「MUSIC FOR ATOM AGE」SPECIAL INTERVIEW VOL.1

 『MUSIC FOR ATOM AGE』
 
   SPECIAL INTERVIEW
      スタッフ一新。新メンバーが語る樋口康雄の新作アルバム
   「MUSIC FOR ATOM AGE」リリースまでの道のり
  サウンドトラック「機動戦士ガンダム]」から数えて7年ぶり、樋口康雄名義のアルバムとしては79年の
  「ORIENTATION」「NEW YORK CUT」以来、実に24年ぶりの新作アルバムとなる「MUSIC FOR
  ATOM AG
E」。本盤制作までの道のりと樋口康雄氏について、新スタッフ四氏に聞く。



前列はコントラクターの佐々木氏
樋口康雄氏(写真中央)

アルバム・プロデューサー
濱田高志氏(写真右から2人め)

サウンド・ディレクター
寺田鉄生氏(写真左端)

アシスタント・プロデューサー
岩田安代氏(写真右端)

エンジニア
中澤智氏(写真左から2人め)



-レコーディングを終えた現在の心境は?
よく出来たなと思いますよね、この短期間で。

-今回のアルバムを制作することになったきっかけを教えてください。
手塚治虫ファンクラブの会報で樋口さんにインタビューした時、樋口さんからぜひアトムに関わりたいという話が出たんです。それは別に樋口さんが作曲したいとか、そういうことではなくて、樋口さんの人脈のなかで「才能あるミュージシャンが何人かいるから、彼らを使って何かお手伝い出来ないか」といったそういった話でしたけど。
そんなこともあって、音源制作を担当しているソニーの担当者の方と連絡を取ったんでが「今回は新作アニメの音楽担当も決まってるので」ということで、その場は「残念ですね」ってことで終ったんです。ところが、一週間位してから「アトム・プロジェクトというプロジェクトのなかでアトムの企画を立てる計画があるので、樋口さんを是非紹介して下さい」という電話があって樋口さんと一緒にソニーに伺ったんです。

-アトム・プロジェクトというのは?
最初はファミリーコンサートとか着ぐるみショーとかトリビュート・アルバムとかいろんな話がありまして。実際、樋口さんは「着ぐるみショーはちょっと…」とか言ってたんですよ。ただ、僕は「アトムを触媒にして、要は樋口さんのアルバムを作ればいいんだな」っていうひらめきがあったんで、そこで樋口さんを口説いたんです。

-どうやって口説いたんですか?
ソニーからの帰り道、「樋口さん、ちょっと時間いいですか」って言ったら「いいですよ」ということだったんで、「さっきの件なんですけど、僕にアイデアがあるんですよ」って話して「ちょっとお茶でも飲みましょう」ってことで。ところが、お茶を飲みにいったはずがアイスクリーム食べたんですよ、ふたりで(笑)。樋口さんが「バニラアイス」って言うんで、飲物は頼まないで、ふたりでアイスクリーム食べながら打ち合わせました。
「アトムを触媒にしながら、例の曲あるじゃないですか、あの幻の曲もあるし、あれを初レコーディングしましょうよ」って話をしたんです。雑談の中で「KARYOBINの再結成でもいいし、樋口さん縁の人を呼んでやりましょうよ」みたいな話をしたら、樋口さんも「面白そうだね」ってことになって。それで企画書を書いたんです。

