次に良隆が目を覚ませば、すでに隣はもぬけの殻だった。
「前中・・・さん」
昨日というか、すでに朝だったが起き抜けに浴室へ連れられ、中を散々弄られた良隆。
その後は精根尽き果て、ベッドで気を失ったかのように眠り続けていた。
しかし、身体は正直だった。
何も食べずに激しい運動をした肉体は栄養を欲していた。
ベッドの中を這うように移動し、移動しようと床に足を下ろした良隆だったが、
”ドスン”
「え・・・」
自分の身体のはずなのに、良隆はコントロールができないまま身体ごと床に突っ伏した形となった。
あまりの衝撃に痛みも忘れ、良隆はもう一度体勢を整えようとしたが、
「あれ・・・え・・・」
全く立ち上がることができなかった。
そして、その状態で遅まきながら自分が裸のままだということに気づいてしまった。
いや、正確に言えばパンツだけは履いていた。
「良隆さん、目が覚めましたか」
「あ・・あ・・・」
良隆が生み出した音を聞きつけたのか、すぐに前中が寝室の扉を開けて入ってきた。
「良隆さん」
「あの・・・」
「ベッドに戻りましょうか」
前中はそう言うと、前中は良隆を支えるようにして立ち上がらせるとそっとベッドに戻した。
この時、良隆はまだ夢の中にいるような気分を拭えずにいた。
良隆を抱えたまま、前中も再びベッドの中。
こんなにゆったりとした時間を過ごすのも良隆には初めての経験で、さらに驚くべきことに前中は上半身に服を纏っていなかった。
つい良隆は前中の身体に視線が釘付けになってしまいそうになるが、
「良隆さん、頂いたメールにあったんですが・・・」
前中の真剣な声に、慌てて視線をさまよわせる。
「あ、あれ・・・あれは、あの、なんていうか・・・」
「姐さんって呼ばれたいですか?」
「え・・・」
前中の言葉に良隆は驚き、一気に目が覚めた気がした。
そして、自分が書いたメールによって前中が大きな勘違いをしているのではないかと思い至る。
「いや、そうじゃなくて・・・ですね、あれ、あれはただ私の覚悟をですね・・・」
「やっぱりそうですよね。良かったです。
私は良隆さんに期待されるような立場ではないので・・・」
「え・・・き、期待って・・・」
「私はただの構成員の1人でしかないんです」
「あ、そう・・・なんですか」
良隆が参考にしていた本の主人公達は当たり前のように、ヤクザの組長がほとんどだった。
だからこそ、良隆は何も考えずに「姐さん」という言葉をそのまま書いただけにすぎなかった。
考えてみれば本はあくまでもフィクションだということを
良隆は失念していたことに気づいた。
「そ、そうですよね。
そんな、ヤクザだからって偉い人だって限りませんよね・・・」
「今の世の中、ヤクザとして生きていくのは難しいんです。警察からの締め付けも厳しいですし、ヤクザ界でも不況の嵐は吹き荒れてますから」
「大変ですね」
不況という言葉に良隆は本気で同情してしまう。
良隆自身は会社の中の1匹の働きアリでしかなく、不況を肌で実感していた。
だからこそ、ヤクザであったとしても1つの会社を経営している前中の”不況”という言葉を重く受け止めた。
「私は会社を経営していますし、この会社はヤクザとは全く関係ありません。
それに、重ねて言うなら今のところ経営は順調で利益を生み出しています。
組は私の会社を手助けしてくれる代価として、それ相応の金額を要求してきます。
さらに言えば、私が逃げないようにと背中に・・・」
良隆は前中の言葉を聞きながら、何を言っていいのか分からず聞き役に徹していることしかできなかった。
「今思えばこんな物を背中に背負わされるようになったことを後悔しています。
できるなら、すべて剥がして・・・」
前中の悲痛とも言える声に、良隆は
「わ、私は今のままの前中さんが好きです」
と思わず大きな声で答えていた。
「良隆さん」
「私は、今の前中さんが好きです。
今の前中さんのどれか1つでも欠けてしまえば、好きじゃなくなるかもしれません。
だから、今のままでいてください」
「良隆さん・・・組にとって私は金を運んでくる人間としてしか認識されてないです。
だからといってはなんですが、今回のことにしても私のお金が目的で・・・どこで調べたのか、良隆さんをさらったということだったんです」
朝、しかもベッドでする会話なのかという感じもするが、当人達はいたって真剣だった。
「・・・そうですか」
「でも、こんなことはこれで最後ですから。
組長にも、こんなことが続くようだったら私は組から抜けさせてもらうと忠告しましたから」
「そ、そんなこと・・・大丈夫なんですか」
前中は涼しい顔でそんなことを言ってのけたが、逆に良隆は焦った。
そんなことを言ったことで前中の立場が悪くなるのが嫌だった。
「大丈夫です。それぐらい言っていいほどには私は稼がせてやってますから」
「だったらいいんですが」
良隆は前中の言葉に知らずに入っていた身体の力を抜いた。
”グキュウゥゥゥ”
と同時に、良隆の空腹も臨界点に達した。
「あ、なんか・・・安心したらお腹が・・・」
良隆は顔を赤くしながら、お腹を押さえる。
「まずは食欲を満たしましょうか」
「まず、ですか」
「食欲を満たしたら・・・別の欲を満たしましょうね。
せっかく今日は休みなんですから」
前中はニッコリと微笑み、一方で良隆は引きつった笑顔を浮かべていた。
「さ、良隆さん」
良隆は前中に身体を支えられながら、
”もしかして、前中さんって絶倫・・・”
などと考えていた。
そんな良隆の考えを知っているのか、
「良隆さん、これから色々試していきましょうね」
前中はニッコリと微笑んだ。
前中の言葉には所々嘘とねじ曲げられた真実が混ざっていたが、それを良隆が知ることは・・・ない。
* あとがき *
ここまで読んでくださりありがとうございました。
長く長くかかってしまいましたが、ようやく完結しました。
分かる人には分かりますが、実はこれ「真実の彼」に出てきた人間が・・・て感じです。
今後もこの2人については書いていく予定があります。
また次の時にもよろしくお願いいたします。
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