「エレン、お弁当はリヴァイ先生と一緒に食べなくていいの?」

 いつもの昼休みの時間、人気のない場所を選んで一緒に弁当を食べていたアルミンがそんなことを言ったので、エレンは何だよ、オレと一緒だと嫌なのかよ?と拗ねて見せた――無論、冗談であるが。

「そうじゃなくてさ、感想とか訊きたいのかなーって思って」
「後で訊くからいい。昼休みはお前とこうして話すのが楽しいし」

 エレンの言葉に幼馴染みの少年はうん、僕も楽しいよ、と笑って返した。物理教師といるのも楽しいと思えるようになってきたエレンではあったが、こうして親友とゆっくり過ごすのは自分にとってはとても大切な時間だ。男と過ごすようになってからは親友といる時間が減ったように思えるし、昼休みくらいはゆっくりとこの幼馴染みと話したい。

「それにしても、エレンとリヴァイ先生がそんなに親しくなるなんて思わなかったな」
「……親しそうに見えるか?」
「うん。エレンだって、リヴァイ先生のこと楽しそうに話すじゃないか。リヴァイ先生もエレンにはよく構っているように見えるし」
「雑用言いつけられてるだけだぞ?」
「リヴァイ先生の雑用したい子って結構いるよ? でも、先生はエレンにばかり頼むし、親しいとそうなるのかなーって思ってたんだけど」
「…………」

 果たして、自分達の関係は親しいと呼ぶべきものなのだろうか――どう言ったらいいのかエレンにも上手く説明は出来ない。だが、傍目から見れば親しいというように映るのであろう。何せ、毎日男に手作りの弁当を渡して、都合がつけば夕食も共にしているのだから。
 水族館の礼として渡した弁当だったが、どうせ作る手間は同じだからという理由でエレンはその後もリヴァイの分の弁当を作っていくことにしたのだ。以前よりももっと栄養面や彩りに気をつけるようになった弁当作りは意外に楽しい。今までは父親に振る舞うことしかなかった手料理を美味しいと言って食べてもらうのは思っていたよりも気分が良かった。
 そして、エレンがリヴァイに弁当を渡すようになってから数日が経った頃、目敏い幼馴染みに弁当が二つあることに気付かれて、エレンはリヴァイとの関係をアルミンに説明せざるを得なくなった。勿論、幼馴染みに心配をかけるような余計な話――繁華街を夜にうろついていたことは伏せてあるが、自分の素を気付かれて、それから息抜きの場を提供してもらっていると話した。弁当はその礼なのだと。

「それに、親しくなければ弁当なんて渡さないだろ。手作り弁当を手渡すなんて、何か恋人同士みたいだね。そういえば、この前クラスの女子が憧れてる先輩に手作り弁当渡してるの見たよ」

 やっぱり男は胃袋を掴めっていうのは本当なのかな、と続けてアルミンが視線を向けると、少年は何故か固まっていた。

「エレン?」
「………違う」
「は?」
「イヤ、違うし。べ、別に胃袋掴もうとか思ってねぇし、そもそもお礼だし、そんだけだから!」
「え? 何の話?」
「だから、オレのは気を引こうとかそういうんじゃなくて、ただのお礼だから! 恋人じゃねぇし!」
「うん、判ってるけど……」
「…………」
「…………」

 アルミンが幼馴染みの反応に戸惑い見つめていると、少年は赤い顔を俯かせた。この反応はひょっとして――いや、今の自分の発言で気付いたということなのだろうか。

「えーと、キャラ変更とか? 今度はツンデレを目指して『べ、別にあんたのために作ったんじゃないんだからね!』と言いたいとか」
「……違うに決まってんだろ! オレは別にツンデレじゃねぇ!」
「うん。先生のためにちゃんと作ってるんだよね」
「…………」

 エレンは反論出来ず、誤魔化すように弁当をつついた――それが答えなのだろう。アルミンは同性同士の恋愛に対しては偏見はないし、お互い好きならそれでいいと考えるタイプだが――これは非常に前途多難な気がする。何といっても相手は教師だ。生徒が先生に憧れるというのは世間ではよくある話だが、実際に交際にまで発展したらそれは世間的にはまずい話となるわけで。更に同性同士ならハードルはもっと高いだろう。

「えーと、取りあえず、相談にはのるよ?」
「だから、違うって言ってんだろ! そんなんじゃねぇし!」
「…………」

 それ、やっぱりツンデレキャラっぽいよとは言わずに、取りあえずこの親友が悩んだときは話相手にはなろうと思うアルミンだった。




ナイトウォーカー




「エレン、最近、何かあったのか?」

 いつもの通りに物理準備室でエレンが雑用を手伝っていると、男がそう訊ねてきたので、エレンは首を横に振った。

「ナンデモアリマセンヨ?」
「だから、何で片言なんだ」

 やれやれ、と肩を竦める男にエレンは落ち着かない気持ちを押し隠して雑用を続けた。

(アルミンが変なこと言うから……)

 あれから妙に意識してしまって、エレンはリヴァイに自然な態度を取れなくなっていた。男といるとそわそわとした落ち着かない気分になるのに、一緒にいるのは楽しくて、安心出来るのも本当のことで。
 きっかけはあんな始まりではあったが、男が提供してくれた居場所はとても心地好かった。それに対して礼がしたくて、男に喜んで欲しくて――そこには余計な想いなど存在していなかったはずなのに。

(ひょっとして、そうなのか? もしかしたりするのか?)

 それはやっぱり認めたくはない感情で。このところエレンはぐるぐると悩んでいた。

「お前、やっぱりおかしいな。熱でもあるんじゃないのか?」

 次の瞬間、こつん、という擬音が聞こえたような気がした。――お約束と言われるような、額と額を合わせて熱を計るという行動に出た男にエレンはその場でフリーズした。

「……そんなに熱くはないみてぇだが、顔が赤い。保健室に行っておくか?」
「………う」
「エレン?」
「うぎゃあああああああああああああ!」

 突如、奇声を上げて素早く身を離し、壁に張り付いた少年に男は眉を寄せた。

「オイ…びっくりしたじゃねぇか……」

 びっくりしたのはこちらの方だとエレンは言いたかった。胸を押さえるとまだ心臓がばくばくしている。

(近かった! 今のはすげぇ近かった!)

