Track09 コーラス録り
スケジュールに変更はつきものである。この日、私はEPOさんのレコーディングを見せていただく予定で、指定された午後4時にスタジオを訪れた。しかし、その時間、なぜかスタジオでは「Track09」のコーラス録りが行われていた。レコーディングの時間がずれ込むのはさして珍しいことではない。しかし、この日、EPOさんがスタジオにやってきたのは午後7時頃である。いったい午後4時って何だったんだろうか?(笑)

そんなわけで私が到着した時、Cスタはレコーディングの真っ最中、樋口さんと寺田さんはディレクターテーブルからブースの中のコーラス隊に指示を与えているところだった。こういう時に限って濱田さんがいない^^;。勝手がわからぬまま、とりあえずソファに座って見学させていただく。

オケを聴き、ようやく今行われているのが沖縄でレコーディングされた「Track09」の
コーラス録りだとわかる。ソロを歌うGWINKOさんは13歳で子役として芸能界入り、
安室奈美恵やSPEEDを輩出した沖縄アクターズスクールの1号歌手としてデビュー、
アイドルとして人気を集めた。その後、映画や舞台でも活躍したが、一時芸能活動を
休止していた。この間、彼女の天賦の才を惜しみ、著名アーティスト等から多数復帰の誘いがあったが、これまで彼女が歌うことはなかった。
今回、樋口さんが6時間近くかけてGWINKOさんを口説き落とし(流石だ)、6年ぶりに本作での復帰が実現した。

さて、ブースの中には若い女性2人と男性ひとりの姿があった。その男性がHIROSHIさんだということはすぐにわかった。初めてHIROSHIさんと会ったのは今から4年前のことだ。この間、熱心に音楽修行を続けてきた彼の成長は目覚ましく、着実に活動の場を広げてきた。初めて会った時、私は彼の将来に期待してサインを貰った。今、こうして樋口さんのレコーディングでHIROSHIさんの姿を見ることが出来るのは、私にとってはとても嬉しいことだ。
HIROSHIさんは昨年7月「喫茶ロックジャンボリー」にシングアウトのサポートメンバーとしてコーラスに参加、8月には樋口さんが音楽を担当した「第13回日本ジャンボリー」で舞州のステージに立った。今回のレコーディングでは「Track05」のタケカワユキヒデさんの仮歌を受け持ったが、そこでの実績が認められ、急遽、本作での本番出演が立ち上げられた。
舞州のステージにHIROSHIさんと共に出演していたのが今回の女性メンバーのひとり、
20才のsatsukiさんだ。satsukiさんは、樋口さんが顧問をやっていた沖縄アクターズ・インターナショナル東京校の出身で、2000年のベンチャースカウトの大会に「ベンチャーキッズ」名義で出演している。
余談だが、偶然にもsatsukiさんはマスタリングが行われたソニー乃木坂スタジオのカフェでウェイトスのアルバイトをしている。マスタリング当日、樋口さんは彼女に制服姿のままスタジオに降りてきてもらい、制服好きなスタッフをおおいに喜ばせた。マスタリング・エンジニアは歌った娘がスタジオのカフェの娘だというので怪訝そうな顔をしたそうだが、スタジオのカフェの娘が歌ったのではなく、歌った娘がたまたまカフェでアルバイトをしていたという説明で納得したという。
さて、もうひとりの女性メンバー、Hatsumiさんは17才の現役高校生で、樋口さんはHatsumiさんは寺田さんの彼女のひとりだと思っている。

途中ラップの歌詞が入る「Track09」はブラック・テイストが感じられるグルーヴ感溢れる曲である。これまで樋口さんが手がけてきた作品とは多少趣を異にするこの曲は、ある意味、アルバム中、最もアグレッシヴな作品と言えるかもしれない。
「もうちょっと弾もう」「satsuki、ちょっと弾むのをやってみて」この日、樋口さんはしきりと「弾む」を連発、これがこの日のレコーディングのひとつのキーポイントとなっていた。「ここ、やめちゃおう」プレイバックを聴きながら、樋口さんと寺田さんはコーラスが効果的に活かされる場所だけを残し、当初より大幅にコーラスパートを削った。必要最小限に絞り込まれたコーラス部分は、例によって部分ごとに分けてレコーディングが進められた。「Hatsumi」「satsuki」「HIROSHI」と呼びかける樋口さんは、さながら三児の父であった。若いコーラス隊にニュアンスを伝える為、樋口さんは見本を歌ってみせ、自らカウントをとってアカペラで3人にタイミングや音程を確認させ、それから1テイクずつ録っていくという方法をとった。結果、開始直後は若干ばらつきの目立ったコーラスも、レコーディング後半には樋口さんに「この3人でグループ組もう」と言わせるほど、まとまりをみせたのだった。

とりたてて難航したわけでもなかったが、コーラス録りは予想外に時間がかかり、午後7時前にようやく終了した。この間、スタジオには次にレコーディングが行われるEPOさんが歌う「Track10」の作詞者、岩谷時子さんが到着していた。
また、この日は、手塚治虫ファンクラブの会員の方々がスタジオ見学に訪れており、「地球の歌」を披露することになっていた。だが、コーラス録りが長引いた為、それはかなりタイトなスケジュールの中で行わざるをえなかった。遠くは奈良、金沢からやって来たという計8名の会員は、代表のAさんに率いられCスタジオに入る。モニタースピーカーの前に横一列に並び、先日録り終えたばかりの「地球の歌」が流れると、会員の方たちは、まるで国歌斉唱を聴くかのように微動だにせず主題歌に聴きいっていた。そして、ここでまた、先日のレコーディング時と同様に、曲が終っても暫くの間、誰も言葉を発することができないという情景が繰り広げられたのだった。
濱田さんに促され、「地球の歌」を聴き終えた会員の方々は、記念撮影のため樋口さんと共にロビーへと向かった。全員で集合写真を撮ったあと、各自のカメラで樋口さんと記念撮影する会員の方たち。そして次々と頼まれるサインに快く応じ、会員の方たちと言葉を交わす樋口さんだった。

私はこの日、どうしても手塚ファンによる樋口評が聞きたいと思っていた。何人かの方をつかまえて、幾つか質問をさせていただいた。樋口さんを知るきっかけは予想通り「火の鳥2772」という答が返ってきた。中には熱心に完全版のDVD化を訴える方もいて、その熱意に圧倒される。「地球の歌」の評判も上々だった。ある女性会員は「アトムが自分たちの仲間だという詞の内容が自分の思い描いてきたアトム像と重なり、非常に共感できた」と熱く語ってくれた。気になるメロディーについても「以前のアトムとは全く別のものとして受け入れられる」と答えてくれた。傍らで聞いていた別の女性会員もその言葉に異論はないようだった。これが総意ではないにしろ、アトムに思い入れ深い手塚ファンの中から、このような反応が返ってきたことで、私もほっと胸をなでおろすことができた。もっと話を聞きたいと思ったが、すでに予定の時間を大幅に過ぎており、会員の方たちは、このあとすぐスタジオを後にした。
一方、樋口さんもすぐにスタジオに戻ると、次のレコーディングまでのわずかな時間に、さきほど録り終えたばかりの「Track09」の確認作業に取り掛かるのだった。


第13回日本ジャンボリー
記念切手