないし、ましてや男同士のそれを知っているわけがない。キスより先というのが男女の行為のようなことをするのだろうとは思うのだが、まるで想像がつかなかったのだ。

「え? アルミンとかに聞いてみようかと思って。練習とかした方がいいのかな……って、リヴァイさん?」

 少年の言葉を聞いた途端、男の中でぶちりと何かが切れたのが判った。

「てめぇ……練習って誰とする気だ……」
「リヴァイさん?」

 地を這うような低い声が聞こえたかと思うと、男はひょいっと、エレンを担ぎあげた――いわゆる俵担ぎというものだ。

「リ、リヴァイさん!?」
「他で練習なんかさせるか! 俺が実施で教えてやる。今でも半年先でも同じだろ!」

 事態が上手く飲み込めず、エレンの頭には疑問符しかない。ただ、アルミンに聞いてどんなものか勉強してシュミレーションをしておいた方がいいと思っただけなのだが、何かいけなかったのだろうか。男の行動の意味が判らない。

「あの、どこに行くんですか?」
「俺が滞在している部屋だ。お前の部屋は大部屋だろうが、俺の部屋は個室だからな」
「あの、部屋で何するんですか?」

 というか、歩けますので下ろして欲しいんですけど、と訴える少年は未だに事態を把握していない。

「言っただろうが、教えてやるよ――たっぷりとな」




 辿り着いた男の部屋のベッドの上に下ろされた少年は珍しそうに中をきょろきょろ見回した。さすがに兵団の上層部にあてがわれた部屋は大部屋とは比べ物にならないくらい清潔で豪華だった。部屋が綺麗なのは男の潔癖を考慮しているのかもしれないが、ベッドもあの塔のもの程ではないが柔らかくて心地好い。

「エレン」
「はい、リヴァイさん」

 少しは冷静になったのか、男が少年の手を取って傷は大丈夫か?と訊ねてきたので少年は頷いた。

「痛くないって言いましたよ?」
「……痕になるかもな」
「構いません。これは勲章で、決意の証ですから」

 あのとき、男を守るために動くことが出来た。それは少年にとっての誇りであり、これから先男の傍に立つための決意表明だ。守られたいわけじゃない、共に在るためにはもっと強くありたい。その背中に庇われるのではなく、男と背中合わせで立つことが少年の目標だ。

「エレン」

 男は少年の手に口付けを落とした。包帯の上からであったが、優しく労わるように何度も唇で触れる。

「お前に残す痕なら俺がつけたかったな」

 上からつけるか、と物騒なことを言う男に構いませんよ、と少年は笑った。男が決して少年を傷付けないのは判っていたが、それでも男がしたいのなら構わないと少年は思った。
 男も笑って少年の唇に自分のそれを重ねた。段々と深くなるそれに少年の頭はふわふわとしてくる。舌を絡め合い吸われ、その吐息さえも奪われるのかと思う口付けは苦しいけれど、決して苦しいだけではなく。背筋を走る感覚が気持ちいいと呼ばれるものであるというのが、少年にはまだ上手く理解出来ないけれど、男にされることは何一つ嫌ではなかった。

「んっ……ふうっ…」

 いつの間にかベッドの上に押し倒された少年は男の胸に手をついて――そこにかさり、とした感触があって不思議に思っていると、男はそれに気付いたのか、ああ、と笑った。そのまま指を伸ばし、胸ポケットに入れていたものを取り出して見せた。

「…………っ!」

 それは少年が訓練兵になるときに渡した四葉のクローバーの栞だった。

「いつも入れている。お前の心がここにあるような気がしてな」

 とん、と自分の胸を叩いて示す男に、こみ上げてくるものがあって、少年は瞳を潤ませた。男はそこにも口付けを落として、俺がすると言った先をするぞ、と少年に告げ、エレンはこくり、とそれに頷いた。



「ん……っ」

 先程からいじられ続けている胸の突起がむずむずとする。男に吸われ、指先で弾かれ、赤く尖ったそれが何だか恥ずかしい。最初はくすぐったいとしか感じなかった首筋や耳裏を舐められ食まれると、深い口付けを与えられたときのようなぞくぞくとした痺れのような感覚が背筋に走ってびくん、と身体が跳ねてしまう。