 もっと近い距離――というか、ディープキスまでした仲ではあるが、あのときは今のようにうるさい程に鼓動が早鐘を打つなんてことはなかった。突然の行動に頭がついていけなかったというのもあるだろうが、意識一つでこんなにも違うものなのだろうか。

「エレン」
「ナンデショウカ?」
「だから、何で片言なんだ。今日はもういいから、帰れ」

 苦笑を浮かべる男の言葉にホッとするのと残念だという気持ちが混ざって複雑な気分になる。一緒にいたいのにいたくないような――自分はどうしたというのだろう。

「体調が良くないなら早めに休んでおけ。それと、俺は今日は人と会う約束があって帰りが夜遅くなるから、お前は自宅に真っ直ぐ帰れよ」
「……判りました」

 少し頭を冷やした方がいいだろう、と自分でも思ったエレンは男の言葉に頷いて物理準備室の扉に手をかけた。

「エレン」

 少年が部屋を後にする前に男が声をかけてきたので、何かまだ雑用でも残っていたのかと振り向いた先にあったのは、男の優しげな眼差しで。

「今日の弁当の肉団子はすごく旨かった。イヤ、どれも旨いんだが――いつも、旨い弁当を作ってもらって感謝している」

 そう言われてエレンは体温が上昇するのを感じた。いつも人を小間使いみたいにこき使うくせに――そんなふうにやわらかな声で感謝の言葉を述べられたら、総てが吹き飛んでしまう。こういうところが本当に男はずるいと思う。普段厳しかったり冷たい人に誉められたり優しくされると、より嬉しく感じると言われるが、その効果と同じなのだろう。男は意識して飴と鞭を使い分けている節があるが、こんな風に自然に差し出されたりするときがあるから性質が悪い。

「……気に入ったのなら、また作ってきますね」
「ああ、気をつけて帰れよ」
「はい。失礼します」

 そう軽く頭を下げて、エレンは今度こそその場を後にした。



 自宅に帰ったエレンは制服から私服に着替え、また家の外に出た。夜の繁華街をうろつくつもりはないので、優等生らしい格好のままだ。

(本屋と後は買い出しして帰ろうかな)

 エレンは自炊しているが、レシピは主にネットから得たものを参考にして自分流にアレンジしている。基本的なことは調理実習などで覚えたが、学校の授業だけで料理上手にはなれない。料理と言うものは数をこなさないと上達はしないものだと思う。家には何冊か料理本があったが、エレンがもっと幼い頃に参考にしていた初心者向けのものなので、新しい本を探してみようかと思ったのだ。レシピサイトはとても便利だが、食のプロが書いているものを見るのも良い参考になるかもしれない。

(弁当の本とかいいかもな。……先生の好きそうなおかずが載ってるかもしれないし)

 今日は父親に仕事帰りに知人と会って食事をしてくるから遅くなると言われていた。男もいないようだし、久し振りに外食して帰るのもいいかもしれない。それか何か買って帰ろうかと思案する。このところ一人で夕食を摂ることがなかったので、どうにも一人分の食事を作る気が起きなかった。
 どうせ行くなら大きな書店に行こうと、エレンは普段は余り行かない場所にまで足を延ばした。しばらく振りに訪れた場所は新しい店などが出来ていたり、店舗の入れ替わりがあって、エレンは物珍しげにあちこちを覗いて歩いた。

(そろそろ、帰るかな……)

 書店で良さそうな本を購入したし、余り遅くまでいるつもりのなかったエレンは帰ろうとして足を止めた。見覚えのある後ろ姿を発見したからだ。

(……父さん?)

 身内の姿を間違える程エレンの視力は悪くない――かけている眼鏡はあくまでも度の入っていない伊達なのだ。そういえば、父親はこの辺に行き付けのレストランがあって、誰かと食事をするときにはそこをよく利用していた。エレンも連れて行ってもらったことがあるが、そこに話していた知人を連れていくつもりなのだろう。

(挨拶は――しない方がいいかな。どんな知り合いか聞いてないし、邪魔しちゃ悪いだろうし)

 そう考えながら父親の横に視線を走らせて、エレンは驚きでその両の眼を瞠った。父親の隣にいたのは――。

(………先生!?)

 どうして、リヴァイが自分の父親といるのだろうか。いや、生徒の父兄と会うというのは教師ならあることだと思うが、それなら学校に呼び出して会うだろうし、こんなところで面談もないだろう。それに父親は知人に会うと言っていたのだ。学校の教師に会うならそんなふうには言わないと思う。
 リヴァイはエレンが男の自宅に行くようになってから、一応父親には話をしておくと言っていたが――エレンが夜の繁華街を出歩いていたことは伏せてもらっている――それが縁になったのだろうか。
 いけないと思いつつも、エレンは二人に気付かれないように距離をつめ、二人の会話に耳を澄ませた。

「それにしても君が教師になるとは思わなかった」
「よく、言われます」

 男は父兄だからか、父が年上だからか、丁寧な言葉で話していた。

「ご無沙汰していて申し訳ありません。そのうちカルラさんの墓前に報告したいと思います」
「ああ、そうしてくれると嬉しい。家内は君を気に入っていたから」
「ええ。よくご馳走して頂きましたから」
「エレンは迷惑をかけていないかな?」
「いえ、そんなことはありませんよ。それに迷惑をかける生徒の方がやりがいを感じるものです」
「なら、いいんだが――息子のことを気にかけてくれて感謝している。私はエレンには中々ついていてやれないから」
「ええ、判っています」

 その後も会話は続いていたようだが、エレンはその会話の内容に呆然としてしまってそれ以上彼らについていって話を聞くことが出来なかった。


 どうやって家に帰りついたのか判らない。ふらふらと夢遊病者のような足取りで自室に辿り着いたエレンは頭の中で男と父親の会話を反芻していた。

(先生と父さんは昔からの知り合いだった……?)

 会話の内容からして母親が生きていた頃からの知己らしい。エレンは全く知らなかったが、リヴァイは何か父親に世話になったことがあったのだろう。医師をしているグリシャには何かとそんな話が多く、先生のおかげで命が助かりました、などというお礼状がよく届いていたから男もそのくちなのかもしれない。あるいは、男自身ではなく身内が助けられて恩義を感じているとか。
 ふと、眼をやると乱暴に投げ出された鞄から買って来たレシピ本が覗いていた。エレンは反射的にそれを手に取ってゴミ箱に投げ捨てていた。

(バカみたいだな、オレは――)

 何のことはない。あの物理教師がエレンに構っていたのは父親の知人だったから――世話になったことのある父親に頼まれたからに過ぎなかったのだ。考えてみれば当たり前のことだ。普通、教師が一人の生徒のことにこんなに時間を割いて自宅にまで連れていくわけがない。ただ単に父親に受けた恩を返したかったのだろう。別にエレンではなくても、父親の息子なら誰でも構わなかったのだ。

「バカだな、本当に……」

 口にしてみたら本当に自分が滑稽に思えてエレンは笑った。男が提供してくれた居場所が心地好くて、何気ない気遣いに絆されて慣らされて――勘違いするところだった。

「好きだなんて勘違いしなくて良かった」

 何度も別にオレは好きじゃないと言いながら、エレンはぼろぼろと涙を零した。



 ――翌日からエレンは弁当を一人分しか作らなくなった。自分の分だけを作り、男に渡すことはなくなった。何度か男に雑用を頼まれたが、エレンはきっぱりと笑顔で用事があるのでお手伝いは出来ません、と総て断っていた。