-それが今回のアルバムの企画ということですね。
企画書を書いたら、話だけはどんどん広がってかえって収拾がつかなくなって… 結局、企画書は細かい修正を入れたら10数回は書き直しました。でも、最後に書いたのは結局は最初のに戻ってるんですよ。方向性が見えなくなってきたんで、一旦、整理しましょうよってことで仕切り直しをしたのが11月です。
要は僕は学生時代に食事の席で直接、手塚先生から幻の主題歌の話を聞いていて、「残念だったね」っていう手塚先生の言葉も聞いていて、それがずっと残ってたんです。シングアウトの取材で初めて樋口さんに会った時もその話をしたくらいですから、僕としてはとにかくそれを形にしたかったんです。でも、樋口さんに「デモテープ聴かせてくださいよ」って言ってもデモテープはなくしたっていうし、「どんな歌なんですか?」って言うと「こんなメロディ」って歌ってくれるんだけど「もう古い曲だし、別にいいよ」って感じだったんです。
でも、僕の中ではそれじゃ収まらないから、究極を言っちゃえば「他の人に聴かせなくてもいいから僕が聴きたい」「デモテープ僕がほしいんですよ」って話をしたわけです。これ、反則だけど(笑)。「他の人はどうでもいいから、別に形にならなくてもいいから、とりあえず樋口さんの作品っていうことだけじゃなく、手塚先生絡みのっていうこともあるから、僕はそれは絶対ほしいから、とにかくその曲を聴きたいんですよ」ってそれくらいの想いだったんです。
ところが、今回レコーディングできるんならオフィシャルに残せるじゃないですか。僕だけじゃなく、皆が楽しめるんなら絶対そのほうがいいなと思って、「あの曲やりましょうね」ってことを最初にお願いして、そこからだんだん広げていったんです。
企画書は最初は文章だけだったんですが、樋口さんから「作曲の手助けになるイメージカットをつけてほしい」って依頼があって「濱田さん、詳しいからアトムの表情がわかるカットを選んでください」と言われて。そこで僕はあらためて20数巻あるアトムを読み返してカットを選んだんです。例えば「アトムがベッドで眠ってるのがいいですね」って話なんですけど、全巻読まないとアトムがベッドで眠ってるとこなんてとっさに出てこないわけですよ(笑)。それに選んでも樋口さんから、「もっとこういう感じのない?」ってオーダーがあったり。

-その後は順調に進行したんですか?
企画書を書き直して、そこから樋口さんが作曲に入りました。それにしてもデモが出来てからは早かったですよ。最低でも1日1曲のペースで上がってきましたから。

-デモをお聴きになっていかがでしたか?
樋口さんは僕が納得するかどうかを気にしてたみたいですね。最初に聴いた人がどう思うかってことで。僕はプロデューサーという立場もあって、来たものに対しては全部何らかの意見はしましたけど、どの曲もよかったですね。僕にとっては全部ストライクだったから、僕が何かどうこう言うより樋口さんに任せたほうがいいと思いましたね。

-今回のアルバムは歌詞にもこだわりがあったそうですが?
作詞家に手配して普通はそこで終わりなんでしょうが、今回は録音前に作詞家やアレンジャー、歌手全員にお会いしました。詞の内容については、僕はただのキャラクターソングブックにしたくなかったから。結果的にアトムのファンしか聞けないものにはしたくなかったんですよ。ポピュラー音楽として独立した世界観を持っていて、かつブックレットと連携してリンクした時はアトムの曲に聞こえるのじゃなきゃ嫌だったんです。極端に言ってしまえばアトムと無関係に聴ける曲にしたかった。
僕は樋口ファンでもあり、手塚ファンでもあるから、最後、樋口さんは「濱田さん、これでいいの?」って僕に聞いてくるわけです。だからそれに全部僕が答えなくちゃいけなかったのが荷が重かったですけど。

-それは責任が重いですね。
その部分っていうかさじ加減については全責任ですよね。でも、樋口さんの新作を作れるっていうのと手塚先生から聞いていた「幻のアトム主題歌」が発表出来るってことなんで苦ではなかったですね。この間、樋口さんと一緒に作詞家、アレンジャー、歌手の方々延べ40人近くと会って打ち合わせたんで、11、12月は嵐のように過ぎ去りました。当初はレコーディングも12月の頭からっていう話だったんですが、曲はできてたけど詞が出来てこないし、アレンジも急には上がってこないし、ダメ出しもあったり。
僕は最初に樋口さんに「全作編曲 樋口康雄のクレジットがほしい」って言ったんですが「いやぁ、(アレンジは)今回は時間がないから」とうまくかわされました(笑)。ただ、単純にプロツールスの問題もあるし、樋口さんも人間ですからね、疲れる部分もあるだろうし。ま、そこは無理矢理妥協した形ですけど(笑)。でも、結果として寺田さんや10年来の友人であるゲイリーなんかの、新しい才能がうまくこのプロジェクトで形になったかなと思っています。

-今回のプロジェクトはうまくいったと思いますか?
うまくいったと思いますよ。でも、試行錯誤があったのは間違いないです。どうなることかと思ったことが3、4回はありましたけど、帳尻はあったという感じかな。
樋口さんのことは言わずもがな、ですが信頼してましたし、寺田さんのアレンジもすごく良かったですしね。あと、彼は自宅が近所ということもあって、いつも帰りが一緒で、バカ話しながら帰ってましたからね。思わぬところで新しい仲間が出来て、それはすごい収穫でした。
それに岩田さんは僕や樋口さん、寺田さんのことを常に冷静に見てくれていたのがよかったです。音楽的にも対外的にも頼りになりましたね。声優さんへのドイツ語指導も堂に入ったものでした。中澤さんは今回、一番たいへんだったと思うんですが、その集中力は相当なものでしたね。いや、ほんとに中澤さんがいなければうまくいかなかったと言っていいくらいです。
それにオフィスケンの佐々木さんや松井さんの存在もでかいですよね。あとはソニーのスタッフの方々のふところの大きさというか、よくこんな素人に色々任せてくれたな、という気はしているので、とても感謝してます。