「エレン、お前、自分でシテいるのか?」
「何をですか?」

 潤んだ瞳できょとり、と首を傾げられて、男は自分が犯罪者になった気分に陥った。これから先、自分がすることを止めてやる気はないが、こんなふうにあどけない顔をされてしまうと、少年の幼さを見せつけられた気分になるわけで。

「こういうことだ」

 男が少年の下肢に手を伸ばすと、そこは先程からの刺激でゆるく勃ち上がり始めていた。誰にも触られたことのないところに触れられて、咄嗟に閉じようとした少年の足を男は強引に開けさせる。少年の性器を軽くさすって、再びしたことがあるのかと問いかけた。

「は……っ、な、ないです……」

 意外な答えに男は眼を見開いた。少年くらいの年頃ならそういうことに興味があるだろうし、しているのが普通だと思ったからだ。

(まさか、精通もまだなんてことはないだろうな)

 少年の年なら皆済ませているだろうに、と男は思い、息を吹きかけるようにして本当か、と少年に訊ねた。

「……ま、前に…下着を汚した、ことが…あって、し、してみたけど、やり、方判らなくって……」

 少年の話によると、下着を汚した――つまりは夢精してしまい、汚さないために先に出しておこうとしたのだが、やり方がよく判らずにイケなかったらしい。なので、していないのだそうだ。触れたら気持ちいいくらいの感覚はあるだろうが、少年はこの年頃の他の少年に比べるとその方面の欲と知識が大分薄いと思われる。

「なら、俺が教えてやろう」

 男はそう言って、エレンの怪我をしていない方の手を取って少年自身の性器を握らせた。驚いて外そうとする手を上から押さえて、少年の性器を擦り上げる。

「ほら、こうするんだ。気持ちいいだろう……?」

 この辺がいいだろうという場所を重点的にいじってやれば、面白いように少年の身体が跳ねた。初めて与えられる快楽に頭が追いつけないのか、ふるふると首を振って涙を零した。

「ほら――いけ」

 ぐりっと先端をいじってやれば、少年の手と自分の手が白濁液に濡れる。汚いと思うはずの少年のそれを、けれど、男はそんなふうには思わなかった。
 欲を吐き出して、くたり、と力の抜けた少年には悪いが、これから先がまだあるのだ。男はベッドの近くから小瓶を取り出して、掌に取ると、少年の最も奥まった場所にそれを塗り込み始めた。

「リヴァイ、さん……?」

 初めて人から与えられた快楽に、半ば意識を飛ばしてぼんやりとした瞳を彷徨わせていた少年は、あらぬところに冷たい感触を感じて意識を戻した。何でそんなところに触られるのか判らず、汚いですから、と訴えたが男は行為をやめなかった。

「潤滑油だ。切れたら困るからな。念入りに慣らしてやるから安心しろ」

 男がそう言った後、ぷつり、と指が中に入って来て、少年は眼を瞠った。まさか、そんな場所に指を入れられるなんて思ってみなかったのだ。ぬるぬるとした液体――男によると潤滑油らしいが――のおかげか痛みは余りなかったが、その異物感に少年は眉を顰めた。

「痛いか?」
「痛く、はない…ですけど、へ、変な感じです……」

 じきに慣れる、と男は言って更に指を増やした。その言葉通りに指が入っている状態には慣れてきたが、体内を探られるような動きには慣れない。気持ちいいか、とまた訊かれたが、少年は首を横に振った。痛みはないが、気持ち良いとは思えない――それが少年の正直な感想だ。早く抜いてくれないだろうか、と少年が思っていると、突然にそれはきた。


「…………っ!」

 思わず背がのけ反る程の衝撃を感じて、少年は男を見た。男の指先が体内のある部分を突いたとき、今までに感じたことのない感覚が走ったのだ。男はここか、と笑うと、そこを何度も突き、いじりだした。その度に少年の身体が跳ねる。

「リ、ヴァイさ……そこ、いや、いやです……っ!」
「イヤじゃなくてイイっていうんだ。ここがお前のイイところだ」

 イヤイヤと首を振る少年に男はそう囁いてしつこくそこをいじってやると、吐精して項垂れていた少年のものが再び勃ち上がっていく。何度も出し入れし、掻き回し、指が中でバラバラに自由に動くようになった頃、男はもういいか、と誰に言うでもなく呟いた。
 指を引き抜かれ、ホッとした半面、何か物足りないような不思議な感覚に陥る。ぼーっとしていると、更に足を大きく開かされ、あのぬるぬるとした液体を秘部に注ぎ込まれるようにかけられた。