「エレン、何かあったの?」
「ん? 何がだよ、アルミン」
「何って――リヴァイ先生と何かあったのかと思って」
「何もないぞ?」
「だって、お弁当……」
「ああ、面倒になったんだ。自分の分だけの方が気楽でいいし」
「…………」

 いつもの通りの昼休み。二人で弁当を食べるこの時間――だけど、以前とは違うとアルミンは思った。エレンの仮面が強化されていると、このところ感じていた。
 エレンの言う優等生のキャラ作りはいわば鎧なのだと思う。誰にも踏み込ませないために、弱みを見せないために作りあげた鉄壁の要塞だ。それをどういうわけかあの物理教師はすり抜けてエレンに近付いたのだ。詳しい事情は聞かされてないし、あの教師がエレンをどう思っているのかも知らないが、エレンにとっては素を見せられる人間と言うのは少なからず特別なものだったのだと思う。どうやら恋情めいたものが芽生えているように感じた矢先であったし、それが急に距離を取るなんて何かあったとしか思えない。

(告白してふられたとか……でも、そんな感じには見えないし)

 エレンはこうと決めたことは貫くタイプだし、話さないと決めたことはいくら訊いても話さないだろう。彼が話したくなるまで待つしかないな、とアルミンは心中で溜息を吐いた。

「エレン、何か話したいことがあったら、遠慮なく話してくれよ。――余り頼りにならないかもしれないけど、友達だろう?」

 アルミンの言葉にエレンは眼を瞬かせて、それから小さく笑った。

「ああ、ありがとうな、アルミン」

 だが、エレンは話すことはせず、アルミンもそれ以上は追及せずに、和やかな話題に切り換えて残りの昼休みを過ごしたのだった。




 ただ、元に戻っただけだ、とエレンは思った。男が物理教師として赴任する前の生活に戻っただけ、それだけなのだ。学校では優等生のキャラを演じ、息抜きに素を知っている幼馴染みと会話して日々を過ごしていく。高校を卒業するまで繰り返すのだろうと思っていた生活をまた繰り返すだけだ。
 そう、だから、これも同じ―――。

「……行くか」

 キャップを深く被り、エレンはそう口に出していた。髪を明るい色に変え、伊達眼鏡を外し、優等生のエレン君なら絶対に着ないだろう衣服を身に纏い、夜の街に繰り出していく。
 ここしばらくの間足を踏み入れていなかった界隈に出向いたものの気分は晴れない。いつもならこれですっきりするのに――と、エレンは溜息を吐いた。

「…………」

 本当は判っている。気分が晴れないのはこの街で遊泳するよりももっと居心地の良い場所を見つけてしまったからだ。一度味わってしまった贅沢が身体から抜けなくなるように、心地好かった居場所を自分は求めている。ふらふらとした足取りでエレンが無意識に向かったのは男と出会った場所で。辿り着いてからそんな自分に苦笑いを浮かべた。
 バカだな、と自嘲してから、エレンはもう誤魔化すのはやめよう、と思った。
 横暴で自分勝手でセクハラばかりして人をからかうけれど、さり気なく人を気遣って優しさを覗かせるあの物理教師のことが多分――いいや、きっと自分は好きだったのだ。だから、自分に向けられたあの優しさが父親に世話を受けた代償として頼まれたからしただけに過ぎないと知って傷付いたのだ。だが、それはエレンの勝手であって別に男が悪いわけではない。男がくれたものはどんな理由があったとしてもエレンには心地好いものだったのだから。心惹かれた人間が自分のことを好きでも何でもなかった、ただそれだけだ。それで拗ねて今まで受けたことをなかったことにするなんて、自分は自分で思っていたよりも子供だったらしい。
 だが、それでも、男の傍にはもういられないと思う。きっともう苦しいだけだから。

(合鍵は返そう。それで、もうここには来ないし、先生のところにも行かない)

 今後のストレス対策には何か別のものを考えればいい。アルミンと遊びに出かけてもいいし、幼馴染みの親友はきっと相談に乗ってくれるだろうから。
 ――そんなことを考えていたからかもしれない。背後から近付いてきた人の気配に気付くのが遅れたのは。
 ぐいっと、腕を掴まれて引き寄せられ、驚いて振り返った先には知らない男の顔があった。

「オイ、お前、あの男はどこにいる!」
「は? あんた誰だよ?」

 エレンの腕を掴んだ男はまだ十代か、二十歳そこそこくらいに見えた。派手な色に染めた髪と着崩したいわゆるストリート系と呼ばれるファッションに身を包んでおり、外見で人を判断してはいけないとは判っているが、見るからに素行の悪そうな若者だった。更にこちらに友好的な態度とは思えず、エレンは眉を顰めた。

「お前、あんときに一緒にいただろうが! あの目つきの悪いおっさんだよ!」

 何のことかとエレンは首を傾げたが――若者の言葉に引っかかるものを感じて記憶を巡らせ、彼がリヴァイと出会ったときにいた男達の一人ではないかと思い当った。当然顔など覚えていなかったから、すぐには思いつかなかったが間違いないだろう。

「あのおっさんのせいでダチが病院送りになったんだぞ! 絶対に落とし前つけてやる!」
「――そんなの、あんたらの自業自得だろ」

 元々は男達がリヴァイから金品を巻き上げようとしたことから始まったのだ。恐喝、強盗、傷害――そんな罪状に問われる行為だ。まあ、リヴァイが過剰防衛したのも事実であるが、後ろ暗いところがなければ自分で探したりせずに警察に訴えるだろう。男達には余罪がありそうだし、警察に出向けばおそらくは捕まるようなことをしているのに違いない。
 エレンは冷たい目で男を見て、腕を振り払った。

「それにあの人とは、あの日、たまたま会っただけの関係だ。名前も連絡先も知らねぇよ」
「嘘つくなよ。なら、何で助けたんだ!」
「困っている人を助けるのは常識だろ」

 知らないと言うのは大嘘であるが、この男にそれを教えてやる義理はない。付き合ってられない、とばかりに身を翻そうとしたエレンの視界の端に鈍く光る何かが過った。振り下ろされたそれを反射的に飛び退いて避けたが、右腕を軽く掠めていき痛みが走る。

(まだいたのか……っ! 油断した)

 振り下ろされたのは鈍い光を放つ鉄パイプだった。直撃は免れたが掠めたせいで右腕にじんとした痺れが残る。――普段のエレンならこんなへまは絶対にしなかった。リヴァイ程の鮮やかな腕はないがそれなりに強いと自負していたし、そこそこの喧嘩の経験もあった。
 なのに、攻撃に反応が遅れたのはこのところ悩んでいて精神的な負荷がかかっており、注意力が散漫になっていたからだ。自身の失態に内心で舌打ちしながらも、エレンは攻撃に備えて体勢を整えた。

(右腕は……まだ使えない。分が悪い)