-完成したアルバムは濱田さんのイメージどおりのものですか?
100パーセントイメージどおりです。もちろん言い始めれば生オケで録りたかったとかいうのはありますよ。でも、それはできないとわかった時点で気持ちをシフトさせてますから。

-シフトは許容範囲ですか?
そうですね。このアルバム、樋口さんの多面的な部分の一側面ってことはないと思うんですよ。仮に六面あったとして、そのうちの三面くらいは出てると思いますよ。
あと半分はクラシカルなものだとか、他の面があるとして、ポップスの面に関して言えばうまく出てるんじゃないですか、まあいい具合に。ピアノやヴァイオリンとか樋口さんのやりたいことも入ってますから。





−簡単なプロフィールを教えてください。
東京音楽大学の器楽科を卒業後、演奏活動をしながらアレンジとか作曲をやっていました。

−今回のプロジェクトに参加することになったきっかけを教えてください。
樋口さんとは2,3年前に一度、全然違う仕事の打ち合わせで知り合いました。結局、その仕事は一緒にやることはなかったんですが、トランペットをやってることをお話ししてあったので、去年の夏、「喫茶ロックジャンボリーってライブがあるんだけど、ホーンセクション入れるから出てくれないか」という話があって。
それと同時期に鳥取で樋口さんが(指揮を)振るってことで、そのオケを作ってくれないかという話がありました。わりと長い曲だったんで1ヶ月くらいかかりました。最初はいろんな人に手分けしてやってもらおうかという話もあったんですが、分散しちゃうと大変だってことで全部うちで作って、最終的にはプロツールスというファイルにしてミキサーの人に渡しました。鳥取の合唱団で録音したりしないといけないので、その辺のデータの受け渡しとか、実際、どうやって録音したらいいかといったノウハウ的なことを相談されて、どういう形が一番いいんですかってことで、いろいろとやりとりがあって、わりと問題なく終ったんです。それが、一番、樋口さんと仕事をさせていただいた中では大きいですね。その前の喫茶ロックはシングアウトのサポート的なものだったので、本格的な仕事としては鳥取が最初です。
そのあとCMを手伝ったりして、その時、来年、アトムっていうプロジェクトがあるんで手伝ってくれと言われてたんです。秋くらいに来年と言われたんで、2月か3月あたりから始まると思っていたら、12月か1月に録音するって聞いて、慌てて準備して、ソニーの打ち合わせに出席したりしました。その時に濱田さん、岩田さんとも知り合いました。

−岩田さん、濱田さんとは一緒にお仕事をされたことはあったんですか?
全くないです。最初はお互いどんな人かわからないし、樋口さんともこんなに長い時間、一緒にいることもなかったですし。今回、すごい大変だったんですけど、1ヶ月位連続して仕事をしてたんで、樋口さんやみんなともずっと一緒にいて、もう少しで終ってしまうかと思うと少し寂しいですね。

-レコーディング・ディレクターとしての寺田さんの役割は?
基本的には樋口さんのサポート的に手伝ってるだけなんで、ディレクターとかっていうだいそれたことはしてないんです。樋口さんが全部指示出して、僕は確認的に「どうかな?」って言われたら、いい、悪いっていう僕の判断を説明したというか…ディレクションという感じのことはあんまりしてないですね。ただ、録音上のテクニカルなことは僕に相談されました。

-寺田さんから見た樋口さんはどんなかたですか?
僕がやりたいことを樋口さんは前からやっていて、すごい人だなぁと思いますね。

-樋口さんの音楽についてはどう思われますか?
クラシックっぽいオケとかは好きですし、樋口さんの作風というのはすごく好きな方ですね。だから、僕の大先輩みたいな感じです。昨日も樋口さんの過去の作品を聴かせてもらったんですが、すごくクオリティーが高くて、すごいなぁと。その辺は普通の人じゃないなあって。ただ、僕と一緒でいいのかなとは思いますね、いろいろと知り合いもいらっしゃるでしょうし…。
樋口さんは何でもできるんで、今回のアルバムも全部自分で作曲、編曲をやることも可能だったと思うんです。が、あえて僕らにチャンスをくれたのかなということで、それに応えられるようになんとか結果を出したいなというのはありましたね。ま、どこまでうまくいったかはちょっとわかりませんが・・・