「――入れるぞ」

 熱く掠れた声が耳元でしたかと思うと、指とは比べ物にならない容量のものが体内に入って来た。熱く滾った男の自身を根元まで一気に埋め込まれ、少年は声にならない悲鳴を上げた。

「―――――っ!?」
「……くっ、流石にキツいな…エレン、力抜け」
「……あく…ぅ、無理、で……」

 男が入念に慣らしてくれたおかげか、切れてはいないが、圧迫感と苦しさに少年は涙をぼろぼろと零した。男は少年の涙を拭って、優しくその身体を愛撫した。萎えてしまった性器を擦ってやり、敏感な部分を舐め上げて少年の快楽を引き出してやる。
 徐々に少年の息が整い、落ち着いてきたのを確かめて、男はほら、と少年の足を抱え上げた。

「お前の中に俺が入っている。つながっているの判るか?」

 苦しい体勢にさせられたが、自分と男の結合部分を見せつけられて少年は確かに男と自分が一つになっているのを実感した。苦しくて恥ずかしいけれど――それを嬉しいと少年は感じた。こんなふうに肌を合わせて、溶けあうみたいにして。快楽を分かち合う行為。愛し合う恋人同士で行われるもの――少年はその行為を具体的に知らなかったけれど、男との一体感を感じられることは嬉しかった。

「……リヴァイさん、とひとつに、なれて…うれしいです。中に、リヴァイさんがいる……」
「……………」
「………!? あ、何で、おっきく……」

 体内の男のものが質量を増したのを感じて、エレンは喘いだ。男は煽んな、このバカと言っていたが、エレンには何の事だか判らない。

「動くぞ」
「……あ、待って…待って、くださ……っ」
「待てねぇ」

 宣言通りに少年の足を抱え直した男が抜き差しを開始する。抜けるかと思う程ギリギリまで引いて、また押し込める。狙ったように先程の少年の感じる場所を擦られてエレンは身体を跳ねさせた。

「リ、リヴァイさん、そこいやだ……へ、変になる……っ!」
「変じゃないだろ。……イイって言うんだ」

 ゴリゴリとそこを男の性器で擦られて腰を激しく打ちつけられて、甘い悲鳴がエレンの口から上がる。嫌だと言ったのに、男はそこばかりを狙って少年は身悶えしたくなる程の快楽に翻弄される。強すぎる快楽に少年は免疫がなさすぎて、自分の身がどうなっているのかすら判らない。

「ほら、気持ちイイって言え」
「あ、あっ、き、気持ちいい……っ、気持ちイイですっ!」

 エレンがイイ、イイと繰り返すと、いい子だ、とばかりに口付けを与えられ、少年は男の背中に手を回した。自分が教えた通りのことをする少年に心の中で微笑む――この少年にこれを教えたのは自分だ、何も知らなかった少年に快楽を教え込んだのは自分なのだ、と、男は満足する。自分以外が少年にこんなことをするのは許さない――自分だけが少年に快楽を教え、こんな姿を見られるのは自分だけなのだと思うとぞくぞくする程の快楽を感じる。意外に自分は独占欲が強かったのだ、と自覚したがそれも悪くないと思う。

「あ、あ、リヴァイさ……出ちゃう、出ちゃいま……」
「イク、だ、エレン。出すときは……イクって言え」
「う、は、はい……あ、イク、もう、イっちゃ……!」

 ビュクビュクと自分の腹の上に吐き出したエレンは同時にリヴァイを締め付けて、それに誘われるように男も少年の体内に熱いものを吐き出したのだった。



 ぐったりとベッドの上に横になっている少年の頭を男が撫ぜた。あれから後処理だの何だかんだ諸々をされたのだが、少年は殆ど意識を飛ばしてしまっていて覚えていない。自分はぐったりしているが、男はむしろ、元気になっているような気がする。やはり、兵士である男と訓練兵の自分では基本的な体力に大きな差があるのだろうか。もっともっと、身体を鍛えなければ、と少年がズレたことを思っていると、男が大丈夫か、と訊ねてきたので、少年は平気です、と答えた。