 ここは一旦退いた方が得策だろう。逃走のための退路を頭の中で描きながら間合いを取るエレンに、物陰からもう一人男が現れた。三対一――どう考えても不利な状況にエレンが嫌な汗をかき始めたとき。

「なあ、そこのクソガキ。多勢に無勢みたいだし、手を貸そうか?」

 どこかで聞いたような台詞がかけられ、男達が一斉に視線をやると、そこには物理教師が紫煙をくゆらしながら立っていた。
 どうしてここに、と驚くエレンとは対照的に目的の人物を見つけた男達はいきり立っている。リヴァイはそんな男達の様子など気にも留めずに煙草をもみ消した。

「これは持論だが――躾に一番効くのは痛みだと思う」

 獲物を見つけた、というような凄絶な笑みを浮かべてリヴァイは男達を見つめた。ごく普通の神経を持つものなら思わず土下座して謝罪してしまいたくなる程の凄味のある笑みだ。
 男達はそんなリヴァイに恐れを抱いたようだが、今更退くことは出来ずに臨戦態勢に入った。リヴァイは全く動じず、自らを奮い立たせるように襲いかかってきた一人に強烈な蹴りを食らわせて、倒れこんだところへその頭を靴の底で思い切り踏みつけた。ぐうっという呻き声が靴の下から上がるが、男は容赦しなかった。

「お前達に今一番必要なのは言葉による『教育』ではなく『教訓』だ」

 その台詞は教師としてどうなんだろう、と少年が突っ込む暇もなく。
 リヴァイはあっさりと男達を沈めて行ったのだった。

「――さて」

 呆然とリヴァイが男達を地に沈めて行くのを見ていたエレンに、身体に付いた血をハンカチで拭きつつ――無論、リヴァイの血ではなく男達の返り血だ――突如現れた物理教師は視線を向けた。


「お前にはお仕置きが必要だな、エレン」

 そう告げる男にエレンはダラダラと冷や汗を流しつつ、どうにかして逃げられないかと考えを巡らせたが、男が少年を逃すはずもなく。
 最初のときと同じように強引に男の自宅マンションに連行されたのだった。




「俺は二度とあそこには行くなと言っておいたはずだな、エレン」
「…………」
「そもそも、ここのところお前の様子はおかしかった。一体何があったのか言ってみろ」
「…………」

 自宅マンションに少年を連れてきた男はまず、少年の身体の傷を確かめた。鉄パイプが掠めた右腕と握られた場所は赤くなっていたが、打ち身程度で骨に異常はなく湿布を貼るに止まった。それから、男はエレンの髪を見て眉を顰め、自ら髪の洗浄を行った。スプレーを綺麗に落とし終わると、髪を丁寧に乾かし、今現在座っているリビングのソファーまで連れてきたのだ。
 そして、先程の質問になったわけなのだが――何をどう言ったらいいのだろう。
 勝手に自分が好きになって自爆しただけだとでも言えばいいのだろうか。

「……これ、お返しします」

 そう言ってエレンはポケットからキーホルダーを出してリヴァイの家の合鍵を外してテーブルの上に置いた。

「……どういうことだ?」
「もうここには来ません、そういうことです」
「――だから、またあそこに行ったのか?」

 エレンは頷くことも首を横に振ることもしなかった。確かに、今までのようにまた通おうかとも考えたが、もうあそこには魅力を感じなくなってしまった。それに、最初に男に言われた通りにあそこに通いつめれば、いつか補導されて学校側に知られてしまうかもしれない。――もう、この辺が潮時なのだろう。

「もう、あそこには行きません。約束します。ストレスは溜まるでしょうが――それはまた別の方法を考えます」
「――何故だ? ここは居心地が悪かったのか?」

 リヴァイの言葉に今度はエレンは首を横に振った。それは逆だ。居心地が良かったから――だからこそ、自分の気持ちに気付いた今、ここで男と過ごすのは苦しいだけだ。

(ここに来るのも今日で最後なんだ。なら――言ってしまおうか)

 これから先も男は物理を担当するのだから、嫌でも顔を合わせねばならず気まずいだろうし、辛く感じると思う。だが、それは告白しなくても同じことだ。なら、言っておきたい。男は男子生徒に告白されても迷惑なだけだろうが――エレンはこれが初恋なのだ。わがままだとは思うが後悔せずに終わらせておきたい。

「――オレ、先生が好きなんです」
「………は?」

 エレンの告白に男はぽかんとした顔をした――こんな顔の男を見るのは初めてで、そんな顔をさせることが出来たのをこんなときなのに嬉しく思った。きっと、この男のこんな顔を知るものは少ないだろう。

「だから、もう来ません。……父さんにはオレが上手く言いますし、頼まれたことを気にしなくても――」
「ちょっと待て。何でここにグリシャさんが出てくるんだ?」

 我に返ったらしい男がそう訊ねてきて、エレンは今更誤魔化すつもりなのかと眉を顰めた。

「知り合いなんでしょう? 父に頼まれたから先生は――」
「確かに知り合いだが、頼まれてはいないぞ?」
「は?」

 今度はエレンがぽかんとしてしまう番だった。父親に頼まれたから自分の面倒を嫌でも見てきたのではないのだろうか。

「お前がここに通うようになってから、心配するといけないと思って連絡を入れた、というのが正しい順番だ。そのときによろしくとは言われたが、頼まれたから近付いたわけじゃねぇ。まあ、そのうちにグリシャさんには挨拶に行く予定だったのは確かだが」
「あの、先生、それはどういう――」

 頼まれたから近付いて構っていたのと、構っていたから話を通したのとでは全然意味が違ってくる。では、父親に頼まれたからではないのだとすると、どうして近付いたのだろうか。混乱するエレンにリヴァイは溜息を吐いた。

「お前は覚えていないみたいだから、言わないでおこうかと思ったんだが……ちょっと待っていろ」

 そう言って男は席を離れ、しばらくするとまたリビングに戻って来た――一枚の写真を手にして。

「見てみろ」

 そう言って男がテーブルの上に置いた写真を手に取ると、そこには四人の人物が写っていた。背後にある建物は水族館――写っているのは今よりも若い父親と在りし日の母親。そして、幼い自分とそれを抱いている若い男性。

「――これ、まさか……」

 嬉しそうな顔で写っている自分とは対照的に抱いている男は仏頂面だ――というか、目つきが悪過ぎて怖い顔に見えるのだろう。明るい、鮮やかな金色の髪をしたまだ十代くらいのその若者は眼の前の物理教師と同じ顔をしていた。無論、加齢による多少の変化はあるが同一人物だと推定することは出来る。
 これは何なんだと思う脳裏で、何かが弾けた。


 ――りっくんのかみキラキラー。きれい!
 ――引っ張んな、はげたらどうする気だ、クソガキ。
 ――オレもキラキラがよかったな。りっくんとおなじがよかった。
 ――人の話を聞くことをお前はまず覚えろ。……いいんだよ、お前はその髪が似合っているんだから。