-若いスタッフが樋口さんに対して遠慮するといったことはなかったんでしょうか?
もちろん、最初はみんな遠慮してました。僕も少しは気を使ってましたけど、「樋口先生」みたいな形で接するのは樋口さんが好まないような気がしてました。だったら友達気分ではないですけど、樋口さんもふざけるのが嫌いじゃないんで、フランクな感じで接していました。
シビアに仕事をすることも必要なんですけれど、かなり神経使う仕事なんで、ずーっと気を使っていると疲れちゃうから、リラックスしてもらいたいなというのはありました。ま、リラックスしすぎても困るんですけど(笑)。だから僕は普通の身近なおじさんみたいな感じで接してたんですけどね。わりと失礼なことを言ったりもしましたけど、樋口さん本人も面白がっているからいいかなと。濱田さんも岩田さんもフレンドリーな感じになったから、結果として悪くないんじゃないかなと思ってるんです。

-レコーディングは順調に進行しましたか?
ここに来るまでが大変でした。まずキャスティングから入って、曲を発注する。詞とアレンジがあがってくる、それに大して返事をする。途中、二転三転することがありましたから。僕はそうでもないけど、それは濱田さん、樋口さんが大変だったですね。録音に入ってからは毎回演奏する人が違うので気を遣わなきゃいけないところもありました。

-今回のアルバムは寺田さんご自身もアレンジを手がけてらっしゃいますが、サウンド・ディレクターとしては仕上がりに満足していらっしゃいますか?
自分のアレンジに対しては満足っていうのはないんです。予算的なことや日程的なこともあって、ほんとは生のオーケストラでやりたかったけどできなかったといったことはありますが、それはしょうがないんで、「何がやりたいのか」というのが伝わればいいんじゃないかと。
細かいこと言えばいろいろあると思いますけど、コンセプトとしては大きく外れている曲はないと思います。それは皆さん、アレンジャーの方がそういう形にしてくれました。

-このアルバムの聴きどころは?
樋口さんの音楽性の広さはいろいろ出ていると思うんで、それは聴き所のひとつだと思うし、ヴォーカリストに相応しい曲を提供してるっていうところもありますね。そのどれをとっても樋口サウンドになっているので、そこは楽しんでもらいたいと思います。
今回はいろんなアレンジャーに参加して頂いて色が変わって、またひとつ広がっている部分があると思います。

-寺田さんのアレンジした曲には寺田さんの色が出せたと思いますか?
そうですね。少しは出せてるかな?全部ではないんですけどね。

-樋口さんと切り離して、寺田さんご自身は今後、こんなことをやってみたいといったことはありますか?
どちらかと言えば劇音楽とか映画音楽みたいなものに興味があります。

-樋口さんについて寺田さんが感じていらっしゃることがあれば教えてください。
樋口さんの言ってることは、間違ってることは無いですよね。ただ、たまに論理的に説明しないから、みんな「あれっ?」って思われる時があるかもしれないですけど、それ(論理的な部分)が見えてれば、言ってることは間違っていないなとわかります。
それから樋口さんは作曲するときは直感的に作ってるみたいなんで、普通に努力してあそこまでになるっていうものではないなって感じますね。やはり、持って生まれたものではないですか。
作品的にも正しいと思うんですよ。樋口さんの昔の作品を今聴かせていただいても陳腐だと思わないですし。いい加減に作ってないっていうか、妥協もしてないでしょう。それはきちんとしたものがあるからなんですよね。

-今回のアルバムも10年後、20年後に通用する作品だと思いますか?
アレンジ的には僕がやったことに対しては(冷静に判断出来ないので)わからないですけど、メロディーとか歌詞とか編曲にしても普遍的な部分は通用すると思いますね。

【主な作品】 ●CM・VP音楽/トヨタ自動車、味の素、救心製薬、ブリジストンスポーツ、オートバックス、タカラ、ネスレ日本(劇場用) 他多数 ●番組音楽/テレビ朝日系NEWS & SPORTS 2002番組オープニング曲(編曲) ●イベント音楽/コナミアワード(2002) 開会、閉会式用管弦楽曲 ●CDアルバム/Get Sports 2002(編曲)ポニーキャニオン

次回は岩田安代、中澤智氏