「でも、疲れました。大変なんですね」
「……判っていると思うが、俺以外とするなよ」
「しませんよ?」

 リヴァイの言葉にエレンはきょとんとした顔をしたが、相手も変な顔をしている。

「リヴァイさん、オレのこと好きなんですよね?」

 男が頷いたので、エレンはホッとして後を続けた。

「オレもリヴァイさんが好きです。ああいうのは好き合ってるもの同士がするんですよね? だから、オレ、一生リヴァイさんとしかしません」

 男がますます変な顔をしたので、エレンはまたきょとんとした。

「リヴァイさん?」
「……誰かに教えてもらって練習するっていったのはどうした」
「え? 具体的なことが判らなかったから、訊いて、何か一人で予行練習しようかと思ったんですが」

 取りあえず、体力がいるのは判りましたから、身体を鍛えます、という少年に男は大きく息を吐いて、次の瞬間その頭を叩いた。叩かれた少年は意味が判らず、涙目で男に抗議の視線を向けた。

「紛らわしい言い方すんな、このバカが!」

 要らんこと考えたじゃねえか、と男はぶつぶつと呟いていたが、イヤ、俺が悪いな、と溜息を吐いた。

「後、半年だ。ちゃんと待ってるから俺のところへ来い」
「はい!」

 元気よく答えてから嬉しそうに笑う少年の頭を、男は今度は優しく撫ぜてやった。





 ――余談。
 アルミンは廊下を走っていた。幼馴染みが施設に戻って来たと聞いたからだ。詳しい情報は教えてもらえなかったが、何やら演習中に事件が起こったらしく、教官の一人と駐屯兵団の兵士が何人か捕縛されたと聞いたのだ。処分はおってくだされるということだが、どうやら幼馴染みはそれに巻き込まれたらしく、無事だとは聞かされていたがアルミンは心配で仕方がなかった。
 演習はその事件のせいで予定より早く終わることになったし、件の兵士長に探りを入れてみる計画も実行出来なかった。元々上層部の人間には早々近付けないが、今回の事件のせいでそれどころではなくなってしまった。幼馴染みもきっとがっかりしているだろう、と少年は思う。

「エレン! 無事で……」
「あ、アルミン」

 エレンがいる、という部屋に辿り着いてアルミンは固まった。そんな幼馴染みにエレンは不思議そうな顔をした。

「アルミン?」
「エ、エレン……何があったの?」
「あ、ちょっと事件に関わっただけで……詳しいことは言えないんだけどな。この手はちょっと刃物で切っただけで大したことはねぇんだ」

 幼馴染みは片手をひらひらさせてそう言った。確かに少年の手には包帯が巻かれているが、問題はそんなことではない。エレンの雰囲気が微妙に変わった――何と言えば、いいのか判らないが、艶めかしいというか、今までになかった色気があるというか。例えるなら、身だしなみを何も気にしていなかった女の子が、恋人が出来て急に綺麗になってしまい、今まで意識してなかったのにドキッとしてしまう、というものに近いかもしれない。エレンの態度や言動は全く変わらないのだが――それに、アルミンは見えてしまった。少年が動くとちらっとだけ見える場所に赤い痕があることを。

「あのエロ親父……手ぇ出しやがったな……っ」

 低く言ったアルミンの言葉が聞き取れず、エレンは何だよ、と幼馴染みに問いかけたが、彼はそれに答えずに、がっしりと少年の怪我をしていない手を握った。

「エレン! 僕は調査兵団を目指すよ!」
「は? お前、いきなり何言ってるんだ? お前、座学が得意なんだから、それを活かした方がいいって教官に言われてただろ? オレもそう思うし」
「いいや、絶対に調査兵団に入るから! エレンを好き勝手にされてたまるものか…!」
「はあ?」

 わけが判らず不思議そうに首を傾げる少年と、新たな決意に胸を燃やすその幼馴染みの光景が繰り広げられたのだった――。





≪完≫



2013.11.4up



 CLOVERの続編希望ということで書かせて頂きました。エロ、別に要らなかったような…(汗)。作中塔の窓硝子破ってますが、塔に窓硝子はなくね?とか思ってもそこはスルーで。そして、オチはアルミンでシリアスな雰囲気ぶち壊しました(笑)。
 こんな話になりましたが、少しでも気に入ってくだされば幸いです。リクエストくださった方、ありがとうございました。



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