 優しく頭を撫ぜる手。乱暴な言葉で誤解されがちだったけれど、本当は優しいことを自分は知っていた。大好きで大好きで、会う度に抱きついて遊んでもらっていた。

 ――りっくん、いっちゃやだ……! やだよぉっ!
 ――いつか、また会えるから、泣くな、エレン。

 遠くに行くのだと聞かされたあの日、しがみ付いて泣きじゃくる自分にそんなことを言った人。哀しくて哀しくて――それから逃れるように、自分は彼のことを忘れてしまった。


「……りっくん? 先生がりっくん?」
「りっくんはやめろ。……昔もそう言ったんだが、お前はやめなかったな」
「だって、りっくんは金髪でもっと髪が長くて、キラキラで……」
「若気の至りだ」
「ひょっとして、先生、それ、ヅラ――」

 エレンが言い切る前にその頭に拳が落とされた。

「誰がハゲでヅラなんだ、クソガキ! 自毛に決まってるだろうが!」

 涙目で頭を押さえる少年に、男はお前も髪を染めるのはやめておけよ、と続けた。

「元に戻したんだが、染めすぎて大分傷んでいたからばっさり切ったんだ。短い方が楽だからもうずっと短くしている」
「あの、先生って別にうちと親戚とかじゃないですよね? 父さんに治療してもらったとかそういう縁で?」
「――少し違うな。助けられたことには変わりないが」

 そう言って男が語ったのは意外な過去だった。リヴァイは高校生の頃ひどく荒れていたと言う。髪を伸ばし金色に染め、夜に繁華街に出向いては喧嘩をしていたらしい。――まるで、今のエレンのように。
 そんなある日、ちょっとした油断から怪我を負わされ、相手は沈めたものの、リヴァイは道端に倒れそうになっていた。いろんな相手と喧嘩をしていたリヴァイは、敵が多かった。ここで倒れでもしたら絶対に仕返ししようとする人間が出てくるだろう。まずい、と思ったときに声をかけてきたのが、グリシャだったのだ。
 彼は病院には行きたくないと言うリヴァイを自宅まで連れて行き、怪我の手当てをしてくれた。――それが切っ掛けとなり、家にいたくないリヴァイはイェーガー一家のところに入り浸るようになったのだ。休日には一緒に水族館に行ったり、食事を一緒に摂ったり本当によくしてもらったと男は言う。エレンもリヴァイによく懐いていたし、楽しいときを過ごすことが出来たのだと。

「遠くに行くっていったのはどうして……?」
「遠くの大学に進学したからだ。この辺からじゃ通えないから引っ越すしかなかった。大学を卒業したら一度挨拶に来ようと思っていたんだが――家で色々あってな。まあ、その辺は高校時代から繋がっていることなんだが」

 どうやら、リヴァイが荒れていたのは家庭に問題があったかららしい。それは聞いていいのかとエレンが迷っていると、リヴァイはあっさりと話を続けた。

「俺の家族は俺を受け入れられなかった。仕方がない。普通の親は息子が同性愛者だと知れば勘当したくなるだろう」

 リヴァイの言葉にエレンは固まった。あっさりと驚愕の事実を告げてきた男に何と言ったらいいのか判らない。

「あの、先生は男の人が好きなんですか?」
「そうだな、女をそういった意味で好きになったことは一度もない。ちなみに好みのタイプは黒髪で金色の瞳で眼がでかくて、料理が上手で、強気なくせにどこか弱くて、家族思いで器用に何でもこなすのに不器用な、そんなやつだ」

 リヴァイの言葉にエレンは再び固まった。男はこれでも迷ったんだぞ、とエレンの頬を撫ぜた。

「あのちびっこが大きくなったと思ったら好みのタイプになってるわ、馬鹿な真似はしてるわで放っておけなくなった。食っちまいたかったが、お前は生徒だし手を出す真似は出来ないだろう」

 いや、色々されてましたが、という突っ込みを入れたかったが、男には通用しないだろう。リヴァイはくつくつと咽喉を鳴らすように笑って、だが、もう我慢はやめだと少年に告げた。

「お前が告白してきたんだから、責任は取ってもらわないとな」

 そう言って男は少年に手を伸ばし、覆いかぶさるようにして深い口付けを落とした。
 苦い煙草の味がする男とのキスは前と同じように激しくて、少年はついていけない。軟体動物のように口内を這い回る舌に翻弄されて、ぞくぞくとした痺れが背筋を走る。

「―――っ、せんせ…ま、待って!」

 ようやく許された息継ぎの合間に何とか言葉を発することの出来た少年はこれだけは訊いておかねば、と涙で潤んだ瞳で男を見上げた。

「せんせ、は、オレのこと、好きなんですか……?」

 男は今更何言ってる、という顔をしたが、エレンにとっては重要なことで。

「好きだって、ちゃんと、聞いてない……!」

 好みのタイプだとか手を出すのを我慢していたとかは言われたが、好きだとは言われていない。好意を寄せられたから手を出した、とかいうようなそんな軽い気持ちなら自分はご免だ。

「オレは――」
「好きだ、エレン」

 男はそう言ってエレンの頬を撫ぜた。

「本気で好きでなければ生徒に手を出したりしない。そんくらい判っておけ」
「――はい」

 嬉しそうに笑う少年に、男はだがな、と続けて耳元で低く囁いた。

「それと、言いつけを守らなかったお仕置きは別だからな? ――じわじわと優しくいじめられるのと、がんがんと激しくいじめられるのとどちらがいい?」

 どちらにしろいじめられることは決定しているらしい。少年はダラダラと冷や汗を流しながら、究極の選択を迫られたのだった。




「……んんっ、せんせ、もう……」
「まだだ。我慢しろ」

 ふるふると、首を振りながら少年は懇願したが、男は許してはくれなかった。
 あれから、ベッドの上に移動させられた少年は衣服を総て脱がされ、両手を後ろ手に縛られた。驚いてじたばたと暴れたが、深い口付けを与えられて力が抜けてしまった。耳朶や首筋など少年が弱いところを探るように舌を這わされ、指先で身体の線をなぞるように撫ぜられた。特に胸の突起は丹念に嬲られ、舌先と指先でこれでもかという程いじられた。最初はくすぐったいとしか思わなかったそこも今ではじんじんとした痺れが走り、軽く擦られただけで身体が跳ねてしまう。
 男なのに敏感だな、と囁かれてエレンは消えてしまいたい程の羞恥に駆られた。
 男の舌が下肢へと這わされ、少年の自身を咥えこまれたときは慌てて制止したが、きつく吸い上げられてそれは悲鳴じみた嬌声と変わった。丹念に舐め上げられて袋を揉み込まれて、甘ったるい声しか出てこない。他人に触られたこともないのに口に含まれたらひとたまりもなかった。だが――。

「せんせ、もう、おねが……っ!」
「まだだと言ってるだろう? 選んだのはお前だろうが」

 それはそうなのだが――優しくと激しくという選択を与えられたら、誰だって優しくを選ぶだろう。男はその通りにじわじわと優しく時間をかけてエレンの身体を愛撫した。今も敏感な先端に丹念に男は刺激を与えている。

(いやだ……もう、いきてぇ……!)

 男はエレンが極めようとすると刺激をやめてしまう。いきそうになってはいけずにを先程からずっと繰り返しているのだ。自分で弄ろうにも両手は縛られているし、縛られていなくても男の前で自慰行為をするなど出来そうになかった。

「………っ! せんせ、そこは……!」

 男の口がエレン自身から離れ、舌先が奥まった場所に這わされて丹念に襞を広げるように舐め上げていく。

「そんなとこ、きたな……っ!」
「慣らさないと入らないだろうが。汚くないから、可愛い声だけ上げていろ」

 ぬるりとした柔らかいものが体内に侵入してくる。中を直接舐められて、エレンはいやいやと首を横に振った。

「舌は嫌か?」

 男の言葉にエレンがぶんぶんと首を振る。男はなら、仕方ないな、と呟いた。

「なら、これを使うか。どちらにしてもぬめりが足りないしな」

 エレンには理解出来ない言葉が男の口から出て、臀部にひやりとしたものがかけられた。

「な、なに……っ!」
「ローションだ。それくらいは知っているだろう?」

 ぬるぬるとした液体の力を借りて、舌の代わりに指先が入って来る。異物感に思わず、ひっと声を少年は上げた。

「さすがにキツイな。エレン、力を抜け」
「む、無理です……っ」

 男は中でぐにぐにと指を動かしているが、エレンには不快にしか感じられない。眉間に皺を寄せるエレンを見て男は再び少年の自身を口に含んだ。
 甘い刺激に再び襲われて少年の口から高い嬌声が上がる。舌と手で刺激しながら、男は少年の力が抜けるのを見計らって中を探る指を増やしていく。最初は一本入るのがやっとだった中がほぐれて、やわらかくなってきた。男の指先が体内にあるしこりを掠めたとき、少年はきゃうっというまるで子犬のような高い声を上げた。

(な、なんだ……今の……)

 自らの口から出たとんでもない声に羞恥に駆られてエレンは口をぎゅうと閉じた。散々声を上げさせられていて今更だが、それでももうあんな恥ずかしい声は出したくなかった。男はそんな少年ににやりと笑うと、そこをまた刺激した。途端、少年の身体がまた跳ねる。

「や、なに、せんせ……そこ、いやだ……!」
「お前、才能があるみたいだな、良かった」
「なに……なに、せんせ?」
「後ろはイケる奴とイケない奴がいるんだよ。お前は後ろで感じるタイプみたいだな。――そのうちに後ろだけでイケるようにしてやろう」

 さらりと怖い台詞を吐いた後、男は再び口に咥えて扱くのを再開した。もう片方の手で中を探るのもやめず、前と後ろからの刺激にたまらず少年は甘い声で鳴いた。こんな甘ったるい声など上げたくはないのに、抑えることが出来ない。ぞくぞくとしたものが背筋を走り、今度こそイケる――と思ったときに、根元を強く握られせき止められてしまった。

「いやだ……なんで、せんせ、イカせて……っ!」
「まだだ」

 もうやだ苦しいいきたいと繰り返す少年の自身をせき止めたまま、男は大きく足を広げさせると、自分の自身を取り出し、少年の後ろにぴたりと合わせた。

「――俺に入れられていけ」

 その言葉と同時にリヴァイはエレンに自分を打ち込み、せき止めていた手を離した。途端、少年自身の先端から白い飛沫がびゅくびゅくと飛び出し少年の腹を汚した。

「……お前、才能がありすぎるだろう。普通は萎えるもんなんだが」

 言ってはみたものの、入れてすぐにイクとは思わなかった、と男は驚きと感心と心配が混ざったような複雑な声で続けた。長い間我慢を強いられていたものが解放された衝撃が強いのか、少年は呆けた顔で身体を震わせていた。男の言葉も耳に入ってないようだ。

「ほら、エレン、呆けてるな。俺はまだなんだからな」

 頬を手でぽんぽんと軽く叩いて声をかけると、少年はとろんとした眼で男を見つめた。

「せんせ、手、外して……オレ、抱き付きたい……」

 甘ったるい声でそう言う少年にリヴァイは小さく舌打ちした。そんな顔でそんなことを言われたら、抑えが効かなくなるではないか、とエレンが聞いたらこれで抑えていたんですかと突っ込まれるようなことを思う。
 リヴァイは繋がったまま少年の身体を起こすと、座った自分の上に座らせるような体勢を取った。自らの重みで更に男と深く繋がった少年は声にならない悲鳴を上げた。男はそのまま少年の拘束を外し、その手を取って舌を這わせた。

「ん、せんせ……」
「ほら、抱き付きたかったんだろう?」

 優しく声をかけてくる男に少年は頷いて縋りついてくる。男は宥めるようにその背中を撫ぜながら、少年にとっては無理難題だと思える言葉を述べた。

「エレン、このまま動いてみろ」
「………え……」

 言われた言葉を理解して、エレンは無理だと首を横に振る。男は経験値が高いのかもしれないが、少年は正真正銘これが初めての性行為なのだ。自ら進んで動くなんて出来るわけがない。

「このままじゃ終われないだろうが。それだと、お前の中にずっと入ったままになるが?」
「――――っ」

 リヴァイは手を伸ばして少年と自分の結合部分にそっと指を這わせた。途端、んんっと少年が声を上げる。

「それとも、ずっと中にいて欲しいのか……? 俺のを咥えこんで離さないからな、お前のここは。ぎゅうぎゅう締め付けてまるで出したくないって言っているみてぇだな」

 ほら、また締まったと言う男にエレンはぶんぶんと首を横に振った。羞恥でか目元が真っ赤に染まっている。

「動けるな……?」

 男の言葉におそるおそるエレンは腰を動かしてみる。男が中にいることに慣れたのか動いてもさほど痛みは感じなかったが、中を擦られる感覚に声が上がってしまう。どうしようもない異物感が付き纏うが、それだけではない。その先にある感覚が怖くてエレンは首を横に振った。

「せんせ……無理、です。動いてくださ……」
「リヴァイだ」
「……え……?」
「先生じゃなくてリヴァイ。そう呼べたら動いてやる」

 言われてみればずっと先生と自分は呼んでいた。普段から呼んでいるから気にしていなかったが、想いが通じ合った今でも先生と呼ぶのは確かにどうかとは思う。

「リ、リヴァイさん……?」

 いきなり呼び捨てもどうかと思ったエレンがさんをつけて呼ぶと、男は笑っていきなり下から突き上げた。

「ひゃうう!」

 思わず甲高い声を上げてしまった少年の腰を掴み、男は容赦のない突き上げを続ける。自分で触れたことのない奥の奥まで貫かれ揺さぶられて少年の口からは高い声が漏れ続けた。
 時折、男の切っ先があの触れられると勝手に身体が跳ねてしまうところを掠めるが、男はわざとなのかそこにきちんと触れてはくれない。触れられたくないと思っていたのに、触れてもらえないともどかしい気分に陥ってしまう。男に視線で訴えるが、男はただ笑うだけで。
 エレンはおそるおそる再び自分も腰を動かし、あの部分に男の先が当たるように揺らした。――途端、走る衝撃。

「ひあああああっ!」

 想像以上の衝撃に怖くなったエレンは腰の動きを止めたが、今度は逆に男は狙ったようにそこばかりを刺激し始めた。

「や……っ、いやだ、そこいやだ……っ! リヴァイさ……!」
「何故だ? ここに触って欲しかったんだろう?」
「いやだ、そこ、おかしくなる……っ!」

 大粒の涙を零しながら首を振る少年に、男は耳元でおかしくなっちまえよ、と囁いた。そうして、腹の間にある少年のものを掴んで擦りあげていく。先程達した少年のものは後ろからの刺激でまた立ちあがってはいたが、やはり、後ろだけではイケないようだ。擦りあげ、剥き出しになった先端をいじってやれば、びくびくと身体を跳ねさせ、一際高い声で鳴く。


「あ、もっ、も、オレ――」
「ああ、イケ――俺ももう出る……っ」

 少しきつくエレンのものを男が擦ると、白濁液が先端から溢れ出た。一度目程の勢いはないが、びくびくと身体を痙攣させてエレンは男にしがみ付く。その際に男も締め付けられてエレンの中で達した。勢いよく体内に叩きつけられる液体にも感じるのかエレンが鼻から抜けるような甘い声を出した。男は腰を振って総てを出し切ってから、エレンの身体を倒し、その身体から自身を引き抜いた。出て行かないで、ともいうようにエレンのそこは男を締め付けて離さなかったが――何とか身を離す。初めてがこれでは先が思いやられるな、と男は思った。自分は女には興味はないが、悪い女にハマった男というのはこんな感じなのだろうか、と思う。身体の相性はどうやら最高に良いようだ。無論、身体が目当てなのではないが、ハマりそうだな、と男は思う。

「エレン」

 声をかけるが、少年は眼を覚まさない。どうやら気を失ってしまったようだ。
 だが、このままにはしておけない。きちんと後処理をしなければ困るのは少年の方なのだ。今日は取りあえず、ここで処理をして朝少年が目を覚ましたら風呂に入れてやることにしよう。一緒に風呂に入るのも楽しそうだと思いながら男はタオルと湯を用意しに部屋を後にした。




 キラキラだと思った。初めて見たその人は金色の髪をしていて、それがキラキラして綺麗だと子供は思った。朝起きたら、家のリビングには知らない人がいて、その人は金色だった。エレンはキラキラした金色が好きだった。ピカピカでお星様で太陽だからだ。母親に訊ねると、昨日の夜、エレンが寝た後に父親が連れてきた人だという。起こしてくれれば良かったのに、とエレンは思った。そうしたら、もっと早くこの金色の人と出会えたのだ。
 おはようございます、と挨拶して近付くと、その人はあちこちに包帯やガーゼをつけていた。エレンは慌てて近付いて痛くないか訊ねた。

 ――おにいちゃん、けが? いたい?
 ――別に大したことねぇ。こんなもん掠り傷だ。

 だが、子供にはとてもそんな風には見えなかった。とてもとても痛そうに見えたのだ。だから、子供は母親から習ったおまじないをすることにした。

 ――いたいの、いたいの、とんでけー!

 相手は子供の行動に驚いたような顔をしたが何も言わず、子供はまだ痛いように見えたのでそっと相手に張り付いた。怪我をしている個所に触らないように手を回す。

 ――……何してんだ、ガキ。
 ――んーと、ぎゅう!
 ――は?
 ――おまじないしてぎゅうすれば、いたくなくなるよ! おかーさんがいってた。

 相手からの返事はない。まだ痛いのだろうかと子供は心配になって相手を見上げた。

 ――まだいたい? いたくなくなるまでぎゅうするからだいじょうぶだよ!

 どういうわけか相手は先程よりも痛そうな顔をしていて――何だか泣きそうに見えたから、子供は手を伸ばして頭を撫ぜてやった。いい子いい子してもらうのが子供は好きだったからきっと元気になると思ったのと、キラキラの金色に触ってみたかったからだ。

 ――おにいちゃん、キラキラ。きれい。
 ――綺麗じゃねぇよ。汚いんだとよ。自分の息子だと思うと気持ち悪いんだそうだ。

 金色の人の言うことは子供には難しすぎて判らなかった。ただ、金色の人が哀しそうなことは判った。やっぱり、怪我が痛いのかと子供は思う。

 ――なんで? キラキラなのに。あのね、よごれたらあらえばだいじょうぶなんだよ! オレ、ちゃんとてをあらってるから、きれいだよ!

 ね、と子供が笑うと、相手はぎゅうっと子供を抱き締めてきた。どうしたのだろうと、子供は不思議に思う。何をすれば、この人は元気が出るのか。

 ――まだ、いたいの? げんきがでるおうたうたう? おにいちゃん。
 ――……リヴァイだ。
 ――りー?
 ――リヴァイだ、俺の名前。
 ――りー、り? りっくん? りっくん、オレはエレン・イェーガーです!
 ――りっくんて、そんなガキじゃねぇぞ。俺はこれでも高三だ、エレン。
 ――こうさん? りっくんじゃなくてこうさん?
 ――あー、そうくるのか。取りあえず、りっくんでいいか……。
 ――りっくん、まだいたい?
 ――もう、痛くない。……お前のおかげだ、エレン。


 そう言って相手が笑ったので、子供は嬉しくなって一緒に笑った。

 ――じゃあ、もっとげんきになるようおうたうたうね!
 ――結局、歌うのかよ、お前……。

 呆れた顔をする相手に構わず子供は歌いだし、相手は子供を膝の上に乗せて子供の頭を優しく撫ぜ続けていた――。




 咽喉の渇きを覚えてエレンは眼を覚ました。何か懐かしい夢を見ていたような気がすると思いながら開けた瞳に飛び込んできたのは見知らぬ天井で。状況が判らず眼を瞬かせる少年にすぐ傍から声がかけられた。

「起きたか、エレン」

 声の方に視線を向けると、男がベッドに腰掛けてこちらを覗き込んでいた。優しく頭を撫ぜられて心地好さにエレンは眼を細めた。

「せんせ……?」

 声を出そうとしたが、酷く掠れた声しか出なかった。どうしたんだろう、と考えてみるも寝起きの働かない頭は動いてはくれず。だが、次の男の言葉によって覚醒した。

「ああ、声が出ないか。あんだけあんあん喘いで鳴いてりゃそうなるか」
「あんあんなんて言ってません!」

 思わず咽喉の状態も考えずに叫んでしまい、エレンは盛大に噎せた。男は布団越しに背中を撫ぜてやりながら、傍に置いておいたペットボトルを手に取った。

「そうだな。あんあんじゃなくてひいひいだったな。――水飲めるか、身体起こせそうなら起こした方が飲みやすいか」

 ひいひいも言ってません、とは言いたくても咽喉が痛くて言えなかった。取りあえず、身体を起こすのを手伝ってもらい――腰が異様に重くて一人では起き上がれなかったのだ――ペットボトルに口をつけた。その横で口移しで飲ますって手もあったな、と男が言うので、エレンはあやうく水を噴き出すところだった。

(……しちゃったんだ、オレ、先生と)

 勿論、そのことに後悔はないが、昨夜の自分の痴態を思い出すとエレンは顔から火が出そうになる。羞恥で男の顔も見られないが、男はそんなエレンの髪や頬を優しく撫ぜてきてますます恥ずかしくなる。何というか、空気が甘い。例えるならピンク色の空気が流れている気がする。男は終わった後も優しくするタイプだと言っていたが、本当のようだ――いや、最中は結構意地悪をされていたように思うから事後は甘いのだと言うべきだろうか。

「あの、先生はいつからオレに気付いたんですか?」

 甘い空気が恥ずかしくて、それを誤魔化すようにエレンはそんなことを訊ねた。名簿を見れば名前は判っただろうが、何せ、男とは十年は顔を合わせてなかったのだ。小さい頃に遊んでやった子供のことなど忘れていたと思う。

「最初からだ」

 だが、男はあっさりと少年の想像とは離れたことを言った。

「最初って……」
「夜の街で会ったときに。お前だとすぐに思った。だから、確認するために名前を訊いたんだ」

 まあ、訊く前に逃げられちまったがな、と男は続けた。

「だが、その後の始業式でお前を見つけた。この辺りの高校だとは思っていたが、ビンゴだったな」

 見つけた、とあのとき男はそう確かに唇で告げた。それは、あのときだけの意味ではなかったのだ、とエレンは初めて気付いた。

「さて、お前も起きたことだし、風呂に入るか」
「え?」
「一応、きちんと掻き出して拭いてやったが、気持ち悪いだろう。洗ってやるよ」

 それは一緒に風呂に入るということだろうか。昨夜散々見られたとはいえ、明るい場所で男に裸体をさらすのは恥ずかしい。

「ひ、一人で入ります!」
「お前、一人じゃ歩けないだろうが。ろくに立てないと思うぞ? だから、洗ってやるよ」
「じゃあ、歩けるようになったら入ります!」
「ダメだな。まだ中に残ってるかもしれないしな。俺が洗ってやる――身体の隅々まで、それこそ中も綺麗にしてやるよ」

 にやりと笑う男にエレンは逃げ出したくなったが、ろくに立てない状況ではそれも出来ず。風呂場に連れ込まれて隅々まで洗われ、更に悪戯を何度も仕掛けられて酷使した咽喉に再び負担をかけて、甘い声を風呂場に響かせることとなったのだった――。




「先生、これはどこですか?」

 エレンの質問に男はそこだ、と指で示した。――以前のようにまた雑用を命じられるようになったエレンは、放課後はまたこうして男と物理準備室で過ごしている。

「エレン」

 不意に耳元で声がして、そのままぬるりとしたものを這わされ、軽く食まれた。
 少年はばっと身を離し、真っ赤になって耳を押さえ、涙目で男を睨んだ。

「セクハラ、反対! ダメ、絶対!」
「セクハラじゃねぇ。スキンシップだろうが――恋人同士の」
「――――」

 恋人同士という単語にエレンは真っ赤になる。確かに男とはそういう関係になったが、それとこれは別問題で。

「……恋人同士でも同意がない場合はしちゃダメです」
「なら、同意があればいいんだな? エレン、触らせろ」

 ああ言えば、こう言うとはこういうことだろうか。男が近付いてきて指先で頬に触れ、エレンがかけていた眼鏡を外していく。反射的にぎゅうっと眼をつぶった少年に柔らかい感触が落とされたのは、唇ではなく頬で。ちゅっと軽い音を立ててすぐに離れていく。

「…………」
「さすがに学校ではしねぇよ。――期待したか?」

 くつくつと笑う男にエレンはまたからかわれたことに気付き、真っ赤になった。悔しいのでオレは触っていいって言ってません、と告げたが眼で訴えていたとさらりと男は返した。

「して欲しくなったら遠慮なく言え。合図は教えただろう?」

 男に返してもらった眼鏡をかけ直していると、そんな言葉をかけられたので、エレンは再び真っ赤になった。合図とは――男を名前で呼ぶことだ。どうしても先生と呼ぶ癖が抜けないエレンは二人きりで過ごしていても男のことをつい先生と呼んでしまう。
 そんなエレンが男を名前で呼ぶのはベッドの上でだけで――つまりは最中のときにだけ口にするのだ。あのときの自分の頭はネジが何本か飛んでいるのだとエレンは本気で思っている――でなければ、あんな甘ったるい声で男に求められるまま恥ずかしい台詞を何度も口にしたり出来ないはずだ。
 そこで男がエレンに言ったのはしたくなったら、名前で呼べ、というものだった。名前で呼ぶイコールそういう行為をするというのがもう直結してしまっているエレンにとってそれは高すぎるハードルだった。

「まあ、誘い方も判らないお子様には無理か」

 そう言われ、かちんときたエレンはぐいっと手を伸ばして男を引き寄せた。

「リヴァイさん」

 触れるだけの稚拙な口付けを唇に落とし、勝ち誇ったような顔をする少年に男はにやりと笑った。

「――言ったな?」

 そう言って少年を見る男の眼は獲物を狩る捕食者の眼で。はめられたことを悟ったが、それは後の祭りだった。

「今晩、覚悟しておけよ?」

 明日は丁度休みだから遠慮なく出来るな、と呟く男は絶対に狙ってやったに違いない。まだまだというか、絶対にこの男には勝てない気がする。

「……お手柔らかにお願いします」
「善処はしてやる」

 そう言いながら、ご褒美だ、と温かい紅茶と少年が好きなお菓子を手渡してくる男に、先生はずるいです、と唇を尖らせながらも、この居心地のよい場所を手放すことはないのだろう、とエレンは思った。






≪完≫


2014.2.7up




 しくらん様からのリクエスト。現代パラレルで不良教師(物理)リヴァイ×優等生エレン、ということだったのですが、優等生ではなくエセ優等生になりました。そして、リクエスト時に白衣着用にします、と宣言しておりましたが、全く活かされていないこの事実……(汗)。考えているうちに予想以上に長くなってしまい、お待たせしてしまいまして申し訳ありませんでした。サービスでエロ有りですので(笑)お許ししてくださいませ〜。少しでも楽しんで頂けているといいのですが。
 リクエストをくださったしくらん様、ありがとうございました〜!




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